内容の根拠になる法律は放送された時点のものであり、その後法律が改正されている場合があります。掲載内容はあくまでも、参考にとどめていただき、実際の対応については弁護士に相談されることをお勧めします。

 【 その他 】

相続の放棄と承認
私と夫は夫婦で小さな食堂を営んでいましたが、夫が最近急死しました。夫には先妻との間に生まれた息子がいるのですが、成人して既に独立しており、ほとんど交流はありませんでした。
ところが、その息子はお葬式のときに来て、夫が愛用していたカメラや骨董品などの高価な物を持って帰ってしまったのです。
店の方は、夫がいなければやっていくことができないので、閉めるつもりですが、残された財産を調べてみると、遺産どころか、数年前に店を改装した費用など、借金ばかりだということがわかりました。夫の息子に「借金返済のために、持って帰った品物を返して欲しい」と連絡をすると「あれは形見分けだから返せない」「借金を相続するつもりはないので相続権は放棄する」などと言うのです。
このままでは、私が1人で夫の借金を返していかなくてはならないのでしょうか。
相談者: 大阪府に住む女性(54才)
1.本件における法定相続人・相続分
本設問においては、亡夫の法定相続人が誰か、相続分はどの程度かがまず問題となります。
(1)法定相続人の範囲については、相談者が正式に亡夫と婚姻していた場合には、妻である相談者と先妻の子が法定相続人となります。
万一、相談者が亡夫と内縁関係に過ぎない場合には、法定相続人は先妻の子だけになりますので、注意が必要です。
(2)法定相続分については、相談者が正式に婚姻していた場合、
相談者  2分の1
先妻の子 2分の1
となります(以下、正式に婚姻していることを前提にお答えします)。ただ、本件では、相談者が亡夫とともに食堂を営んでいたことから、「寄与分」が認められることもあると思われます。
2.相続の範囲
次に、本件では、亡夫の財産状態については遺産どころか、改装費等借金ばかりであるとのことです。
相続では、相続人は、被相続人(本件では、「亡夫」)が相続開始時(死亡時)に有していたすべての資産と負債を包括的に承継することになります。
したがって、借金が圧倒的に多い場合でも、相続人が被相続人の権利義務を全面的に承継することを内容として相続を承認する場合(単純承認)あるいは相続の効果を相続開始時にさかのぼって消滅させる意思表示(相続放棄)をしなかった場合には、亡夫の借金も当然相続することになります。なお、相続対象の資産の範囲でのみ、負債を負担する場合(限定承認)もありますが、本件では限定承認は除外して考えます。
相談者が亡夫の借金を返していくつもりであれば、単純承認をし、もしくは相続放棄(放棄するかどうかの熟慮期間は相続開始を知ってから、3か月以内です)をしないことで足ります。
3.先妻の子の「形見分け」行為について
問題は、先妻の子が「形見分け」と称して、亡夫の「カメラや骨董品などの高価物を持っていきながら、相続放棄することができるか」です。
先妻の子は、先ほどの熟慮期間内であれば、もちろん自分の意思で相続放棄をすることはできます。
ただ、カメラや骨董品などの高価物を「形見分け」として持ち帰る行為は相続放棄と矛盾することになります。
なぜなら、このようなカメラ・骨董品も当然亡夫の相続財産に含まれますので、このような相続財産に含まれる品物を勝手に持ち帰ることは一切の資産負債を承継することを拒絶する放棄とは相容れないことになるからです。
民法は、このように(1)相続財産の全部または1部を処分した場合、(2)3ヶ月の熟慮期間を徒過した場合、(3)相続財産の隠匿等の背信行為をした場合には、相続放棄を許さず、単純承認をしたものとみなす規定(民法921条)をおいています(法定単純承認といいます。なお、カメラや骨董品を評価するために(いずれは元の場所に戻すことを前提に)持ち出しても、法定単純承認にはなりません。)
したがって、仮に、先妻の子が家庭裁判所に相続放棄手続をとっていたとしても、カメラや骨董品等の高価品を自分のものにするため持ち帰ったうえ、返還要求に応じない態度は、「相続財産の1部の処分」に当たると思われますので、「法定単純承認」に当たることになります。
4.結論
以上からすれば、亡夫の借金については、相談者のみならず、先妻の子も相続人として、返済していく必要があります。
出典: 土曜日の人生相談(2000年6月24日放送分)
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