意見書・声明
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 「刑事裁判の充実・迅速化について」たたき台に対する意見書

2003年(平成15年)9月16日

 司法制度改革推進本部  御 中


大阪弁護士会        
会 長  高 階 貞 男

 司法制度改革推進本部検討会事務局が、裁判員制度・刑事検討会で配布された「刑事裁判の充実・迅速化について」、いわゆる「たたき台」について、以下のとおり意見を述べる。

第1 総論

  1. はじめに
     わが国の刑事裁判は、「絶望的である」と評されて久しい。
     刑事裁判は、形骸化している。また、極めて限られた事例とはいえ、一部に長期化したものがあることも事実であろう。この意味で、刑事裁判の充実・迅速化のための諸制度の改革が必要とされていること自体に、異論はない。特に、今般の司法制度改革において導入される裁判員制度を前提とするとき、その改革の重要性は明らかである。
     しかし、今回検討会事務局から「刑事裁判の充実・迅速化について」のパブリックコメントにおける資料として提示された「たたき台」(以下、単に「たたき台」という)には、根本的な疑問を呈さざるを得ない。
     その第1の問題点は、「たたき台」には、わが国の刑事裁判を形骸化させ、時として長期化させていた根本原因に対する分析検討が全くなされず、極めて小手先の改革案が提示されているにすぎないことである(わずかに第4で、「直接主義・口頭主義」という項目があるが、実質的な内容は、何も含まれていない)。
     わが国の刑事裁判を形骸化させ、あるいは長期化させていた根本原因は、間違いなく「調書」裁判である。捜査機関が、密室で長時間かかって「作文」した調書が、最重要証拠とされ、裁判の多くの時間が調書の証拠能力や信用性の審理に費やされる。裁判官は、公判での証言・供述より、裁判官室で読むこれら調書から心証を形成する。このような「調書」裁判を打破しなければ、いくら声高に刑事裁判の充実・迅速化を唱えても、真の充実した裁判など望むべくもなく、絵に描いた餅にすぎないことになる。その根本にメスを入れる必要がある。
     第2に、「たたき台」は、「刑事裁判の充実・迅速化」の名のもとに、捜査権力と、何の権力も持たない被告人・弁護人の彼我の能力の違いや、刑事訴訟手続の動的な性格を無視ないし軽視している。さらに、弁護側の手足を縛るかのような義務化や規制強化の提案が随所になされている。
     たとえば、「たたき台」は、第1回公判期日前の準備手続で、受訴裁判所の関与を肯定するなど(第1、1(4)準備手続の主宰者)、裁判所の予断排除の原則を軽視しつつ、裁判所による職権的手続の強化を図っている(第3 訴訟指揮の実効性確保)。他方で、黙秘権の実質的侵害となりうる被告人主張の明示を義務づけるが(第1、4 被告人側による主張の明示)、検察官手持ち証拠の開示に関しては、弊害を強調し、開示の範囲を限定的に解する案も提示されている(第1、3 検察官による事件に関する主張と証拠の提示。特に、同(3)B案)。確かに、一見現行制度より、証拠開示の制度が明確化され、開示の範囲を広げる内容とも読めるが、運用如何によっては、証拠開示というより、現行実務運用より後退した不開示制度の創設にさえつながりかねない危険性も否定できない。さらに、開示証拠の目的外使用を刑罰をもって禁止するなど(第1、9)、弁護側の活動に大きな足かせをはめようとしている。
     言うまでもなく、強大な権力を有する捜査機関と、何らの権限も持たない被告人・弁護人との間では、証拠の収集能力に、圧倒的な差が存する。そうであるにもかかわらず、「たたき台」が提言するような形で、被告人・弁護人が、事実上唯一の武器と言える黙秘権を奪われた上、検察官と同時期に対等な主張を強要され、さらには事件に予断を抱いた裁判所による強権的訴訟指揮の下に裁かれることとなれば、圧倒的な権力の下に被告人・弁護人の防御権は、重大な危機に瀕することになろう。また、公判手続は、準備手続の内容を形式に確認する儀式の場となってしまうおそれすらある。実質的当事者主義が実現することによってこそ、裁判の充実・迅速が図られる。そのような認識に立って構想されなければならない。

