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 行政事件訴訟法改正に関する緊急提言

司法制度改革推進本部 御中
2001年(平成14年)8月6日

大阪弁護士会
会長 佐伯照道


  1. はじめに

    平成13年6月12日に司法制度改革審議会が発表した最終意見書「21世紀の日本を支える司法制度」には、憲法が掲げる「法の支配」の基本的理念を徹底し、「司法の行政に対するチェック機能を強化する方向で行政訴訟制度を見直すことが不可欠である」旨提言している。

    我国の行政事件訴訟法は、1962年に制定されて以来抜本的な改正を一度も行うことなく現在に至っている。この間、行政に対する市民のニーズや行政自身がはたすべき役割も大きく変化し、それに伴って行政訴訟の内容も多様化しているにもかかわらず、行政訴訟の実態は必ずしもこのような変化に十分対応しているとは言い難い。
    かような状況の下に於いて、国民の基本的人権の擁護と法治主義の実現強化をはかるためには、司法制度改革審議会が提言した行政訴訟制度の改革を是非とも実現しなければならない。

    我国において行政訴訟が十分にその機能を発揮していない背景として、行政情報の開示が不十分であること、各種の行政法規によって行政庁に幅広い裁量権が付与されていること、行政事件を専門とする裁判官や弁護士が不足していること、判検交流制度や調査官の審理への関与を通じて行政庁の立場や見解に配慮したと疑われる判決が数多く存在することなど種々の制度的欠陥の存在が指摘されている。

    したがって、司法の行政に対するチェック機能を強化し行政の適法性を確保するとともに、違法な行政権の行使に対して実効性ある権利保護の実現をはかるためには、多方面にわたる改革が必要であることは言をまたないが、行政訴訟を活性化し、「法の支配」が貫徹され国民が主権者として尊重される社会を実現するためには、その一歩として行政訴訟の根幹をなす行政事件訴訟法の改正が是非とも必要である。

    当会は、上記のような司法改革の推進活動において、是非とも実現されなければならない課題のひとつとして、行政事件訴訟法に関し、とりあえず緊急に下記のような改正を行うことを提言する。

  2. 行政事件訴訟法において緊急に改正をすべき課題

    (1)原告適格
    〈提言の趣旨〉
    行政事件訴訟法(以下「現行法」という)第9条を改正し、原告適格を付与すべき者の範囲を「当該処分又は裁決によって現実に不利益を受けるおそれある者」に拡大すべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法第9条の「処分又は裁決の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」について、判例は当該処分等の根拠法規又は関連法規によって保護された利益と解釈している。
    しかし、かような解釈では、行政行為によって現実に不利益を被るものであっても、当該行政行為の根拠法令において、自己の利益が保護されていなければ、取消訴訟を提起できない。
    そもそも、現行法第9条は、憲法第32条の国民が裁判を受ける権利を法律より留保するもので、違憲の疑いがあるとの指摘もある。
    また、行政訴訟を通じて国民が行政権の適正な行使を監督するという目的を達成できないばかりか、違法な行政行為による国民の被害の救済をはかる意味でも現行法の規定により原告適格を厳しく制限することは妥当ではない。
    よって、当該処分又は裁決によって現実に不利益を受けるおそれのある者に対しても原告適格を付与すべきである。

    (2)処分性
    〈提言の趣旨〉
    現行法第3条第2項の取消訴訟の対象を「行政庁の処分その他公権力の行使」に限定せず、広く「行政上の意思決定」とすべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法第3条第2項は「この法律において『処分取消の訴え』とは行政庁の処分、その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く、以下単に「処分」という)の取消を求める訴訟をいう。」と定めている。
    判例は、ここにいう行政庁の処分とは「公権力の主体たる国が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。」(最判昭和39年10月29日、民集18巻8号1809頁)と解釈し、直接性、外部性、法効果性、公権力性を要件としてあげている。
    このため、都市計画決定等の行政計画において、住民が早期に計画の変更・取消を求めて提訴しても、当該決定が原告らに対して直接その権利を制限し、義務を課するものではないとの理由により、「処分性」がないとの判断が下されている。
    しかし、かような解釈運用が統治主体たる国民が司法作用を通じて違法な行政行為を是正することを困難にし、行政権の行使に対する「法の支配」の貫徹を困難にしている。
    よって、上記規定を「行政処分その他公権力の行使」に限らず、広く「行政上の意思決定」(行政手続法第1条第1項参照)を対象とする旨の改正をするか、あるいは少なくとも「行政庁の処分」に関して、特定個人の権利義務に、直接、法的効果を発生するものに限らず「法律上もしくは事実上、現実に不利益や損害をもたらすおそれのあるもの」で足り、また不特定多数の者に関する一般的処分や事実行為を含むとの趣旨を明記すべきである。

