意見書・声明
意見書 会長声明等

 裁判官の人事制度に関する意見書

2002年(平成14年)7月2日
  1. はじめに

    1. 裁判官人事の問題点

      裁判官人事の問題点については,<1>全国的規模で行われる転勤,<2>部総括裁判官への指名,<3>判事3号への昇給(いわゆる3号俸)が公平かつ適正に行われているとはいえないのではないかとの疑問が指摘されてきた。特に,青年法律家協会に加入していた裁判官や全国裁判官懇話会の中心となって活動していた裁判官などに対して,大都市の裁判所へ転勤させず,地方の支部や家裁ばかりに配属する,あるいは部総括裁判官に指名しない,また判事3号への昇給を遅らせるといった差別的・不公正な人事が行われており,裁判官の市民的自由を不当に制限し,裁判官の独立を阻害しているのではないかと指摘されている。
      加えて,裁判官人事の前提にされたと考えられる裁判官の人事評価について,誰が(評価権者),どのような情報や根拠に基づき(評価根拠),如何なる基準(評価基準)で評価をしているのかが明らかにされておらず,極めて不透明であり,公平かつ適正な人事評価が行われているかどうかに疑念を持たざるを得ない状況にある。

    2. 司法制度改革審議会等における検討

      平成13年6月12日に公表された司法制度改革審議会意見書は,裁判官制度の改革として,<1>裁判官の給源の多様化(判事補制度の改革と弁護士任官の推進等),<2>裁判官の任命手続の見直し,<3>裁判官の人事制度の見直し(透明性・客観性の確保),<4>裁判所運営への国民参加,<5>最高裁判所裁判官の選任等の在り方について改革を提言している。
      裁判官の人事制度との関連では,(1)裁判官として任命されるべき者を指名する過程に国民の意思を反映させるために,諮問を受けて指名されるべき適任者を選考し,その結果を意見として述べる機関を設置すべきである,(2)裁判官の人事評価について可能な限り透明性・客観性を確保するための仕組みを整備すべきである,(3)裁判官の報酬の進級制(昇給制)について現在の報酬の段階の簡素化を含めてその在り方について検討すべきであるとしている。
      一方,最高裁は,平成13年9月に「裁判官の人事評価の在り方に関する研究会」を設置した。同研究会は,外部委員を交えて裁判官の人事評価制度についてから協議を続けているところ,平成14年夏を目処に協議結果を取りまとめて公表することが予定されている。

    3. 本意見書の内容

      本意見書では,裁判官の人事制度改革の基本的視点を指摘したうえで,司法制度改革審議会の意見書が指摘している裁判官の人事評価を巡る問題及び裁判官の報酬問題に加え,裁判官の人事に関して実質的な権限を有するとされる最高裁事務総局の問題及び裁判官人事制度において大きな位置を占めている裁判官の転勤制度についても意見を述べることとする。


  2. 意見の趣旨

    1. 裁判官の人事制度を検討するに当って,基本的視点としては,<1>裁判官の独立の確保,<2>国民への説明責任,<3>良質な司法サービスの実現などが重要である。

    2. 裁判官の人事行政は,最高裁の裁判官会議に最終的な決定権限があるとしつつ,実質的には高裁の裁判官会議で高裁単位の裁判官人事を決定することを基本とすべきである。そして,適切な判断ができるように諮問機関の設置を検討すべきである。

    3. 現行の全国規模での転勤制度は廃止し,裁判官のポストごとの応募制を導入すべきである。
       応募制を導入するまでの間は,<1>高裁ブロック単位の異動を原則とすること,<2>任地の決定については公平なルールを採用すること,<3>任地の決定は高裁の裁判官会議で実質的に決定すること,<4>過疎地勤務のための奨励金的な手当を支給すること,<5>転勤について不服のある裁判官は理由の開示を求め,不服申立ができるようにすることが必要である。