  2. 刑事訴訟の大原則
     刑事裁判は、国家刑罰権の有無・及びその範囲を決定する手続である。国家刑罰権の行使は、処罰を受ける者の人権に対する重大な制限を生ずる。もし、国家刑罰権の行使を誤れば、極めて深刻な人権侵害をもたらすこととなる。四つの死刑冤罪事件をはじめとして、数々の冤罪事件は、間違った国家刑罰権の発動が、どのように深刻な人権侵害を招来したかを教えている。憲法は、国家刑罰権の行使を誤ることによる深刻な人権侵害を避けるため、刑事訴訟における基本的なルールを定め、刑事訴訟法がそれを具体的に規定した。
     刑事訴訟における基本的なルールとは、次のようなものである。
    (1)公開の裁判を受ける権利
     刑事被告人は、「公開」の「裁判を受ける権利」を有する。これは、密室裁判による人権侵害を防止し、適正かつ公正な裁判を実現するため、市民が監視する中で刑事裁判を行わなければならないという、基本的な原則である。
    (2)黙秘権の保障
     刑事被告人は、黙秘権を有する。これは、自白を重視してきたことが、拷問による自白強要をもたらし、深刻な人権侵害をもたらしてきたことに対する歴史的反省から、被告人に自白を強要されない権利を認めたものである。
    (3)無罪推定の原則
     被告人は無罪の推定を受け、有罪の立証責任は検察官が負う。これは、警察・検察が強大な国家権力を用いて捜査を行うのに対し、被告人・弁護人側には十分な調査を行うことも困難であるという、警察・検察が圧倒的に優位な状況を踏まえ、被告人が有罪であることを立証する責任は検察側にあり、被告人側には、無罪を立証する責任はないことを明確にした原則である。
    (4)予断排除の原則
     さらに、無罪推定原則を手続的に保障するために、裁判所の予断を排除する起訴状一本主義が採られている。すなわち、公判期日において弁護人が意見を述べるまでは、裁判所には一切の証拠は提出されず、裁判所は、全く白紙の状態で裁判に臨むものとされているのである。
     ところが、今回示されたたたき台案は、これら刑事裁判の大原則を根底から覆しかねないものとなっている。私たちは、刑事裁判に真剣に取り組む弁護士として、多大な懸念を抱かざるを得ない。
     先に述べたように、憲法で「公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利」が被告人に保障されている意味は重要である。しかるに、たたき台案の内容は、被告人の権利の保障より、被告人・弁護人に対する強権的な訴訟指揮権行使による「迅速化」の発想が強く見受けられる。これでは、人権を保障するための迅速な裁判ではなく、単に「迅速な処罰」をもたらす危険が現実のものになってしまう。
     適正・公正が確保されてこそ「迅速」な裁判の意味がある。現在の刑事訴訟では、捜査資料の弁護側に対する開示が不十分にしかなされず、取調過程の可視化もされていない。「人質司法」と言われるように否認事件ではなかなか保釈が認められない。鑑定手続等に時間を要する。証拠収集能力・権限において被告人・弁護人側と警察・検察側とでは圧倒的な力の差がある。被告人側の立証に対して偽証罪等を振りかざして妨害するなどの事例も現実としてある。適正・公正で迅速な刑事裁判を実現するには、これらの問題の解決が必要不可欠である。ところが、たたき台案には、それらの視点が欠如していると言わなければならない。
     以下、これらの点を基本的視点とした上で、刑事裁判の充実・迅速化についての意見を述べる。


