2003年(平成15年)9月16日
司法制度改革推進本部 知的財産訴訟検討会 御 中
自由民主党 経済産業部会知的財産政策小委員会 御 中
知的財産戦略本部 御 中
大阪弁護士会
会 長 高 階 貞 男
1 意見の趣旨
知的財産高等裁判所(以下「知財高裁」という。)については、知的財産戦略本部において本年7月8日に決定された「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」において、貴本部がその創設を「図る」こととされ、「知的財産高等裁判所の創設につき、必要な法案を2004年の通常国会に提出することを目指し、その在り方を含めて必要な検討を行う」こととされている。
当会は、この課題について検討した結果、知財高裁の設立は、産業政策上何らのメリットもないのみならず、地方における知的財産分野の司法アクセスを阻害し、ひいては地方における知的財産保護のインフラを破壊するものであるから、これに強く反対する。
2 意見の理由
(1)知財高裁の弊害
知財高裁の具体的内容は必ずしも定かでないが、特許権等に関する訴え(特許権、実用新案権、回路配置利用権またはプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴え)について、控訴審のレベルのみ通常裁判所から職分管轄を分離し、かかる訴えについての控訴事件を専門的に取り扱う特別裁判所となると考えられる。
世界に目を向けたとき、このような意味での知的財産権に関する特別裁判所が設置された例は未だなく、米国においてはその導入が検討されたものの弊害の大きさから実行は見合わされている。米国のCAFCは知財高裁の例として引き合いに出されることがあるが、これは特許法の特別裁判所ではなく、実際特許事件は全体の3割に過ぎないといわれている。
我が国においても、知財高裁の導入は、以下に述べるとおり、地方における司法アクセスないし裁判を受ける権利の保障という観点から深刻な弊害を伴い、かつ、国民の明示的意思に反するものである。
第一に、知財高裁は、通常の高等裁判所から知的財産訴訟についての職分管轄を奪うものであるところ、これは知財訴訟の東京一極集中を一層固定化するものであるから、知的財産に関し、事実上地方における司法アクセスを恒久的に失わせ、中央以外における知財保護のインフラの壊滅を招く。
要するに、知財高裁の設立は、地方における知財保護の明確な切捨てを意味するものであって、その行き着くところは、わが国における研究活動の裾野の狭窄化であり、産業競争力の低下である。これは、極めて極端なアンチパテント政策といわざるを得ない。
第二に、特許権等の専属管轄を導入した民事訴訟法の改正案を採択した平成15年7月8日の参議院法務委員会において、「特許権等に関する訴えの専属管轄化については、専属管轄化に伴い地方在住者の裁判を受ける権利が不当に害されることがないよう十分配慮するとともに、今後知的財産訴訟への体制強化等の状況を踏まえ、必要な場合には見直しを行うこと」との付帯決議がなされた。これは、上述の危惧に基づく決議であり、ここにいう「見直し」は、全国の通常裁判所に潜在的な管轄権があるからこそ可能になるものである。
しかし、知財高裁設立により通常裁判所の知財事件に対する管轄権が奪われると、この見直しはもはや不可能になる。すなわち、今知財高裁の設置を進めるのは、わずか2ヶ月前になされた参議院における決議に正面から反するものであり、国民の代表による国会審議の結果を踏みにじるものである。したがって、知財高裁の導入は、国民の明示的意思に反するものである。
(2) 知財高裁導入のメリットの不存在
知財高裁を導入するメリットについて、かつては、知的財産事件の集中による専門化や判例の統一が唱えられていた。しかし、司法制度改革推進本部第10回知的財産訴訟検討会議事録によれば、知財高裁導入によってこういったメリットがもたらされることがないことはすでに明確にされ、知財高裁導入論者からも、もはやこれらのメリットがないことが認められるに至っている。すなわち、知的財産事件における専門知識は地方裁判所における事実認定作業において重要な意味を持つため、控訴審レベルにおいて専門家を集中させてもさしたる意味はなく、また、判例の統一は基本的には最高裁判所の職責であり、しかも、平成15年民事訴訟法改正によって知財事件の控訴審が東京高裁の専属管轄とされたことにより必要な措置が講じられている。そのため、もはや、上記のような議論は成り立たないのである。
その結果、現時点において、知財高裁の唯一の効用と考えられているのは、看板の架け替えによるアナウンスメント効果のみとなっている。すなわち、我が国が知財立国であることを内外にアピールするために知財高裁の設立を謳うのであって、内実は東京高等裁判所の看板の架け替えに過ぎないというのである。
しかし、まず、知財高裁の設置は、明らかに看板の架け替えを超える問題である。前述のとおり、特別裁判所の設置は職分管轄の変更であり、その効果は地方における知的財産保護のインフラの破壊である。
とすれば、知財高裁の設置によって内外にアナウンスされるのは、地方における知財保護の切り捨てであって、我が国が知財立国に逆行する制度を導入したという事実である。
アメリカにおいて知財高裁の導入が検討されながらその弊害の大きさから見合わされた例に取るまでもなく、諸外国が知的財産訴訟の特別高等裁判所を設置することの実質的な影響を見抜けないということはまずあり得ないであろう。結局、知財高裁の設立は、諸外国に対し、我が国が未だ司法国家として未成熟であり、無知であることを露呈することとなるに過ぎない。
(3) 結論
以上検討したところによれば、知財高裁の設置はわが国の知財保護を強化する上でなんら積極的意味はなく、むしろ弊害ばかりが大きいといわざるを得ない。アナウンスメント効果論も、世界の司法のレベルを知らないあまりに幼稚な立論である。
したがって、当会は、知財高裁を導入することに強く反対するとともに、今は、着実かつ内実の伴った政策形成及び地道な実務家の努力による、真の意味での知財立国を内外にアナウンスする方策を模索することが必要であると考えるところである。
以上
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