    (3)取消理由の制限
    〈提言の趣旨〉
    取消訴訟における取消理由を制限した現行法第10条を削除するかあるいは「取消訴訟においては、自己の利益及び公共の利益に関する違法を理由として取消を求めることができる」旨、改正すべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法第10条は「取消訴訟においては自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消を求めることはできない。」旨、定めている。
    この「法律上の利益」に関して裁判所は、原告適格及び処分性の要件とともに、取消対象となる行政処分によって、原告個人の利益が、直接具体的に侵害されることを必要としている。
    この規定の根底は、取消訴訟の目的及び機能を「違法な行政権の行使による侵害から、国民の権利利益を守ることにある。」ととらえる考え方が存在する。取消訴訟の第一義的な目的が、上記の点にあることは否定できないが、同時に、行政訴訟は、国民が司法手続きを通じて、違法な行政行為を早期に是正することも目的としなければならない。
    そこで、上記規定を削除するかあるいは「取消訴訟においては、自己の利益及び公共の利益に関する違法を理由として取消を求めることができる」旨、改正すべきである。

    (4)管轄裁判所
    〈提言の趣旨〉
    行政庁を被告とする取消訴訟の土地管轄を原告の住所地にも認めるべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法第12条は、行政庁を被告とする取消訴訟に関して、当該行政庁の所在地の裁判所を管轄裁判所と定めている。
    しかし、この規定により、当該行政庁の処分によりその利益を侵害された者が、自らの住所地において、取消訴訟の提起をすることができず、遠距離の裁判所において、訴訟を行うという不利益を甘受させられている。
    また、その結果、この負担に耐えられない国民は取消訴訟の提起自体をあきらめざるを得ないことにもなりかねない。
    よって、行政庁を被告とする取消訴訟に関しても行政庁の所在地の裁判所以外に原告の住所地を管轄する裁判所にも管轄権を認めるべきである。

    (5)出訴期間
    〈提言の趣旨〉
    取消訴訟の出訴期間を、少なくとも「処分又は裁決があったことを知った日から6箇月以内」へと延長すべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法は、取消訴訟の出訴期間を「処分又は裁決があったことを知った日から3箇月以内」とし、この期間を不変期間としている。
    しかし、行政に関する専門家ではない国民が、処分又は裁決の内容を検討し、提訴の準備を行う期間として、3箇月はあまりに短いといわねばならない。
    また、行政処分の形式的確定力を確保するという本条の目的を考慮しても、その提訴期間を3箇月以内に限定しなければならない必要性は乏しい。
    よって、少なくとも、上記提訴期間を「処分又は裁決があったことを知った日から6箇月以内」と改正すべきである。

    (6)執行停止
    〈提言の趣旨〉
    取消訴訟の提起により処分の効力、執行を原則として停止し、公共の利益のため緊急に執行を行う必要性がある場合に限り、例外的にその執行を認めるべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法は、「処分の取消の訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続きの続行を妨げない。」として、処分及び裁決の取消訴訟においても執行不停止の原則をとっている。
    しかし、行政訴訟では判決を得るまでに相当の時間を要し、その間に処分又は裁決が執行された結果、たとえ事後的に当該処分又は裁決が取消されたとしても、事実上、原状回復が困難となり、取消訴訟の目的が十分に達せられないおそれがある。もちろん行政処分のなかには、公共の利益のため緊急に執行を要するものが存在することは否定しないが、執行停止を原則としたとしても、公租公課及び費用の請求等執行の必要性があるものについては、例外規定を設け、あるいは、執行停止により保護法益に著しい支障の生じる場合には、行政庁の申立により、裁判所が執行停止解除の決定ができるなどの方法をとることによって、対処が可能であろう。