    4. 独立して職権を行使するという裁判官の職務の特殊性に鑑み,裁判官の評価をするに当っては,その目的を明確に限定することが必要である。

    5. 裁判官の評価については,各裁判所の裁判官会議を第一次的な評価権者とすべきであるが,各高裁もしくは地裁単位に外部委員も加えた「裁判官評価委員会」(仮称)を設置する。

    6. 裁判官評価には,裁判を受けた弁護士,検察官や当事者による外部評価を導入すべきである。

    7. 裁判官評価基準や評価項目は,具体的・客観的に定めて公表すべきである。

    8. 裁判官の評価の内容及び理由は,評価対象者本人の請求に応じて開示すべきである。

    9. 転任・昇給及び人事評価等の裁判官の人事に関する不服申立機関として,「裁判官公平委員会」(仮称)を高裁単位に設置すべきである。

    10. 裁判官の報酬については,報酬の段階を簡素化すべきである。なお,裁判官の職務の特殊性に鑑み,評価による給与の格差は設けるべきではない。また,都市手当は廃止し,過疎地勤務に対する手当を設けることを検討すべきである。

  3. 意見の理由

    第1 基本的視点

    1. 裁判官の独立の確保

      裁判官の独立の確保は,公正な裁判を実現するために不可欠の要素である。したがって,裁判官の人事制度やその運用が,裁判官の独立に影響を及ぼすものであってはならないことは当然である。
      ところが,これまで現状の裁判官人事の運用においては,転勤,部総括への指名,判事3号俸への昇給などについて,思想信条や団体加入などを理由とする差別的な人事が行われている疑いがあるとの批判が絶えずなされてきた。
      さらに,現在の裁判官の人事制度では,評価権者,評価根拠,評価基準などが明らかにされておらず,最高裁事務総局の自由裁量により人事が決定されており,実体面・手続面において公正さの担保が全くない状況にある。
      裁判官が,意見表明や諸活動を不当に制限されることなく,市民的自由を保持するとともに,裁判官の独立を確保するためには,現在の人事制度及びその運用を抜本的に見直し,公正かつ透明性の高い制度に改革することが強く求められていると言わなければならない。

    2. 国民への説明責任

      統治の主体であり,司法制度の利用者である国民に対して,裁判官の人事制度及びその運用を開示し,理解を求めてなければならないのは当然である。
      また,国民が,裁判官の人事制度が不公正であるとか,不透明であるとの疑いを持たざるを得ない状況にあるとすれば,国民の裁判に対する信頼も成り立たない。
      このように,裁判に対する信頼を確保するためにも,国民に裁判官の人事制度及びその運用を開示し,理解を得ることが重要である。

    3. 良質な司法サービスの実現

      国民から付託を受けて司法権を行使する裁判官は,国民に対して,質の高い裁判を行ない,良質な司法サービスを提供する責務を負っている。
      そのために,裁判官が不断に自己研鑚に努めるべきことは当然として,裁判官に対する評価制度を始めとする人事制度は,仕事に対する意欲を高め,国民の納得する裁判を目指して裁判実務の能力の向上させることに資するものでなければならない。
       
