内容の根拠になる法律は放送された時点のものであり、その後法律が改正されている場合があります。掲載内容はあくまでも、参考にとどめていただき、実際の対応については弁護士に相談されることをお勧めします。

 【 損害の請求 】

故意の話
先日、近所のスーパーに行った時のことです。私は1歳の娘を背負って買い物をしていたのですが、支払いを済ませた後、スーパーを出た途端に店員に呼び止められ、「万引きをしている」と言われたのです。
私も気づかなかったのですが、おぶっていた娘が知らないうちに、商品である小さな洗顔料を手に取って持っていました。
私は「全くそのつもりはありませんでした。商品はお返しします」といって謝ったのですが、店員は全く聞く耳を持たず、「子供がそんなものに興味あるはずがない。あなたが持たせたんじゃないですか。」といって連絡先を書かされてしまったのです。
翌日店員は、電話で迷惑料として商品の3倍の金額を払うように要求してきました。私はどうしても納得できません。
こんな場合、私は支払をしなくてはいけないのでしょうか?私の方から警察に連絡すべきなのでしょうか?罪として認めなければならないかどうか教えてください。
相談者: 神戸市在住・匿名希望の女性(33歳)
支払う必要はありません。罪を認めてはいけません。
「罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ之ヲ罰セス」(刑法38条1項本文)
犯罪の成立には罪となるような行いを「しよう」という気持をもって、その行為が行われなければなりません。法律的には、この気持ちのことを故意といいます。「わざとやる」「意識してやる」といった意味です。
但し、例外があります。先程の条文の但書には「但し、法律に特別の規定ある場合は此限ではない〜」という定めがあります。この「法律に特別の規定がある場合」とは、いわゆる過失犯のことをいいます。うっかり、不注意がもとで、人にけがをさせたり、火事をおこしてしまったりという場合には、過失致傷罪、失火罪という特別の規定により、わざとやったのではなくても罪になります。
しかし、くり返しになりますが、「過失犯」は、あくまで例外で、過失犯(うっかりやった場合)も罰しますよ、という規定がなければ、罪に問われることはないのです。
今回の事件で問題となっているのは、万引、法律的にいうと窃盗です。刑法は、物を盗む行為については、過失犯を罰する規定を置いていません。ですから、今回のケースでは、この女性は全く万引をするつもりなどなかったのですから、罪に問われることはありません。警察の問題にはなりません。
ただし、あなたが、あいまいな態度をとったり、めんどくさくなって認めてしまうようなことを言ったりしてしまうと、店員の方は、益々「やっぱり、わざとやったんだ」と思ってしまうものです。そして、いったん認めてしまうと、あとからそれを撤回するのは、非常に困難になります。ですから、毅然とした態度で、一貫して「そのつもりはなかった」ということを、言い続ける必要があります。
なお、子供さんが商品をにぎっていることに気がつかずに店を出て、店員さんも気がつかなかったとき、気がついた後に「ラッキー」と思って、使ったりしてしまうと、使ったりした時点で、占有離脱物横領罪が成立することになります。注意してください。
最後に、これまで、犯罪の成立という刑法観点から話をしてきましたが、「損害賠償」という民法の観点からは、少し事情が違います。
民法では、「故意」がなくても「うっかり=過失」であっても、あなたの方に”不注意””注意すべきだったのに注意を怠った”といえる事情がある場合には損害賠償義務(相手に損害が生じていればこの損害を賠償する義務)が発生します。
本件のケースで「子供はなんでもつかんでしまう。」ということがわかっているのに、注意してなかったということであれば、注意義務違反が認められます。ただ、今回のケースでは、店側に、具体的な損害が発生していないように思われます(商品がそのままの形で、店側に戻っているようなので)。したがって、結論としては、損害賠償義務を負うこともない、と思われます。
逆に、「気がついたときには、子供が、商品を食べてしまった、売り物にならないようにしてしまった」という場合には、(本件は違いますが)
・刑法的には罪にならない(警察の問題にはならない)
としても
・民法的には、損害賠償義務が発生する
ことになります。この場合の損害賠償額は、基本的にはその品物の価値(定価)が基準になります。
出典: 土曜日の人生相談(2003年3月1日放送分)
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