弁護士会から
広報誌
オピニオンスライス
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助産師・思春期保健相談士
田中まゆさん
TANAKA, Mayu
これまでのキャリアと思春期保健相談士について
田中さんは、助産師と思春期保健相談士の資格をお持ちということですが、普段はどのようなお仕事をされているのですか。
助産師のほかに看護師の資格も持っていて、十三にある希咲クリニックという産婦人科のクリニックで採血などの看護師業務や、妊婦さんへのケア、診療介助などに従事しています。そして、それとは別に性教育の依頼を受けて講演活動をしています。
思春期保健相談士というのはどのような資格なのですか。
思春期保健相談士は、国家資格ではありませんが、性教育に携わる人が比較的多く取っている資格で、一般社団法人日本家族計画協会が発行している資格です。この法人は、思春期保健相談士の資格を取るための研修のほか、思春期の性や母子保健、女性の健康などに関連した研修を幅広く開催してくれていて、毎年の新しい知識のアップデートにもなっています。
田中さんは、小中高等学校にも、講演に出向かれていると聞きました。学校に出向かれているのは、思春期保健相談士の業務の一環なのですか。
そうですね。思春期保健相談士としての知識を基に性教育をやっています。ただ、助産師の仕事も命、出産に大きく関わるので、助産師としての仕事のこともしゃべったりしていますね。
性教育を始めたきっかけ
性教育は、看護師や助産師になられた後、すぐに始められたのですか。
私は、看護師の資格を取って、その後にすぐ助産師の勉強をして助産師の資格を取った後、新卒で就職した病院がたまたま性教育の活動をしていたので、助産師になった時から携わってきました。助産師になって15年ほどですので、性教育歴も15年ほどになります。
ご就職された病院が性教育をやっていたとはいえ、性教育に携わらずに看護師や助産師業務だけをやるという選択肢もあったかと思いますが、性教育を始められたのには何かきっかけがあったのですか。
性教育は、もともと助産師の勉強をしている時からやりたいなと思っていました。助産師になるための授業では妊娠・出産をすごく密に扱うので、今まで分からなかったこととか、なるほどそういうことやったんや、ということも多く、すごく目の前が開かれるような感じがしていました。同時に、この知識は別に助産師になろうとしなくても、人がみんな生きていく上で必要だよね、と感じました。助産師になろうとする人は一握りなので、資格を取ろうとしない限り、このような人としての基本的な知識にたどり着けないのでは駄目だろうということで、妊娠・出産に関する知識をちゃんと伝えたいと思ったのが始まりです。
浸透してこなかった日本の性教育とその現状
助産師になられるために勉強される中で、「そういうことやったんか。こんな基本的なことなら、小中高生にそのまま教えてあげたらいいよね。」という話ですよね。ですが、田中さんをはじめ、一生懸命やられている方が尽力されないと、そういう基本的な知識が浸透してこなかったのでしょうか。
そうですね。日本の教育現場で性教育がなかなか発展してこなかったということと、教育がされたとしても、その内容が抑制されるようなものが多かったのが知識の浸透を阻んでいます。学校の教育は、文部科学省が定める学習指導要領に沿って行われるので、私たちのような性教育をやっている身としては、もっともっと声を大にして訴えていかないと、今の現状では、学校にしっかりとした性教育はなかなか期待しづらいです。
なぜ、教育現場では性教育が浸透してこなかったのでしょうか。
日本では、戦後盛んに、「貞操観念をちゃんと持ちなさい。」とか「結婚するまでは性行為をしたら駄目。」という、いわゆる純潔教育が1960年代ぐらいまでされていました。その後、そのような極端な教育はなくなっていきましたが、純潔教育と親和性のある社会的風潮は残存していました。
その後、1992年に施行された小学校の学習指導要領には「人の発生や成長」が入り、性教育が一種のブームのように取り上げられた反面、バッシングも多くなされました。特に、東京にある都立七生養護学校(現在の都立七生特別支援学校)で行われた性教育は国会でも取り上げられて、社会問題となりました。そんな教育を子どもにしたら性的な興味をそそるではないか、とメディアでバッシングされ、また性教育は縮小していきました。
いまのお話ですと、田中さんが小中高等学校でされている性教育は、学習指導要領を超えた内容になると思うのですが、その点は、学校側からの反発やクレームというのはないのですか。
学校によりますね。学習指導要領の捉え方がとても難しくて、いわゆる「歯止め規定」で教えないと書いてあることについて、文部科学省は、取り扱わないと書いてあるけれども、生徒の現状などを踏まえて必要ならばやってもいいよとしていて、何だかどっちつかずなんですよね。
学習指導要領は学校の先生が教育課程を編成するためのものなので、学校の先生は教えられないけれども、私みたいな外部講師だったら教えてもいいよという捉え方もあります。また、何かしら性にまつわるトラブルが起こり、ニーズがあるからそれに応えるという形の依頼もありますね。学校によっては、依頼を受ける際、これは教えないでほしいとか、この言葉は使わないでほしいと言われることもあります。
