大塩平八郎の乱
弁護士の仕事をしていると,文献をコピーするために図書館へ行くことが時々あります。
先日も,文献をコピーするために大阪市中央図書館へ行ってきました。文献のコピーを終えた後,図書館の中を歩き回っていると,「大塩平八郎の乱 180年」というコーナーを見つけました。
ご承知のとおり,大塩平八郎の乱は大坂東町奉行の元与力・大塩平八郎が起こした騒乱で,発生したのは180年前の天保8(西暦1837年)だそうです。大阪弁護士会館の近くが騒乱の現場ですので,今日は「大塩平八郎の乱」について書くことにしました。大塩平八郎の紹介,騒乱の経過,さいごに現行法と大塩平八郎の乱について書いてみようと思います。
まず,当の「大塩平八郎」について。
彼は乱の7年前(文政13年,西暦1830年)まで大坂東町奉行の与力の職にありました。大坂町奉行は「遠国奉行」の1つで,大坂における行政権・司法権を有する官職で,その「与力」は奉行を補佐する官職であったことから,随分なエリート公務員であったようです。今様にいえば,税務署長・警察署長・地検の部長・地裁の部総括判事を全部兼ねるような人でしょうか。
彼は与力を辞めた後,私塾・洗心洞を開きますが,やがて武器を集め,塾生に対して軍事教練を実施し,ついに乱を起こします。元・エリート公務員が首謀者となった騒乱ですから,それはもうエライことです。
乱の経過は次のようであったと言われています。
大塩平八郎,塾生及び付和随行者たち(以下「大塩ら」といいます。)は,洗心洞(現在は大阪市北区天満1丁目の造幣局敷地内)を出発し,近くの川崎東照宮(現在は滝川小学校)に放火,現在の谷町筋を南進した後,旧淀川(現在の大川ですが,流れていたのは現在の土佐堀通の道路が走っている所であったようです。)北岸を西に前進し,なにわ橋から大川を渡ります。当時のなにわ橋は現在と違って,堺筋ではなく一本西の筋(現在の大阪シティ信用金庫本店の東側の筋)に架かっていました。なにわ橋を渡った大塩らはその筋を南に進み,高麗橋通りで左折して東進しますが,その間に所在する豪商の屋敷に放火して回りました。大塩らが進んだ道に豪商の屋敷があったことは,現在の大阪美術倶楽部(旧・鴻池家)やThe Kitahama(旧・越後屋大阪店)などからもうかがい知れます。高麗橋通りを東に進む大塩らは東町奉行所(現在の大阪合同庁舎1号館あたり)を目指しますが,谷町筋辺りに布陣していた東町奉行所の部隊と衝突して,瞬く間に鎮圧されたそうです。
こうしてみると確かにエライことではありましたが,騒乱自体は呆気なく鎮圧されてしまったようです。
さいごに,現行法と大塩平八郎の乱について触れたいと思います。いちおう,弁護士会のブログです。
大塩平八郎の乱は現行法を適用しても間違いなく犯罪になるでしょうし,今年ニュースを賑わわせたテロ等準備罪(組織犯罪処罰法6条の2,弁護士会のいう「共謀罪」)が成立するかもしれません。洗心洞の塾生は,遅くとも武器を集め軍事教練を始めた頃からはテロ等準備罪にいう「組織的犯罪集団」(同条)に該当する疑いがありますし,乱を「計画」(同)して,武器を集めるなどの「実行準備行為」(同)を行っている疑いも十分にあります。
ここで,大阪弁護士会がいうようにテロ等準備罪という犯罪類型が 「あかんやろ!」 なのか否かについて議論するつもりは,毛頭ありません。ただ,1つ言えるのは,大塩平八郎の乱の経過を見る限り,騒乱を含む「重大犯罪」(同)を防止するためには,実体上の犯罪類型がどうであるかよりも,手続上の警察活動がうまくいっているか否かの方がはるかに重要であるということです。乱の経過を見たとき,大塩らが豪商の屋敷に放火して回る前に東町奉行所がこれを鎮圧することは,十分可能であったと思います。つまり,大塩らが洗心洞を出発し川崎東照宮に放火した時点で,川崎東照宮と東町奉行所との間は,天満橋を挟んでわずか1㎞しか離れていません。川崎東照宮での放火事件発生の報を受けた時点で東町奉行所が川崎東照宮方面へ向けて部隊を前進させていれば,統制が取れていない大塩らがなにわ橋を渡る前に乱を鎮圧することも十分可能であったはずですし,さらにいうと,日頃から情報収集を行っていれば,大塩平八郎が武器を集め軍事教練を始めた時点で彼を拘束することも可能であったはずです。実際,大塩平八郎の乱の約200年前に起きた由井正雪の乱では,実行行為に着手する前に首謀者全員を拘束し,又は自決させています。にもかかわらず,鎮圧が遅れたのは東町奉行所の警察活動が,日頃からの情報収集や部隊の練度維持などの面で不十分であったからにほかならないと思います。江戸時代も後半で,奉行所を含め幕府の力が弱っていたからでしょう。
江戸時代後半の奉行所と比べて現代の警察は,はるかに優秀だと思います。優秀な警察に加えてテロ等準備罪を設けることは,
屋上屋を架すだけで「あかんやろ!」(大阪弁護士会)なのか,
TOC条約を締結し「テロを含む組織犯罪を未然に防止し,国際協力をより一層進める」(法務省)必要があるのか
は私にはわかりませんが,少なくとも「重大犯罪」を防止するためにはテロ等準備罪を設けるか否かといった刑事実体法の問題よりも,手続上の警察活動に関する問題の方が重要であるように私は思います。
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