弁護士の放課後 ほな行こか~(^o^)丿 http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/150 ja 4月14日に、民法の改正法案が衆議院で可決されました。 http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/150/entry/2340 <p> ブログをご覧の皆様、弁護士の丹羽一裕と申します。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 4月14日に、民法の改正法案が衆議院で可決されました。</p> <p> おそらく、今国会で成立することになるでしょう。</p> <p>&nbsp;</p> <p> では何が変わるのでしょうか。</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> まずは、今の民法の沿革から見てみましょう。</p> <p> 今の民法が施行されたのは、明治31年、今から120年ほど前のことです。</p> <p> 大変読みづらいものであったため、平成17年には現代語化されました。</p> <p> しかし、その後も大幅な改正は行われることはありませんでした。</p> <p> この間、法律の文言だけでは白黒つけられないものについて、たくさんの判例が出されることになりました。</p> <p>&nbsp;</p> <p> そのため、判例を知らなければ、法律を見てもさっぱりわからないことがたくさんあります。法律の文言を読んだだけでは、法的な取扱いがどうなるか、わかりません。一般の方々にはとても分かりにくいのです。</p> <p> さらに、明治時代の法律であるため、社会の変化についていくことができていない部分も多数生まれてきました。</p> <p>&nbsp;</p> <p> そこで、平成20年ころから、一般市民の方々にわかりやすいものにすること、社会の変化に対応すること、を目的として、民法、特に現代では日常生活にも大きくかかわってきた「契約」などについて、改正することが検討されるようになりました。</p> <p>&nbsp;</p> <p> では、どのあたりが変わるのでしょうか?</p> <p>&nbsp;</p> <p> みなさまにとっても身近な言葉ですよね、まず、「保証」契約が大きく変わります。</p> <p> 例えば家賃の保証人などについて、責任の限度を、契約書で明確に定めなければならないようになります。これによって、想定外の責任を負うことがないようになります。</p> <p> また、事業資金について保証人になった場合には、借金が大変高額なものになることも多いので、経営状態についていろいろな情報を得ることができるようになります。</p> <p> ほかにもありますが、このように、保証人を守る方向に法律が変わります。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 「時効」も大きく変わります。</p> <p> まず「時効の中断」「時効の停止」という大変わかりにくかった言葉が、「時効の更新」「時効の完成猶予」といった比較的わかりやすい言葉に代わります。</p> <p> また、多くの時効が10年であったところから、5年に短縮されます。</p> <p> 他方で、生命身体への不法行為(傷害事件や人身事故の損害賠償請求など)の時効期間が、3年から5年へ延長されます。被害者の救済につながることになります。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 「法定利率」も変わります。</p> <p> これまで年5パーセントだったものが、年3パーセントになります。</p> <p> 自分には関係ない、と思うのは早合点です。</p> <p> 例えば交通事故で後遺症を負ったとします。</p> <p> 後遺症のため仕事ができなくなった場合でも、損害賠償金は、一括で支払われます。</p> <p> 将来得ることができるはずだった給料についても一括で支払われるのです。</p> <p> このため、大まかにいえば、将来の分については「年5パーセント」分が減額されてしまうのです。</p> <p> この「年5パーセント」の減額が「年3パーセント」になれば、それだけ支払われる賠償金が大きくなるわけです。</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> ここで上げた以外にも、様々な事柄について改正がなされます。</p> <p> みなさまにとっても大きな改正ですが、法律家にとっても大きな改正です。</p> <p> 法律家もきちんと勉強していかなくてはならないと、改めて思う次第です。</p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/150/entry/2340#comments Mon, 24 Apr 2017 01:43:58 +0000 037486 2340 at http://www.osakaben.or.jp/blog コトバの意味って変わっていくもの http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/150/entry/2298 <p> 世の中には、いろんなコトバがあります。当たり前ですね、失礼いたしました(;^_^A)。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 賛否両論でしょうが、私は、コトバの意味が変わっていくことが悪いとは思っていません。</p> <p> これもまた当たり前ですが、同じコトバでも、平安時代の意味と、現代の意味は全く違ったりします。例えば、「かわいい」は、平安時代では、「かわいそうだ」という意味でも使われていたようです。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 社会の在り方はどんどん変わっていくものですから、それに合わせて人がそのコトバに抱く意味合いが変わっていくのは、当たり前のことだ、と私は考えています。