2003年(平成15年)9月9日
司法制度改革推進本部
労 働 検 討 会 御 中
大阪弁護士会
会 長 高 階 貞 男
1 はじめに
司法制度改革推進本部労働検討会は、(1)導入すべき労働調停のあり方、(2)雇用・労使関係の専門的知識・経験の有する者の関与する裁判制度の導入の当否、(3)労働関係事件固有訴訟手続きの整備の当否、(4)労働委員会の救済命令の司法審査のあり方について検討を行い、本年8月中間とりまとめで、労働審判制度、労働関係事件の訴訟手続きの更なる適正・迅速化、労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方について提言を行っている。
当会においては、本年6月17日に「労働裁判改革に関する意見書」を労働検討会に提出し、(1)〜(4)の各問題ごとに意見を述べているところである。しかし、今回の中間とりまとめで、新たに労働審判制度が提言されていることもあり、以下の通り、意見を述べる。
2 労働審判制度について
(1)中間取りまとめでは、「個別労働事件についての簡易迅速な紛争解決手続きとして労働調停を基礎としつつ、裁判官と雇用・労使関係に関する専門的知識経験を有する者が当該事件について審理し、合議により、権利義務を踏まえつつ事件の内容に即した解決案を決するものとする新しい制度」(労働審判制度)の導入を提言している。労働審判制度は、訴訟制度との選択制であり、3回程度の審理で調停を試みつつ解決案を示すこと、専門家は、意見を述べるだけでなく、裁判官との合議のなかで解決案を決め、その意味では評決権を有するとされる。
近年、解雇、賃金・退職金不払い、残業代不払い、セクハラなどの個別的労使紛争が、増大しており、今回の労働審判が、低額で、かつ簡易な手続きで申し立てることができ、裁判官の法的判断に加えて労使の専門家の経験・知見を適切に解決内容に盛り込むことができるのであれば、増加する個別的労働紛争を迅速・適切に解決できるシステムとなることが期待できる。そのためには、当事者は、労働審判と訴訟(本訴及び仮処分)提起のいずれも自由に選択できるものとしたうえで、労働審判制度に以下の点が盛り込まれることが、不可欠の前提である。
- 申立手続きは、本人ができるように簡略化し、口頭での申し立ても可能とすること、また、費用も低額化すること
- 申立があった場合に相手方当事者には手続き応諾義務があるとすること
- 雇用・労使関係に関する知識経験を有する者については、労働法令関係、労使関係 の制度・技術・慣行等の実情に対する知見を有し、労使紛争の調整力・判断力が必要であるが、全国の地裁に配置できるだけの人材を早急に確保するとともに、その研修の機会を保障すること、また、専門家委員の選任にあたっては、公正な基準に基づき、かつその選任過程が透明であること
- 労働審判制度の導入に伴い、労働審判を担当する裁判官、書記官の増員、審判廷の増設など、裁判所の人的物的拡充をすること
- 決せられた解決案(決定)の効力、当事者の意向の考慮のあり方、訴訟手続きとの関連等、制度の詳細については、今後、検討するとされているが、少なくとも、
- 解決案の決定は、民事調停における調停に代わる決定(法17条)について当事者の同意が不要とされることとの均衡からも当事者の同意は不要とすべきであること
- 決定の内容は、双方の主張を足しで2で割る方式の安易なものではなく、法的な権利義務の存否を判断したうえで当事者を納得させる理由を附したものであることが必要であること
- 決定に対して一定期間以内に異議ないし訴訟を提起しないと確定して裁判上の和解と同様の効力を有するとすること
- 訴訟手続きに移行した場合にも、いたずらに長期化しないように、適正かつ迅速な審理が確保されること
- 審判手続きは、当事者の権利義務の存否を判断するものであるから、当事者主義にもとづく対審構造の公開手続きとすること
(2)中間とりまとめでは、労働参審制の導入の当否は、労働関係訴訟の今後の状況、労働審判制度における専門家の関与する実績等を踏まえるべき、将来の重要な課題とする。
しかし、労働裁判は、公開の法廷において適正な手続きによる解決基準を示すものであり、雇用社会における規範を形成するという重要な役割を果たすものであり、非訟手続きで行なわれる労働審判制度が、役割すべてを代替しうるものではない。労働審判では、裁判のように規範形成がなされるわけでないのである。
それゆえに、労働関係の専門的知識・経験を有する者が、労働裁判に関与することによって、労使紛争の適正な解決および解決基準、職場の規範形成に重要であり、さらには労使自治や国民の司法参加を拡大する観点からも是非必要であり、労働審判制度の導入によって、労働参審制度が棚上げにされることがあってはならず、労働審判をステップとして、早急に導入に向けた検討が開始されるべきである。
3 労働関係事件訴訟手続きの適正・迅速化について
中間とりまとめは、労働関係事件について、より適正かつ迅速化をはかるため、実務に携わる裁判官、弁護士等の関係者において、今般の民事訴訟の改正等を踏まえ、計画審理、定型訴状等のあり方をはじめ実務の運用に関する事項について具体的な協議を行い、運用改善に努めることが提言されている。
しかし、労働関係事件訴訟手続きの適正・迅速化のためには、運用改善だけでは足りない。
すなわち、賃金・退職金不払いや単純な解雇など簡明な事案であれば、弁護士を代理人にしなくても当事者が自ら裁判を起こすことが出来るよう、訴状の定型化や口頭での事件受付を可能にする制度化が必要である。また、事案簡明な事件については、原則として争点整理は1期日、証拠調べは1期日でそれぞれ行い、和解を勧試する場合以外は、直ちに判決を言い渡せる簡易迅速な手続きを当事者が選択できるものとする法制化が必要である。
他方、複雑な事件について、現状の実務において、しばしば、十分な審理計画を立てることなく延々と証人調べを行い、あるいは、文書提出命令の審理にのみに時間を費やしたりすることなどから審理が長期化する事態も見うけられるので、こうした事態を避けるために、計画的な審理が必要となろう。もっとも、計画的な審理と言っても、裁判所が一方的に決めるものであってはならず、当事者との協議により、その納得の上で審理計画を立てることが肝要であるし、民事訴訟法上の文書提出命令の審理を迅速に行うことなどによって充実した審理と訴訟促進が図られる必要がある。
4 労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方について
中間取りまとめでは、労働委員会における不当労働行為の審査の際に提出を命じられたにもかかわらず提出されなかった証拠が、救済命令の取消訴訟において提出されることに関してなんらかの制限を課することを引き続き検討することを提言している。
確かに、労働委員会の審査において提出を命じられたにもかかわらず提出されなかった新証拠が、取消訴訟において提出されて労働委員会の事実認定が否定されるような事態は、不当労働行為審査制度の意義を没却しかねない。
しかし、かかる取消訴訟における新証拠提出制限は、2回にわたる準司法的手続による審査を経たという意味において中労委の再審査命令に対する取消訴訟についてのみ、その導入が検討されるべきである。そして、その場合も、(1)労働委員会の審査体制の充実強化すること、および(2)例外措置(例えば、労働委員会の提出命令にもかかわらず、当該証拠を提出することができなかったことについて正当な理由がある場合を除くなど)を設けることが必要であろう。
さらに、「事実上の5審制」の解消のために、今回の中間とりまとめでは、先送りされた「実質的証拠法則の導入」や「審級省略」について、労働委員会の審査手続きおよび体制の充実強化を前提として、早急に検討されるべきである。
以上
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