意見書・声明
意見書　会長声明等

　株主代表訴訟
１９９８年（平成１０年）２月１７日
（意見の趣旨）

自民党法務部会の「商法に関する小委員会」案は、現在の株主代表訴訟を制限しようとするものであり、基本的には反対である。


（意見の理由）

第１　はじめに

　自民党法務部会の「商法に関する小委員会」は、株主代表訴訟が企業経営者を萎縮させて企業の経営に悪影響を与えているとして、平成９年９月８日に株主代表訴訟制度の見直しのために商法改正のための試案「コーポレートガバナンスに関する商法等改正案骨子」（以下「自民党案」という。）を発表し、ついで、同月１６日付で経団連が「コーポレートガバナンスのあり方に関する緊急提言」（以下「経団連案」という。）を公表している。その是非について各種分野から様々な論議がなされているが、このまま推移すると、自民党案に基づき議員立法によって商法等の改正がなされる可能性が極めて強い状況にある。
　自民党案は、株主主権を高らかに宣言し、独立性をもった監査役会に強い権限を与えて、株主利益の最大化を目的とする統治を目指している一方、株主代表訴訟については、提訴株主の資格の制限、取締役の責任の減免、契約による短期消滅時効、減免出来ない責任に関する短期消滅時効制度等、株主代表訴訟で被告とされた取締役の責任を軽減乃至免除しようとするもの、会社の被告取締役への補助参加、被告取締役の応訴費用の会社負担、被告取締役の勝訴の場合の会社による応訴費用や役員賠償保険の保険料の会社負担等、本来取締役の責任を追求すべき会社が被告とされた取締役を会社が支援するための制度の創設が提唱されている。
　しかし、最近の四大証券や大手百貨店等の総会屋への利益提供事件に典型的に見られるように、企業経営者が企業統治の根本である株主総会を正常に機能させているとはいえない現状においては、株主代表訴訟はコーポレートガバナンスの正常性を保つために極めて重要な制度であり、「企業経営者を萎縮させている」という理由で安易に商法を改正して、その機能を減殺させるべきではないことはいうまでもない。

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第２　各項目の検討

　1　提訴株主の資格の限定

自民党案�供複院� ／「株主代表訴訟を提起することができるものは訴訟の原因となった時の株主とする。」
経団連２（１）�　Ν� ／「訴訟の原因となる行為の時点で株式を所有していたものとする。その他の適格条件については今後の検討課題とする。」

結論

提訴資格を制限には反対する。

理由

(1)　取締役の違法行為があった時の株主に制限すると、それ以降の株主は総て提訴資格を剥奪されることになる。会社の損害の賠償を求めるという代表訴訟制度の制度目的からは会社の現在の損害を回復すべきであって、理論的には現在の株主が提訴出来るとするのが自然である。

(2)　しかし、何をもって行為時とするかの判断が困難であり、また、古くて重大な事件が見逃される可能性も否定できない。

(3)　濫訴に対しては、どの阻止手段として担保提供制度があり、この制度を柔軟に運用することによって十分に対応することができると考える。また、明らかに訴訟を目的として株式を取得した株主については、訴えの利益なしとして却下することも考えられる。

(4)　但し、責任追求の根拠が軽過失による善管注意義務違反の場合には提訴資格に何らかの制限を考慮基準や要件については今後の議論を待つ必要があるが、違法行為時に限定することは好ましくなく、違法行為に関する情報が一社会的に広く認識された時点等を基準とすることが合理的である。

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　2　会社の被告取締役に対する補助参加

自民党案�供複�) ／「会社は一定の場合に被告取締役に補助参加することができる。」
経団連案２（２） ／「会社（株主全体）の判断を訴訟に反映させる観点から監査役会が全会一致で認めた場合には、会社の被告取締役への訴訟参加・支援を認める。また、全会一致の監査役会も申立に基づき裁判所が訴訟を却下できるように法的整備を行う。」

結論

(1)　株主代表訴訟に限って補助参加について立法化する必要はない。会社に補助参加の利益があるかどうかは個別事案に応じて裁判所の判断に委ねるべきと考える。

(2)　更に、経団連案の「監査役会の全会一致による申立に基づき裁判所が訴訟を却下できるようにする」との点については反対する。

理由

(1)　現在の民事訴訟法において、そもそも会社に補助参加の利益があるかどうか極めて疑問であるばかりか、判例も大きく分かれている。

(2)　また、監査役会が会社の利益を公正に判断して参加の決定が下せるかどうか疑問があり、更に、会社が補助参加して被告取締役のために有利な訴訟活動をすることを許すと、会社の有する証拠資料や訴訟資料が被告取締役のみに有利に利用される可能性が高い。