    第2 最高裁事務総局の問題

    1. 最高裁の裁判官会議は,人事行政の権限を一手に有しているが,実際には全く形骸化しており,最高裁事務総局が独占的な権限を有しているといっても過言ではない。
      そもそも,上告事件等の処理に追われる多忙な最高裁の裁判官が,全国の裁判官の新任,再任,配置・補職,報酬等の人事を審査し,処理することは事実上不可能でもある。
      この点,最高裁判事であった大野正男氏は,その著書において「裁判官の採用,昇給や転勤の決定などの司法行政事務は裁判官会議で行なわれる。しかし現実には形式的なもので,原案を承認することとなる。人事の対象となるほとんどの裁判官の名前も知らないし,経歴や仕事振りも裁判所内部にいた者あるいはその裁判官の判決を受けたものでなければ分からない。従ってそのようなことに口出しをする理由もないし,判断する能力もない。また,年に数百人を超える人事異動について,一々具体的な説明を受けることもないし,受けても判断できない。」と述べ,同じく元最高裁判事の園部逸夫氏も,法律関係雑誌のインタビューに答えて,「最高裁判所の裁判官会議が,高裁長官以下の裁判官の人事について個別的に選別することはありません。」と語っている。
      このように,最高裁の裁判官会議が形骸化しており,最高裁事務総局が実質的な人事行政の決定をすることは,法的に正当性の根拠がないばかりか,実体面・手続面においてその運用の適正を担保するための制度的保障もない。
      したがって,裁判官の人事行政は,最高裁の裁判官会議に最終的な決定権限があるとしつつ,実質的には各地の高裁の裁判官会議で高裁単位の裁判官人事を決定することを基本とし,各高裁が適切な判断ができるように,諮問機関の設置を検討すべきである。

  4. 第3 裁判官の転勤制度

    1. 現状と問題点

      裁判官の転勤については以下のような問題のあることが指摘されている。
      (1) 最高裁の意向に沿わない裁判官に対して,希望に反した任地に転勤させるといった任地差別が行われている。
      (2) 転勤が裁判官の昇任・昇格に結びついており,裁判官の官僚的統制に利用されている。
      (3) 裁判官はその意思に反して転官・転所をされることはないという不可動原則(裁判所法48条)が実質的には空文化しており,最高裁の任地内示を拒否することが事実上できない(大都市勤務の際に数年後の転勤の勤務地に異議を唱えない旨の書面を書かされるなど)。
      (4) 頻繁な転勤は,訴訟長期化の一因になっているだけでなく,裁判官にとっても,転勤直後の事件の引継ぎなどの負担が大きい。
      (5) 大都市の裁判所では,都市手当が支給され(大都市から転出後も3年間は継続して支給される),大都市勤務のほうが地方勤務よりも給与面で実質的に優遇されている。
      (6) 日本全国を転勤することによる裁判官とその家族の負担が大きい。

    2. 現行転勤制度の廃止と応募制の導入

      (1) 上記のとおり,現行の転勤制度には,多くの問題点が指摘されているが,最高裁などは次のような転勤の必要性を主張している。
      すなわち,全国において均質な司法サービスを実施するには,裁判官を全国に満遍なく,適正に配置する必要があるが,裁判官においても任地の希望が都市部に集中する傾向があり,過疎地など希望者が出てこない地域が生じることが避けられない。このように,希望の少ない地域にも裁判官を配置するためには,転勤制度が必要である。さらには,裁判官が特定の地域で長年仕事を続けることで,地域との癒着やマンネリズム等の弊害も考えられるとしている。
      (2) しかしながら,上記のとおり,現行の転勤制度は,「不可動原則」に反し,弊害も大きいので,裁判官のポストごとに希望者を募る応募制の導入を検討すべきである。応募制では,希望者が複数ある場合には,後述する裁判官に対する評価制度による評価に基づいて決することになる。
      ただ,このような応募制の場合,過疎地への勤務を希望する裁判官を確実に確保することができるかという問題はあり得る。そこで,応募制の完全実施を指向しつつ,応募制実施後,希望者がない地域が生じた場合及び応募制を導入するまでの間は,次のとおり現行の転勤制度の弊害を最小限にする改善策を講ずるべきである。

