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 新司法修習制度についての意見書

2002年(平成14年)9月24日
日本弁護士連合会 御中
司法制度改革推進本部
  法曹養成検討会 御中
大阪弁護士会 
会長 佐伯照道


意見の趣旨
  1. 司法修習制度は,国家の司法作用の担い手として,国民の権利を最終的に擁護する者を養成するものである。したがって,その中心は,裁判(法廷)実務能力の研鑽におかれなければならない。

  2. 司法修習の中心は実務修習であり,その期間は,法科大学院を修了した者に対しても,1年が確保されるべきであり,現在同様,民事裁判,刑事裁判,検察,弁護の各修習を各3カ月行うべきである。

  3. 法科大学院を修了した者に対する司法修習においても,前項の実務修習の前後には,現在の司法研修所,あるいはブロック毎における集合修習を行うべきである。その期間は,前期は2カ月程度,後期は3カ月程度とすべきである。

  4. 現在の司法試験に合格した者に対する司法修習は,期間及び内容を現在と基本的に同様のものとすべきである。すなわち,前後期各3カ月を行い,上記2と同様の実務修習を行うべきである。

  5. 司法修習生に対する給費制は,上記1のような司法修習の意義等に鑑み,これを維持すべきである。
理由

第1 はじめに
1,司法修習制度問題のあり方を今検討することの重要性

 2004年4月の開設を控え,法科大学院制度の枠組は,なおいまだ不透明なところはあるもののかなりの程度固まりつつある。これに対し,新司法修習制度については,いまだ十分な議論がなされているとは言い難い状況にある。なるほど法科大学院の開設に比べ,その修了者を対象とする新司法修習制度(以下において,法科大学院を修了した者を対象とする司法修習制度を「新司法修習制度」「新司法修習生」などと言う。なお,法科大学院発足後に,現行の司法試験合格者を対象に行う制度を,便宜上,「従来型司法修習制度」「従来型司法修習生」などと言う)発足は3年遅い2007年4月と予想され,議論に時間的余裕はある。しかし,事は単に司法修習制度のみではなく,法曹養成制度全体に関わるものである。司法修習制度のみを切り離し,後回しにして論じるべきものではなく,立法手続においても,司法修習制度について定める裁判所法の改正という形で当然議論の俎上にのぼるはずである。特に3000人といわれる合格者が早い時期に予想される以上,どのような修習があるべき姿であるかとともに,現実的に可能かも十分に議論する必要がある。

 以下においては,新司法修習制度を主に検討し,合わせて従来型司法修習制度についても言及する。なお,これは,理想的な法科大学院が本格的に展開される前の,現在の制度下の問題点を踏まえての検討である。


2,新司法修習制度をめぐる不確定要素

 新司法修習制度の議論を難しくしているのは,「入り口」と「出口」がはっきりしないということである。

(1)「入り口」の問題

 法科大学院を出て新司法試験に合格し新司法修習生となる者はどの程度の実力を備えた人であるか,ということである。これを抽象的に規定することは困難であるが,現状を踏まえると次の2点を指摘する必要がある。
 1点目は,法律的な能力を理論的なものと実務的なものとに分けて考えることが可能であるならば,法科大学院を修了し新司法試験に合格した者には,前者の能力はともかく,後者の能力はあまり期待できないということである。法科大学院制度の議論の当初においては,法科大学院は,現在の司法研修所にとってかわる役割をも期待されたはずであり,司法研修所で行われている実務教育の一部あるいはかなりの部分を行うことが想定されていたが,実際に組まれたカリキュラムは,広く深い理論教育が必要という発想と,おそらく司法試験への対応の必要性から,実務教育の部分は相当に薄くなっている。新司法試験合格者の実務能力は,現在の司法試験合格者のそれと大きくは変わらないと考えられる。
 2点目は,合格者の大幅な増大の必然として,新司法修習生の能力や志向のばらつき,格差が非常に大きくなるということである。現在のような一律な制度でよいのかは問題になりうる。

(2)「出口」の問題

 修習の到達目標をどこにおくかということである。これにも,2つの問題がある。
 1つは到達の程度の問題である。これも抽象的に論じることは難しいが,法科大学院制度が現在の新人法曹の能力が不十分であるとの指摘から始まったことを考えると,到達目標を現在より落とすべきではない。
 もう1つは,「入り口」の問題のところで触れたところとも関連するが,一律性あるいは多様性の問題である。現在の制度は,いわば裁判法曹を一律に作る(全員が裁判官,検事,弁護士という裁判法曹になりうるところまで育てる)ものということができる。新司法修習制度にあってもそれでよいのか,あるいはそれが可能かということである。裁判実務を離れ,社会で広く修習する制度を作るということも理念上ありうるところであり,そのような意見も存在する。

