司法制度改革推進本部 御中
2002年(平成14年)11月5日
大阪弁護士会
会長 佐伯照道
記
- 第1.意見の趣旨
- 国民が裁判を利用しやすいようにするという司法改革の目的を実現するため、
- 提訴手数料は大幅に減額するべきであり、少なくとも現行手数料の4分の1程度に引き下げるべきである。
- 上訴(控訴及び上告)手数料については提訴手数料と同額にすべきである。
第2.意見の理由
1.はじめに
司法制度改革審議会意見書は、裁判所へのアクセスの拡充をうたい、その中で現行の提訴手数料は「案件によってはかなり高額になることもあることから、利用者の費用負担軽減を図る」必要があることを認め、そのため、「提訴手数料については、スライド制を維持しつつ、必要な範囲でその低額化を行うべきである。」としている。
すなわち、提訴手数料の低額化は、経済的要因による裁判制度利用のアクセス障害を軽減し、紛争解決の場としての裁判制度を利用しやすくし、「裁判を受ける権利」をより実質的に保障することにつながる。同様に、提訴手数料の定額化も、係争規模にかかわらず、これに要する裁判費用の負担が一定の範囲にとどまることで、裁判制度がより利用しやすくなり、市民の裁判制度へのアクセスを容易にすると考えられる。
審議会意見書は、このような考え方を前提にして提訴手数料の低額化の方向性を打ち出したものである。
司法制度改革推進本部は、上記審議会意見書の趣旨を踏まえ、すべての国民が、提訴手数料のために提訴を躊躇することなく裁判ができるように、提訴手数料を大巾に引き下げるべきである。
2.提訴手数料の現状
- 現行の手数料
現行の提訴手数料をいくつかの訴額について例示すると、次のとおりである。
訴額 |
提訴の場合 |
控訴の場合 |
上告の場合 |
10万円 |
1,000円 |
1,500円 |
2,000円 |
100万円 |
8,600円 |
12,900円 |
17,200円 |
1000万円 |
57,600円 |
86,400円 |
115,200円 |
3000万円 |
137,600円 |
206,400円 |
275,200円 |
5000万円 |
217,600円 |
326,400円 |
435,200円 |
7000万円 |
297,600円 |
446,400円 |
595,200円 |
1億円 |
417,000円 |
626,400円 |
835,200円 |
10億円 |
3,117,600円 |
4,676,400円 |
6,235,200円 |
30億円 |
7,117,600円 |
10,676,400円 |
14,235,200円 |
100億円 |
21,117,600円 |
31,676,400円 |
42,235,200円 |
- 現行の方式
現行の提訴手数料は小刻みなスライド制を採用しており、高額になるに従い低減する方式がとられている。すなわち、訴えの提起については、訴訟の目的の価額に応じて、次に定めるところにより算出して得た額となっている。
控訴についてはこの額の1.5倍、上告については2倍とされている。
訴訟の目的の価額 |
|
|
30万円まで |
5万円ごと |
500円 |
30〜100万円 |
5万円ごと |
400円 |
100〜300万円 |
10万円ごと |
700円 |
300万〜1000万円 |
20万円ごと |
1,000円 |
1000万円〜1億円 |
25万円ごと |
1,000円 |
1億円〜10億円 |
100万円ごと |
3,000円 |
10億円を超える部分 |
500万円ごと |
10.000円 |
- 3.提訴手数料の改革の必要
- これまでの考え方(受益者負担と乱訴防止)
現行の提訴手数料については、個々の手続が当該当事者について生じた法律上の紛争を解決するために、その求めにより行われるものであることに着目し、裁判制度を利用する者に当該制度の運営費用の一部を納めさせることにより、当該制度を利用する者と利用しない者との間の公平を図るものとされ(受益者負担の考え方)、副次的に、乱訴を防止するという考え方を基本として制度設計がなされていたものである。
- 司法改革の理念
しかし、今回の司法制度改革においては、国民の司法へのアクセスを容易にし、裁判制度の利用を大巾に拡大することが、わが国の司法制度上最も重要な課題であるとの観点から、諸制度の見直しをすることになっている。したがって、司法へのアクセスを容易にするという観点から見直しが行われるべきであり、受益者負担の考え方や、乱訴を防止するために手数料を徴収するという考え方は、根本的に見直されるべきである。
