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 消費者問題に関する仲裁法制定についての意見書

2002年(平成14年)9月4日
司法制度改革推進本部
 仲裁検討会御中

大阪弁護士会 
会長 佐伯照道

第1 意見の趣旨
  1. 消費者と事業者との仲裁契約のうち、将来の争いに関するものは無効とするべきである。

  2. 紛争発生後の仲裁契約についても、事業者側に説明義務を課し、かつ、仲裁契約の方式を厳格にすることにより、消費者保護のための特別の措置を講じるべきである。

  3. 上記特則の適用を受ける消費者に関しては、出頭しなかったことをもって、無効主張の放棄と扱うべきではない。当事者が現実に出頭し、仲裁人から仲裁手続の意味と効果について十分な説明を受けた上で、個人が積極的に手続の進行を承認した場合に限り、仲裁契約を有効とすべきである。
第2 意見の理由
  1. 仲裁契約の効力について

    (1)仲裁法制の整備に関し、司法制度改革審議会意見書では、「経済活動のグローバル化や国境を越えた電子商取引の急速な拡大に伴い、国際的な民商事紛争を迅速に解決することが極めて重要となっていることから、国際商事仲裁に関する法制をも含めて検討すべきである。」との強調がなされ、また、UNCITRAL国際商事仲裁模範法が仲裁法制のモデル法となっていることから明らかなように、元来仲裁は国際商取引の紛争処理の一手段としてその有用性が唱えられてきたものである。
    確かに、国際商事紛争はこれを訴訟で解決しようとする場合管轄の問題や準拠法の問題があるため、仲裁契約は簡易かつ合理的な裁判外紛争解決手段の確保として意味がある。また、国際商取引の当事者の多くは訴権放棄の危険性と仲裁による紛争解決の利益を衡量する能力を備えた事業者であり、仲裁契約を選択するにつき主体性は失われない。
    しかし、訴権放棄の危険性と仲裁による紛争解決の利益を衡量できない消費者にとっては仲裁契約は訴権の剥奪としてしか機能しないことが確実に予想される。また、そもそも国内民事紛争においては、紛争解決を困難ならしめるほどの管轄の問題や準拠法の問題はなく、消費者が仲裁契約の有用性を判断すること自体困難なことである。そして、将来の争いに関する仲裁契約を許すのであれば、業者が定型の書類に仲裁合意の文言を盛り込み、「申込み手続に必要だから」という理由でその書類に署名させ、これが後日、訴権剥奪の根拠として機能することになろう。

    (2)このように仲裁契約が消費者の訴権剥奪と結びついた場合、これまで裁判手続が消費者被害事件において事実関係の解明や新たな規範定立において果たしてきた役割に鑑み、消費者保護の観点から看過し得ない重大な問題があると言わざるを得ない。
    具体的に述べると以下のとおりである。

    1. 事実関係の解明の観点から
      消費者被害事件においては、事業者の勧誘行為の有無やその内容、説明義務の履行などの点を巡って事実関係が真っ向から対立するケースが多い。
      これについては、事業者側に資料等が偏在しているという問題がある上に、事業者側が極端な虚偽主張、虚偽証言を展開する場合が決して少なくない。消費者がこれに対抗して真実を立証していくことは容易ではなく、正式な裁判手続において全力で証拠を収集し、立証活動を尽くすことが必要となる。
      ところが、仮に仲裁契約が持ち込まれて簡易な手続で判断されてしまうようになれば、消費者側が十分な立証活動を行うことは不可能となり、ほとんどの場合、表面的には必要な書証や資料を取り揃えた事業者側の言い分が採用されてしまうことになりかねない。例えば証券取引被害事件についても、証券外務員が説明書を交付し、確認書を徴求したものの、実際には「後で読んでおいてください。」「取引に必要なので署名してください。」と言って書類を揃えたにすぎないことを立証してようやく被害が救済された事案が多数存在する。したがって、簡易な手続による事実認定が消費者保護を後退させるのは確実である。

    2. 規範定立の観点から
      事業者の行為規範を明確にするという点においても、消費者被害事件における判例の果たす役割は非常に大きいものである。
      例えば、10年前には、証券取引被害において投資家が救済されることなどまずあり得なかった。それがこの10年、300件を超える判例の蓄積によって、説明義務や過当取引等の新たな被害救済法理が生まれ、次第に被害救済が果たされてきたのである。たとえばワラント取引における説明義務を例にとっても、当初は説明義務の存在自体、激しく争われたし、説明義務を認めることが定着した段階でも、初期においては、行使期限が到来したら無価値になること及び価格変動が激しいことの2点のみを説明すれば足りるなどという裁判例も存在したが、その後判例の進化によってこのような浅薄な見解が淘汰され、説明義務の内容が深められていった。またしかし、これらの法理もいまなお発展途上である上、次々に新種商品が開発されて新種被害が生じているのであって、今後も適時の司法判断により実態に即した被害救済が実現され、そのための法理が確立されていく必要がある。
      ところが、今後さらに判例理論の進化が必要な被害類型や、前例のない新種被害が生じたときには、仲裁において新たな法律判断を前提にした被害救済が果たされることは期待できない。仮にある事案について新判断に基づく解決が行われたとしても、仲裁は基本的に非公開となるはずであるから、新たな法理・ルールの形成にも、同種被害の救済にも役立たないはずである。

  2. 仲裁契約の無効主張の制限について
    仲裁契約の効果が訴権の放棄という消費者にとって重大なものとなる以上、仲裁契約は契約当事者にその意味がわかるように厳格な方式に則って締結されなければならないことは無論である。さらに重要なのは消費者が仲裁契約の無効を主張することを安易に制限してはならないことである。
    司法制度改革推進本部仲裁検討会においては、消費者と事業者との間の仲裁契約のうち、将来の争いに関するものは無効とするが、消費者のみが無効を主張できるものとする案(片面的無効案)が検討されているが、片面的無効案を採用した場合、消費者の不出頭を理由に、無効の主張を制限する制度と結びつきやすい。
    しかし、たとえ紛争発生後であっても消費者が、仲裁で解決することと訴訟で解決することの相違を理解していない場合がほとんどであると予想される。また、そもそも仲裁契約は「合意による紛争解決手続の選択」であるのであるから、失権効を定める合理性は認められない。
    したがって、出頭しなかったことをもって、無効主張の放棄と扱うべきではなく、当事者が現実に出頭し、仲裁人から仲裁手続の意味と効果について十分な説明を受けた上で、個人が積極的に手続の進行を承認した場合に限り、仲裁契約を有効とすべきである。

  3. 結語
    ADRの拡充は司法制度改革の重要な課題の一つであることは間違いないが、消費者の訴権剥奪を導く制度の導入をADRの拡充と謳って検討することは誤った議論である。よって、検討会における慎重な検討を求めるべく、意見の趣旨のとおりの意見を表明する次第である。
以上
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