意見書・声明
意見書 会長声明等

 「個人情報保護法案」に関する意見

2002年(平成14年)6月4日

大阪弁護士会
会長 佐伯 照道

第1 意見の趣旨

表現の自由、知る権利等を制限する個人情報保護法案に反対する。

第2 意見の理由

政府は、平成13年3月27日、第151回通常国会に個人情報保護法案(以下、同法案という)を提出し、同法案は今国会において審議されているが、以下に述べるとおり、同法案には重大な問題点があり、抜本的修正がなされない限り、反対するものである。

  1. 同法案は行政による民間規制法と言うべき法律であり、容認できない。

    同法案は、個人情報取扱事業者が護るべき基本原則として、4条(利用目的による制限―個人情報は、利用目的を明確にし、目的達成に必要な範囲内で取り扱われなければならない)、5条(適正な取得―個人情報は、適法かつ適正な方法で取得されなければならない)、6条(正確性の確保―個人情報は、利用目的の達成に必要な範囲内で正確かつ最新の内容に保たれなければならない)、7条(安全性の確保―個人情報の取扱いに当たっては、漏えい、滅失、毀損の防止その他の安全管理のために必要、適切な措置が講じられるよう配慮されなければならない)、8条(透明性の確保―個人情報の取扱いに当たっては、本人が適切に関与しうるよう配慮されなければならない)を規定し、さらに、4条ないし8条の制限規定にとどまらず、個人情報の取扱事業者については、20条(利用目的の特定)、21条(利用目的の制限)、22条(適正な取得)、23条(利用目的の通知)、24条(正確性の確保)、25条(安全管理措置)28条(第三者提供の制限)、29条(保有個人データに関する事項の公表)、30条(開示)、31条(訂正)32条(利用停止)、39条(勧告及び命令)の各義務規定を定め、かつ厳格な構成要件を定めないまま両罰規定を含む罰則規定(61条ないし63条)を設けて、行政による民間規制法としての内容となっている。

    個人情報保護については、近年消費者信用情報や顧客情報等が大量に流出し、あるいは様々な個人情報が名簿売買などとして取引の対象とされ、ダイレクトメールなどの企業の営業活動に広く利用されている状況が、プライバシー侵害として大きな社会問題なっていたことから、個人情報を保護する立法の必要性が指摘されてきたものである。

    当会としては、このような状況に対応するため、公的部門の個人情報保護の徹底と、個人信用、医療、電気通信事業、教育等の個人情報の保護の必要性の高い各分野における個人情報保護の個別法による個人情報保護を行った上で、包括的な個人情報保護法制を確立する必要があると考えるものである。刑罰についても、個人情報提供業者、消費者信用情報機関等での営利目的のために集積された個人情報の取引・漏えい、医療情報などセンシティブ情報の取引・漏えい、公的部門からの個人情報の漏えいなど、現行法では十分に対応できない現状に対しては、違法行為類型対象を明確にした上で、刑罰規制の立法化が必要と考える。しかし、同法案は、当会が考えるこのような手法とは全く異なり、対象行為、領域について何ら絞りをかけることなく、刑罰の威嚇をもって、行政、国家権力がすべての民間事業者、国民に網をかけ、介入しようとするものである。個人情報保護の名の下に、放送機関、新聞社など報道機関、大学など学術研究を目的とする機関・団体、宗教団体、政治団体、弁護士会、公認会計士協会、NPO法人、NGOなど非営利団体を含め、すべての民間事業者・団体・組織が保有する個人情報に対する包括的な国家統制であって、到底容認できるものではないと考える。

