内容の根拠になる法律は放送された時点のものであり、その後法律が改正されている場合があります。掲載内容はあくまでも、参考にとどめていただき、実際の対応については弁護士に相談されることをお勧めします。

 【 刑事事件 】

酔っぱらいにからまれてけがさせてしまった時
正当防衛についてお聞きします。
先日、友人と大阪市内のバーで飲んでいたとき、酔った男性客にからまれました。しつこく誘ってくるので、最初はやんわりと断っていたのですが、やがてその男性は逆上して、大声で失礼なことを怒鳴り始めたのです。そして、私の手を強く引っ張ってきたので、反対に私は強く突き飛ばしました。男性は後ろ向きにひっくりかえり、テーブルの角で頭を打って失神してしまったのです。
お店の人が「今のうちに帰りなさい」と言ってくれたので、そのまま帰ってしまったのですが、あの男性がその後どうなったか気になります。頭から血が出ているのが見えましたし、もしかしたら重症で入院していて、警察が犯人を調べに来たらどうしよう、とか考えてしまいます。
そこで伺いたいのですが、このような状況で相手に怪我をさせた場合でも傷害罪に問われるのでしょうか。相手が悪いとは思うのですが、友人は「過剰防衛」で罪に問われるのでは、と言います。お店に聞きに行くのも恐いし、どうすれば良いのか悩んでいます。よきアドバイスをお願いします。
相談者: 兵庫県にお住まいの24才の女性
1.相談者の行為は、それだけをみると、男性を強く突き飛ばし、それによって、男性を後ろ向きにひっくり返らせ、テーブルの角で頭を打って、頭から血を出して失神させたというのですから、「人の身体を傷害した者」として、傷害罪に該当します。
2.しかしながら、刑法は、急迫した不正の侵害に対して、自己の法益(法律によって認められた権利)を防衛するために、やむを得ないでした行為については、これを罰しない、と規定しています。これが、正当防衛と言われているものです。急迫の侵害を受けた場合、とっさに反撃に出ることは、人間の自己保存本能に基づくものですから、法律以前の問題として、このような法律の規定がなくても当然に許されるものと考えられてきました。そのため「正当防衛は、書かれた法ではなくて生まれた法である」とか、「正当防衛には、なんらの歴史もないし、また、ありえない」などと言われています。しかしながら、正当防衛を余りにゆるやかに認めると、正当防衛の名前の下に、犯罪行為が広く行われ、かえって社会秩序が乱れることにもなりかねません。そのため今日のように法律による保護が完備した社会では、侵害を受けた場合、警察等法律による保護を求めることが原則で、刑法は、法律による本来的な保護を受ける余裕のない緊迫した事態において、例外的に、私人に法益を保護する行為を認めるという立場をとっています。したがって、正当防衛が認められるためには、刑法が定めている正当防衛の要件を厳密に満たすことが要求され、人から攻撃を受けたというだげで、何でも正当防衛として罪にならないというものではありません。
3.今回の相談は、バーで飲んでいたところ、酔っ払いの男性にしつこくからまれ、そのうちその男性が興奮してきて、大声で失礼なことを怒鳴ったうえ、手を強くひっぱてきたというのですから、このような状況におかれた相談者の心理状態を考えると少々のことを行っても当然で、このような行為を行った男性がそれによってどのような目にあっても自業自得であり、特別に問題にすることでもなさそうにも思えますが、先に説明したとおり、法律上は、刑法が定めた正当防衛の要件を満たさなければ罪になってしまいます。
4.正当防衛が成立するためには、第一に、法益侵害の危険が目前に迫っていることが必要です。これを急迫性があるといいます。本件の場合は、酔っ払いの男性が、単に逆上して怒鳴っただけでなく、手を強く引っ張ってきたというのですから、相談者の身体の安全に対する危険が迫っていることは明らかで、この要件を満たしていることは問題ないと思います。第二に、その侵害が違法であることが必要です。同じように手を強く引っ張られたとしても、たとえば、それが警察官が法律に基づき逮捕をしに来たというような場合であれば、それは違法ではありませんから、正当防衛は許されないということになります。しかしながら、本件の男性の行為は、明らかに違法なものと考えられますから、この要件も満たしています。
