意見書・声明
意見書 会長声明等

 住民基本台帳ネットワークシステムの稼働の延期を求める意見

2002年(平成14年)6月4日

大阪弁護士会
会長 佐伯 照道


意見の趣旨

平成14年8月から予定されている住民基本台帳ネットワークの稼働は、十分な個人情報保護立法がされるまで延期されるべきである。

意見の理由

第1 1999年(平成11年)8月、住民基本台帳法が改正され、新しく住民基本台帳が全国3300の市町村(特別区を含む。以下同様)で採用されることになり、今年8月から施行されることになった。

住基ネットは、市町村に住民登録している国民全員に11桁の住民票コードをつけ、行政事務手続において本人確認手段として機能させようとするものである。日本弁護士連合会では、住基ネットは、プライバシーを侵害するおそれが大きく、国民総背番号制への道を開くものであるとして、住民基本台帳法改正案に反対を表明してきたが、同改正案は「法律の施行にあたって政府は個人情報保護に万全を期すため、速やかに所要の措置を講ずる」との付則を付した上で、成立したものである。


第2 上記のとおり住基ネットは、当初から個人情報保護に対する懸念を含むものであったが、施行が予定されている本年8月を控え、人権、セキュリティ、コスト、地方分権などさまざまな観点からの疑問が提示されるに至っている。

1 住基ネットによるとあらゆる行政分野で特定の個人は特定の番号で情報が管理されることになるので、行政機関にとって特定の個人の情報を集中することが従来に比べて技術的に極めて容易になる。個人情報保護に万全を期すための「所要の措置」として策定が進められていたはずの行政機関個人情報保護法案は、極めて規制が緩く、個人情報保護にとって極めて不十分であるばかりか、同法案はオンライン結合を制限せず、むしろ行政機関同士での個人情報の目的外利用、相互提供を広く認めていることから、むしろ行政機関が個人を総合的に監視することが可能になってしまうという重大な欠陥を有している。このような個人情報の管理は人間の尊厳(憲法13条)を侵す危険性が高いといわざるをえない。

2 また、住基ネットのセキュリティが極めて脆弱であることは、住基ネットの実態を知るコンピューター専門家が異口同音に指摘するところである。すなわち、コンピューターは情報の流通においては極めて便利であるが、情報管理については現時点ではまだ極めて不十分なレベルにあり、ハッカーの侵入などによる情報の不正流出などの危険性が危惧されざるを得ない。

そして、このような事態を防止するためには、常に新たなセキュリティにコストをかけなければならなくなるが、現在の国及びすべての市町村にとって莫大なセキュリティに費用を負担することとなる。

日本弁護士連合会が昨年11月から12月にかけて実施した全国市町村アンケートの結果によれば、プライバシー侵害に関する危惧を抱いている市町村が少なくなかった。セキュリティを高めるための経費が高額になることに不安を抱いている市町村も多かった。各市町村が独自の判断で住基ネットに入るか否かを選択しているのであれば、問題が起こったときにその自治体の責任において対応するということでよいが、住民基本台帳法は市町村の独自の判断による加入非加入の自由を認めていない。これは地方自治の本旨(憲法93条)を侵害する可能性がある。


第3 コンピューターネットワークシステムは、今後もさらに発展していくは間違いない。しかしそれには、プライバシー侵害をはじめ、様々なリスクが付きまとっており、これらのリスクに十分に配慮しなければ、取り返しのつかない重大な問題を引き起こしかねない。だからこそ技術的に可能であっても未だこのように全国の都道府県・市町村をコンピューターオンラインで結合し、また、国民にカードを保有させるような住基ネットと同じ制度を採用している国はないのである。日本がここで拙速に「電子政府」の実現の名の下に、このような制度を採用するのは危険である。人権保障、セキュリティ、コスト、地方自治などについて多分野の専門家が継続的多面的に検討しながら、堅実な電子政府を構築して行くべきである。

今後、新たな電子政府、電子自治体の構想づくりとその構想に基づく仕組みが検討されるべきである。住基ネットは個人の尊厳を侵害し、国民に対する監視国家を招来する危険性が強いことからして廃止されるべきであるが、少なくとも、個人情報保護法案及び行政機関が保有する個人情報保護法案いずれを見ても、現状では住基ネット施行の前提条件である個人情報保護に万全を期すための所要の措置が講じられているとは到底評価できないので、今年8月に予定されている住基ネットの施行は、十分な個人情報保護立法がされるまで延期されるべきである。国会はすみやかに住基ネット施行を延期するための法改正をしなければならない。

以 上
TOP