弁護士の放課後 ほな行こか~(^o^)丿 http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/all/201005 ja 「悪い方向には行っていない」という発想 http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/16/entry/320 <p> 私事で恐縮ですが、この度、新しく法律事務所を立ち上げました(といっても、正式な開業宣言を出せるタイミングがよくわかりません。最低限のことを揃えるのにまだまだバタバタしそうです)。</p> <p> <br /> 周りの方々に助けられ、概ね順調に進んだ開業準備ですが、敢えて細かいところに目を向ければ、それこそ枚挙にいとまがないほどのプチハプニングの連続でした(この手の作業にはつきものでしょうか?)。<br /> それに、今後のことを考えると夜も眠れないほどの不安に駆られることもしばしばでした(もちろん、この不安とはこれからも付き合っていかなければなりません)。</p> <p> <br /> そんな期待と不安とを頻繁に行ったり来たりする毎日を送っていると、ついついネガティブになってしまうことも多かったのですが、僕がいつも頼りにしている先輩にそんな話をしていると、最後には不思議と前向きな気持ちになれました。</p> <p> <br /> その先輩は、僕が目の前の細かい作業やプチハプニングに辟易して愚痴っぽくなっていても、「いろいろ大変だろうけど、致命的なことは何も起こってないね。」とか、「悪い方向には行ってないよね。」といった言葉をかけてくれたのです。</p> <p> <br /> 「悪い方向には行っていない」<br /> この言葉に何度助けられたでしょう。</p> <p> <br /> この言葉は一見ネガティブにも思えますが、ついつい目の前の細かなことにとらわれて大局の流れの良さを見失いがちな自分にとってはとてつもなく大きな前向きな力をくれる言葉でした。</p> <p> <br /> 難しい作業を迫られて行き詰っている方や紛争の真っただ中に置かれた方のなかには、ひょっとすると、今の僕のように目の前の細かなネガティブ材料にとらわれて、全体としては良い展開になっていることを見失いがちな方々もおられるかもしれません。</p> <p> <br /> そんなとき、 「悪い方向には行っていない」 そう考えて、細かいところではいろいろあるけれども大局では良い流れにあることを再確認されてみてはいかがでしょうか?<br /> ほんの少しでも前向きな気持ちになれるかもしれません。</p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/16/entry/320#comments あれこれ Mon, 31 May 2010 07:14:57 +0000 320 at http://www.osakaben.or.jp/blog お祝いでいただいたお花の行方 http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/27/entry/318 <p> 去る3月23日,新しい事務所を開設しました。</p> <p> (東野&松原&中山法律事務所といいます。現在,HP製作中です)。</p> <p> その際,多くの方々から事務所にお祝いのお花(鉢植え)をたくさん頂きました。</p> <p> どうもありがとうございました。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 私はお花のことは詳しくありませんが,胡蝶蘭,デンドロビウム,シンビジウムという名前だそうで,どれもとてもきれいなお花でした。</p> <p> 新しい事務所を飾っていたお花が,1か月半も経つと,ほとんど落ちてしまいました。</p> <p> &nbsp;</p> <p> そうです。いつかは花はしぼみます。&nbsp;</p> <p> ですが,お花がなくても,まだ生きています。</p> <p> そこで,鉢植えのお花を,事務員さんと一緒に,私の車にできる限り乗せて,20鉢くらい,自宅に持って帰りました。</p> <p> そして,お花の育て方のわかる近所の人に,いくつかもらって頂きました。</p> <p> また,母に,鉢植えからいくつかの別の鉢に移し替えてもらいました(株分けというそうです)。</p> <p> 私の家にも,いくつかあります。</p> <p> &nbsp;</p> <p> もらってくれた近所の人や,母は,この花のない植物に一生懸命手入れをしてくれて,「来年も咲くと思うよ」,と言ってくれました。</p> <p> いただいたお花が,来年も咲いてくれたら,さらに多くの人に喜びをもたらしてくれることになり,本当に素晴らしいこととと思います。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 私の仕事も,「お花」が枯れてしまいそうな人生に,再びお花を咲かせるお手伝いができるような仕事でありたい,と願い,努力したいと思います。</p> <p> それは,決してきれいごとではなく,苦労や犠牲を伴いますが,価値のあることのように思うのです。</p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/27/entry/318#comments あれこれ Sun, 30 May 2010 12:35:02 +0000 031532 318 at http://www.osakaben.or.jp/blog 文明の利器 http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/42/entry/317 <p> こんにちは。