ここは教えていいけれど、ここは駄目みたいなものは、具体的にはどのようなことですか。
例えば、中学1年生の授業で、命の大切さとか命の誕生のすばらしさを授業でやってくださいと言われたときに、私は助産師の資格を持っているので、妊娠・出産のことをより詳しく話すことができますが、その話の中で「セックス」という言葉は言わない、扱わないという形にしたことがあります。
そういった現状について田中さんはどのように感じられていますか。
そうですね。特に性教育であったり、命の大切さの話をするときに、きれいな話をするのはあまり好きじゃなくて。もちろん命は大切ですが、「こんなに奇跡的な確率でみんな誕生したんだから、皆さん命を大切にしましょうね。」という話し方や、親への感謝に繋げて話す人も中にはいますが、それって妊娠・出産の一部分しか見えてないと思うんです。どうしたって、それが悲しくて、つらい出来事になることも世の中にはあるし、実は犯罪の結果だったということもありますよね。綺麗な側面ばかりを伝えた後、もし、それを聞いた子どもの身につらい出来事が降りかかった時、さらに追い打ちをかけてしまうんじゃないかと思います。
学校の先生の性教育への向き合い方はどうですか。真剣に向き合っているのか、それとも、最近は風潮としてやらないとまずそうなので、とにかく田中さんのような人を呼びましたということで、一応体裁を整えている感じなのか、その辺りはいかがですか。
とりあえずやっておこうという雰囲気は感じないです。ただ、先生たちも、親から「こんな内容の教育をして良いのか。」などと言われるのが怖かったりとか、あとは、やはりどうしても、道徳的な話に持っていきたいんだろうなと見受けられることはありますね。
講演での教育内容について
講演ではどのようなお話をされるのでしょうか。
まず、人の体の仕組みを科学的にしっかり理解することが必要だと思うので、そういう部分から淡々と伝えていきます。
でも、科学的な話だけで終わってはいけないと思っているので、これはこういう仕組みだよというふうに伝えて、最終的には、自分がどうするか、どうしたいのかというところに話を持っていきます。
自分がどうするか、どうしたいのかという点については、具体的にはどういうやり取りをされるんですか。
人の身体の仕組みの知識は、それを得た上で自分がどうしたいのかを考える要素に過ぎません。その知識を得れば、自分の体や自分の気持ちが大事だと分かっていくと思いますし、それがすごく重要です。
そして、自分の体や自分の気持ちの大事さが分かると、必然的に、人それぞれが自分自身が大切な存在だし、人の気持ちもそれぞれ違うよねという話になると思います。
最終的には、人間関係をどうするか、つまり、自分はこうしたいと思っているけれども、相手は違う気持ちや価値観を持っているかもしれないから、他人と関わるときにどうすり合わせていくか、というところまで考えさせるようにしています。中学生以上への講演では、その人間関係の話が、お付き合いとか恋愛という話にまで発展しますね。
そういった一連の教育が、性教育だと思っています。
日本の性教育で足りないこと
日本の性教育において足りないものは何だとお考えでしょうか。
公的なものが非常に少ないですね。学習指導要領に「歯止め規定」が入っていたりすることもそうです。公的な機関からちゃんと教育を受ければ、大体知識は揃うと思うんですが、それが制限されているので、各人が、インターネットや友だち、うわさ話で見聞きしたことに基づく知識しか持っていないのが現状です。
公的なものがないということは、その担い手もいないということにもなるのでしょうか。
はい。だから、学校の先生もやり方が分からないということになるのだと思います。
日本家族計画協会の思春期保健相談士とか思春期学会の性教育認定講師など、資格はいろいろあって、性教育をする人は、数としてはそれなりにはいると思いますが、どれも民間資格なんです。
日本家族計画協会もずっと昔から活動しているので、私と同じような資格を取った人も一定数いると思いますが、なかなか積極的にやりにくいとか、学校に踏み込みにくいというのがあって、大々的に活動できていないという人は多いんじゃないかと思います。ちゃんと専門的な知識に基づいた、公的な資格があるといいですよね。
性的リテラシーについて~みなさんの性的リテラシーには誤解がある!?~
性教育に関するメディアでの取り上げも、昔に比べると増えてきた中で、これはまだまだ日本人は誤解しているな、という性的リテラシー事項はありますか。
まず一番は「避妊=コンドーム」と思い過ぎなところがあるかと思います。コンドームの避妊率は、避妊方法全体で見ると結構低いほうで、低用量ピルだとか子宮内リングだとか、もっと確実に妊娠を防ぐ方法はあります。日本人は、避妊といえばコンドーム一択というところがあり、たとえば、予想外の妊娠をした人に対して「ちゃんとつけなよ。」という投げかけをするばかりで、コンドームを使用していたけれども避妊がうまくいかなかったという可能性については誰も言及しない、ということもよくあります。