  2. 同法案は、国民の表現の自由、知る権利、報道機関ジャーナリスト等の出版、報道の自由、取材の自由などを不当に制限し、憲法21条に違反するおそれが高い。

    報道機関は学術団体、宗教団体、政治団体と同じく、20条(利用目的の特定)、21条(利用目的の制限)、22条(適正な取得)、23条(利用目的の通知)、24条(正確性の確保)、25条(安全管理措置)、28条(第三者提供の制限)、29条(保有個人データに関する事項の公表)、30条(開示)、31条(訂正)32条(利用停止)、39条(勧告及び命令)の各義務規定は適用除外(55条)とされているものの、「報道機関」、「報道の用に供する目的」という概念もあいまいであり、取材活動、報道活動についても「報道の用に供する目的」でないと主務大臣が判断すれば、適用除外とならないのであって、表現の自由に対する重大な脅威となる。また、義務規定が適用除外となっても、4条ないし8条の基本原則が適用されることから、報道の自由、取材の自由、ひいては国民の知る権利が不当に制限されることなると考えられる。

    政府、政治家など公的存在に対する場合を含めて、報道機関等による取材活動は多様な取材源からの様々な方法での情報取得によって行われているが、たとえば贈収賄事案について贈賄業者の内部告発者からの内部情報の提供によって取材が進められた場合に、「個人情報は適法かつ適正な方法が取得されなければならない」(4条)に違反するとされる可能性があり、また、「個人情報の取扱いに当たっては、本人が適切に関与しうるよう配慮されなければならない」(8条)として、取材対象者から、情報源の開示、情報内容の確認を請求され、これに応じない場合に記事発表の中止、削除、訂正が求められ、さらには個人情報保護法規定違反を根拠として損害賠償請求がなされる可能性が否定できない。このような事態となれば、報道機関等の自由な取材活動が不可能ないしは不当に制約され、その結果、国民の知る権利が不当に脅かされることは必至である。

    また、報道機関の取材、報道活動は、報道機関ではない一般市民からの情報提供、情報収集にも支えられているところ、報道機関以外の一般国民による個人情報の取扱いについては義務規定の適用は排除されておらず、市民が「個人情報取事業者」に該当すれば、一般市民からの公益的な情報提供も本法により規制、制限されることとなる。

    もとより個人情報は、国民のプライバシー権の内実を構成するものとして、慎重に保護されるべきことは当然である。しかし、国民の表現の自由、知る権利、報道機関等の報道の自由等は民主主義の根幹を支えるものとして、最大限尊重されなければならないのであって、両者の調整は、名誉毀損法理、プライバシー保護法理による司法救済など、憲法で保障された基本的人権としてのプライバシー権との慎重な比較考量において行われなければならない。これに対して、本法案のような抽象的、包括的な個人情報の保護規定により、表現の自由、知る権利、報道の自由等を制限することは憲法21条に違反するおそれが高いと言わざるを得ない。

    したがって、当会としては、国民の表現の自由、知る権利、報道機関等の報道の自由等に関係する個人情報の取扱い(報道機関等以外による取り扱いを含めて)については、個人情報保護法から分離し、除外するべきであると考え、これと異なる本法案については抜本的に修正するよう求めるものである。

  3. 弁護士、弁護士会の活動を不当に制限する同法案に反対する

    同法案が、個人情報に対する包括的な国家統制を内容としている結果、同法案では、弁護士、弁護士会についても個人情報取扱事業者とした上で、弁護士、弁護士会の主務大臣を定めて、勧告、中止命令、罰則を伴う行政統制の対象とすることを定めている。

    しかし、弁護士、弁護士会による情報取得、利用等を一律に行政統制の対象として規制することは、弁護士が基本的人権の擁護と社会正義を実現することを使命とし(弁護士法1条)、その使命を果たすことを制度的に保障するため、弁護士の職務に対する国家の監督を排除するものとして弁護士法において確立されている弁護士自治の原則に明らかに反するものである。

    したがって、当会としては、少なくとも、同法案55条の適用除外対象規定には、報道機関、大学、政治団体、宗教団体と同様に、弁護士法に定める活動に供する目的での弁護士、弁護士会の個人情報の取扱いを含めて規定することを求めるものである。
以 上
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