第2 各論

  1. 「調書」裁判の打破のために
     第1で述べたとおり、刑事裁判の充実・迅速化のために最重要なのは、調書裁判の打破である。
     特に、争いのある事件において、公判において裁判官ないし裁判員が直接耳にした証言・供述よりも、密室で採取され、裁判官ないし裁判員が公判外で読んだ「調書」が重視されるようなことがあってはならない。
     そのためには、最低限以下のような制度改革が必要である。

    (1)取調べ全過程の可視化(録画ないし録音)
     公判廷において、捜査段階における自白の任意性についての不毛な争いを避け、自白の任意性・信用性の判断が容易にできるようにするため、被疑者取調べを可視化すべく、その全過程の録画・録音を義務化すべきである。取調べ全過程の録画・録音がなされれば、被疑者が捜査段階でどのような取調べを受け、どのような供述をしていたのかについて、争いの余地がなくなる。このことは、録音を義務づけたイングランド・ウェールズにおける経験からも明らかである。
     なお、司法制度改革審議会意見書では、書面による記録化を義務づける限りでの提言がなされ、推進本部の議論もそれを前提としているようであるが、書面による記録化にとどまるのであれば、結局その記載の正確性、あるいは、記録上明らかでない事項をめぐって、争いが生じることは不可避である。これでは何の解決にもならない。自白の任意性・信用性の判断を容易にし、適正手続を保障するだけでなく、裁判の充実・迅速にとって取調の可視化が不可欠なことは明らかなのであるから、取調全過程の録画ないし録音制度を直ちに導入すべきである。

    (2)伝聞法則の徹底
     不同意となった供述調書は、証拠として採用できないことを徹底すべきである。
     そもそも裁判員はもちろんのこと、裁判官が、取調官の作文にすぎない供述調書を、公判外で読むことによって、心証をとること自体が、直接主義、口頭主義、公判中心主義に反し許されるべきことではない。そもそも、調書が取調官の作文にすぎないという実態の認識から出発すべきである。
     結局、刑事裁判の充実は、上記した取調べの可視化を全うさせるとともに、公判において伝聞法則を徹底させることに尽きる。

  2. 「たたき台」が提示した各論点に対する意見

    (1)「第1回公判期日前の新たな準備手続」(第1)

    ア  準備手続の主宰者(第1、1(4))
     「たたき台」のA案とB案の両案とも、受訴裁判所を主宰者としているが、第1回公判期日前に受訴裁判所に準備手続を主宰させることは、起訴状一本主義・予断排除の原則をないがしろにするものであって、裁判員制度対象事件であるか否かを問わず反対せざるを得ない。
     この点、起訴状一本主義・予断排除の原則の意味が問題となりうるが、少なくとも、公判前に受訴裁判所が捜査機関の抱く実体的嫌疑を引き継ぐ事態が許されないという点では、まず異論はないはずである。今回新たに検討されている準備手続では、現在行われている準備手続に比して、証拠開示等をめぐって、将来証拠として採用されるか否かが不明の証拠をめぐり、かなり踏み込んだ実質的な争点整理が予想されるところであり(「たたき台」第1、7の証拠開示の裁定等を参照)、準備手続を通じて、裁判所にこのような意味において予断が与えられる危険性、すなわち捜査機関の抱く実体的嫌疑を引き継ぐ危険性も格段に大きくなると考えられる。よって、準備手続における主宰者は、受訴裁判所以外とすべきである。
     なお、A案は、説明資料においてB案が指摘するとおり、「同じ受訴裁判所の中の裁判官と裁判員との間で、情報の格差が生じ」ることとなり、ひいては予断を持った裁判官が、当該予断に基づき裁判員の議論を、誘導支配することとなりかねない。A案は、およそ認めがたいといわざるを得ない。
     以上により、第1回公判期日前の準備手続は、受訴裁判所以外の裁判所が、主宰すべきである。もとより、上記のとおり、この問題は、準備手続の内容が捜査機関の抱く実体的嫌疑を引き継ぐ場にならないものとすべきこととの関係で決せられるべきものであるから、後述する準備手続の内容の設定とも関連する問題である。それゆえに仮に万が一、A案やB案が採用される場合であっても、少なくとも、受訴裁判所が証拠に触れる制度は絶対に許されないとの観点で構想されなければならない。

