内容の根拠になる法律は放送された時点のものであり、その後法律が改正されている場合があります。掲載内容はあくまでも、参考にとどめていただき、実際の対応については弁護士に相談されることをお勧めします。

 【 ネットのトラブル 】

インターネット上で誹謗、中傷、相手を訴えたい。
名誉毀損についてお聞きします。
私はパソコン操作が趣味でインターネットのホームページの掲示板にもいろいろと意見の書き込みをしています。
ところが先日、インターネットの掲示板に、私に対する誹謗、中傷が書かれて大変驚きました。どこで調べたのか私の仕事や私生活に関する情報に加えて「会社の金を横領している」とか「女性を弄んでは捨てている」などと身におぼえのないことまで書かれているのです。あわてて「書かれた情報はすべてデタラメです」という意見も書いたのですが、あまりに内容がひどいので、書いた相手を名誉毀損で訴えたいと思うのです。ところが相手は匿名で誰か分かりません。以前に掲示板上で論争した相手が怪しいとは思うのですが、証拠はありません。ホームページを運営している人に対処をお願いしても、「掲示板でのトラブルは当事者同士で解決して欲しい」と言うのです。
そこで質問ですが、名誉毀損で相手を訴えたくても、このように相手を特定できない場合はどうすればいいのでしょうか。また、警察に届け出ることによって警察が犯人を見つけ出してくれたりすることはないのでしょうか。
相談者: 大阪府にお住まいの33才の男性
1.名誉毀損の要件
刑法230条によれば、名誉毀損罪が成立するための要件は、次の通りとされています。
(1)公然と
(2)事実を摘示し
(3)名誉を毀損すること
まず、インターネットのホームページに掲載することが、「公然」といえるかが問題となります。
ここで、公然とは不特定又は多数が知り得る状態をいいますが、インターネットのホームページは、不特定多数の人が閲覧できることから、公然性が認められることは問題ないと思われます。
次に、「会社の金を横領している」等の具体的な事実を摘示していることから、事実の摘示も問題なく認められます。
また、名誉毀損とは、社会的評価を害するおそれのある状態を発生させれば足りますので、「会社の金を横領している」という事実は、名誉毀損に当ることも問題ないと思います。
したがって、ホームページ上で、かかる事実を摘示することは、名誉毀損罪を構成することになります。
2.相手方が匿名の場合
ところで、名誉毀損罪は親告罪であることから、通常は被害者の告訴があることが捜査開始の前提になります。
ただ、ご質問のように、相手方が匿名のため、相手を特定できない場合でも告訴できるかが疑問となります。
この点については、インターネット犯罪に限らず、被害者は犯人を常に特定できるとは限らないため(たとえば、空き巣=窃盗)、犯人を指定せずに(被疑者不詳)として、告訴できるとされています。
したがって、相手方の住所や氏名がわからなくても、告訴はできることになります。
3.もっとも、実際のところ、かかる告訴がなされたとしても、捜査機関(警察署や検察庁)が、本腰を入れて捜査することを期待することはかなり難しいと思われます。
名誉毀損罪については、告訴がなされても、実際に捜査機関が捜査の上、起訴する割合は全体の1割以下の状況であるとのデータもありますので、ほとんど起訴されないと思っておかれた方がよいと思います。
重大犯罪が起きた、もしくは、起きようとしているのであれば、例えば、捜査機関がインターネットのプロバイザーの顧客リストや通信情報を捜索差押えすることはありえます。その結果、顧客が真正なクレジットカードを使用して会員登録している場合には、犯人を割り出す可能性がないわけではありません。
しかし、ご質問のように、名誉毀損の捜査の為に、プロバイザーの強制捜査をすることは、まず考えられません。
4.ご質問に対する回答
そこで、ご質問に対するお答えとしては、名誉毀損を理由に匿名の相手方を告訴することは可能ですが、警察が犯人を見つけ出してくれる可能性は、極めて低いと言わざるを得ません。
ちなみに、民事上、相手方が特定できれば、損害賠償請求をすることも可能ですが、私人が捜査機関の力を借りずに、インターネット上の相手方の氏名や住所を発見することは、ほとんど不可能と思われます。
なお、近時、民事上もインターネット取引における「なりすまし」取引が問題となっています。すなわち、他人のパスワード等を何らかの方法で入手し、本人以外のものが本人を装って取引を行なうことが問題とされているのです。
この場合も、受信者側にとっては、パスワード以外の手段で、送信者が名義人本人か本人以外の第三者かを確認することはできません。
したがって、仮に、万々一、送信者の名前がわかったとしても、その送信をした人物が名義人か、家族か、あるいは、パスワードを知っている知人かは、判然としないこともありえます。つまり、送信者名がわかっても、通常、その人が犯人とまでは特定できないのです。
このように、ホームページの掲示板は、法的に問題が多いということをご承知のうえで、利用していただきたいと思います。もちろん、実名や住所等の個人情報を掲載する場合にも、それなりの覚悟が必要です。
出典: 土曜日の人生相談(1999年11月13日放送分)
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