    3. 応募制までの改善策

      応募制が実施されるまでは,現在の転勤制度は,次のように改善されるべきである。
      (1) 転勤の範囲は,現在のような全国的な規模での異動ではなく,高裁ブロックの範囲内とする。範囲を限定することによって,異動の負担を軽減するとともに,中央での一元的な管理を避け,ブロック単位で決定することによって人事権の権限集中化を回避する。
      (2) 任地の決定に関する公平なルールを確定し,それに従った運用をする。例えば従前行われていた大規模庁,中規模庁,小規模庁を1任期(10年間)の間に順番に転勤するABC方式を採用し,原則として,これに則った運用を行う。任地について,裁判官の希望を重視しつつ,公平な負担の分担を図る。任地によって序列をつけることは許されないから,任地の決定に際しては人事評価を考慮するべきではない。
      (3) 任地(転勤先)の決定は,高裁の裁判官会議で行うこととし,対象となる裁判官の真摯な同意を必要とする。対象となる裁判官の希望を最大限に尊重し,かつ,合議体において,慎重に決定する。
      (4) 現行の都市手当を廃止し,過疎地勤務のための奨励金的な手当を創設して支給する。過疎地に裁判官を誘導するために,このような金銭的なインセンティブがあってもよいと考える。
      (5) 再任の審査や人事評価において,過疎地の勤務を当該裁判官にとって高く評価する要素として扱う。希望者の少ない任地にて勤務すること自体,国民の裁判を受ける権利に奉仕するものであり,この点を裁判官の資質として評価することは妥当なものと考えられる。
      (6) 転勤について差別的運用を防止するため,差別されたと感じる裁判官は転勤の理由の開示を求め,さらに,不服を申し立てられることとし,不服申立機関を設置する。従来,行われてきた差別的人事を抑止するには,事後的な検証と救済のため理由の開示と不服申立機関の設置が不可欠である。
     
    第4 裁判官の人事評価

    1. 現状と問題点

      裁判官の任地,部総括や所長の指名,給与等について,思想信条や判決内容に基づく不合理な差別的取扱いがあるのではないかと指摘されて久しい。
      これに対し,最高裁は,任地や総括指名等について,抽象的に適材適所論を述べるだけで,その前提として人事評価の有無,方法等は一切明らかにしてこなかった。そのため,裁判所の人事は不透明であると指摘されてきた。
      司法制度改革審議会の審議において,裁判官の人事評価方法について若干の事実が明らかにされたが,評価権者,評価基準,評価方法等が客観的かつ明確になったとは到底いえない。
      司法制度改革審議会の意見書においても,裁判官の独立の保持にも十分配慮しつつ,裁判官の人事評価について,評価権者及び評価基準を明確化・透明化し,評価のための判断資料を充実・明確化することなどが指摘されている。そこで,従来の議論を整理し,裁判官の人事評価制度をどのように見直すべきかについて検討する。

    2. 裁判官の人事評価に対する従来の議論

      裁判官の人事評価については,従来から,次のような消極説と積極説が主張されてきた。
      (1)(消極説)
      <1> 他の国家機関との関係及び裁判所内部においても独立して職権行使する裁判官に,そもそも人事評価はそぐわないのではないか。裁判官は組織の構成員として一定の役割を遂行するという立場にはないのではないか。
      <2> 裁判官は,どの裁判所であろうと,また部総括であろうとなかろうと,独立して職権を行使する立場にあり,部署によって序列はないから,裁判官の配置を決めるために,人事評価を利用するのは妥当でない。
      <3> 裁判官の独立との関係から,判決内容や訴訟指揮等裁判の内容に関わることは評価の対象としてはならない。そうすると,裁判官の仕事のほとんどが評価の対象にならないことになり,結局適切な評価はできない。このように,裁判官の仕事は,基本的に評価に馴染まないものである。
      <4> 裁判官の評価を客観的に行うといっても,最高裁がこれまで行ってきた思想信条や判決内容による差別的な取扱いが改善されるとは考えられず,かえって客観的な能力評価・業績評価の名の下に差別的人事が行われ,裁判官の独立を脅かす恐れがある。
      (2)(積極説)
      <1> これまでインフォーマルな形で行われてきた「人事評価」により,不公正な人事が行われてきたのであって,現行の「人事評価」を改善しなければ,不公正な人事も温存されることになってしまう。明確な基準による客観的な評価を行わなければ,公正な人事制度を実現することはできない。
      <2> 国民に良質な司法を提供する必要があるが,裁判官を評価することにより,裁判官の能力向上と職務精励にインセンティブを与え,実務の改善を促すことができる。
      <3> 裁判官を全国の各裁判所に適材適所の配置をするためには,客観的な評価が必要である。
      <4> 裁判官を評価して,必要と考えられる水準に達していないと判断された場合は再任をしないなど,再任などで不適格な裁判官を排除することも必要である。