    イ 準備手続の方法等(第1、2)
    1. 準備手続の方法(第1、2(1))
       まず、イ後段の「裁判所は、被告人に対し、弁護人による主張、証拠調べ請求及び相手方の証拠調べ請求に対する意見について確認を求めることができるものとする」との規定は、被告人と弁護人の関係を全く理解しないものであって、削除すべきである。すなわち、「たたき台」の説明資料によれば、かかる手続は、「弁護人の主張等が被告人の意思に沿うものであるかを確認することが争点や証拠の整理に有益である場合もあるとの考えによるものである」とするが、これは裁判所が、被告人と弁護人との間に容喙することを認めるものであって、不当である。
       そもそも被告人と弁護人間は、秘密交通権が保障されていることからも明らかなとおり、裁判所といえども介入すべきものではない。実際、介入の仕方如何によっては、被告人と弁護人間の信頼関係そのものを破壊するおそれすらある。さらに言えば、かかる規定が定められれば、裁判官が、意に添わない弁護人の方針を排除する意図をもって、かかる介入をすることも可能となりかねないのである。裁判所が被告人と弁護人の間に容喙する制度を設けることなど、断じて許されてはならない。この規定の意味は「不適切な弁護」の存在を想定して、裁判所が被告人に対して後見的立場に立つ場面も必要という趣旨に重点があるのかも知れないが、そのような場合であっても、裁判所はあくまでも弁護人との間で問題を解決すべきである。このような場合を想定しても、上述したところに差異は生じない。
       また、「エ裁判所は、弁護人が準備手続に提出する書面に被告人の連署を求めることができるものとする」とあるが、これも、削除すべきである。「たたき台」説明資料によれば、これも「イの後半と同様の趣旨で、弁護人が提出する書面において述べられている主張等が被告人の意思に沿うものであることを確認する手段として、被告人の連署を求めることができるとするものである」というものであるが、裁判所が被告人と弁護人の間に容喙する制度が許されるべきではないことは、上記のとおりである。しかも、被告人に署名を求めることは、実質的に被告人の黙秘権を侵害するものであって、この観点からも上記規定は、絶対に許されない。
    2. 準備手続の内容(第1、2(3))
      たたき台案によれば、準備手続で行われるのは、訴因・罰条の明確化、争点の整理、証拠開示に関する裁定、立証趣旨を明らかにさせること、証拠能力の判断のための事実の取調べ、証拠決定、証拠調べの順序・方法の決定等である。これらの手続は、刑事裁判を進行する上で、非常に重要な手続であるから、公開すべきものである。
       ここでたたき台案が、違法収集証拠における違法性判断や任意性に関する事実の取調べを、非公開かつ裁判員の関与しない準備手続で行うという趣旨を含むものなら、明らかに不当である。上記違法性や任意性の判断は、主に事実の存否が争点なのであって、当然に公開の法廷で、裁判員が関与するなかで行われるべきである。
       実際、これらの論点は、任意性については信用性の問題と密接不可分といえ、違法収集証拠の問題も仮に違法排除の結論とならなくとも、多くの場合情状事実たり得るともされているから「専ら証拠能力の判断」とはいえないはずである。
      これらの手続はいずれも、市民が監視する公開法廷で行われることによって、その適正さの保障が確保され、刑事裁判に対する市民の信頼の重大な基礎となっているのである。公開法廷で行われなければならない。