    (7)仮の権利保護制度の導入
    〈提言の趣旨〉
    行政庁の処分、その他公権力の行使にあたる行為に対しても、その処分によって不利益を受けるものに仮の権利保護を認める仮の権利保護制度を導入すべきである。
    〈提言の理由〉
    生活保護や労働災害保険の不支給決定等の取消を求める訴訟では、判決が確定するまで支給を受けることができず、違法な処分によって不利益を受けた者の現実の生活が著しく脅かされることになる。民事訴訟においては、このような場合に仮の地位を定める仮処分の請求を行うことが可能であるが、現行政事件訴訟法では民事訴訟法の規定する仮処分を全面的に排除しているため、上記のような仮処分を請求することができない。
    しかし、現行法は、他方で、侵益的な行政処分に対しては限定されているとはいえ執行停止制度が認められているにもかかわらず、上述のような給付的又は授益的な行政処分の申請に対する却下、不許可、拒否処分等に対応する仮の権利保護制度が存在しないことは均衡を失する。
    よって、現行法第44条の規定を削除し、行政庁の処分、その他公権力の行使にあたる行為に対しても、その処分によって不利益を受ける者に対して仮の権利保護を認める途を開くべきである。

    (8)教示制度
    〈提言の趣旨〉
    行政庁が国民(当該処分又は裁決の名宛人以外の者を含む)の申立により、処分又は裁決をなした行政庁を確定するに足りる事項を教示する教示制度を設けるべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法は、処分又は裁決の取消を求める訴訟については、当該処分又は裁決をした行政庁を被告としなければならないと定め、誤って、当該行政庁以外の行政庁を被告とした訴訟は訴訟要件を欠くものとして却下される。
    他方、前述のように取消訴訟の出訴期間が厳しく制限されているため、被告となる行政庁を誤ったため訴訟を却下された原告が、処分・裁決をなした行政庁を被告として、再提訴しようとするときには、出訴期間を途過してしまうおそれがある。
    しかし、国民(特に当該処分又は裁決の名宛人でない者)にとって、処分又は裁決をなした行政庁を確定することは困難である。
    そこで、本来、被告を誤って提訴された取消訴訟においても、原告の申立により被告の変更を認める制度が必要であるが、このような制度を導入しないとしても、少なくとも国民が外形上当該処分に関与した行政庁あるいはその上級庁に対して、被告とすべき行政庁の教示を求めることができる制度を設けるとともに、仮に上記教示が誤っていたときには、教示された行政庁を被告とする訴訟は、実際の処分庁を被告として提起された適法な訴訟としてあつかうとともに、提訴後においても当事者(被告)の変更を認めるべきであろう。

    (9)行政庁による裁量基準の明確化
    〈提言の趣旨〉
    行政庁の裁量処分の取消訴訟に関して「裁量権」の範囲を明確にするため、個々の実体法のみならず、行政事件訴訟法中に裁量処分の取消に関する具体的判断基準を明示すべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法第30条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所はその処分を取消すことができる」と定めている。
    しかし、ここにいう「裁量権の踰越または濫用」という基準がはなはだあいまいであるため、法の趣旨・目的からの逸脱や比例原則・平等原則などの観点から、裁量権の範囲を限定しようとする試みも行われているが、ややもすれば行政庁の裁量権の逸脱につき「その判断が全く事実の基準を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合」というように、緩やかに解釈される傾向にある。(最判昭52.12.20民集31巻7号1101頁及び同昭和53.10.4民集32巻7号1223頁)。
    そこで、裁量権の範囲に関する基準を個々の行政法の規定や法解釈に委ねることは限界があり、行政事件訴訟法中に、裁量権の行使に関して、当該行政庁に対してその判断過程における手続的合理性、実体的合理性について主張・立証責任を負担させ、その主張・立証責任がつくされない場合には当該裁量処分は裁量権を逸脱したものとみなすなど裁量処分の取消に関する具体的判断基準を明示する必要性がある。

