意見書・声明
意見書 会長声明等

 企業法務等を巡る改革の方向性について

2002(平成14年)年12月3日
大阪弁護士会
第1 意見の趣旨

1 司法試験合格後の司法修習代替問題について
  1. 企業法務に従事している司法修習未了者に対し、企業法務の経験をもって司法修習に代替して弁護士資格を付与するために法5条2号を緩和するべきではない。
  2. 地方議員、公務員、国会議員である司法修習未了者についても、企業法務同様、その必要性は乏しく、法5条2号の特例措置をさらに緩和すべきではない。
2 親子会社間の法務サービスを72条の規制対象から除外する問題については、100パーセント子会社に限定して、その範囲で許容すべきである。

第2 意見の理由

  1. 審議会意見書における企業法務の位置づけ

    (1) 意見書は、法の支配を社会の隅々に行き渡らせるために、法曹人口を大幅に増大させ、増大した法曹が従来の訴訟業務の範囲を超えて、行政や企業、NPO等社会の様々な分野に広く浸透してリーガルプロフェッションとしての役割を果たすことを求めている。

    (2) 法曹の社会への浸透と拡散という文脈において、公職の兼職許容と営業許可の届出制への移行が位置づけられる。しかし、弁護士の社会への拡散は、従来訴訟業務を中心に行ってきた弁護士が異なる組織文化のなかに身を置くことを意味する。そのことは否応なく弁護士の意識に無視すべからざる影響を及ぼさざるを得ない。弁護士のアイデンティティが拡散する危険性が存在するのである。弁護士としての一体性が稀薄になる傾向に歯止めをかけ、リーガルプロフェッションとしてのアイデンティティを維持するために、公益活動の義務と高い倫理性が求められる。その観点から、企業法務に従事する弁護士をも含めた公益活動の在り方と弁護士倫理の具体化が図られなければならない。

    (3) さらに、意見書は、企業法務等との関連において、法72条、司法試験、司法修習の在り方等についての再検討を求めている。この再検討は、弁護士の社会において果たすべき役割の増大が期待される一方で、弁護士の数等に限りのある現状のなかで、「利用者の視点から」、司法修習未終了者で企業法務等法律に関連する実務経験を経て高度な専門的能力を備えた者は司法修習を経なくとも一定の要件のもとで弁護士となる資格を付与することは「弁護士に期待される社会の隅々に法の支配の理念を浸透させるための活動を、より充実したものに」できるという文脈で、<1>司法試験合格後の司法修習代替問題や<2>親子会社間の法務サービスを72条の規制対象から等除外する問題等が論じられている。しかし、これらは、弁護士の数が不足している現状を踏まえて提起されているとはいうものの、法曹としての資格そのものや弁護士自治の在り方にも重大な影響を及ぼす危険性を内包している。従来、司法修習を経ないで弁護士となる者は、5条に定める極例外的な存在に過ぎなかった。ところが、司法修習を経ずに当初から企業等に所属しそのまま一定期間法律関連実務に携われば、弁護士となれるという制度が導入されれば、今後法曹人口が増大するなかで、司法修習を経ないで弁護士となる者が層として生まれることは避けられない。そうなれば、十分なリーガルトレーニングの担保されない弁護士が産み出されるおそれがある一方、弁護士としての一体性、アイデンティティは揺らぎ、弁護士自治を維持することは困難になるのではないか、との危惧が拭い去れない。

  2. 司法試験合格後の司法修習代替問題

    (1) この点について、法曹制度検討会は、司法修習未終了者に対して、一定の実務経験を経た者に対して法曹資格を付与する方向で検討を行い、<1>対象(企業法務、国会議員、等)、<2>付与する資格(弁護士となる資格)、<3>実務経験の認定(業務内容、判定機関)、<4>経験年数(5年、7ないし8年、10年)等を論点に検討されており、<1>対象(企業法務、議員、公務員、国会議員は5条2号に準じる)、<2>付与する資格(弁護士となる資格)、<3>実務経験の認定(業務の内容に着目して適切な業務に限定し、国が判定する)、<4>経験年数(7ないし8年、経験年数の通算を認める)<5>研修の義務付け(日弁連が実施する弁護士倫理や裁判実務を中心とする事前研修を資格付与の条件とする)等の要件の下で許容する方向でまとめられつつある。

    (2) 司法修習の意義
    <1>  確かに、司法試験合格によって基礎的な法律的知識や素養は一応確保されている。
    <2>  しかし、法4条は、司法修習を終えた者に弁護士となる資格を付与している。その立法趣旨は、幅広いリーガルトレーニングと法曹倫理の修得は、法の支配の担い手にとっては必要不可欠であるところから、裁判、検察、弁護の各実務を含む司法修習によって幅広いリーガルトレーニングを受け、かつ統一修習を通じて法曹倫理を修得した者に対して弁護士となる資格を付与することとしたものである。法曹制度検討会の議論で、「フル規格の弁護士が必要なのかどうかということには疑問がある」との意見も出されているが、「フル規格の弁護士が基盤にあって、そのうえで、専門化が」図られるべきであり、それが意見書の立場でもある。
    法5条2号は、法4条に定める弁護士資格付与の特例を認めたものであり、その立法趣旨は、その経歴からみて司法修習を終えた者と同等の法律専門家、実務家としての実質を有すると認められることにある。かかる趣旨は、今後も堅持されるべきであり、特例措置を安易に緩和すべきではない。