(3)　反面、株主代表訴訟の濫用から企業の信用秩序を維持するために、会社が被告取締役と一体として応訴する必要も確かに考えられる。

(4)　しかし、会社に補助参加の利益があるかどうかについては判例も大きく別れている現状においては、商法を改正して一定の場合に当然に会社に補助参加の利益を認めることは、現行の民事訴訟法に抵触する可能性もあるので、補助参加の利益があるかどうかは個々の裁判において裁判所の判断に委ねるのが相当と考える。

(5)　また、経団連案の「監査役会の全会一致による申立によって裁判所が訴訟を却下出来るように法的整備を行う。」という提言が、この申立により裁判所が訴訟を却下しなければならないという規定を設ける趣旨であれば、株主代表訴訟制度そのものを否定することと同じと考えられるので強く反対する。

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　3　考慮期間の延長

自民党案�供複魁� ／「監査役の考慮期間は６０日とする。」
経団連案２（２） ／「株主からの提訴請求後の熟慮期間を３０日から６０日にする。」

結論

反対はしない。

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　4　被告取締役の応訴費用の会社による立替

自民党案�供複粥� ／「取締役の応訴費用について、会社による立替えを認める。」
経団連案２（２） ／「会社（株主全体）の判断を株主代表訴訟に反映させる観点から、監査役会が全会一致で認めた場合には被告取締役への訴訟参加・支援を認める。」

結論

立法化の必要はないと考える。

理由

（1）　取締役会の承認を得て会社が取締役に金銭を貸付けることは可能であるから（商法２６５条）、株主代表訴訟の為に特に応訴費用の立替えを立法化する必要はない。

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　5　被告取締役勝訴の場合の会社による応訴費用・役員賠償保険の保険料の負担。

自民党案�供複機� ／「取締役が勝訴した場合には、会社による応訴費用や役員賠償保険の保険料の負担を求める。」
経団連案２（２） ／「会社（株主全体）の判断を株主代表訴訟に反映させる観点から、監査役会が全会一致で認めた場合には被告取締役への訴訟参加・支援を認める。」

結論

立法化の必要はないと考える。

理由

現行法の範囲（民法第６５０条−受任者の委任者に対する費用償還請求）で十分に対応できるので、株主代表訴訟のために立法化する必要はない。

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　6　取締役の責任の減免

自民党案�供複供� ／「取締役の会社に対する責任について、定款の定め又は株主総会の特別決議による減免を認める。ただし、取締役に忠実義務違反、犯罪行為、故意又は重過失があった場合は、例外とする。」
経団連２（３） ／〔取締役の損害賠償責任〕取締役の会社に対する賠償責任につき、定款で責任額の上限を規定できるようにする。また、総会の特別決議によって個々の案件について責任を免除・軽減できるようにする（監督役全員の承認を得て、監査役会が総会に提案）。
定義１〔忠実義務違反〕 ／取締役又は執行役員の忠実義務違反とは、株主の利益の最大化以外の目的のために、取締役の意思決定又は執行責任者の執行が行われた事実を言う。

結論

　いずれの案に対しても反対である。仮に、軽過失に基づく善管注意義務違反を理由とする訴訟などについて取締役の責任を減免する必要が存し、何らかの法的処置を講じるとした場合でも、裁判所の裁量で一定の減免をするとすべきである。

理由

(1)　取締役の責任に限って特別扱いする実質的根拠は存しない。

(2)　事前的・包括的な減免を認めると、会社および株主の予測を越えて免責の範囲が不当に広がるおそれがある。定款による場合はもとより、法定する方法でも同様である。

(3)　事後的に、株主総会の特別決議で、個別的・具体的責任を減免することを認めるためには、取締役の責任に関する十分な情報が開示されることが最低条件となる。なお、少数派株主および債権者を保護する措置が必要となる。

(4)　自民党案�供複供砲寮嫻い慮彩箸�認められない場合の１つである、「忠実義務違反」は、その定義（定義１）が曖昧であることも加わって、趣旨と外延が不明である。忠実義務を受任者の善管義務と同旨とする判例・多数説の理解からすると、減免される場合は存しなくなる。一方、忠実義務を英米法上の信認的法律関係にもとづく特別の義務とする立場からすると、減免責が許されるのは、かかる義務に対する違反の場合ではない、軽過失による単純な善管義務違反の場合ということになろう。いずれにしても、忠実義務違反を減免責の範囲を画するものとするのであれば、自民党の定義では全く不十分である。

(5)　仮に、取締役の責任を減免する必要が存し、何らかの法的措置を講じるとした場合であっても、裁判所の裁量により減免するとすべきである。この見解に対して、わが国の私法体系に馴染みがなく、裁判所も受け入れがたいとの意見があるが、「身元保証ニ関スル法律」５条にも類似の条項があり、また従前の株主代表訴訟における裁判実務でも、実際には損害賠償の範囲の認定で同様の配慮がなされてきた向きがある。