</p> <p> </p> <p> しかし、残念な変わり方もあります。</p> <p>&nbsp;</p> <p>「情けは人の為ならず」</p> <p>&nbsp;</p> <p> 1 情けをかけることは、結局のところその人のためにならない・・・甘やかすだけ、という理解でしょうか・・・</p> <p> 2 人に情けをかければ、巡り巡って自分にとって良いことが起こる・・・助け合いの精神みたいなものでしょうか・・・</p> <p>&nbsp;</p> <p> 2の意味が本来の意味ですが、最近は、1の意味で使う人と、2の意味で使う人の割合は、五分五分だそうです。</p> <p> 世知辛いなあ、と思うのは私だけでしょうか・・・</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>「性善説で作られた法律だから・・・」</p> <p> これは、マスコミのみならず、「有識者」と言われる人もほぼ本来の意味とは違う使い方をしています。もはや意味が完全に変わってしまったのかもしれません。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 「性善説」人は信じるべきだ</p> <p>   「性悪説」人は疑ってかかるべきだ</p> <p> これは、本来の意味からかけ離れています。</p> <p>&nbsp;</p> <p>   「性善説」人のこころは、生まれながら「善」なんだけど、成長して悪いものに触れていくうちに、悪行を行うようになる。だから悪いものをなくしていくために、教育が必要なんだ。</p> <p>   「性悪説」人のこころは、生まれながら「悪」で、放っておくと悪行を行うから、そんなことがないように教育が必要なんだ。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 簡単に言えば(専門家ではないので、簡単にしか言えないのです(;^_^A)こんな感じです。</p> <p>&nbsp;</p> <p> これがなぜ残念なのかというと、「日本の法律は性善説で作られているから(もっと厳しくペナルティーを課そう)」と、単純な理解にしかならないからです。</p> <p>&nbsp;</p> <p> でも、ほんとうは、人は「いいこと」も「悪いこと」もします。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 法律で取り締まれない「悪事」があるなら、それは作った人が「ミス」ったか、わざと「抜け穴」を作ったか、のどちらかというのが、ほんとうのところだと思っています。</p> <p>そこまで踏み込まずに、簡単に人のこころのせいにするのは、思考停止なんじゃないかな、と思っています。</p> <p>&nbsp;</p> <p>「エライヒト」が使っているのを聞くと、残念でなりません。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 他方で、これも賛否両論なのでしょうが、私が勝手に「いいんじゃないの」と思っている変化もあります。</p> <p>&nbsp;</p> <p>「ら抜きことば」です。</p> <p>&nbsp;</p> <p>「見れる」と言いませんか?</p> <p>&nbsp;</p> <p> ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、「見ることができる」という意味で使うためには、 「見られる」が正しい、とされているのです。</p> <p>&nbsp;</p> <p> でも、他人から監視されている、という意味で、「見れる」を使う人はいません。必ず「見られる」「見られてる」と言いますよね。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 実は、これ、「可能」の意味の場合だけ使われているのです。</p> <p>&nbsp;</p> <p>「れる」「られる」という言葉は、本来、「受動(他人から~させられている)」、「(目上の人に)この資料はもう見られましたか?」などでも使われます。</p> <p>&nbsp;</p> <p> では、この「誤用」はなんなのでしょうか?</p> <p>&nbsp;</p> <p> 私は、コトバの意味が伝わりやすくなる一種の「工夫」だと思っています。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 使い始めた人たちは、無意識にかもしれませんが、相手にコトバの意味が伝わりやすくしたのかもしれませんね♪</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>こういったことを考えるのも結構楽しかったりします。</p> <p>人のココロの奥底を「見れる」弁護士でありたいと思っております。</p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/150/entry/2298#comments Mon, 21 Nov 2016 09:09:55 +0000 037486 2298 at http://www.osakaben.or.jp/blog プロ野球の「ルール」って何のためにあるのでしょうか! http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/150/entry/2234 <p>&nbsp;</p> <p>ブログをご覧の皆様、弁護士の丹羽一裕と申します。</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> 私は、昔からプロ野球が好きで、中学生のころ、ひいきのチーム(どこかはあえて言いませんが笑)が優勝した年は、勉強そっちのけで応援して、成績がガタ落ちしました。