渡辺です。</p> <p> &nbsp;</p> <p> iPad発売されましたね。</p> <p> 私は、アップル社の製品はiPodしかもっていません。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 以前在籍していた研究室ではiMacが主流で皆愛用していましたので(iBookがはやった時代です)、私も一時期Macを使用したこともありましたが、 CD‐ROMのとりだしかたはわからないし(アイコンをゴミ箱に捨てるなんてわからないし)、何か使いこなせないしで、相性わるいんやなと思いすぐかえました。</p> <p> &nbsp;</p> <p> ちなみにこの業界でMacを使用している人はほとんどいません。</p> <p> 私は、ITに疎いので、悲しいことにiPadといわれても、食いつくどころか、何に使うのかいまいちぴんとこずに若干乗り遅れ気味の状態です。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 日本では今のところ、電子書籍としての用いられ方が老若男女を問わず脚光を浴びている感じですね。</p> <p> アメリカでは、すでに病院や学校に導入されて活用されているようです。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 例えば、医師は、iPadを持ち歩くことによって、いつでもどこでも、患者の電子カルテを確認し、あるいは、オンタイムで患者の心電図等々が確認できます。</p> <p> データ等見ながらの医師同士打ち合わせも容易にできます。</p> <p> これは画期的!こんな使用方法もあるんですね。</p> <p> 医療の現場ががらっとかわるのではないでしょうか。</p> <p> &nbsp;</p> <p> iPadを導入している学校の生徒は、教科書は全てiPad、教科書を忘れることがないから便利、ノート代わりにもなるし持ち運びも軽くていいといってました。</p> <p> わたしはよく教科書とか忘れていたので、うらやましいです。</p> <p> &nbsp;</p> <p> ところで、日本で専ら話題の電子書籍。書店から書籍がなくなる日も来るのでしょうか。</p> <p> わたしは、紙のにおいやページをめくる感覚、気になるページを戻って見直したり紙の端をおったりしながら読むのが好きなので、電子書籍がメインになって書籍が減ってしまうのは残念な気がします。</p> <p> &nbsp;</p> <p> しかし、確実に値段は電子書籍のほうが安くなるようで、これはこれで抗えない魅力があります。</p> <p> 本は残念ながら高いんですよね。</p> <p> 文庫本でも最近では1000円近くするものがざらですし、ハードカバーに至っては・・・。</p> <p> &nbsp;</p> <p> とはいえ、電子書籍になったら、紙の指ざわりや、一枚一枚めくる感覚とか味わえなくなってしまうので、読書が味気ないものになってしまうような気がします。</p> <p> といっても、これが時代の流れやし仕方ないのかな。</p> <p> 電車の座席に座っている乗客全員が携帯をいじっている光景ももはや珍しくないですが、 1年後には、全員がタッチパネル型PCでゲームや本を読んでいる光景になっているかもしれないですね。</p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/42/entry/317#comments 家族・ペット・家電 Sat, 29 May 2010 10:42:34 +0000 035380 317 at http://www.osakaben.or.jp/blog 完璧主義 http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/45/entry/316 <p> <span style="font-size: 16px">僕には好きな言葉があります。</span></p> <p> <span style="font-size: 16px">それは「完璧主義」という言葉です。</span></p> <p> <span style="font-size: 16px">この言葉は,京セラの創業者である稲盛和夫さんがよく使われる言葉です。</span></p> <p> <span style="font-size: 16px">(一方的ではありますが,僕は稲盛さんを師匠だと思っています。)</span></p> <p> &nbsp;</p> <p> <span style="font-size: 16px">稲盛さんはその著書「稲盛和夫の実学-経営と会計」の中で,「完璧主義を守ろうとする姿勢があるからミスが起こりにくくなるのであり,99パーセントの完成度でも結構という姿勢であれば,次の仕事の際には80パーセントでも満足してしまい,どんどん完成度が下がってしまうのであるから,常にパーフェクトを目指すべきだ」という趣旨のことを述べておられます。</span></p> <p> &nbsp;</p> <p> <span style="font-size: 16px">最近のビジネス書では,スピードを重視し,80%の完成度でも早く処理すべきだという趣旨のことがよく書かれています。