3,新司法修習制度を考えるためのいくつかの前提条件

 以上からすると,新司法修習制度について検討する場合,次のような条件を前提とする必要がある。

  1. 修習生は新・従来を合わせて早期に3000人にのぼることを想定しなければならない。しかも,各法科大学院の設立のスピードや現行司法試験による合格者数をどのようにするかにも関わるが,このような人数が,新司法修習制度が立ち上がる2007年あるいはその翌年である2008年から,司法修習生となる可能性がある。

  2. 特に新司法修習生の数は,理念的に言えば変動する。新司法試験が資格試験として徹底されるとすると,新司法修習生の数をコントロールする機能をもたない。

  3. 現在の司法研修所のキャパシティーは1500人が精一杯であるとされている。なお,第2司法研修所といった構想には,財務省が相当に難色を示していると言われている。

  4. 実務修習も,単純に考えればそれぞれの修習地において修習生が現在の3倍に増えるわけであるが,その受け入れは,現在の制度のままでは,ほとんどの実務庁(会)で困難である。

  5. ただし,実務庁(会)の受け入れ能力の問題は未来永劫の問題ではない。育てる側が500人合格世代なのに育てられる側がその6倍といった規模で来ることに問題がある。将来的には特に実務修習地での受け入れはしやすくなる。

  6. 法科大学院を修了した新司法試験の合格者とは言っても,現状において,実務能力はあまり期待できない。法科大学院での実務教育には,十分な時間は割かれない。理論的な物の考え方などは今よりかなり優れていることが期待はされるが,仮にそれが身につくとは言っても,非常にばらつくはずである。

  7. 司法試験が行われる時期は,法科大学院修了後の7月頃であると考えられる。

  8. 飛び級をしない限り,大学入学から法科大学院修了までには早くても6年かかる。その翌年は司法試験受験の年となり,翌年春から修習を始めて1年間となっても,大学入学からの年数は8年となる。


第2 新司法修習制度のあり方

 以上のような前提条件を踏まえて,新司法修習制度について,次のとおり提案する。
1,その位置付け

 司法修習は,新司法修習制度・従来型司法修習制度とも,司法試験に合格した者に対し,「高い見識と円満な常識を養い,法律に関する理論と実務を身につけ,法曹にふさわしい品位と能力を備えさせ」(現行司法修習に関する規則第4条参照),国家の司法作用を担うに足る者を養成するものとして位置付けられるべきである。法治国家において紛争を最終的に解決し,国民の権利を最終的に擁護するのは司法作用にほかならない。司法修習は,その後の直接の進路に関わらず,そのような役割を,裁判官あるいは当事者法曹として担うに足りる者を養成する場であるべきである。したがって,その修習の中心は裁判(訴訟)実務能力の研鑽におかれなければならない。特に弁護士の場合,法曹になった後の実務において,訴訟にほとんど関わらない者も少なくなく,さらに今後,そのような者は増えると思われる。しかし,上記のような司法修習の役割からすると,そのような者についても,裁判実務を中心とした修習を行うべき意義は変わらない。

2,期間

(1) 新司法修習の期間について,1年でやむをえないとの意見がしばしば語られている。例えば,前期修習を廃止し,司法修習を開始してただちに実務修習に入って,民事裁判・刑事裁判・検察・弁護の各実務修習を2カ月ずつ行う,といった案である。

(2) しかし,このような短期間に,しかも後述のようにおそらくは希薄化せざるを得ない制度によっては,実務修習の実があがるかは甚だ疑問である。1つの事件を連続して追うということが事実上困難になるのはもちろん,夏期休廷の時期などに重なると,ほとんど事件を体験できないということすらありうる。いわゆる総合修習制度は,そのような不足を補うものと想定されていると思われるが,後述のとおりおそらくそうはならない。法科大学院における実務教育に大きな期待ができない以上,新司法修習制度においても実務修習はその中心に据えられるべきところ,以上のような期間ではいかにも不十分である。

