内容の根拠になる法律は放送された時点のものであり、その後法律が改正されている場合があります。掲載内容はあくまでも、参考にとどめていただき、実際の対応については弁護士に相談されることをお勧めします。

 【 債権回収 】

貸金を給料から天引きできますか
借金の返済の件についてお聞きします。
我が家は大阪府で不動産事務所を営んでいます。といっても、社長である主人と、経理担当の私、それに従業員が8人という小さな会社です。
昨年末、従業員のAさん(30才)から「実家の親が病気で入院してお金に困っている。ボーナスで返すからお金を貸して欲しい」と頼まれたので、夫は個人的にお金を30万円貸してあげたのです。ところが、昨年末に、ボーナスを出したのですが、彼はお金を返してくれませんでした。夫も気が小さいので、なかなかキツく催促できず、現在もまだお金は返してもらっていません。
そこで伺いたいのですが、Aさんに毎月払っている給料から天引きして借金を返してもらってもかまわないのでしょうか。
夫は「あれはボクが個人的に貸したお金やから会社の給料から天引きするのはアカンのちゃうか」と言うのですが。私にしてみれば、夫のお金は会社のお金なのですし、このご時世30万円というのは大金なのです。いかがでしょうか?
相談者: 大阪府在住の女性(56才)
1.結論として、従業員Aさんの給料からご主人の貸付金を天引きすることはできません。
2.まず契約当事者は誰と誰かの問題があります。
ご主人の不動産事務所が株式会社や有限会社等の法人の場合、雇用契約は会社とAさんとの間で成立し、Aさんは会社に対して給料請求債権を有します。他方、30万円はご主人が個人的に貸したのですから、金銭消費貸借契約はご主人とAさんとの間で成立し、Aさんが借入金返済の債務を負う相手は会社ではなく、ご主人個人に対してです。つまり、給料債権はAさんが債権者で、会社が債務者であるのに対し、貸金債権はAさんが債務者で、ご主人が債権者です。2つの債権は当事者が異なります。
天引きは、給料から貸付金を差し引くこと、つまり給料債権と貸金債権とを相殺することです。相殺というのは双方がお互いに債権を有する2当事者間で、一方当事者からの意思表示で、2つの債権を対等額で差し引き清算するというものです。したがって、2つの債権の当事者は同じであることを要します。本件のように2つの債権の当事者が異なる場合、貸金の債権者であるご主人が、債務者Aさんと第三者である会社に対する給料債権と自身の貸金債権とを相殺することはできません。
3.つぎに、給料債権という点でも問題があります。
労働基準法17条は「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」と規定して使用者による前借金等と給料との相殺を禁じています。また同法24条1項は「賃金は、通貨で、直接労働者にその全額を支払わなければならない」と規定しています。このため、特に、貸付が労働をすることを条件としていないことが明らかでない限り、使用者は貸金と給料とを相殺できず、賃金全額を労働者に支払わねばなりません。ボーナスや退職金についても同じです。
したがって、もし不動産事務所が別法人でなくご主人の個人事業、つまり給料債権の債務者がご主人個人であったとしても、この労働基準法の規定により、ご主人から貸付金債権と給料債務とを一方的に相殺することはできません。
4.では、どのようにして貸金を回収すればよいでしょうか。
まず、Aさんに給料等を現金で支払い、その支払日に、ご主人がAさんに貸付金の返済を請求し、Aさんから任意の返済を受けるという方法が考えられます。Aさんが任意の返済に応じれば、給料等から実質的に回収できますし、ご主人が一方的に天引きしたことにもなりません。但し、30万円の全額一括返済を要求した場合には、拒否される可能性が高いと思われます。給料等の支給日の都度、分割して返済して貰う方がよいでしょう。
次に、ご主人がAさんに「30万円を返済せよ」との裁判を提起し、その判決等でAさんの給料やボーナス、退職金を差し押さえる方法があります。但し、この場合にも給料等の全額を差し押さえることはできません。給料等のうち、定められた計算方法で算出した金額に対してのみ差押えが可能です。この場合、債権者は勤務先(第三債務者)から直接、差押え分の支払いを受けます。
なお、差押え後1回目の給料等では貸金を全額回収できない場合にも、再度差押えの申立てをする必要はありません。差押えの効力は、債務者がその勤務先を退職しない限り、差押え債権額が債権全額に達するまで、順次支給される給料等に及んでいきます。
また、差押えの対象は給料債権に限られませんので、この判決等でAさんの他の財産を差し押さえることも可能です。
出典: 土曜日の人生相談(2001年5月19日放送分)
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