    ウ 検察官による事件に関する主張と証拠の提示について(第1、3)
    1. 取調べ請求証拠の開示(第1、3(2))
       イ後段に、「これを開示することが相当でないと認める場合には、供述要旨を記載した書面の閲覧をする機会を与えることによるものとする」との規定は削除すべきである。
       ここで、「これを開示することが相当でないと認める場合」がいかなる場合を指しているのかは明らかではなく、その判断権者もあきらかではないが、かかる規定が設けられれば、当該証人の原始供述における矛盾変遷や不合理さなどが、隠蔽され、有効な反対尋問の機会を奪うおそれが大きい。かかる規定は、「弊害」の概念の曖昧さや、その判断を検察官にゆだねる運用を生みかねないことも相まって、証拠不開示制度の創設ともなりうる。削除すべきである。
    2. 取調べ請求証拠以外の証拠の開示(第1、3(3))
       「たたき台」A案は、原則開示型を志向する型、B案は、限定開示型を志向する型と評価すべきものと思われるが、A案によるべきである。ただし、A案において、「開示により弊害が生じるおそれがあるとき」とは、曖昧かつ広きに失するものといわなければならない。たとえば「証拠の内容が、国家の保安上の秘密に密接に関わるなど、開示による影響が重大で避けられない場合」などのより厳格な限定が必要である。
       なお、B案は、証拠の一覧表の交付すら認めないまま、被告人・弁護人に「開示を求める証拠の類型及びその範囲を特定し、かつ、事案の内容及び検察官請求証拠の構造等に照らし、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために当該類型及び範囲の証拠を検討することが重要であることを明らかに」する義務を課そうとするものである。しかし、被告人・弁護人にとっては、権力が収集した証拠として、いかなるものが存するかがわからないのが通常であって、このような義務を認めること自体が、弁護側に不可能を強いるものに等しい。証拠開示制度において、一覧表の開示は、必須である。この点に関連して、第1、7「証拠開示に関する裁定」(4)「 証拠の標目の提出命令」イに関する「たたき台」説明には、「当該一覧表を開示すると、被告人側の証拠漁り的な開示請求に用いられるおそれがあるなどの考えによる」との記載があるが、「証拠漁り」がいかなる意味かが明らかでない上、このようなことは、仮に何か弊害があるというのであれば、その裁定において処理すれば足る話であって、一覧表の開示自体を拒む理由にはならない。
       そもそも、B案に基づいて裁定を繰り返し、さらに争点に関連する証拠開示でも裁定を繰り返すなどという手続自体、煩雑にすぎ、迅速な手続を阻害しかねない。A案による方が迅速・充実な運用に明らかに資するものと思われる。
       ちなみに、B案は、上述のごとくに開示請求に至る要件の如きものを限定して絞り込んだうえで、検察官が、「相当と認めるとき」に開示すれば足りるというのであって、不開示の範囲が無限定に広がるおそれがある。さらに、B案でアないしキとして、列挙された証拠で十分とも思われない。たしかに、ここで列挙された証拠は、かなりの範囲に及んでいる。しかし、例えば、捜査報告書・復命書や取調べ経過に関する書類が含まれておらず、捜査の端緒をはじめとする捜査の経過や、取調べ経過などの証拠が開示されないとすれば、それは現行実務より後退するものにさえなりかねない。仮に捜査機関と重要証人との間に、捜査経過で取引がなされていたりすれば、捜査手続の違法性や証拠の信用性に重要な疑義が生じることになるが、捜査の経過についての捜査報告書がB案では、列挙されていないため、かかる経過が隠蔽されてしまう可能性も高いといわざるを得ない。結局、B案は不開示制度に堕す危険をぬぐえない。B案に、証拠不開示制度の創出となりかねない危険性がないといわれるのであれば、開示請求の要件の絞り込みを解除したうえで、最低限、捜査報告書(復命書)、被告人の身体拘束に関する記録、書面による取調べ記録は、これら類型に付加されなければならない。
       ともあれ、充実・迅速の観点からA案が妥当であることは動かないというべきである。