(3) なお,新司法修習の開始時期は4月にこだわる理由はない。新司法試験は法科大学院修了後の7月に論文式と択一式が同時に行われることが見込まれ,現在の司法試験について行われる口述式試験は行われない。また,論文式試験の採点も,現在のようにごく一部の者を合格させる試験とは異なるから,粗いもので足りる。
 ただし,従来型司法修習制度については,大学在学者の合格が想定され,また司法試験において口述試験も行われるから,4月開始を前提に考えざるを得ない。

(4) 新司法修習制度は,司法試験終了後の11月あるいは12月から開始して,翌々年3月までの1年4ないし5カ月とすべきである。実務修習は,現在同様,民事裁判,刑事裁判,検察,弁護の4クールにつき,各3カ月を確保すべきである。すなわち,実務修習期間として1年間を確保すべきである。これに,次に述べるように必要な集合修習を,前期後期各2ないし3カ月加えて,上記の期間とすべきである。
 なお,従来型司法修習については,現在の1年半の期間を短縮する理由を見いだしがたい。従来同様に,4月から翌年9月まで,前期後期を各3カ月間行い,実務修習も4クール各3カ月ずつ1年間とすべきである。
 このようにすると,別図のとおり,前後期期間の重複はないうえ,実務修習も,新司法修習・従来型司法修習の班を区別することなく,スムーズに回すことが可能になる。


3,前期修習について

(1) 前期後期の集合修習は,新司法修習制度にあっても維持すべきである。上述のとおり期間を工夫すること,そして後述のとおり必要に応じて施設を拡大することによってその実施は可能である。特に前期修習については,その必要性が大きく,ぜひ維持すべきである。

(2) 前期修習を廃止するという案は,これまで前期修習で行って来た実務修習の基礎教育は法科大学院で行うべきであり,集合修習のうち後期修習は残すが前期修習は廃止する,というものであるが,以下の理由で賛成できない。

  1. 法科大学院における実務教育は,少なくともただちに有効に行われるとは考えにくい。前述したとおり,多くの法科大学院における授業は,事実上,理論教育が中心となり,場合によっては司法試験受験に焦点をおいてなされるものと考えられ,実務教育はおそらく十分にはなされない。実務教育がカリキュラムに占める割合も非常に小さい。理論教育について,現在の司法試験合格者をむしろ上回る水準を要求するとすると,それに相当の時間をかけることが必要となり,自然,実務教育については不十分にならざるを得ない。無論,法科大学院でのこの実務教育には,弁護士会を中心とする実務家の積極的関与協力が期待されるが,大量の修習生に対する教育も行う必要があるわけであるから,それと併行して行われる法科大学院でのエクスターンシップ等が,ただちに十分なものとして全ての法科大学院生に対し行われるとすることには困難が予想される。このような法科大学院教育をもって現在の前期修習の代替たりうるとする議論には大きな疑問がある。現在構想されている法科大学院の制度のままで前期修習を欠いて実務修習を行っても,実務修習の効果が十分にあがらないことが懸念される。将来の法科大学院の「完成期」においては実務基礎科目の単位数が9単位となるが,当面は5単位にとどまる。とすれば,前期修習に代替するものとして,いかにも不十分との感を免れない。

  2. 司法研修所の教育は,戦後50数年間にわたって実務家を養成して来た。多くのノウハウの蓄積もある。改善すべき点は多々あっても,有意義な存在であることは否定できない。特に前期修習は,実務修習を始める前のアプローチとして重要である。そこで体験した一種のカルチャーショックに鮮烈な印象を持つ実務家も少なくない。これを廃止することは相当ではない。

  3. 後期修習は,現在の司法修習においては,実務修習で各修習生が行って来たことの確認・定着と,各実務庁(会)でのばらつきの調整という位置付けがされている。そして,この必要性は,新司法修習制度においても変ずるものではない。むしろ,大量の司法修習生の受け入れにより,実務修習におけるばらつきの幅は大きくなることが予想され,むしろ必要性が高まるというべきである。

4,実務修習の受け入れの問題

(1) 現在の実務修習は,検察修習を除き,個々の法曹に密着した指導を受ける個別修習を中心として行われている。しかし,仮に3000人といった体制になった場合,現在と同様のスタイルによって修習を行うことは,多くの地方において事実上困難となると思われる。特に,既に指導担当による合同修習方式がメインとなっている検察修習の場合,さらなる受け入れには相当な困難が予想される。