    3. 人事評価の目的

      「すべて裁判官は,その良心に従い独立してその職権を行い,この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法76条)のであり,そのため身分の保障も認められている(同78条)。裁判官の独立は憲法上守られるべきものであり,能力評価,成績評価という名のもとに,思想信条などが理由になって裁判官の独立が侵害されるようなことがあってはならない。
      裁判官の人事評価は,その独立を侵害するおそれがなく,かつ,どうしても必要な場合に限られるべきであり,人事評価は,次の目的に限って行われるのが相当であると考えられる。
      <1> 再任の際の不適格者排除のための資料
      <2> 裁判官自身の職務に対する動機付け
      <3> ポスト毎の応募制を採用した場合の適格者の選出
      <4> 問題は,段階的な報酬制度すなわち昇給制度が残る場合の昇給,部総括の選任,転勤(応募制が実現するまでの間)などについて,最低限必要と思われる人事評価が必要ではないかという点である。
      まず,昇給については,後述するように,判事の報酬について差別があった歴史を踏まえれば,今後は判事の報酬額は一律にするのが望ましいが,仮に年齢などによって若干の段階を設けるにしても,極力段階は少なくするべきであり,昇給の決定のために人事評価を使うという制度設計は極力避けるべきである。
      また,部総括の選任は,従前行われていたように,その裁判所の裁判官の選挙で行うことが望ましい。
      さらに,応募制が実現するまでは転勤があるとしても,前述したように公平なルールをもとに制度を設け,本人の真摯な同意を基に運用すれば,人事評価はさしたる必要性を持たない。
      このように,人事評価制度を残すことで恣意的あるいは差別的な人事が行われてはならず,人事評価は極力使用しないという制度にするべきであって,人事評価は,それでも必要だという場合に限定して使用されるべきである。昇給や転勤について不当な扱いを受けたと感ずる裁判官が不服申立をしたような場合には,この人事評価の内容が開示され,不服申立についての検討が行われることになる。
      よって,以下の各論では,人事評価を,上記のとおり,<1>ないし<3>の目的及び<4>の目的については極力制限された範囲で使用されるべきとした前提で考える。

    4. 評価権者

      司法制度改革審議会の意見書は,「最終的な評価は,最高裁の裁判官会議によりなされることを前提として,第一次的な評価権者を明確化すべきである。」と述べている。
      裁判所法では,裁判官会議が各裁判所の司法行政の主体とされているから,第一次的評価権者は各裁判所の裁判官会議ということになるが,各高裁単位か各地裁単位に,「裁判官評価委員会」(仮称)(各高裁か各地裁の裁判官会議の授権に基づく機関ないしは最高裁裁判官会議の諮問機関と位置付けることができる)を設置し,裁判官に対する第一次的評価を行う。
      評価委員会は,裁判官だけでなく,裁判官OB,弁護士,検察官(OBを含む),学識経験者,市民等で構成し,多面的な観点から評価を行うのが望ましい。
      最終的な評価の決定は,司法行政権限を有する最高裁裁判官会議で行うことになる。
      なお,最高裁の研究会では,高裁の長官や地家裁の所長を第一次的な評価権者とするとの案が検討されていると伝えられているが,各裁判官が平等の地位を有するという原則に反して,裁判官の中に序列や従属関係を持ちこむことになるうえ,その運用如何によっては裁判官の独立を脅かす恐れもあるので,反対である。

