意見書・声明
意見書 会長声明等

 会長声明―有事3法案に対する大阪弁護士会声明

  1. 「武力攻撃事態」という概念は広範であいまいに過ぎる。
    政府は4月17日、「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」(武力攻撃事態法案)、「安全保障会議設置法の一部を改正する法律案」(安全保障会議設置法改正案)、「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」(自衛隊法等改正案)の3法案(有事法制3法案)を国会に上程した。
    政府は、「備えあれば憂いなし」と3法案の趣旨を説明するが、憲法と国家の根幹に関わることであるから、「何に対して」「どのように」備えるのかが十分に検討されなければならない。
    しかるところ法案は、「武力攻撃が発生した事態」のみならず「武力攻撃のおそれのある事態」や「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」までをも「武力攻撃事態」であるとして「備え」の対象とするが、法案に盛り込まれた強力な権限が政府に与えられる要件として、また大幅な基本的人権制限の要件としては、これら概念はあまりにもあいまいである。これでは政府の恣意的な判断を防ぐことは著しく困難であると言わざるを得ない。
    そして、このようなあいまいな概念を前提として、これに「どのように」備えるのかという点においても、本法案は憲法全体の根幹に関わる重大な危険を数多く含んでいる。

  2. 「自衛」の範囲を大きく超え、憲法の平和主義の基本に背馳する性格が強い。
    憲法は、国際紛争の解決手段としての武力の行使とその威嚇を禁じ、国権の発動としての戦争を放棄し、戦力の不保持を謳っており、武力攻撃の「おそれ」のある事態や武力攻撃が「予測」される事態というあいまいな概念で自衛隊の出動やその待機をすることとするのは、憲法の前文及び9条に抵触するおそれが極めて強い。
    また、周辺事態法では、「周辺事態」(我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態)において自衛隊が米軍に対して「後方支援活動」を行なうこととなるが、他方本法案では、「武力攻撃事態」においては、駐留米軍の行動を円滑・効果的にするための措置をとり得ることになっている。「周辺事態」と「武力攻撃事態」の差異は必ずしも明らかではないが、両概念が重なる事態は容易に予想され、この場合の自衛隊の行動は日米の共同軍事行動であり、個別的自衛権の行使の範囲を超える憲法違反と評せられる危険を免れない。

  3. 思想・良心の自由、意に反する苦役に服さない自由、平和的生存権など憲法の保障する基本的人権を害する危険が強い。
    (1) 法案は、病院等施設・土地・家屋の使用、立木・工作物等の移転・処分、家屋の形状の変更、物資の収用・保管命令など広範な人権制限を規定するが、これを「公用令書」だけで可能としている。しかしこれは、事前の告知・聴聞の機会を保障することを求める憲法の適正手続の要請に違反する疑念が強い。
    また、指定行政機関・指定地方行政機関・指定公共機関の各長に対して、内閣総理大臣等が「対処措置」の実施を指示し、これが実施されないときは直接指揮して当該「措置」を実施することができるとされており、さらには、物資の保管命令や立入検査の拒否・妨害等に対しては罰則を以て臨んでいるが、このように、公務員・民間人に対して行政措置・業務命令・罰則で以て軍事行動への協力を強要するのは、思想・良心の自由、意に反する苦役に服さない自由、幸福追求権、平和的生存権などの基本的人権に対する重大な侵害のおそれがある。
    憲法が基本的人権の制限の根拠とする「公共の福祉」は、人権相互の調整の原理と解釈されており、いかに「武力攻撃事態」という緊急時であっても、法案のような大幅な人権制限は認められるものではない。
    (2) 上記「指定公共機関」への指示・指揮は日本放送協会等の放送機関を含んでいるが、これは政府がマスメディアを統制下に置き、情報を管理するもので、現代社会において主権者である国民がその主権を行使するうえで極めて重要な意義を有する報道の自由・知る権利を著しく侵害するおそれが強い。

  4. 国民主権と民主主義原理に基づく憲法の統治構造を根底から揺るがす危険が強い。
    (1) 法案によれば、政府が武力攻撃事態を認定して「対処基本方針」を定めた後に国会の承認を求められることになるが、国会の承認が「対処措置」開始の要件とされているわけではなく、承認を得るべき期間についても定められていないし、国会に「対処基本方針」の内容を変更する権限があるのかどうかも明らかでない。
    また、「指定行政機関」・「指定地方行政機関」・「指定公共機関」等の範囲など、政令に委任されているところが極めて多い。これらの機関は「対処措置」の実施を指示・指揮されるもので、その課される制約は大きい。これが内閣の決定に一任されているのである。
    これらは、国会を国権の最高機関として国政を国民のコントロールに服させようとする憲法の趣旨に反するおそれが極めて強い。
    (2) 法案は、「武力攻撃事態」の認定をする権限を政府に与え、「対処基本方針」こそ閣議で決定するものとされているが、指定行政機関・指定地方行政機関・指定公共機関の各長に対して「対処措置」の実施を指示・指揮する権限も内閣総理大臣に与えることをはじめ、「方針」に基づく「事態対処措置」という強大な権限を内閣総理大臣に集中・独占させている。
    これは、内閣という合議体に行政権を帰属させた憲法の統治構造に大きな変更を加えるものと言わざるを得ない。
    (3) また、内閣総理大臣が地方公共団体に対して「対処措置」の実施を指示・指揮することができるとする本法案の構造は、憲法の地方自治制度の根幹を揺るがすものと言わざるを得ない。

  5. 憲法の基本構造に反する本法案の廃案を求める。
    以上のように、本法案は憲法の平和主義・基本的人権の保障・民主的な統治構造という、その根幹に関わる部分でほぼ全面的に重大な危険に充ちている。
    さらに問題なのは、本法案が国民の生命・身体・財産の保護、捕虜の取扱、電波・通信の規制、船舶・航空機の航行に関する措置、米軍の行動を円滑にする措置など、「有事」における人権制限に関わる多くの事項を後日の立法に残し、これらは今後2年以内に整備されるものとされている点である。これまで政府は「有事法制」に関する研究の成果、法案の具体的内容を国民に示していないが、今もって「有事」法体系の全体が示されていないまま本法案の今国会での成立が目指されているのである。
    我が国に対する武力攻撃が発生する可能性の低いことは政府・防衛庁関係者も認めているところであるから、拙速は戒められなければならない。
    これら国家と憲法の根幹に関わる重大な危険を有する本法案は廃案とされるべく、強くこれを求めるものである。


2002年(平成14年)5月17日
大阪弁護士会
会長 佐伯照道
TOP