1.お金を借りた人は、これを返す義務があります。この義務にしたがってお金を返すことを「弁済」と言います。弁済をすれば、お金を返さなければならない義務、すなわち「債務」は消滅します。 2.本来、お金を借りた人は「お金」でこれを返さなければなりません。 お金がないからといって、勝手に、他の物で返すことは出来ません。 例えば、八百屋さんが友達から1万円、お金を借りたとしましょう。 返す約束の日になっても、お金がないので、八百屋さんが、たくさんの大根や、にんじん、キャベツ、ねぎを持って返しに行っても、例え1万円分の価値があっても、2万分の価値があっても、これは「弁済」にはなりません。なぜなら、お金を借りた人は、「お金」で返すという約束で、「お金」を借りているからです。「お金」で返さなければ、「弁済」したことにはなりません。 そうはいっても、お金を貸した人が、「それでもいいよ。」と言って大根や、にんじんや、キャベツ、ねぎを受け取ってくれれば、話は別です。貸した人(債権者)が、「いいよ。」といえば、「お金」でなくても、「他の物」で返してもいいのです。 そのことは、民法にもちゃんと規定してあります。 ※民法482条 債務者ガ債権者ノ承諾ヲ以ッテ其負担シタル給付二代ヘテ他ノ給付ヲ為シタルトキハ其給付ハ弁済ト同一ノ効力ヲ有ス 要するに、債権者の承諾があればいいのです。 このように、お金を借りて、返すときに、お金ではない他の物で返すことを、「代物弁済」(ダイブツベンサイ)と言います。 3.なお、「承諾」は、法律上では、書面は必要ではなく、口頭でも足りるのですが、後々に問題となったとき、「間違いなく承諾があった。」ことを証明するために、「承諾があったこと」を書面で残しておいた方が良いでしょう。 今回の相談事例では、「借金の証文」を破り捨てた、とありますのでこのことは、債権者(Aさん)が、代物弁済を承諾して、弁済の効力を認めてくれたことの証拠となりますから、「代物弁済」が有効になされたと認められるでしょう。 4.なお、この「代物弁済」が有効な弁済となるための条件として、債権者の承諾のほかに、「本来の目的と異なる他の給付をすること。」が必要です。 つまり、約束しただけではなくて、実際に、「他の物」(さきほどの例でいえば、大根やにんじん、キャベツ、ねぎ)を「給付」しなければならないということです。 そして、「給付」があったといえるためには、ただ、渡しただけでは足りないこともあります。それが「動産」であれば、引渡し(実際に渡すこと)でいいのですが、例えば、「不動産」であれば、引き渡しただけでは足りずに、登記名義を移転することが必要になりますし、自動車であれば、登録名義を書き変えることが必要になります。そこまでして、初めて「有効な弁済」となるのです。 今回の相談事例では、「お金」の代わりに、「旅行代理店の旅行ギフト券」が代物弁済されています。 この旅行ギフト券は、それを持っている人なら誰でも、旅行代理店を通じて、その金額分の旅行をすることができますので、ギフト券を渡せば、「給付」があったと認められます。 5.つまり、相談者の方の場合は、債権者の承諾も、給付も認められるので、有効な代物弁済がなされたと言うことができ、従って、債務は消滅しています。 債務が消滅している以上、Aさんには、その後になって、「やっぱりお金で返してくれ。」と請求する権利はありません。 もちろん、債権者の承諾が「錯誤」に基づく場合には、それが重大事項に関する錯誤であれば(法律では、「要素の錯誤」と呼んでいます。)、代物弁済が無効、となることもあるでしょう。 しかしながら、相談事例では、Aさんは、承諾をした後になってから体調が悪くて旅行にいけそうにないと言っているだけで、承諾そのものには、何の「思い違い=錯誤」もありません。 したがって、Aさんが、錯誤を理由に、承諾は無効で、代物弁済も無効だと主張しても、その主張は認められないと思われます。
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出典:
土曜日の人生相談(2001年6月2日放送分)
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