</p> <p> このときは親が呼び出されて、先生に「<strong>息子さんはどうなっているのか</strong>?」と尋ねられたらしいですが、「<strong>阪神(言ってしまいました笑)優勝で勉強が手につきませんでした</strong>。」と答えたそうです。</p> <p> 先生は「<strong>それは仕方ないですね</strong>。」と返事したそうです。</p> <p> 「<strong>先生!それでいいんですか!?もっと指導してくださいよ!!</strong>」と、今となっては思いますけれどもね。</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> 冗談はさておき、今年はプロ野球に、新ルール「コリジョンルール」というものが採用されています。</p> <p> ご存知でない方のために簡単に説明しますと、</p> <p>「捕手」(大事な大事なホームベースを走者に踏まれないように守っている選手)は、</p> <p>「走者」(ホームベースを踏むために一生懸命走ってくる、相手方の選手)が走ってくる道の邪魔になるようなところにいてはいけない。</p> <p>というルールです。</p> <p>捕手がこれに違反すると、自動的に走者がホームベースを踏んだことになります。</p> <p> </p> <p> なぜこのようなルールができたかというと、</p> <p>「<strong>ホームベースは、野球の勝ち負けを決める大事なところです!</strong></p> <p>&nbsp;</p> <p><strong>だから捕手は、大事な大事なホームベースをどうしても走者に踏まれたくないから、走者の邪魔をしてでも守る!!</strong></p> <p>&nbsp;</p> <p><strong>すると、走者は、大事な大事なホームベースをどうしても踏みたいから、捕手にタックルしてでも踏もうとする!!</strong></p> <p>&nbsp;</p> <p><strong>打ち所が悪ければ捕手は大けがをしてしまう!!</strong></p> <p>&nbsp;</p> <p><strong>こんなことはないほうがいいですよね!</strong></p> <p>&nbsp;</p> <p><strong>ファンの皆さんも選手がけがをするところなんて見たくないですよね!」</strong></p> <p>ということからでした。</p> <p>&nbsp;</p> <p> これ自体は実にまっとうなことで、「めでたし!めでたし!」・・・では終わりませんでした。</p> <p> 審判が、残念なことに、<strong>このルールを、形式的に、全くぶつかりそうもない時にまで、適用してしまっているからです</strong>。</p> <p> </p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> なんでそうなってしまったのかなあ、と考えていると、そこは法律家、ブログのネタの一つも考えつくわけです。</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> 弁護士含め法律家は、議論をする前に、<strong>この法律ってどんな理由でできたんだろう?</strong>と考えてから議論を始めます。</p> <p> この姿勢・精神を我々はリーガルマインドと読んでいます。</p> <p> これが、法律家の一番大切なところといっても過言ではありません。</p> <p>&nbsp;</p> <p> しかしながら、プロ野球の審判は、当然のことながら、法律家ではありません。</p> <p> <strong>このコリジョンルールは、どんな理由でできたんだろう?って考えれば、</strong></p> <p><strong>「そうそう!捕手がけがしないようにするためだったな!」</strong></p> <p><strong>となって、</strong></p> <p><strong>「それなら、捕手がけがをする恐れが全くないような場合は、適用しないようにしよう!」</strong></p> <p>となるのが弁護士含め法律家の考え方なのです。</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> 実際、このルールの形式的適用で、大事な大事なホームベースをめぐる、野球の一番の見せ場の楽しさが激減しました。</p> <p> おそらく、来年には、運用が変わってくるとは思いますが、この一年間は我慢しなくてはならないようです。</p> <p> スポーツ競技のルールって、もちろん競技者のためにあるのは確かですが、それを観戦して楽しむファンのためにあるのも間違いないと思います。</p> <p> ファンが楽しめるってことは、特にプロスポーツにとっては肝心要の部分で、「憲法」みたいなものだと思ったりします。</p> <p>&nbsp;</p> <p> 上にも書いたように、私を含め多くのファンは、今のコリジョンルールの適用の仕方で、一番の見せ場の楽しさが激減してしまい、ガッカリしています。</p> <p> </p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p> このような状況を見ていると、</p> <p>審判などの「判定者」には、もっと「リーガルマインド」が必要なのではないかなあ・・・</p> <p>法律家が、スポーツ競技にもっともっとかかわっていくことができればいいなあ・・・</p> <p>などと思う今日この頃でした。</p> <p>&nbsp;</p> <p> </p> <p>&nbsp;</p> <p> 長々と書いてしまいましたが、お読みになってくださった方には感謝申し上げます。</p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/150/entry/2234#comments スポーツ Mon, 11 Jul 2016 00:00:00 +0000 037486 2234 at http://www.osakaben.or.jp/blog