</span></p> <p> <span style="font-size: 16px">しかし,僕はこの考え方には賛成できません。</span></p> <p> <span style="font-size: 16px">第1に,稲盛さんもおっしゃっているように,いい加減な仕事をすれば仕事の完成度はどんどん下がり,自分の成長を止めてしまうと思えるからです。</span></p> <p> <span style="font-size: 16px">第2に,弁護士の仕事は依頼者の命運を左右する仕事ですので,80%の完成度で決して満足してはならないと思うからです。</span></p> <p> &nbsp;</p> <p> <span style="font-size: 16px">完璧主義を目指すとどうしても時間がかかりますが,仕事の期限を守らないのは論外ですので,色々な時間を削ってひたすら仕事をするわけですが・・・笑。</span></p> <p> &nbsp;</p> <p> <span style="font-size: 16px">稲盛さんの著書は本当に読みやすい上に,ビジネスとはお金儲けだけではないということを気づかせてくれます。</span></p> <p> <span style="font-size: 16px">もしよろしければ読んでみてはいかがでしょうか?</span></p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/45/entry/316#comments 本・映画・テレビ Fri, 28 May 2010 10:17:20 +0000 041486 316 at http://www.osakaben.or.jp/blog 「なぜ日本人は落合博満が嫌いか?」(以下「NNOK?」という。) http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/20/entry/311 <p> &nbsp;</p> <p> 弁護士会のブログの担当日だというのに,更新しないまま日付は変わり,時計の針はすでに午前1時をまわっていた。</p> <p> 老松通りにある弁護士が集うとあるラウンジ。</p> <p> 会派(大阪弁護士会には会派と呼ばれる7つの派閥がある。)の懇親会の3次会はまだ終わりそうにない。</p> <p> 私は,男女共同参画がどうした,会派の将来がどうしたと口角泡を飛ばす諸先輩の議論に熱心に耳を傾ける・・・ふりをしていた。</p> <p> 「・・・どっちでもよろしやん。」</p> <p> 内心,私がそう思っていると,ある先生が私に尋ねてきた。</p> <p> 「角田君はどう思う?」</p> <p> &nbsp;</p> <p> 「うーん。難しい問題ですねぇ。」</p> <p> 愛想笑いを浮かべてお茶を濁しながら,私は夢想した。</p> <p> 「もしも私が落合博満だったら・・・」</p> <p> &nbsp;</p> <p> 最近寝ても覚めても,落合博満のことばかり考えている。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 落合監督のことを四六時中考えるようになった直接のきっかけは,テリー伊藤さんの近著「なぜ日本人は落合博満が嫌いか?」(以下「NNOK?」という。)(角川書店)を読んだことにある。</p> <p> 「直接のきっかけ」というまどろっこしい言い回しは,平均的日本人以上に落合監督について考えてきたという自負からくるテリーさんへのささやかな抵抗である。</p> <p> &nbsp;</p> <p> ただ,私の中のプロ野球熱が冷めるに従い,落合監督に向き合うことを怠っていたことは紛れもない事実だ。</p> <p> とくにここ数年は,週刊プレイボーイ誌上で連載されていた落合監督の長男福嗣氏の連載「腹式呼吸」を介して,間接的に落合監督に思いを馳せることがほとんどだった。</p> <p> 同連載は,記者のインタビューに答える形式で福嗣氏の日常を綴ったものである。</p> <p> 連載開始当初こそ,「一体どこに需要があるのだろう?」と困惑を覚えたものの,同連載が福嗣氏のパブリックイメージを逆手に取ったセルフパロディーだと気付いたとき,過剰な自意識に苛まれる同年代の若者にはない福嗣氏の客観的な視点及びそれを育てたオレ流子育てに畏敬の念を抱かずにはいられなかった。</p> <p> &nbsp;</p> <p> とはいうものの,私が酒の席で,オレ流子育てを通して見えてくる落合監督の人間的魅力についていくら熱弁をふるったところで,福嗣氏の幼少期の行状が刷り込まれた者たちには一笑に付されるだけだった。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 悔しまぎれに私が,昨年発売された球史に残る名著,愛甲猛氏の「球界の野良犬」(宝島社)から,球界最後の無頼派とも言うべき愛甲氏が唯一師匠と慕った落合監督の心温まるエピソードを披露しようものなら,逆に口々に「2007年の日本シリーズ第5戦で完全試合目前の山井を交代させるなんて非情すぎる。」,「他の球団がWBCに協力を惜しまなかったのに,中日はWBCへの代表派遣を拒否したじゃないか。」,「2000本安打を打ったときも,名球界を入会許否して,カネやんやONに恥をかかせたぞ。」,「そう言えば,ファンあってのプロ野球なのに,ファン感謝デーをサボタージュしたこともあったぞ。」