「知っていた」か「知らなかった」か
中山務です。 弁護士は,責任を追及する側で弁護活動をしていますと,
しばしば,相手方から,
「○○(ある事実が存在する)とは知らなかった」
という反論を受けます。
例えば,株主が株主代表訴訟で,不祥事に関与したと思われる
取締役の責任を追及するような場合です。
逆に,責任を追及される側で弁護活動をしていて,
「○○(ある事実が存在する)とは知らなかった」
という反論をする場合があります。
典型的なのは,刑事事件の被告人の弁護をする場合です。
この,
「知らなかった」
という反論は,非常に奥の深いものがあります。
法廷の尋問で,
「あなたは知っていたのではありませんか」
「あなたは本当に知らなかったのですか」
と聞かれた人は,自分の有利なように答えるのが通常ですから,
「はい,知りませんでした」
と答えることが多いです。
ですが,その人が心の中で,
「私は知らなかった,知らなかった…」
と呪文のように唱えて,知らなかった人になりきってみたり,
記憶を消し去ってみたりしても,
本当に「知らなかった」人になれるわけではありません。
そのため,
「知っていた」か「知らなかった」か
については,それを裏付ける細かな事実(情況証拠のようなもの)を
いくつも積み重ねて裁判所に主張し,
それぞれ自己の主張を認めてもらおうと,がんばることになります。
これは,実に大変な作業ですが,弁護士の真骨頂の一つでもあります。
新聞に載っている事件は,この
「知っていた」か「知らなかった」か
が争点になっているものがたくさんあります。
例えば,千葉地裁で裁判員裁判初の無罪判決が言い渡された裁判は,
「ボストンバッグ内のチョコレート缶に覚せい剤が入っていることを
被告人が知っていたか」が争点になった事例で,
「缶内に違法薬物が隠されていると知っていたことが,
常識に照らして間違いないとまでは認められない」
と結論付けられ,検察官がこれに控訴したようです。
裁判の記事をお読みになる際は,
「知っていた」か「知らなかった」か
が争点になる事件では,上記のような難しさがあることを
知られた上でお読みになると,おもしろいかもしれません。
弁護士以前に,人として考えると,
いろいろ思うところはありますが…。