    (10)訴訟類型の多様化
    〈提言の趣旨〉
    現代型の行政事件に対応するため、行政訴訟の訴訟類型を多様化すべきである。
    〈提言の理由〉
    現行法第2条は、行政事件訴訟として抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟の四種類の訴訟類型を掲げている。
    しかし、現代社会における行政の作用は多様化しており、上記4つの訴訟類型で全ての行政手続きに対応できるわけではない。司法制度改革審議会の報告書でも「行政需要の増大と行政作用の多様化に伴い、伝統的な取消訴訟の枠組みでは必ずしも対処しきれないタイプの紛争(行政計画の取消訴訟等)が出現し、これらに対する実体法及び手続法それぞれのレベルでの手当が必要である。」と提言している。
    また、最近では、判例でも一定の要件のもとに、無名抗告訴訟を認められている。
    かような事実から、実務において新しい類型の訴訟に対する必要性があることは明かである。
    本来、違法な行政権の行使に対し権利救済を求める国民の権利が、行政事件訴訟法上の訴訟類型に該当しないことを理由として拒否されるような事態があってはならない。その意味からも権利救済の手段となる訴訟類型を厳格に制限することは不当といわねばならない。
    よって、現行法を改正し、従来、明文でさだめられた訴訟類型にこだわらず、義務付け訴訟等の多様な行政訴訟が可能であることを、明文上明らかにするとともに、主要な訴訟類型を例示すべきである。

    (11)民事訴訟と行政訴訟との選択的提訴の許容
    〈提言の趣旨〉
    民事訴訟と行政訴訟の選択的提訴とその選択的・予備的併合を認めるべきである。
    〈提言の理由〉
    大阪空港訴訟最高裁判決(最判昭和56.12.16)にみられるように、ある係争につき民事訴訟と行政訴訟が相互に訴訟要件に該当しないとして救済を拒むことがないように、公定力の排除を前提とする抗告訴訟への一本化を修正し、係争が民事訴訟による解決に適する場合は、原告の判断により民事訴訟と行政訴訟のいずれでも選択的に提訴できることを明確にすべきである。併せて、両訴訟の選択的又は予備的併合を認めるべきである。

  3. 行政訴訟制度に関するその余の改正

    (1)抗告訴訟の訴訟費用の定額化
    〈提言の趣旨〉
    抗告訴訟の訴訟費用を定額化すべきである。
    〈提言の理由〉
    多数の周辺住民が提起した林地開発行為許可処分取消訴訟において、最高裁は、「本件訴訟において原告らが訴で主張する利益は本件処分の取消によって回復される各原告の有する利益、具体的には、水利権、人格権、不動産所有権等の一部を成す利益であり、・・(中略)・・これらの利益は、その性質に照らして各原告がそれぞれに有するものであって、全員に共通であるといえないから、結局、本件訴訟の目的の価額は、各原告の主張する利益によって、算定される額を合算すべきものである。」(最決平12.10.13判時1731号3頁)と判示している。
    かような解釈は、複数の当事者が共同して処分取消訴訟を提起することを困難にしている。また抗告訴訟の訴訟物を「行政処分の違法性一般」と解する判例、通説の立場に立てば、複数の当事者が一個の訴訟物たる行政行為の違法性を主張して、抗告訴訟を提起している以上、上記のような多数の当事者が一個の行政処分の取消を求めているときには、各原告の主張する利益は、当該「行政処分の取消」と考え、その利益は全ての原告に共通であると解すべきである。
    よって、抗告訴訟の訴訟費用は、原告の人数や係争物の価格にかかわらず定額化するとともに国民のだれもが負担できる程度の金額にすべきである。

    (2)公金監査訴訟(国民訴訟)の実現
    〈提言の趣旨〉
    国の行政機関等の公金の支出、財産の取得、管理行為等に対して公金監査請求制度、公金監査訴訟を新設すべきである。
    〈提言の理由〉
    地方自治法は、地方公共団体の長もしくは委員会もしくは委員又は地方公共団体の職員がなした違法もしくは不当な公金の支出、財産の取得、管理もしくは処分等に対して住民が監査請求を行うことができる旨の定めがある。さらに、監査委員がなした監査の結果等に不服があるときは、住民は裁判所に対して当該執行機関又はその職員に対する当該行為の差止や無効確認等を求めて提訴できる住民訴訟制度が設けられている。
    これに対して国の行政機関、独立行政法人の職員等の違法もしくは不当な公金の支出、財産の取得、管理もしくは処分等に対して国民が直接その監査及び是正を求めることができる制度は存在しない。
    昨今、国家公務員による公金の違法又は不当な支出等が相次いで発覚し、大きな社会問題となっているが、かような事態を防止するためには会計検査院等の行政機関による検査や是正措置のみでは不十分であって、主権の保有者である国民が、直接違法又は不当な公金の支出や財産の処分、管理について監査、是正を請求する手段が必要である。
    よって、地方自治法にもとづく住民監査請求及び住民訴訟に対応する公金監査請求制度及び公金監査訴訟(国民訴訟)の制度を設けるべきである。


以上
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