    エ 被告人側による主張の明示(第1、4)
     刑事裁判の充実・迅速化を図る趣旨で、検察官だけでなく、被告人側にも主張の明示を要求しようとする「たたき台」の考え方自体は、決して理解できないわけではない。
     しかし、言うまでもなく被告人には、黙秘権が保障されなければならない。被告人側に主張明示を義務づけることは、この黙秘権の保障を実質的に侵害するおそれがある。
     また、絶大な捜査権限を有する捜査機関とは異なり、被告人・弁護人には何らの権力も存在しない。また、弁護側の証拠は、たとえば弁護側証人に捜査機関が接触することにより、容易に供述内容が後退したり、出廷そのものを拒まれたりすることから明らかなとおり、捜査機関が収集する証拠に比して、圧倒的に脆弱である。かかる被告人・弁護人に、検察官と同様の主張明示義務を課すことは、実質的に弁護側の防御権を奪いかねない。
     また弁護側の主張や証拠は、必然的に検察官証拠の弾劾がその中心となるが、弁護側による弾劾内容や弾劾証拠の事前明示・開示は、弾劾の趣旨を無効ならしめる危険があることなどにも、十分な配慮が必要である。
     被告人側の主張の明示や証拠開示については、かかる観点からの慎重な検討が必要である。
    1. 主張の明示等(第1、4(1))
      「たたき台」アのA案は、被告人および弁護人に、無条件に主張の明示義務を認めるものであるが、上記のような被告人の黙秘権や弁護側証拠の脆弱性・弾劾としての性格に対する配慮を全く欠くものであって、不当である。「できる限り」との限定を付したB案が採用されなければならない。
       なお、説明資料は、「A案は、公判廷においてもするつもりのない主張は明らかにする必要はないとすることで被告人の黙秘権に配慮した上で、被告人にも、主張の明示義務を課すものである」とするが、趣旨不明である。黙秘権は、「公判廷においてもするつもりのない主張」であるか否かを問わず、被告人に保障されるべきものであって、その根本的な認識に誤りがあると言わなければならない。
       弁護側証拠の事前開示に定めた同イのA案B案は、上記アのA案同様、被告人および弁護人(A案)または弁護人(B案)に、無条件に開示義務を認めるものであるが、いずれも前記のような弁護側証拠の脆弱性・弾劾としての性格を考慮しないものであって、不当である。また、被告人にも開示義務を認めたA案は、被告人の黙秘権を実質的に侵害するものであり、さらに不当である。
       したがって、弁護側証拠の事前開示は、アと同様にB案について、「できる限り」との限定を付すべきである。なお、弾劾のための証拠について、事前開示が求められないことについては、民事訴訟規則102条の規定が参照されるべきである。
       また、弁護側が事前に開示した証拠については、捜査機関による事後的な接触を禁止するなど、捜査機関側からの圧力を防止する規定を設けるべきである。

    オ 争点に関連する証拠開示(第1、5)
     被告人側主張に関連する検察官手持ち証拠の開示を定めたものであること自体は、積極的に評価できる。しかし、開示の要件として「被告人又は弁護人から、開示を求める証拠の類型及びその範囲並びに当該証拠と被告人又は弁護人の主張との関連性その他被告人の防御の準備のために開示が必要である理由を明らかに」することを要求した上、検察官が「開示によって生じるおそれのある弊害の有無、種類及び程度などを考慮して、相当と認めるとき」としているのは、余りに限定しすぎるものといわなければならない。特に、弁護人側は、検察官手持ち証拠の内容を知り得ないのであるから、上記のような限定を課されれば、事実上証拠開示は不可能となる。弁護人は、証拠の類型と当該証拠と主張事実との関連性を明らかにすれば足りるとすべきである。また、後者については、「罪証隠滅、証人威迫といった弊害の具体的かつ高度の蓋然性を主張立証しない限り開示しなければならない」との趣旨にすべきである。