(2) この点は,修習生の能力や志望が多様化すること,人数が変動する余地があることなどを考慮のうえ,新しい実務修習のあり方について,各地の意見も聞きながら,早急に議論を詰める必要がある。弁護修習については,現在よりも合同修習の比率を高めること,1人の修習指導弁護士が複数の修習生の指導を一時にすることを認めることなどによって受け入れがどの程度拡大できるかを検討すべきである。

5,司法研修所の拡大と総合修習

(1) 集合修習については,1つの案として,後期修習は行うが,予想される新司法修習生を一挙に修習させることは司法研修所の収容能力から困難であるので,これを2つに分け,半分は実務修習の直後に2カ月後期修習を行いその後2カ月,各自の選択に任せある程度自由な修習をする「総合修習」を行い,残り半分は実務修習の直後に,この「総合修習」を設けその後に後期修習を行うというものがある。

(2) しかし,例えば法曹の数が3000人必要であり,それらに対し司法修習を行う必要があると考えるならば,そして仮に現在の施設では不十分であるというならば,これを増設しなければならない。増設の仕方として,現在の司法研修所を増設するという方法に限るわけではなく,各ブロック毎に分散させた研修所なども検討されてよい。研修所を増設することができない理由として,現在の司法研修所は判事や判事補に対する研修を行う役割(いわゆる第1部)を兼ね備えているが,追加分の研修所については第1部がなく,司法修習生に対してのみのものとなり,そのように年間のごくわずかな時期にしか使わない施設は非効率的であるので財務省が認めない,ということが言われる。しかし,修習生が増加するということは若干のタイムラグをおいてではあるが判事・判事補も増加するということである。近い将来においては第1部の機能も拡充が必要になるはずである。施設が無駄になるわけではない。これも見据えて,司法研修所は拡充されるべきである。

(3) そもそも,新司法修習と従来型司法修習のそれぞれの開始時期及び期間からすると新司法修習の前期は11月から12月,後期は1月から3月,従来型司法修習の前期は4月から6月,後期修習は7月から9月となる。つまり,司法研修所は,少なくとも現行司法試験組がいる間は,年間11カ月は使われ,しかも重なり合いが生じない。非効率的との批判はあたらない。

(4) いわゆる総合修習制度は,その理想とするところだけをみると,修習の幅を広げようとするものであって,望ましい制度のようにも見えないではない。しかし,少なくとも現在議論されている制度は,司法研修所の受け入れ体制あるいは実務修習の希薄化を補うためだけに考えられたものにすぎず,その理想とは程遠いものである。実務修習の期間が短くなることを補う趣旨としても,実務修習の受け入れによって飽和状態となる実務庁において,さらに総合修習としての修習生を受け入れるのは当面は不可能に近い。それ以外の受入先といっても,これだけの人数を受け入れるだけの先があるか,疑問である。弁護士志望者の場合,自分の就職をする事務所を修習先とする程度であり,それが総合修習,あるいは修習制度自体の趣旨にそぐうか,疑問である。結局は不十分な集合修習に対する弥縫の策にすぎず,内容を伴ったものとは言えない。また,1500人ずつ交替するという制度は,新司法試験の下においては,司法修習生の数がさらに変動しうるということを考慮しない案と思われる。

6,給費制

 前述したように,司法修習制度が法曹実務家を養成するのは,国家の司法作用を担い,国民の権利を擁護する公共的な使命を持つ者を養成することであって,単なる職業人の養成とは異なる。そのような高度に公共的な要請があるから,法曹になるためには,司法試験合格後もただちに実務につくことを認めず,その後どのような実務につく者にも,裁判実務全般を修習させることが正当化される。また,その修習を実効あらしめるために,修習生には守秘義務を課したうえで個別事件の中身にも触れる権限を与え,また,修習専念義務を課して,他の職につくことを禁じている。これらは,修習生に,給与を支払うことによってのみ正当化される。修習生の給費制を廃止するとの論理は,これらの権限・義務の根拠を否定することにつながるのであって,意義のある修習を行い得なくなる。また,給費制の廃止によって,法科大学院の後に修習まで自費で受けなければならないという負担を嫌って法曹に有能な人材が集まらないことも懸念され,ひいては修習廃止論にもつながりかねない。司法修習が,司法を担う者を養成するという国家にとって不可欠な制度であることを踏まえ,給費制は維持しなければならない。

以上

「新司法試験イメージ図」
(エクセル書類)

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