    5. 評価の根拠とする情報・資料 

      <1> 裁判官自身に自己評価書を提出させる。
      <2> 外部評価として,弁護士・検察官・当事者による評価を提出する。
      <3> 同僚等による内部評価・相互評価も検討する。
      ここで強調したいのは,当該裁判官の裁判を受けた弁護士や当事者による外部評価についてである。司法制度改革審議会の意見書も「裁判所内部のみではなく裁判所外部の見方に配慮しうるような適切な方法を検討すべきである。」と指摘している。当該裁判官が,当事者の納得できる適切な訴訟指揮や裁判をしているかどうかは,裁判所の内部ではかえってお互いに知る機会がないのが通常であり,利用者である弁護士や当事者こそ端的に評価できるのである。
      裁判所には,訴訟の勝敗などに評価が影響されるのではないかという意見もあるが,むしろ,大阪弁護士会が実施した「裁判官評価アンケート」の検討結果によると,弁護士は,裁判の勝敗等にかかわらず,当該裁判官に対して安定した的確な評価をしていることが窺える。
      司法における国民的基盤の確立のためには,裁判官が国民の支持・評価を得ている制度にすることが重要であって,裁判官に対する外部評価制度はどうしても実現しなければならない。

    6. 評価基準・評価項目

      司法制度改革審議会の意見書は,「評価基準については,例えば,事件事務処理能力,法律知識,指導能力,倫理性,柔軟性など,具体的かつ客観的な評価項目を明確に定めるとともに,これを公表すべきである。」と提言している。
      評価項目は,「国民が求めるあるべき裁判官」を基準として定めるべきであるが,法律家としての能力・識見と人物・性格面の両面の項目を評価項目として定め,上記意見書が指摘するとおり,予め公表すべきである。
      具体的な評価項目としては,最高裁と日弁連が合意した弁護士任官者の任用における推薦基準が参考になる。同基準では,法律家としての<1>能力・識見として,事実認定能力・識見,法令の解釈適用上の法技術能力,事件処理に必要な理論上及び実務上の専門的知識能力,幅広い教養に支えられた視野の広さ,人間性に対する洞察力,社会事象に対する理解力,<2>人物・性格面として,廉直さ,公正さ,寛容さ,忍耐力,決断力,慎重さ,注意深さ,独立の気概,精神的勇気,協調性,積極性,柔軟性,基本的人権と正義を尊重する心情,自己管理能力・自己評価能力・思いやり・親切心が具体的に挙げられている。
      なお,事件処理の能力に関しては,事件処理の速さという点のみに偏ることなく,的確に,かつ当事者の納得が得られる事件処理ができるかという点にも十分配慮して評価をすべきである。

    7. 評価の本人開示と不服申立制度

      司法制度改革審議会の意見書は,「評価の内容及び理由等については,評価対象者本人の請求に応じ,評価対象者本人に対して開示すべきである。評価内容等に関して評価対象者本人に不服がある場合について,適切な手続を設けるべきである。」と提言している。
      上記提言のとおり,人事評価は,結論のみならず,その理由についても評価対象者本人の請求に応じて開示すべきである。
      また,各高裁ブロックごとに「裁判官公平委員会」(仮称)を設置すべきである。同委員会では,転任,昇給等について不当処遇の申出や人事評価に対する異議申出があった場合に,本人に反論ができる実質的な機会を与えて,上記の評価の根拠となる情報・資料に基づいて異議申出に対する決定をする。最高裁裁判官会議は,この決定を尊重して,再検討を加えることとする。
      裁判官公平委員会の委員は,裁判官(OBを含む),弁護士,検察官(OBを含む),学識経験者,市民等で構成するものとする。

