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 アスベスト被害の全面救済と根絶を求める提言

提言の趣旨

 平成17年6月30日の新聞報道をきっかけに、アスベスト(以下「石綿」という場合があるが同じものである)が労働者だけではなく、その家族・周辺住民にまで被害をもたらしていることが明らかとなっている。アスベストに曝露してから疾病発症までの潜伏期間が数十年と長いことから、被害の救済と予防のためには特別な配慮が必要である。今般、政府により、いわゆる「石綿新法」が制定されようとしているが、その内容には不十分な点があるので、アスベスト被害の全面救済と根絶を目指し、以下の通り提言する。

1 被害者救済措置

(1)早期の実態調査と健康診断の実施

  1. 国及び地方自治体は、早急に、アスベストによる健康被害の疫学的調査を含めた実態調査を実施すること。
  2. 国及び地方自治体は、早急に、石綿関連事業所の現(元)従業員、その家族、現在のみならず過去も含めた周辺住民、通勤・通学者、個人事業主などに対して、健康相談、健康診断を実施すること。
  3. 国は、職業歴、居住歴、通勤経路などから石綿曝露による発症のおそれがあると認められた者に対して健康管理手帳を交付して定期的な健康診断を実施すること。

(2)被害者救済立法について

  1. 国は、救済対象者には、労災補償対象外である従業員の家族、周辺住民、通勤・通学者、個人事業主およびその家族など石綿に曝露した者全てを隙間なく含めること。
  2. 国は、石綿による疾病の認定基準については、被害者救済の観点から、石綿曝露の経歴について一定の年数を要求しないものとし、医学的な因果関係についても厳格な証明を不要として石綿由来の蓋然性がある疾病であれば全て救済の対象とすること。
  3. 国は給付内容を継続的な給付とし、遺族・被害者らの生活保障に見合うものとすること。
  4. 国は、労災の遺族補償のみならず療養補償、休業補償についても時効を適用しないこと、民事賠償についても時効・除斥期間を見直すこと。
  5. 新法の財源について汚染者責任原則を徹底し、石綿製造業、輸入業、石綿部品の使用業者、建築業者など全ての石綿関連企業から公正かつ応分の割合で徴収することとともに、石綿規制が遅れたことによって被害を拡大させた国も同様の負担をすること。

2 アスベスト健康被害と環境汚染の防止策

(1)新規のアスベスト製品の輸入・製造・販売・新たな使用を早急に全面禁止し、在庫品の販売を禁止するだけではなく、既存のアスベストについても以下のとおりの対策をとること。

  1. 建造物及び設備(以下「建造物等」)のうち、吹きつけアスベスト等飛散するおそれのあるアスベスト(以下「飛散性アスベスト」)が使用された建造物等の所有者・管理者に、劣化しているか否かを問わず、早期に除去すべき義務を課し、早期に除去することが困難な場合は直ちに封じ込め・囲い込みの対策をとり、その後相当期間内に除去すべき義務を課すること。
     特に病院、学校など多人数が立ち入る可能性のある建造物については、早期かつ厳格な対策をとるべき義務を課すること。
  2. 飛散性アスベスト及びアスベストを含有する建材等を使用した建造物等を解体・改修・補修・廃棄する場合、建造物等の所有者・管理者及び作業施工者に、アスベストを飛散させないよう必要な措置を義務付けること。また、周辺住民に対してアスベストや作業内容に関する情報公開措置を義務付けること。
  3. 上記義務が適切に履行されるよう、立入検査や措置命令の制度を定め、かつ、罰則をもうけること。
  4. 国及び地方公共団体は、適切な措置がとられているか否かに関する情報の窓口を設置し、市民からの情報の集約に努めること。
  5. 地震・火災・土砂崩れ等の災害によりアスベストが飛散することを防止するために必要な計画を定め、措置をとること。

(2)情報の集約と公開

  1. アスベストを輸入・製造・販売・使用していた事業者(以下「アスベスト関連事業者」)に、輸入・製造・販売・使用したアスベストの種類・量・製品・製造方法・使用方法等に関する情報を、国及び地方公共団体並びに取引先に提供する義務を課すること。
  2. 建造物等の所有者・管理者に対し、所定の期間内に、アスベスト使用の有無・使用している場合のアスベストの種類・量・保存状態(以下「アスベスト使用の有無等」)について調査し、その結果を国及び地方公共団体に報告する義務を課すること。
  3. 建造物等を譲渡又は賃貸する場合、譲渡人または賃貸人は、譲受人または賃借人に対して、当該建造物等におけるアスベスト使用の有無等に関する情報を提供する義務を課すること。アスベスト使用の有無等を宅建業法上の重要事項説明の対象とすること。
  4. 国及び地方公共団体は、集約した情報をもとにアスベスト使用建物台帳を作成し、これを公開すること。