    カ 証拠開示に関する裁定(第1、7)
    1. まず、証拠開示の重要性から、証拠開示についての裁定は、公開法廷で行われるべきである。
    2. 証拠の提示命令(第1、7(3))
       いわゆるインカメラ手続を定めたものであるが、かかるインカメラにより、相手方当事者に開示されない証拠によって、裁判所が心証を形成しないための制度的な保障が必要である。かかる観点からも、準備手続は、受訴裁判所が行うべきではない(第1、1(4)準備手続の主宰者参照)。少なくとも、この手続に受訴裁判所が関与することは絶対に許されない。
    3. 証拠の標目の提出命令(第1、7(4))
       「たたき台」は、同イで、裁判所は提出された証拠の標目の一覧表を被告人および弁護人に開示しないことを規定しようとしているが、インカメラ手続きをとるとしても、証拠の標目の一覧表の開示まで、被告人および弁護人に拒否すべき理由はない。その意味でA案、B案いずれも不当である。端的に、「裁判所は、アにより提出された一覧表を、被告人及び弁護人に開示しなければならない」とすべきである。少なくともB案の「開示により弊害が生じるおそれがあると認められるとき」とあるのは、単なるおそれではなく、弊害についてのより高度で確実な蓋然性を要するとしなければならない。

    キ 争点の確認等(第1、8)
    1. 準備手続終了後の主張(第1、8(2))
       準備手続に失権効を認めるか否かであるが、刑事訴訟は、動的な手続であって、証人尋問等、証拠調べ手続の内容や進行如何によって、証拠構造や新たな論点が出てくることは避けられない。特に、証拠収集の権力を持たない被告人・弁護人側には、そのような事態は往々にして発生する。
       また、準備手続に失権効を認めれば、被告人には、事実上事前に主張を明らかにする義務が課せられることになりかねず、実質的に黙秘権が侵害されることともなる。
       さらに、被告人は、様々な利害関係から、無実であるにもかかわらず、手続の途中まで、虚偽の事実を自認したり、自白をすることも多いが(時として、それが捜査機関による虚偽約束によることもある)、失権効を認めれば、かかる虚偽供述を翻すことができなくなるおそれも大きい。
       したがって、制約を設けないB案が妥当である。
    2. 準備手続終了後の証拠調べ請求(第1、8(3))
       上記aと同様の趣旨から、C案が妥当である。

    ク 開示された証拠の目的外使用の禁止等(第1、9)
    1. 目的外使用の禁止(第1、9(1))
       「たたき台」として示されたア、イ、ウの各規定は、いずれも相当ではなく、削除されなければならない。
       ここでいう開示証拠が、公開法廷で取調べられた証拠を含むのか否か定かではないが、仮に含むとするのであれば、公開されたものを限定して用いるべきというのであって、これは全くの誤りといわざるを得ない。
       また、公判で取調べられていないものについてであるとしても、刑事訴訟法47条は、「訴訟に関する書類は、公判開廷前には、これを公にしてはならない」と規定しているものの、但書で「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りではない」としており、公表できる場合を比較的広く認めている。同条にいう「訴訟に関する書類」には、裁判所保管のもののみならず、検察官・弁護人らの保管しているものも含むと解されているのであって(『註釈刑事訴訟法第1巻』199頁参照)、ここからは開示証拠を審理の準備以外の目的に使用することを例外なく禁止し、しかも、科料、刑罰の制裁をもって、この禁止を法的に強制しなければならない法理などは、窺われない。
       また、今、これを創設すべき合理的な必要性を根拠づける立法事実は存在しないのではないか。開示証拠が審理以外の目的に使用されたために、刑事裁判の審理が困難となったとか、被告人が不当に処罰を免れたとか等の具体的な弊害が生じているとは思われないのである。仮に名誉毀損や脅迫、恐喝などに使用されたというのであれば、それぞれの犯罪として対応し、処罰すれば足る。結局、『たたき台』のような提案は不要というべきである。
    2. 開示された証拠の管理(第1、9(2))
       開示された証拠の管理について、弁護人に管理義務を認める「たたき台」案も相当ではない。
       まず、「みだりに他人にその管理をゆだねてはならない」という「他人」に被告人が含まれるのであれば、強く削除を求めざるを得ない。けだし、開示された証拠の写しを弁護人が管理すべきとする実質的根拠は存在しないとする見解も有力だからである。開示された証拠については、被告人の自己情報支配権として被告人の管理権が認められるべきであり、弁護人には、被告人の自己情報管理権から独立して、開示証拠を管理する責任はないし、それを根拠づける実質的根拠は見いだせないとの見解がある、このとき、「弁護人は、みだりに他人にその管理をゆだねてはならないものとする」という規定の「他人」に被告人も含まれるとすれば、開示証拠に対する被告人の管理権を全面的に否定することになるが、その妥当性は甚だ疑問である。実際、被告人が、裁判途中や一審または控訴審終了後に他の弁護人に依頼するために当該弁護人に対し開示証拠の写しの引き渡しを求めるのは、正当な要求であり、これを弁護人が拒む理由はないであろう。
       裁判終了後においても、被告人には再審を請求する権利があるし、えん罪を主張する被告人が裁判終了後も、開示証拠の写しを手許においてえん罪を晴らすために検討、研究したいとすることは正当な要求である。弁護人の開示記録管理責任は被告人のこのような正当な要求・活動を制限する結果となりものであって、認められない。結局、この「たたき台」案も不要である。

