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 「東京高等裁判所への特許権等に関する訴訟の専属管轄化」に反対する意見書

2002年(平成14年)6月18日
日本弁護士連合会
会長 本林 徹 殿
大阪弁護士会
会長 佐伯 照道
第1 意見の趣旨

特許権等に関する訴訟事件(以下「知的財産権関係事件」という。)の控訴審を、東京高等裁判所のみに専属管轄化することは反対であり、少なくとも他に大阪高等裁判所への管轄も認めるべきである。


第2 意見の理由
  1. はじめに

    政府の知的財産戦略会議や自民党、産業界等において、現在、わが国産業の国際競争力の強化、産業の活性化を目的とした知的財産戦略の一環として、知的財産権関係事件の控訴審を、東京高等裁判所に一元化すべきではないかとの議論がなされている。

    しかしながら、以下に述べる理由からその考えには反対せざるを得ない。

  2. 東京高裁一元化論の背景

    東京高裁一元化論の背景には、米国において判例の統一等のために1982年に設立された連邦巡回区控訴裁判所(CAFC 、The Court of Appeals for the Federal Circuit )の存在が指摘されている。そして、CAFCが均等論の判決等を繰り返すことによって、アメリカにおけるいわゆるプロ・パテント政策を結果的にも後押ししていたことは否めないところであろう。

    したがって、控訴審における専門性の確保や判例の統一を通して知的財産立国を目指そうとする観点のみに目を向けると、東京高裁一元化論は一理あるように見えなくもない。

    そして、東京高裁はこの4月から知的財産権関係事件の専門部を1か部増やし、合計4か部の専門部が存在しているから、専門性の確保は図られるが、しかしながら、4つの部に分かれていては、判例の統一が図れないことは明らかである。判例の統一は、後述のとおり、大阪高裁が侵害事件の控訴審を担当しないことでは達成されない。別の方途が必要である。 

  3. わが国における知的財産法分野の実情等との関係

    ところで、本来、三審制がとられているわが国では、判例の統一は最高裁によってなされるべきものである。

    したがって、判例統一の必要性という観点から控訴審の管轄を東京高裁に一元化すべきかどうかについては、裏付ける立法事実が存在するかどうかの検証が必要であるところ、わが国では、例えば、知的財産法を専攻する学者は未だ少なく、大学においても知的財産法の専門講座が設けられているところは少なく、さらにはいわゆる特許弁護士等の実務家が多くないという状況等からも明らかなとおり、知的財産法の研究は発展途上であり、判例も未だ多くない。したがって、高裁における判例の統一の必要性よりも、むしろ、解釈論等の対立を許容した上で、審理の充実と計画審理等による迅速な審理が求められるべきである。

    実際にも、近年、最終審である最高裁こそが、均等論や、特許権と並行輸入等の重要な論点に関するものを含め多数の判決をなすことによって、知的財産権法に関する解釈や実務の指針を与えるべく努力を続けている。かかる事実は、この分野の関係者の間ではよく知られているところである。

  4. 他の高裁の現状

    他の高裁のうち、以前から知的財産権関係事件の集中部を設けており、東京高裁における知的財産権関係控訴事件の新受件数と東京高裁(但し、審決取消訴訟を除いた事件数)の半数程度の新受件数のある状態が続いている。

    しかも、例えば、最高裁平成14年4月25日判決(中古ソフト事件)では、東京高裁とは結論においては同じであったがその解釈論を異にしていた大阪高裁の判決理由に沿った判断がなされており、あるいは、解釈問題、商標法に関するライセンス契約違反と並行輸入問題、等でも大阪高裁は東京高裁と異なる理論を説示しており、知的財産法に関する重要問題について東京高裁とともに議論の進化に寄与していると評価されている。

    そうすると、東京高裁一元化は、知的財産法判例の発展にとって、また知的財産分野の法曹の層を厚くするという観点からも、好ましいことではなく、明らかに弊害が多いものとなる。

  5. 司法改革との関係

    司法制度改革推進本部は、法科大学院の設置や法曹人口の増加を前提としてその制度改革に取り組んでおり、また弁理士法の改正により、能力担保措置を講じた上での弁護士との共同訴訟代理権を付与することとなっており、弁理士人口も4年前に比べて倍増するなど、その増加策は具体化されている。

    知的財産権を産業競争力の潤滑油にし知的財産立国を目指すには、司法制度の改革と地域産業の振興等が不可欠であり、今後、地方においても、知的財産権関係の紛争が増加し、種々の立場から理論闘争が展開されるであろうことは容易に予想される。この点では、「意見書」が東京と大阪のみに管轄を認めるという方向自体極めて問題のあるところである。これをさらに、大阪高裁で侵害事件の控訴審理を行わず、東京高裁のみに集中させるという議論は誤りである。この議論は、米国の連邦巡回区控訴裁判所制度に影響された2002年3月5日の日本知的財産協会の「知財訴訟への対応強化についての要望」に端を発し、知的財産戦略会議の第1回会合においても、その影響を受けたと思われる経済産業省より「知的財産侵害訴訟の控訴審を東京高等裁判所に一元化することによる判決の一貫性及び予見性確保」という説明がなされているが、この説明自体も誤りであることは明らかである。同年4月10日の同会議、第2回会合において、松尾和子氏が提出された「及び関連制度の強化・充実」と題する資料にも「日本企業によるITC利用が、「知的財産訴訟の空洞化」の誤解の一因であろう」とし(3頁)、「控訴審は、いずれの場合も東京・大阪の高等裁判所とする」とされており(7頁)、その後、第3回以後の同会議においても、この指摘に対する反論ないし深い議論はなされていない。

    このように見てくると、迅速で健全な紛争処理基盤を確立するためには、知的財産侵害事件の控訴事件を東京高裁に一元化するのではなく、大阪高裁にも管轄を認めること及び大阪高裁における知的財産事件専門部の充実こそが、まさに不可欠というべきである。
以 上
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