意見書・声明
意見書 会長声明等

 「弁護士報酬の負担のあり方に関する日弁連意見の素案」について

2002年(平成14年)5月1日
日本弁護士連合会
会長 本林 徹 殿
大阪弁護士会
会長 佐伯照道


2002年2月15日付、日弁連司法改革実現本部弁護士費用敗訴者負担問題プロジェクトチーム作成の「弁護士報酬の負担のあり方に関する日弁連意見の素案」(以下素案という)について、大阪弁護士会は次のとおり意見を申しあげます。




1、意見の趣旨

素案は一定の場合に片面的な敗訴者負担制度の導入を図る他、次の場合には両面的な敗訴者負担制度の導入を提言しているが、日弁連としては片面的な敗訴者負担制度の導入のみを提言すべきであり、両面的な敗訴者負担制度の導入については提言すべきでないと考える。
  1. 敗訴した当事者が原告であり、その訴訟の提起が、自らの主張した権利若しくは法律関係が事実的若しくは法律的根拠を欠くことを知りながら又は重大な過失によってこれを知らずに訴訟を提起して、裁判制度の趣旨目的に著しく反して相当性を欠くと認められる場合。

  2. 敗訴した当事者が被告であり、応訴時において、原告の請求が正当なものであり、何ら争う余地がないことを十分知りながら、これを争って、防御の権利を濫用したと認められる場合。

  3. 当事者がともに商人たる法人である場合。ただし、当事者のいずれかの資
    本金または出資金が一定規模以下の場合を除く。
2、意見の理由
  1. 弁護士報酬の敗訴者負担制度の問題点

    弁護士報酬の敗訴者負担制度の問題点については平成12年10月18日の日本弁護士連合会理事会における決議において明らかにされているように、我が国においては、医療過誤訴訟、消費者訴訟、労働訴訟、政策形成訴訟などの事件だけでなく、一般の訴訟においても、当初から勝敗がはっきりしている事件は多くなく、むしろ勝敗がはっきりしない事件が多いのが実情であり、一般的な敗訴者負担制度が導入されれば、依頼した弁護士に対する報酬だけでなく、相手方の弁護士報酬の支払いも強制されることから、二重の弁護士報酬の負担に耐えるだけの経済力のない市民や企業を裁判から遠ざけ、訴訟提起を躊躇、萎縮させるという著しく不合理な効果をもたらすことになる。裁判は経済力がある個人、大企業だけが利用するだけのものとなり、市民や企業の裁判を受ける権利を奪い、訴訟を利用しやすくするという見地から大きく掛け離れたものとなり、司法改革に大きく逆行する制度である。