- 提訴手数料の考え方
近代国家は、紛争解決の手段として、当事者による自力救済を禁止し、裁判制度によって解決するとしている。裁判制度は、司法による法の支配を貫徹し、国家としての法秩序を維持する機能と目的を持つもので、国家にとっては安全装置としての側面を有している。そこで、国が設置した裁判所が法的紛争の解決手段を独占し、国民が私的救済・自力救済を行うことは禁止している。その結果、法的紛争に巻き込まれた国民は、司法の場とくに裁判制度の利用での解決をいわば強制されるのである。
したがって、裁判制度を維持するために必要な費用は、基本的には国民全体が負担するべきものであり、裁判を利用する者が負担するべきであるとする受益者負担の考え方は、基本的に馴染まない。提訴手数料は、せいぜいコートフィー(法廷利用料程度)として考えるべきである。
- 裁判利用の一つの障害になっている
実際に、市民や企業は、提訴手数料が高いために、求めたい額の請求を断念し、内金の請求に留めることが少なくない。そもそも、弁護士費用の負担と相まって、経済的理由から裁判を見合わせることもある。また、控訴あるいは上告の場合は、手数料がさらに高くなることから、やむなく内金請求にせざるを得ないこともしばしばある。あるいは、相手方に資力がなく回収の見込みはないが、債務名義を取得するために提訴の必要性があるような場合でも、訴訟手数料の負担から躊躇することがある。
このように、提訴手数料が裁判制度利用のアクセス障害となっていることは多くの弁護士が日々経験しているところである。
このような現況にあるので、提訴手数料を大巾に引き下げれば、市民の司法アクセスを飛躍的に向上することは明らかである。
- 4.諸外国での提訴手数料
- アメリカ
アメリカにおいては、連邦地方裁判所の場合、通常の民事訴訟は、訴額にかかわらず、一律150ドル(1ドル120円として、1万8000円)である。金額の低い定額制であり、利用しやすいと言える。
- フランス
フランスにおいては、一般の民事訴訟は、1978年以降、提訴手数料は「無料」である。
また、行政裁判所の行政訴訟も、一律100フランの定額制である。
- イギリス
イギリスにおいては、カウンティーコートでは、スライド制であるが、8段階に簡素化されているうえ、訴額50,000ポンド(1ポンド200円として1000万円)を超える最高額の場合でも、500ポンド(1ポンド200円としても10万円)とされ、低額に設定されている。
- 3カ国のまとめ
このようにアメリカ、フランス、イギリスでは提訴手数料を国民の裁判を受ける権利を実質的に保障するため、無料にするか、本当の低額に設定されている。
わが国においても「国民の裁判を受ける権利」を実質的に保障するためには諸外国の例に倣うべきであるが、仮に、直ちに極端な変更に抵抗があるとしても、少なくとも今次司法改革においては、以下に述べるような改正が行われるべきである。
- 5.今次司法改革での改革
提訴手数料は、以下のとおりに引き下げられるべきである。
- 地方裁判所の提訴手数料について
現行の手数料は、弁護士費用の負担と相まって当事者の経済的負担となるが、当事者が裁判を起こし、あるいは上訴する場合にたちまち必要になることから、司法アクセスの障害になっており、これを解消するために、手数料額は大幅に減額するべきであり、少なくとも現行手数料の4分の1程度に引き下げるべきである。
すなわち、市民が社会生活の中で直面する法的紛争の訴額は、1億円を超えることは少ないにしても、数千万円であることは少なくない。たとえば、3000万円の場合は、切手代などを含めると提訴するのに、14万円、控訴するには21万円を要する。5000万円の場合は、提訴するのに22万円、控訴するには33万円、上告するには44万円も必要である。このように、特に数千万円の法的紛争の場合、提訴時や控訴時、上告時に当事者が手数料の割高感を感ずることが多い。このことは、日常市民に接している弁護士には共通の認識と言ってよく、これが控訴や上告の障害となっているというのが訴訟代理人をつとめている弁護士としての実感である。
そこで、訴訟代理人としての経験をもとに検討した結果、国民が提訴や上訴の大きな障害とまで考えないであろう手数料の額は、以下に例示するように、現行手数料額の4分の1程度であると考える。
そして、訴額が数千万円以外の場合も、裁判制度を利用しやすくするため、金額に応じて、同様に4分の1程度に減額するべきである。