    (2)「訴訟指揮の実効性確保」について(第3)
     開示された証拠の目的外使用についての罰則規定化の姿勢と同様であるが、これから裁判員制度を導入し、審理を充実させるための新たな制度を創設しようとする段階で、まず弁護人に対する信頼の不存在を前提とする規定を設けようとする姿勢自体、甚だ遺憾という外はない。如何なる制度も不信から出発して実りある制度創設が実現できるとも思われないのであって、かような発想自体、改められるべきである。このことを前提に、以下、若干、指摘する。

    ア 国選弁護人の選任(第3の1)
     このような規定を設けなければならないとする立法事実があるのであろうか。甚だ疑問である。少なくとも、「弁護人が……出頭しないおそれがあるとき」にまで拡張すべきでないし、「但し、被告人の防御権を不当に制限するものであってはならない。」との規定は必ず付加されるべきである。

    イ 訴訟指揮権に基づく命令の不遵守に対する制裁等(第3の2)
     いずれも不当であって、削除すべきである。特に、過料や損害賠償の決定は問題外である。処置請求は、現行刑訴規則303条で足りる。
     このような不信に基づく立法化を前提にするならば、訴訟指揮そのものが不当で誤っているときの手当ても同時に規定しなければならない筋合いである。けだし、これらの規定は、不当な弁護活動を想定しているものと思われるが、そうとすれば同時に不当な訴訟指揮というものもあり得るといわざるを得ないからである、そうだとすると、片や、訴訟関係人に過料まで科すということにしながら、他方は、現在の異議などで対抗する以外ない上に、そのような対抗に対する制裁の判断自体が、当の訴訟指揮をなす者によってなされるということになり、結局、決定的にアンバランスな制度の創設という外はない。不当な訴訟指揮が野放しになるという帰結を招くだけで、これは裁判の充実でも何でもない。
     このような制度を設けなければならぬ立法事実自体、想定しがたいというべきである。時に生じうる訴訟指揮と訴訟関係人の活動との間の紛糾の規律の仕方は、最低限の信頼関係を前提にまずなされるべきである。そして、それを超える場合は、現行制度によることで足るはずである。

    (3)直接主義・口頭主義の実体化(第4)
     上述のとおり、まず何よりも取調べの可視化が不可欠である。これを欠くことは許されない。

    (4)即決裁判手続(第5)
     「たたき台」の提案は中途半端な制度で意味があるとは思われない。裁判の充実・迅速の観点からはアレインメントの導入に踏み切るべきである。
以上
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