5.第三に、その行為が、自己の権利を防衛するためやむを得ないものであることが必要です。本件ではこの要件を満たしているかどうかが問題となります。その行為がやむを得ないものと言えるかどうかについて、これを厳格に解する立場からは、それ以外に方法がないという場合しか正当防衛は認められず、また軽微な権利を防衛するために、侵害者の重大な法益に反撃を加えることは許されないとされています。このような立場からは、本件の場合手を振り払って逃げることもできたのではないか、また、酔っ払いが手を引っ張った位で、ひっくり返るほどに強く突き飛ばすことはやり過ぎではないか、ということを検討する必要があり、場合によっては正当防衛が成立しないという解釈もあり得ると思われます。しかしながら、緊急の状態のもとでは、恐怖感や怒りなどの感情に支配されているのが通常で、必ずしも冷静な判断に基づき行動できないのが普通ですから、このような立場は、正当防衛が認められる場合を狭く考え過ぎていて妥当でないと思われます。正当防衛が認められる場合というのは、その行為が形式的にみると犯罪行為に当たるように見えますが、具体的にその状況に照らしてみると、仕方がないこととして認めざるを得ないということになる場合ですから、その場面でそのような行為を行う必要があったかどうかと、あったとして、その行為がその場面において相当な行為と認められるかを検討して判断すべきであると思われます。そうするとご質問のケースは、酔っ払って逆上している男性が、女性の手を強く引っ張ってきたという状況ですから、女性の立場として、恐怖感もあって、これを放置するということはできないと思われますから、この男性に対して反撃を加える必要性は認められると思います。仮に、逃げることができたとか、周りの人に助けを求めることができた状況であったとしても、反撃の必要性がなかったとは言えないと思います。被害にあっている女性に、とっさにそこまでの判断を要求するのは酷で、後で冷静に判断して逃げることができたから反撃を加える必要性がなく、正当防衛が成立しないというのは、社会常識にも反すると思います。
次に、ご質問の女性の行為が相当なものと言えるかどうかですが、結果からみると、相手の男性は頭を打って血を出して失神したというのですから、酔っ払いにからまれた位でそこまでやるのはやり過ぎという感じがしないでもありません。しかしながら、正当防衛が成立するかどうかは、結果も考慮されないわけではありませんが、反撃行為自体がどうであったかという問題です。そうすると、酔っ払って逆上した男性から手を強く引っ張られるという状況で、この男性を強く突き飛ばすという行為は、一般の人がみても相当なものと判断されるのではないでしょうか。そうである以上、結果が思いがけず重大なものとなっても、行為自体相当なものと認められる以上、正当防衛として犯罪にはならないと考えるべきだと思います。
6.過剰防衛というのは、結果がどうかということではなく、その行為が防衛の程度を超えた場合の話で、過剰防衛と認められるともはや正当防衛は成立せず、犯罪行為となります。本件の場合でいえば、例えば、手を引っ張った男性に対し、そばにあったビール瓶でその男性の頭を殴りつけ、血を出して失神させたというような場合であれば、過剰防衛になる可能性があります。しかし、強く突き飛ばしたという、今回の相談者の行為はそれにあたらないと考えて良いと思います。
7.以上のとおりで、本件の場合相談者に犯罪は成立しないと考えますが、男性が重症であれば、一応警察で取り調べは受けることになります。その場合、正当防衛の判断は微妙なものがありますから、悪い刑事にあたって、言い分を聞いてもらえないということになると困ったことになることも考えられますので、警察から出頭を求められた場合は、できるだけ早く弁護士に相談される方が良いと思います。もっとも、男性の怪我が重大であれば、すでに警察の方から連絡があるはずですし、多少の怪我をした程度であれば、相手の男性も酔いから醒めれば、自業自得としてあきらめているはずですので、それほど心配することはないと思います。
出典: 土曜日の人生相談(2000年3月4日放送分)
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