今後、企業や行政が高額の訴訟を提訴することも増えてくるが、その場合も、現在のように手数料が無制限に高額になって大きな負担になることは問題であり、高額な部分についてもやはり同様に減額するべきである。
〔現行の4分の1にした場合の手数料〕
訴額 |
提訴 |
控訴 |
上告 |
10万円 |
250円 |
375円 |
500円 |
100万円 |
2,150円 |
3,225円 |
4,300円 |
1000万円 |
14,400円 |
21,600円 |
28,800円 |
3000万円 |
34,400円 |
51,600円 |
68,800円 |
5000万円 |
54,400円 |
81,600円 |
108,800円 |
7000万円 |
74,400円 |
111,600円 |
148,800円 |
1億円 |
104,250円 |
156,600円 |
208,800円 |
10億円 |
779,400円 |
1,169,100円 |
1,558,800円 |
30億円 |
1,779,400円 |
2,669,100円 |
3,558,800円 |
100億円 |
5,279,400円 |
7,919,100円 |
10,558,800円 |
また、差止請求の訴訟は、現在、原告の数で提訴手数料を徴収しているが、これでは、国民が複数・多数で訴訟を利用することが困難である。司法の利用を促し、法の支配を実現するには、差止請求が起こしにくい現状を改め、訴額の算定方法を改めるべきである。
- 簡易裁判所の提訴手数料
少額の財産的紛争には多くの国民が巻き込まれる可能性があること、また、地域に存在し、国民に身近な裁判所としての簡易裁判所の役割を十分に発揮させる必要があることから、簡易裁判所の提訴手数料については、一律に500円・1000円の2段階程度の定額制とすべきである。
現在でも、家庭裁判所の提訴手数料は、一律600円・900円の2段階の定額制とされており、このことにより、家庭裁判所は国民にとって比較的利用しやすい裁判所となっている面があることに留意すべきである。
- 控訴及び上告時の手数料
現行の手数料基準によれば、控訴手数料は提訴手数料の1.5倍、上告手数料については2倍となっている。現行手数料を4分の1に引き下げても、上記表のとおり控訴・上告の各手数料については高額となっている。しかしながら以下に述べるように控訴、上告について加重することは不合理と考える。そこで控訴及び上告時の手数料を提訴時の手数料と比較して加重することは止め、提訴時の手数料と同額とすべきである。
すなわち、現在の民事訴訟の控訴審の審理は、続審制とされてはいるものの、1回あるいは2回程度で結審されることが珍しくない実態にある。それにもかかわらず、手数料が大幅に加重されていることは、当事者にとって大きな違和感がある。また、現行の制度が控訴及び上告時の手数料を加重している根拠は乱上訴の抑制にあると考えられるが、このような市民の司法へのアクセスを妨げる発想は排除されるべきである。
上告の手数料については、民事訴訟法の改正で上告事由が大幅に制限され、大多数の事件は上告理由の有無の判断に終始し、極めて短い上告審判決にも示されているように、事案についての実体的審理を受けていないにもかかわらず、1審の2倍もの手数料を徴収するのは、利用者である国民から見て納得のいかないものがある。その意味でも、1審の手数料と同額にすべきである。
特に、上告受理申立の手続は、上告審として事件を受理するか否かを決定する手続であるから、本格的審理をする上告の提起の場合の手数料と同額を徴収するのは、公平でないと考えられる。上告の手数料の半額程度にするなどの見直しがされるべきである。
以上本意見書で提案する提訴及び上記の手数料の目安は下表のとおりである。
訴額 |
提訴・控訴・上告
いずれも同額 |
上告受理申立
手数料 |
10万円 |
250円 |
125円 |
100万円 |
2,150円 |
1,075円 |
1000万円 |
14,400円 |
7,200円 |
3000万円 |
34,400円 |
17,200円 |
5000万円 |
54,400円 |
27,200円 |
7000万円 |
74,400円 |
37,200円 |
1億円 |
104,250円 |
52,125円 |
10億円 |
779,400円 |
389,700円 |
30億円 |
1,779,400円 |
889,700円 |
100億円 |
5,279,400円 |
2,639,00円 |
以 上
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