(3)アスベスト廃棄物対策

  1. アスベストを含んだ廃棄物については、現行廃棄物処理法及び技術基準に基づく取扱を一層厳格にし、アスベストが環境中に飛散することのないようにすること。
  2. アスベストを含んだ廃棄物についての情報を収集運搬業者・処分業者に提供する義務を排出者に課すること。

(4)公的援助
建造物等の所有者・管理者が義務付けられる調査・封じ込め・撤去等の措置に要する費用についても、一定の条件のもとで援助する制度を設けること。その財源は、国及びアスベスト関連事業者が公平に負担すること。

3 総合的な石綿対策基本法の制定

(1)アスベスト被害が国民に甚大な被害をもたらす公害であることに鑑み、アスベスト被害救済及び被害の拡大防止と環境保全のための対策を総合的に定める「アスベスト対策基本法」を制定すること。
(2)上記アスベスト対策基本法においては、内閣府の所管とすること。

2005年(平成17年)12月14日
近 畿 弁 護 士 会 連 合 会


アスベスト被害の全面救済と根絶を求める提言の理由

1 はじめに

 尼崎市の大手機械メーカーの元従業員や周辺住民らが中皮腫や肺ガンなどアスベストに起因すると考えられる疾患によって死亡していたことが明らかになったことを契機に、アスベストによる健康被害は、今日、従業員のみならず家族や周辺住民などに広がり、労災のみならず公害としての様相も呈している。しかも、一般市民にもアスベスト含有建材や製品による健康被害の不安が広がっている。かかる事態を受けて、国は、労災補償対象外である被害者救済のための法案を来年通常国会へ提出する方針を決定しているが、右法案では被害者救済として不十分であるし、将来のさらなる被害発生・拡大を防止する措置も早急にとる必要がある。
 近弁連は、1995年(平成7年)11月、震災建物撤去に伴うアスベスト被害防止の提言し、また、今回の事態を受けて、2005年9月14日、「アスベスト被害の早期救済と恒久対策を求める決議」を発表した。そして、この間、プロジェクトチームで、患者家族会、医師、事業者などに聞き取りを行い、12月10日、被害が集中している尼崎市内でシンポジウムを開催した。それらの結果を踏まえて、本日、アスベスト被害の全面救済と根絶を求める提言を行った次第である。

2 被害者救済措置について

(1)提言1(1)について

  1. アスベストによる健康被害問題では、今後、従業員のみならず周辺住民、家族、通勤通学者へのさらなる被害の拡大が危惧されるが、未だに詳細な疫学的調査を含めた実態調査が行われていない。そこで、国及び地方自治体は、早期に、事業所別、業種別などの現(元)従業員・家族・周辺住民(現在および過去を含む)を対象とした疫学調査を含めた実態調査を実施し、今後の被害者救済ないし被害防止対策の基礎的な資料とする必要がある。
  2. アスベストによる健康被害が長期間にわたり潜在化することに鑑み、石綿暴露者の健康不安への配慮と疾病の早期発見のために、国及び地方自治体は、石綿関連企業の現(元)従業員、その家族、現在のみならず過去も含めた周辺住民、通勤通学者、個人事業主など石綿に曝露した可能性のある者に対して、無料で健康相談、健康診断を実施することが必要である。
  3. 健康相談、健康診断の問診などによって職歴、居住歴などから石綿曝露による将来の発症の危険性あると認められれば、国は、その時点で明確な医学的所見が認められなくとも、健康管理手帳を交付して、無料で定期的な健康診断を受診できるようにし、疾病に対する早期発見の治療を可能とするべきである。

(2)提言1(2)について
 政府は、来年の通常国会に提出予定の「石綿新法」で、労災補償対象外である従業員の家族、周辺住民、石綿曝露作業に従事していた個人事業主や一人親方も救済対象としてその救済内容を、1.)住民と労働者家族については亡くなっている場合は一時金、治療中の場合は医療費と療養手当、建設業の一人親方や個人事業主は一時金とすること、2.)死亡後5年を経過した遺族の労災申請について時効の見直しなどを盛り込むこと、3.)認定基準については、中皮腫は、明確に石綿が原因でない場合を除いて原則として救済の対象とし、肺がんは、あらたな認定基準をつくること、4.)財源は平成18年度までは国が負担し、平成19年から22年までは民間事業者から徴収する基金を新設することとされている。
しかし、被害者救済としては、不十分であり、以下の点を考慮するべきである。

