内容の根拠になる法律は放送された時点のものであり、その後法律が改正されている場合があります。掲載内容はあくまでも、参考にとどめていただき、実際の対応については弁護士に相談されることをお勧めします。

 【 サービス残業・労働条件 】

無理な転勤命令。断っていい?
会社の就業義務についてお聞きします。
我が家は共働きで、私は大阪市内の商事会社に、妻は地元の不動産会社に勤務しています。子供はいません。
このたび、会社から私に九州への転勤命令が出されました。
妻には仕事があり、自宅のローン返済もありますので、仕事を辞めて私の赴任先に同行することはできません。このままでは、単身赴任なのです。ただ、私の実家は自宅のすぐ近所にあり、実家では、年寄りで体も少し不自由な私の母親が一人暮らしをしています。母と妻は折り合いが悪く、わたしがときどき母の様子を見に行ったりしている状態なので、母と離れて単身赴任することは避けたいのです。
会社の人事部に事情を伝えて「転勤を断りたい」と言ったところ、会社からは「命令は絶対」と言われました。同僚からは「リストラ流行りのご時勢に会社に逆らわないほうがいい」と言われますし強く反論できずにいます。私はこの会社命令には従わなければならないのでしょうか。
相談者: 兵庫県に住む男性(43才)
1.勤務先会社から言われておられる転勤命令の効力を考えるについては次の3点が重要です。
(1)そもそも、その会社に就職した時に、勤務地について何らかの約束(合意)がなかったかどうか(勤務地を大阪に限るような約束がなされていた場合には、今回の転勤命令は無効と考えられる可能性があります)。
(2)そのような約束がないとしても、今度の転勤命令について、転勤の合理的必要性と貴方の側の事情とを総合的に検討して、会社側に権利乱用が無いかどうか。
(3)転勤を決めるについて会社側が適切な手続を践んでいるかどうか。
順次説明しましょう。
2.会社への就職(つまり雇用契約の成立)の形態は、例えば学校卒業と同時の就職される場合もあれば中途採用というケースもあります。中途採用の場合や、パートタイマーの場合には、勤務地や勤務地域が決められている場合が少なからず有ります。卒業と同時の就職の場合にも、勤務地域を限定して雇用契約が成立する場合もあります。
このような場合には、遠方への転勤は、社員の同意が無い限り強制できません(転勤命令は無効です)。
現実には雇用契約書をきちんと作成していない場合が多いとは思いますし、契約書が有っても勤務地の限定が書かれていない場合が多いでしょうが、そのような場合でも、例えば「面接の際に、家庭の事情で転勤が出来ないという話をしていて会社側もそれを了承していた」とか「求人広告や求人票の記載から、勤務地が読み取れる」などの事情が有りますと雇用契約として勤務地域が契約内容になっていたと認定されることが有り得ます。
その他、現地採用の慣習とか、職種内容・入社資格、入社時の事情、会社での地位・職種、会社の規模・事業内容、労働慣行等を総合的に考慮して、勤務地域が黙示的に(契約書にはっきり書いていなくても)契約内容になっていると認められる場合があるのです。
ご相談の貴方も、現在お勤めの商事会社に就職した時の、こういった事情を良く思い出してみて下さい。
3.次に、雇用契約に際してこのような地域限定の合意が無かった場合でも、転勤が制限される場合が有ります。
遠方への転勤は、社員に単身赴任を余儀なくさせる等、その生活上有形無形の多大の負担が生じることが多いので、会社側の配置転換の必要性との兼ね合いで、会社側の権利乱用と認められる場合には転勤命令が無効と判断されることがあるのです。
この点に関して、裁判所は「労働者に対し、通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせる場合」には権利乱用となって転勤命令は許されないと言っております(最高裁判所・昭和61年7月14日、東亜ペイント事件判決)。
通常甘受すベき程度を著しく越える不利益、というのがどの程度の事情を指すのかは、個別事情によって様々に違ってきます。
4.共働き夫婦のご主人の転勤について、単身赴任を余儀なくされるという事情は、それだけでは転勤命令が無効になるとまでは言えない、という考え方が裁判所の一般的傾向のようです。
ご相談の貴方の場合は、更に、年寄りで体も少し不自由な御母様が、近所で独り暮らししておられるという事情が有るようですね。この点に関して、参考になる裁判例を紹介しましょう。
平成9年10月14日大阪地方裁判所
事件当時78才で骨ソショウ症、両変形性膝関節症に罹患し前年に大腸ガンの手術を受けた実母と同居している会社員に対する転勤命令(大阪府から福島県へ)について、権利の乱用に当たるとして転勤命令を無効と判断しました。
平成9年7月23日札幌地方裁判所
2人の子供が、躁鬱病の疑いや、脳炎後遺症による精神運動発達遅延の状況にあり、隣接地に住む両親も体調が不良で家業の農業を充分に営むことが出来ないため、当該社員が面倒を見ている状態にある場合で、転勤対象者が他にも見いだせる事情を考慮し、転勤命令(帯広から札幌へ)は違法であると判断しました。
このように、介護しなければならない家族がおり、介護出来る人が当該社員以外には事実上居ない場合に、転勤命令が会社側の権利の乱用に当たるとして、その効力が否定された実例が何件か有るのです(会社側の転勤の必要性の程度との兼ね合いですので、一概に、結論が出る訳ではありませんが)。
ご相談の貴方の場合、御母様の様子を時々見に行っておられるとのことですが、お母様がどの程度に体が不自由なのか(介護の必要性の程度)、他にご兄弟等近親者がお近くに居られないのかどうか(介護の代替性)によって、結論が違ってくると思われます。要介護度が強く、他に介護出来る身内の方が居ない場合には、転勤命令が無効と判断されることもあり得ると思われます。
5.遠方への転勤命令は、社員の生活上有形無形の多大の負担を生じさせることが多いので、会社側は、本人の同意を得るために努力したり、本人の希望や事情を検討する手続きを取らなければなりません。問答無用の転勤命令は、他の事情とも相まって「信義則に違反して無効である」と判断されることもあります。
一方、社員の方にも、自己の家庭の事情を、会社側に充分に説明する努力が要請されます。
ご相談のケースでは会社側の態度は問答無用的対応が感じられます。ご相談の貴方の方でも、お母様の診断書を取るなどして、介護の必要性を会社側に説明したり、配置転換の理由、必要性を具体的に尋ねるなどして、会社側に再検討を促すように努力しては如何でしょうか。
従業員がこのような努力をしたことを理由として、会社側が従業員を解雇することは出来ません。解雇権の乱用として解雇は無効と判断されるでしょう(他にも解雇理由がある場合は別ですが)。
出典: 土曜日の人生相談(2000年9月2日放送分)
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