,「親会社の中日新聞にもダンマリを決めこむなんてもってのほかだ。毎試合ボヤキでファンを楽しませるノムさんを見習え。」と反駁され,為す術もなかった。</p> <p> &nbsp;</p> <p> テリーさんの「NNOK?」の凄いところは,アンチ落合論者によって援用されることの多い一見不可解に見える落合監督の上記言動には全て明確な理由があったことを,「落合力」というキーワードを駆使して,見事に紐解いてみせた点にある。</p> <p> &nbsp;</p> <p> その上で,テリーさんは,日本人が落合監督を再評価し,「落合力」を高めることこそ,日本の国力を高め,混迷日本を救う道だと提言するのである。</p> <p> &nbsp;</p> <p> ここに「落合力」とは,どんなに嫌われても,勝利だけを唯一の目的として,わが道を進むこと。群れず,はしゃがず,黙って信念を貫くこと。媚びず,言い訳せず,不気味なほど寡黙に勝負して,勝つことをいう。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 「そうか。そうだったのか。俺に,そして日本に足りないのは落合力だったのか。」</p> <p> &nbsp;</p> <p> もしも,落合監督が日本の総理大臣だったなら,沖縄にもアメリカにも政権与党にも八方美人に振舞うことなどあろうはずもなく,普天間問題がこれほど迷走することもなかっただろう。</p> <p> もしも,落合監督がサッカー日本代表の監督なら,たとえW杯直前の壮行試合で韓国に惨敗を喫したとしても,青白い顔をして犬飼会長に進退伺いをすることもなかっただろうし,その翌日「進退伺いは冗談だった。」と釈明することもなかっただろう。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 「NNOK?」を読んでからというもの,私は常に「落合力」を物差しに行動するようになった。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 例えば,起床時の二度寝の葛藤。</p> <p> 私がしなければならないことは,あくまで効率良く仕事をこなすことであり,兄弁や事務局の目を気にして,早い時間に事務所に出ることではない。</p> <p> 落合監督なら,本質的でないことには目もくれず,効率良く仕事をこなすために二度寝を貪るはずだ。</p> <p> よし,二度寝をしよう。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 落合力の測定は他者にも向けられた。</p> <p> 私が,コンビニで,大スポ,日刊ゲンダイ,及び夕刊フジを購入しようとすると,コンビニの店員は言うに事欠いて,「袋をお分けしましょうか?」と聞いてくる。</p> <p> 一体どこに,大スポと日刊ゲンダイと夕刊フジの袋を分ける実益があるというのだ。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 夕刊紙三紙を片手に,居酒屋に入った私が,生ビールと赤ウィンナーの塩胡椒炒めを注文すると,今度は居酒屋の店員が「ご注文を繰り返します。生ビールと赤ウィンナーの塩胡椒炒めですね。」とご注文を繰り返す。</p> <p> もしも,落合監督が,当該居酒屋の店員なら,ご注文を繰り返す暇があれば,その隙に赤ウィンナーを塩胡椒で炒め始めたはずだ。</p> <p> マニュアル型人間は,落合博満の対義語なのだ。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 森羅万象を落合力で事業仕分けして悦に入っていた私は,生ビールを飲みながら,ふとあることに気がついた。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 「落合力」という他人の物差しを借用する行為こそ,実はもっとも「落合力」からかけ離れた行為ではなかろうか。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 「落合力」のパラドックスに気付いた私に,潜在意識が目を背けさせていたリアルな現実がさらなる追い討ちをかけた。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 落合博満が史上最多の3回目の三冠王を獲得したのは33歳のときだった。</p> <p> いまだ何一つ成し遂げたことのないイソ弁である私の年齢はその33歳なのである。</p> <p> &nbsp;</p> <p> そのあと食べたはずの赤ウィンナーの塩胡椒炒めの味を,私は覚えていない。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 翌日,私は,担当日である弁護士会のブログも更新しないまま,もしも落合博満が弁護士だったなら入るはずのない会派なるものの懇親会の会場にいた。</p> <p> ぼんやりと一次会で会務の報告を聞きながら,私は「NNOK?」の一節を思い出していた。</p> <p> &nbsp;</p> <p> 「宴会の途中で帰る勇気も一つの落合力である。」</p> http://www.osakaben.or.jp/blog/posts/20/entry/311#comments 本・映画・テレビ Thu, 27 May 2010 14:17:29 +0000 037624 311 at http://www.osakaben.or.jp/blog