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　7　契約による短期消滅時効・責任消滅

自民党案�供複掘� ／前記減免の可能な取締役の会社に対する責任は、会社と取締役の委任契約により、短期の時効や取締役の死亡により消滅することができるものとする。

結論

反対である。

理由

（1）　時効に関する規定の強行法規性からして許されない。

（2）　発覚には年月がかかるのが通常であり、本制度が機能しなくなる。

（3）　６の理由(1)〜(4)

（4）　相続人の保護については、相続制度一般の改善によって対処すべきである。

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　8　短期消滅時効

自民党案�供複検� ／前記減免のできない取締役の会社に対する責任については、５年程度の短期消滅時効を法制化する。
経団連案２（５） ／勝訴取締役の訴訟費用の会社負担、和解、及び取締役の責任の時効・相続に関しても法改正が検討されるべきである。

結論

反対である。

理由

(1)　7の理由（2）

(2)　商法上の短期消滅時効は、反復的・集団的に行われる企業取引の迅速な解決の必要性にもとづくものであり、本責任の場合はかかる必要性はなく、短期消滅時効制度にそぐわない。

(3)　他の形態の組織の業務執行者の責任との間に、合理的説明のつかない不整合をもたらす。

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　9　経営判断の原則の法定

自民党案�供複后� ／取締役の経営判断の原則を法律に明定する。
経団連案２（４） ／〔経営判断の原則の規定への明記〕英国で導入されている経営判断の原則を法律の規定に明記する。

結論

反対である。

理由

(1)　経営判断の原則は過失の認定をする際の一考慮要素であり、従来、過失を認定する際に認められてきたものであって、法定する意義は乏しい。

(2)　却って、この原則は取締役の責任を軽減する方向で、拡大解釈される惧れがあり（野村證券事件東京地裁Ｈ５．９．16．）、法定されることにより、その危険性は増大する。

(3)　経営判断原則は、アメリカの判例法上、非常に複雑なルールとなっており、これを簡潔な法文にまとめることは著しく困難であり、漏れ落ちるものがあったり、行き過ぎを招くなどの惧れがある。

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　10　和解についての法整備

自民党案2.（10） ／株主代表訴訟における和解を認め、所要の法的整備を行う。
経団連案２（５） ／勝訴取締役の訴訟費用の会社負担、和解、及び取締役の責任の時効・相続に関しても法改正が検討されるべきである。

結論

和解についての法整備をすることには賛成するが、具体的な手続についてはなお検討を要すると考える。

理由

(1)　代表訴訟においても和解を認める必要性は大きい。

(2)　和解の効力を会社および全株主に及ぼす必要があるが、そのためには会社の他の株主に不測の損害を与えないよう訴訟参加をする機会を与えながら、かつ和解のできる状況になったとき、時機を失うことなく容易に履践できる手続きでなければならない。その手続きとしては次の方法が望ましい。

(イ)　代表訴訟が提起された旨、原告株主から会社に告知（商法２６８条３項）された時点で、会社はその旨を会社の定款で定められた方法により公告する（最低条件）。
(ロ)　更に和解案ができたときに改めて公告する。

(3)　自民党案（規定９）は、わざわざ臨時株主総会を召集しなければ和解ができないという点で、実際的ではない。

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第３　立法手続きについて

　この自民党案は、来年度の通常国会で議員立法によって成立を目指すとされている。
　憲法の理念からして議員立法がなされる事自体を否定的に評価することは出来ない。しかし、反面、オープンな議論がなされず、その内容及び改正の必要性について国民に周知されないままに立法化される危険性もあり、議員立法の内容、立法者たる議員らの意図などから、議員立法手続のあり方には種々の問題点がある。
　近時、議員立法によってストックオプションに関する商法改正が行われた。この改正は、立法者側の中心的メンバーが、政府提案だと時間がかかる事などを理由として議員立法の手法が取られたものであり、その改選手続きは極めて急いでなされたものであった。その結果、法制審議会で審議しなかったことをはじめとして十分な議論がなされたとは言いがたい。本来立法者は、事前に改正案を発表して国民に対し、その必要性や内容を十分に説明すると共に、各界の意見を聴取して改正手続きをすすめるべきであったのに、改正案の事前の発表もなかった。国会の審議も短期間で終了したために、国民がその内容を十分に知る機会さえなかった。
　現在、定期借家権の導入に関する借地借家法の改正という極めて国民生活に直結した法律すらも議員立法で行われようとしている。
　議員立法の手法は、一部立法者や利害関係者の簡便で都合の良い手段として安易に利用されすぎる傾向がある。今回の自民党改正試案に関してはコーポレートガバナンスの重要な機能を持つ株主代表訴訟そのものを制限し、取締役の責任を減免するという本来の機能を減殺するものであるから、慎重な論議が必要と考える。

以上
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