  2. 司法制度改革審議会意見書―訴訟の利用促進が目的

    司法制度改革審議会意見書は弁護士費用の敗訴者負担制度の導入について、「勝訴しても弁護士報酬を回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも、その負担の公平化を図って訴訟を利用しやすくする見地から、一定の要件の下に、弁護士報酬の一部を訴訟に必要な費用と認めて敗訴者に負担させることができる制度を導入すべきである。この制度の設計に当たっては、上記の見地と反対に不当に訴えの提起を萎縮させないよう、これを一律に導入することなく、このような敗訴者負担を導入しない訴訟の範囲及びその取扱いの在り方、敗訴者に負担させる場合に負担させるべき額の定め方等について検討すべきである」と記述している。
    「勝訴しても弁護士報酬を回収できないため、訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも、その負担の公平化を図って訴訟を利用しやすくする見地から」というのは敗訴者負担制度を導入しないと訴訟を回避し、訴訟を断念しなければならない当事者に対し、負担の公平化を図ることによって、訴訟の断念を防止し、訴訟を利用しやすくするということが導入の目的であることは明らかである。
    このように、敗訴者負担の導入はあくまでも訴訟の利用促進の見地からの導入が求められているのであって、両面的敗訴者負担制度の導入を当然の前提とはしていない。両面的敗訴者負担制度を導入することによって、訴訟萎縮効果がなく、訴訟の利用促進がなされる場合があるかどうかが、検討されるべきである。中間報告では「訴訟当事者がその依頼した弁護士に支払う弁護士報酬は、現行制度上、原則として訴訟費用に含まれず、訴訟の勝敗に関わりなく、各自負担とされている。このような制度の下では、訴訟を必要以上に費用の掛かるものとさせ、また法によって認められた権利の内容が訴訟を通じて縮小されることとなるので、それが訴えの提起をためらわせる結果となるとともに、不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争を誘発するおそれもあるということを理由として、かねて勝訴当事者の支払った弁護士報酬(少なくともその一部)を、敗訴者に負担させる方策を導入すべきであると指摘されてきた。弁護士報酬の敗訴者負担制度は、弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れなかった当事者に訴訟を利用しやすくするものであることなどから、基本的に導入する方向で考えるべきである。」と記述されているように、権利の目減り論、濫訴防止が敗訴者負担制度導入の大きな理由とされていたが、最終報告ではその記述が削除され、敗訴負担制度導入の目的が上述のように訴訟の利用促進にあることが明確にされたのである。この点について、素案も「従来ともすれば濫訴防止や提訴防止策として弁護士報酬の敗訴者負担の取扱いが議論されてきたのとは異なり、訴訟へのアクセス拡充の視点からその部分的導入を提言したものである」と述べている。

  3. 片面的敗訴者負担制度の導入について

    片面的敗訴者負担制度の導入は訴訟の利用促進効果があることは明白であり、導入には賛成である。

  4. 両面的敗訴者負担制度の導入について

    1. 両面的敗訴者負担制度を認めるものとして、日弁連素案は「敗訴した当事者が原告であり、その訴訟の提起が、自らの主張した権利若しくは法律関係が事実的若しくは法律的根拠を欠くことを知りながら又は重大な過失によってこれを知らずに訴訟を提起して、裁判制度の趣旨目的に著しく反して相当性を欠くと認められる場合」(素案2・一)は最高裁判決の論旨を要件としたものであるが、これは訴訟の利用促進の問題ではないこと、中間報告では「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争を誘発するおそれ」と記述がなされていたが、最終報告では削除されたことからして、あえて日弁連案として提言する必要はないこと、法律によって規定すると要件が抽象的かつ曖昧となることから、いたずらに争点を増やすことになること、また、この要件に該当する不当訴訟かどうかは、弁論主義により攻撃防御を尽くしたうえで判断されるべきであり、訴訟費用化して裁判所が職権的に判断するとなると、訴え提起に対して不当な萎縮的効果を与えることになること―からして不必要と考える。

    2. 「敗訴した当事者が被告であり、応訴時において、原告の請求が正当なものであり、何ら争う余地がないことを十分知りながらこれを争って、防御の権利を濫用したと認められる場合」(素案2・二)も、不当応訴は裁判の公正から妥当ではないと言う政策的見地からの導入論であって、これを要件化したとしても訴訟の利用促進の観点には全く関係がなく、審議会の意見書では「不当な応訴」という記述が削除されていることからしても提言する必要はないと考える。

    3. 「当事者がともに商人たる法人である場合。ただし、当事者のいずれかの資本金または出資金が一定規模以下の場合を除く」(素案2・三)というのも、当事者がともに商人たる法人である場合は当事者武器対等の原則からその負担の公平化を図ることが公正に適うと考えられるものであって、当然には訴訟利用促進の観点からの導入論ではない。商人たる法人の場合でも、両面的な敗訴者負担を導入することによって、訴訟萎縮効果よりも訴訟の利用促進がなされることになるかどうかは疑問である。又、資本金を1億円以上とするのか、10億円以上とするのか、100億円以上とするのか、その基準をどうするのかが極めて難しく思われることからしても、あえて現時点において提言する必要はないと考える。

以 上
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