    第5 裁判官の報酬制度

    1. 現行の裁判官の報酬体系

      裁判官の給与体系については,裁判官の報酬等に関する法律に定められており,報酬については,判事補は12号から1号まで12の,また,判事は8号から1号及びいわゆる特号まで9の刻みとなっている。簡裁判事については,17号から特号まで,判事補,判事に対応して18の刻みとなっている(17号は判事補12号と,特号は判事3号と対応している)。
      また,大都市の裁判所に勤務するものに対しては,都市手当が支給されているが,この手当は,大都市から転出した場合も,引き続き3年間は支給されることとなっているため,大都市勤務を中心に勤務するか,地方都市の勤務が重なるかなどの異動パターンによって,当該手当が支給される期間に大きな差が生じ,長期的に見れば大きな収入格差となっている。

    2. 昇給における問題

      最高裁の説明によると,任官後,判事4号まで(法曹資格取得後約20年間)は,長期病休等の特別な事情がない限り,昇給ペースに差を設けていないようであるが,判事3号から上への昇給は,かなり個人差があり,ポスト,評価,勤務状態等を考慮し,各高等裁判所の意見を聞いた上,最高裁裁判官会議において決定されているとしている。
      しかし,判事3号への昇給については,従来から,全国裁判官懇話会の中心メンバーなどの昇給を遅らせるなど,給与差別的に運用されているとの批判がなされている。例えば,ある地裁の裁判官会議において所長の提案に反対した中心的存在と見られた裁判官は,3号俸への昇給が5年間も遅れたという話が報告されている。
      判事4号と判事3号の給与差は,手取り額で約10万円であり,その差は少なくない。

    3. 報酬制度の改革

      司法制度改革審議会は,「裁判官の報酬の進級制(昇給制)について,従来から指摘されているように,昇進の有無,遅速がその職権行使の独立性に影響を及ぼさないようにする必要があること,また,裁判官の職務の複雑,困難及び責任の度は,その職務の性質上判然と分類し難いものであることにかんがみ,現在の報酬の段階の簡素化を含めそのあり方について検討すべきである。」と提言している。
      これに対し,最高裁は,「裁判官といえども次第に経験を積んでより責任の重いポストに就いていくという面があり,判事の場合であれば,10年から30数年までの経験差とそれに応じた職務の差があるので,相当数の段階は設けざるを得ないという考え方に基づくものである。また,刻みを大きくすると昇給格差が大きくなり過ぎないかという問題もある。さらに社会全般に年功序列型賃金が行われてきた中で,一般公務員の給与体系の上に,これと連動した形で報酬額を定めることによって,報酬のレベルが確保されるとともに,社会的実情に即した報酬体系となっていたともいえる。」と主張している。
      しかしながら,裁判官は,部総括と陪席,判事と判事補といった差異はあるにせよ,裁判官である以上,その経験年数や年齢にかかわりなく,独立して,同等の地位と権限において職権を行使するものである。したがって,報酬を検討するに当っても,上司と部下といった指揮命令関係や地位において権限が大きく異なる民間企業や行政機関と同様に考えることはできない。
      これらの点を踏まえると,裁判官の報酬は一律にすべきであるとも考えられるのであって,少なくとも,従来の小刻みな報酬制度については,妥当性を欠くものといわざるを得ず,報酬の段階の簡素化が図られるべきである。
      また,判事3号の昇給問題は,上述したような給与差別の疑いを持たれることのないよう昇給時期の差を設けること自体を止めるべきである。そもそも,独立して職権を行使する裁判官の職務の性格と報酬制度からすると,評価等によって昇給に差を設けることは妥当と思われないし(裁判官に対する評価によって昇給に差を設けると,その運用如何によっては,裁判官の独立に対する重大な脅威になり得る),少なくとも3号俸においてのみ昇給に差を設けるという現行の運用のあり方は不当である。
      さらに,前述したとおり,都市手当は廃止し,過疎地勤務に対する奨励金的な手当を新設すべきである。
以 上



裁判官の人事制度に関する意見書執行先
  1. 最高裁判所
  2. 同 裁判官の人事評価の在り方に関する研究会 座長 大西勝也
  3. 司法制度改革推進本部法曹制度検討会
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