  1. 救済の対象者を、労災補償対象外である従業員の家族、周辺住民、通勤・通学者、個人事業主およびその家族など、およそ石綿に曝露した者全てを隙間なく含めるべきである。
  2. 石綿による疾病の認定基準については、従来、一定年数の石綿曝露の経歴の証明や医学的な因果関係についても患者の負担になる外科的な方法など厳格な証明が要求されていたため、労災認定をされた件数は極めて少数に止まっていた。そこで、被害者救済の観点から、石綿曝露の要件については一定期間を要せず一時期でも足りるとし、医学的な因果関係についても厳格な証明を不要とし、石綿由来の蓋然性があることが確認されれば足りるとすべきである。そして、悪性中皮腫については原則救済することはむろん、その他、肺がん、間質性肺炎、急性呼吸不全、急性肺炎、肺炎気管支炎など病名を問わず石綿由来の蓋然性があれば救済の対象とすることが必要である。
  3. 新法の給付内容としては、施行前に死亡した周辺住民や家族、個人事業主らに対して一時金、治療中の者については、医療費が無料、療養手当月額10万円とされ、また、労災時効の例については、一律年額240万円とされている。このうち、死亡した者の補償が一時金とされていることは、むろん、その他の補償額についても、必ずしも十分ではない。そこで、保障内容は、遺族や被害者らに対する継続的な生活保障に見合うものとする必要がある。
  4. 労災補償の時効については、遺族補償のみならず療養補償、休業補償についても適用しないことが必要であり、また、アスベストの健康被害の潜在期間が長期であることを考慮すると企業などに対する民事賠償を求める際の時効(3年)、除斥期間(20年)も見直すことが必要である。
  5. 財源については、汚染者責任原則を徹底し、石綿製品メーカーのみならず、輸入業、および自動車メーカーなど石綿部品の使用業者、建築業者など全ての石綿関連企業から、労災認定件数、アスベスト使用量などを総合して公正かつ応分の割合で徴収することが必要である。また、国も、ILO、WHO等の動向から石綿の健康被害についての知見を有しながら、石綿規制が遅れ被害を拡大させたこと、および、中小企業が多い石綿関連企業では倒産するなど十分な資力のない場合が多いこと鑑み、企業と同様の負担をすべきである。

3 アスベスト健康被害と環境汚染の防止策

(1)提言2(1)について
 平成17年9月29日発表の政府による「アスベスト問題への当面の対応」では、既存アスベスト対策が不十分である。すなわち、アスベストの除去等については、平成17年7月1日施行の石綿障害予防規則で、通常時(解体・補修等を行う際ではなく)の吹きつけアスベストについては、吹きつけアスベストが劣化した場合に建物所有者に除去等の措置をとるべき義務が定められているが、これは事業者が労働者を保護するために定められているものであり、労働者が存在する事業場に限られている。また吹きつけアスベストが劣化した場合に限られている。さらに、とるべき措置も除去以外の封じ込めなどでも可能とされている。しかし、アスベストが劣化した場合にかぎらず、吹き付けアスベスト等は飛散する危険があり、飛散すれば青石綿等危険性の高いアスベストが使用されている場合が多いので、人体にとってきわめて有害である。また、封じ込めや囲い込みだけでは施工後数年で再び飛散する危険が生ずるし、震災等の災害時に危険性の高いアスベストが大量に飛散する事態を招く。したがって、飛散性アスベストについては除去させる必要がある。この点、建築基準法を改正して住居やマンションをも対象にして吹き付けアスベストを除去等するべき義務を課する動きがあるものの、除去に限らず封じ込め等でも足りるとされ、また飛散性アスベストのうち保温剤等が除かれている点が不十分である。
 そこで飛散性アスベストについては、早期に除去することを義務付けなければならない。また直ちに除去することができない事情がある場合には、まず封じ込め、囲い込みをさせた上、相当期間内に除去すべき事を義務付ける必要がある。とりわけ、病院・学校等多人数が出入りする場所については、より早期かつより厳格な基準を定めるべきである。
 建造物等の解体等の場合、現行法では工事施工者に義務が課せられているが、アスベストが飛散するのを防止するには、工事施工者のみならず建造物等の所有者・管理者にも一定の義務を負わせることが必要である。
 建造物等の解体等の場合に工事施工者に課せられた義務については、大気汚染防止法によって、吹きつけアスベストが使用されている建造物を解体・改造・補修する場合に工事施工者は一定の作業基準を満たした作業をしなければならないとされているものの、現行法上は吹き付け面積50m2以上かつ延べ面積500m2以上という裾切りがあり、しかも規制対象が吹きつけアスベストの解体等の場合に限られている(なお今般大気汚染防止法が改正され裾切りが撤廃され、かつ、すべての建造物が対象とされる見込であるが、成形板については改正案でも規制から除外されている。)。
 石綿障害予防規則は、成形板を使用している建造物の解体等の場合にも労働者のアスベスト曝露方法を定めた作業計画や保護具を使用することなどの規制を及ぼしているものの、成形板使用建物の解体等の場合は知事への事前届出義務がなく、隔離措置も不要とされており、解体等作業中の大気中アスベスト濃度のモニタリングも義務付けられていないし、モニタリング結果の公開も義務付けられていない。これらは吹きつけアスベスト等を使用しておらず成形板のみを使用している建造物の解体等の場合でも不可欠である。石綿障害予防規則では建造物の所有者が工事施工者に対して、アスベストの使用状況等について情報提供すべきことが定められているが、努力義務にとどまっている。
 そこで、成形板を使用している建造物の解体等の場合であっても、知事への事前届出義務・隔離措置、モニタリング、モニタリング結果の公表、建造物所有者等の工事施工者への情報提供義務などを定めなければならない。
 建造物等の解体等の場合に、適正に作業が行われているか否かは、石綿障害予防規則では石綿作業主任者が指揮・監視するとされているが、さらに近隣住民による監視が重要であるから、前記の情報公開のほか、地方自治体に情報窓口を設ける必要がある。また、国及び地方自治体に立入検査、措置命令を認めた上、所有者・管理者及び工事施工者が違反した場合には罰則を定めるべきである。
 ここで規制対象となるアスベストは、その種類、含有量・含有割合を問わないものとし、規制対象となる建造物及び設備は、アスベスト含有製品の使用されている面積を問わないものとすべきである。これは単独では少量のアスベストであっても、多数存在すれば総体としては大量のアスベストを飛散させることになるので、所有権を基準に裾切りを行うことは環境保護の観点から合理性がないからである。