    (3)企業法務について
    <1> 企業法務に対する社会的需要が増大していることは論を待たないところであり、法曹人口の増大はかかる社会的要請にも応えるものでもある。しかしながら、企業法務に従事している司法修習未了者は、20名弱といわれており、法5条2号の特例措置をさらに緩和すべきニーズがあるとは考えられない。
    <2> 他方、企業における法務部門や法務担当者は増えつつあるとはいえ、その組織は一部の大企業を除けば小規模であり、法務担当者の教育も社外講習会の受講やOJTによっているのがほとんどであり、取り扱い業務も契約関係、法律相談業務、株式・総会関係、訴訟管理等が主であると言われている。その意味では、幅広い法領域について系統的なトレーニングを受けていると評価できるか疑問であると言わざるを得ない。
    <3> のみならず、ここでいう「企業」あるいは「法務」には厳密な定義づけは不可能であり、現行の5条2号が求めている特例措置の要件とはなり難いものであることは明らかである。
    <4> 従って、企業法務に従事している司法修習未了者に対し、企業法務の経験をもって司法修習に代替して弁護士資格を付与するために法5条2号を緩和するべきではない。
    <5> 仮に、法5条2号の特例を緩和することが避けられないとしても、最低限、次の要件は満たされなければならない。
    ア (経験した業務内容)
    経験した業務内容については、法律関係業務に絞られる必要がある。そうであってはじめて経験がリーガルトレーニングの一環としての意味を持っているといいうるからである。
     後述のごとく、事前研修が重要不可欠であるとすれば、法律関係業務の範囲については、その実施主体となる日弁連が認定することが最も適切であろう。国家資格の認定であることを理由に国の関与が必要であるというのであれば、事前研修の実施結果に関する日弁連の意見を国による認定手続きのなかに制度的に組み入れる必要があると思われる。
    イ (経験年数)
    経験年数については、経験実務の範囲の絞り込みとそれに対する評価の困難さを考慮すれば、10年程度を要求することは合理性があろう。
    ウ (事前研修)
     日弁連が実施する弁護士倫理や裁判実務を中心とする事前研修を資格付与の条件とすべきである。
    この要件は、リーガルトレーニングと法曹倫理の獲得を保障するものとして不可欠であり、この事前研修が十分なものとなるか否かがとりわけ重要である。法曹制度検討会のなかの議論で、研修の実施方法に関し、「夜間や休日など、弾力的な運用をお願いしたい」との意見も出されているが、実施にあたって可能な配慮を行うことは当然としても、訴訟実務を中心に幅広いリーガルトレーニングと法曹倫理の集中的な研修が必要である。研修内容についても、文献学習や講義に止まらず、集団的な討議や個別弁護修習を総合的に組み合わせる必要があろう。そのための期間として、6ヶ月程度は不可欠であろう。弁護士会としては、法務研究財団や法科大学院との(一部)共同実施も視野に入れてその体制を整備する必要があろう。
       エ 以上のような要件が具備されて辛うじて、リーガルプロフェッションとして共通の倫理規範を共有することが可能となり、共に自治を担う同僚となりうる。

    (4) 企業法務以外の地方議員、公務員、国会議員について
    <1> 地方議員、公務員、国会議員等についても、企業法務と同様その経験をもって司法修習に代替して弁護士資格を付与するために法5条2号を緩和する検討が行われている。
    <2> しかしながら、そもそも地方議員、公務員、国会議員はあくまで地方あるいは国の立法や行政に関与する職であって、その職を通じて系統的かつ実務的なリーガルトレーニングを受けているとは評価しがたい。
    <3> のみならず司法試験合格後の司法修習代替問題は、法曹人口の大幅な増員の方向性を打ち出しつつも、増員が達成されるまでの間弁護士人口が不足している現状を踏まえて過渡的な措置として提起されている議論である。地方議員や国会議員のように、政治家は極めて激務であると言われており、それら政治家が弁護士資格を取得したとしても弁護士不足を補う役割を果たすことには全くならないと言ってよい。また、公務員については、本来兼職禁止の制約もあるから、公務員である司法試験合格者で司法修習未終了者に弁護士資格を付与しても、そのことによって現状の弁護士不足解消の一助にはなり得ない。
    <4> 以上から明らかなように、地方議員、公務員、国会議員法についても、企業法務同様、その必要性は乏しく、法5条2号の特例措置をさらに緩和すべきではない。

  3. 親子会社間の法務サービスを72条の規制対象から除外する問題

    (1) 従来の一つであった会社を分割して、統括会社の下に、従来の各事業部を独立会社として統治する企業統治の形態が大企業を中心に一般化しつつある。
    また、経理や福利厚生、人事等の部門をアウトソーシングする傾向も顕著となりつつある。
    かかる企業統治の流れのなかでは、法務部門を統括会社のみにおき、統括会社の下にある子会社の法務需要にも応えるという体制の整備は無視できない需要となりつつあると思われる。

    (2) しかし、親子会社といえども別個の法人格であり(他人性)、親子会社間といえども利害相反の可能性を排除することはできない。この点について、連結子会社の範囲であれば、問題ないとする議論があるが、現実に親会社(法務部)と連結子会社との間で、利害の相反する問題の処理を巡って見解が相違し、解決に手間取る事案も散見されるところである。法72条は、弁護士又は弁護士法人以外の者が法律事務を取扱うことが国民の権利を侵害するおそれがあるところから、罰則をもって禁止しようとするものであり、その趣旨に照らせば上記のような利害の相反する可能性のある場合にまで拡大して許されると解すべきでないことは明らかである。

    (3) また、法72条は罰則規定であり、適用の範囲は一見明白でなければならない。しかるところ、連結決算の対象となる親会社、子会社の基準は一義的なものではなく、罰則の適用を画する上で不適当である。
    従って、親子会社間の法務サービスを一定の範囲で72条の規制対象から除外するにしても、親会社と一心同体とみなされる子会社の範囲は厳格に解さざるを得ない。

    (4) 従って、100パーセント子会社に限定して、その範囲で許容することにせざるを得ないと思われる。
以上
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