(2)提言2(2)について
 アスベストの除去及び解体等における適切な飛散防止策をとるためには、アスベストの使用状況を予め把握しておくことが不可欠である。そこで、国及び地方自治体はアスベスト使用建物台帳を作成保存しなければならないこととし、この台帳は公開することとすべきである。
 アスベスト使用建物台帳を作成するには、私人が所有する建造物の所有者・管理者に、アスベスト使用状況の調査義務・報告を課す必要がある。ただ所有者・管理者といえどもアスベスト使用状況を把握することは容易ではないから、アスベスト関連事業者に情報提供義務を課すべきである。
 また、建造物が流通する際にアスベスト使用の有無等の情報を調査することを促進するために、譲渡人ないし賃貸人に、譲受人ないし賃借人に対する情報提供義務を課する必要がある。

(3)提言2の(3)について
 現行法上、飛散性アスベストについては特別管理産業廃棄物のひとつである廃石綿等とされて、湿潤化した上で耐水性プラスチック袋等による二重梱包または固型化を行うことなどが定められており、収集運搬・処理については特別管理産業廃棄物の許可を必要とする。非飛散性アスベストについては、通常の産業廃棄物とされ、安定型処分場で埋め立て処分されている。環境省の技術指針によって、他の廃棄物との区別、シートかけと破砕の原則禁止が定められている。しかしながら、これらが現場で十分徹底しているとは言い難く、破砕を認める例外も多い。
 そこで、アスベスト廃棄物については、処分計画を作成させるだけではなくこれを知事に届け出させて、かつ事後報告もさせるなど、より徹底した管理及び処理方法をとるべきである。
 さらに非飛散性アスベストを破砕する条件を厳格化し、飛散防止措置を徹底した上でなければ破砕してはならないよう義務を強化すべきである。

(4)提言2の(4)について
アスベストの除去等、解体時の作業、事前の調査などにおいて、建造物等の所有者・管理者に義務を負わせる必要がある。しかしながら、請負業者や建材メーカー等がすでに倒産しているなどの事情で、アスベスト使用の有無を調査するだけでも相当の費用がかかる。
 所有者・管理者にすべて負担させることは酷であるし、これらの費用も本来は国及びアスベスト関連事業者が負担すべきものである。
そこで、建造物等の所有者・管理者が負う経済的負担については、国及びアスベスト関連事業者が資金を拠出して基金を創設し、所有者・管理者が調査義務・適正処理義務などを果たすために要する費用に対して援助する必要がある。

4 総合的石綿対策基本法の制定

 国の平成17年9月29日付けの「当面の対応」では、被害者救済についてはいわゆる石綿新法を制定するが、それ以外の対応は従来通りの個別法の改正等で対応するもようである。
しかしながら、アスベストの被害救済と予防のためには従来から存在する大気汚染防止法や石綿障害予防規則や建築基準法の改正だけでは不十分であるから、アスベスト対策を総合的に規定し、未曾有の公害被害であるアスベスト禍に対して万全の救済策をとることを目的とする基本法を制定すべきである。そして縦割り行政の弊害を除去するため、省庁横断的に内閣府またはその直轄の部署の所管とすべきである。

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