それから、妊娠のことはみんな気にするんですけれど、性感染症のことは全然気にしていないということが多いです。最近は、梅毒がかなり増えていますし、その他にもたくさん性感染症の種類がありますが、あまり知らないという方がほとんどじゃないかと思います。
「最近梅毒が増えていますから気をつけてください。」とはメディアでは言われるけれど、では、具体的にどういう行為で感染するのかということは全然知らされていない印象です。性感染症は遊んでいる人、パートナーが複数いる人、夜のお仕事をしている人がなる病気という考え方がとても強いように思います。性感染症は、セックスする相手が1人であっても、相手が病気を持っていたら自分もかかるわけですし、性生活がある以上、妊娠と性感染症のリスクは必ずセットで存在するという認識が日本人は低いかなと思います。
低用量ピルにしても子宮内リングにしてもそうですが、女性が対応をするもので、女性に肉体的負担となるという問題はないのですか。
低用量ピルや子宮内リングを使って避妊するということ自体が、女性の体に多大な悪影響を及ぼすことはないです。子宮内リングは、人によって入れる時に痛みを伴ったりはしますが、入れているということ自体にそこまで悪影響はないですし、もともと生理にまつわる症状が重たい人への治療として使われるものでもあります。
あと、ピルについては、副作用として血栓症のリスクがあります。たしかに、何も飲まないよりはピルを飲むことで血栓のリスクは上がるので、その意味では考慮すべきですが、リスクは微かに増える程度です。それ以上に妊娠・出産をしたときのほうが血栓のリスクが桁違いに上がるので、もしピルを飲まなくても妊娠すれば、そちらの方が断然、血栓症のリスクは上がります。ピルを飲む飲まないだけで考えるのではなく、全体的な知識が広まって欲しいですね。
避妊をすることは大事です。しかし、女性ばかりに負担をかけているのではないかといった疑問もあるのですが、いかがでしょうか。
むしろ、私が一番大事にしてほしいのは、妊娠するのは女性側なので、女性自身が、自分がいつ子どもを持つか、あるいは持たないかということをちゃんと自分で決める権利があるということです。
あと、特に現代の女性は生理の回数がかなり多いです。昔と比べて、妊娠出産年齢が上がり、かつ妊娠回数も減ったことで、生理を繰り返す数が多くなっています。 だから、現在では、別に妊娠を希望していない時期なら、むやみに生理を起こさせて子宮と卵巣に負担をかける必要はないという考え方が主流です。女性が妊娠を希望するまでは、低用量ピルで排卵をさせないようにしたり、生理が軽くなるようにしてあげて、妊娠したいなと思う時にコントロールをやめて、妊娠に取りかかるほうが女性の体にとっては優しいんです。
その関連で、親御さんが受験のためにお子さんに低用量ピルを半強制的に飲ませて、生理が当日来ないようにさせたことがあったようで、世論では批判的な論調もあったんですけれども、田中さんはどのようにお考えでしょうか。
親御さんが強制的に飲ませるのは良くはないですが、生理中は体がすごくしんどいんです。なので、試験とか部活の試合の日などの大事な日に生理が運悪く被ってしまって100%のパフォーマンスを発揮できず悔しい思いをしてしまうより、生理をずらしたり、大事な日に被らせないようにするというのは私は良いと思います。
2023年11月から、いわゆる緊急避妊薬(アフターピル)が日本で試験販売されるようになりました。アメリカなどの諸外国では既に買えるようになっていますが、日本でもこのような変化が起こることは、歓迎される面もあると思いますし、逆に、濫用につながったり、性犯罪が増えるんじゃないかという見方もあると思いますが、田中さんは、緊急避妊薬の試験販売開始はどのように見られていますか。
薬局で買えるようになるという変化そのものは、いいことだと思います。性犯罪や性行動が増えるなどいろいろ懸念点は言われますが、現状は緊急避妊薬を手に入れるのにハードルがとても高いというのが一番問題ですし、社会的に弱い人ほどそのハードルがすごく高いと思います。病院に行かないといけないとか、値段がとても高いとか。
緊急避妊薬が必要になるのが、子ども、更には、親から性虐待を受けている子どもである場合もあるんですね。そして、女性の体にとって妊娠をすることや、出産をせざるを得ない状況というのは、その後の人生の分岐点となりかねないです。
視野を広げたとき、弱い人を救う手段として、仮にその人が性犯罪や虐待を受けたとしても、まずは思わぬ妊娠を早急に食い止めるというのは合理的だと思います。そうした先に、支援先やフォローに繋げることもまた、重要ですね。
他方で、まだまだ改善したり、発展すべきところはあります。
例えば、先ほどの親からの性虐待の話にも関わりますが、薬局での試験販売は、18歳未満は保護者の同伴じゃないと買えないんです。そうすると、親から性虐待を受けている人は、試験販売では買うことは難しいことになります。社会的に弱い人にこそ、という状況にはまだまだ程遠いです。
現状は試験販売なので、これからデータなどを集めて、そのような所も、臨機応変に改善・発展していけばいいですね。
性犯罪の予防法~緊急時に焦点を当てて~
2024年の元日、能登半島で大地震が起こりました。こういう災害時などの緊急性がある時は、性犯罪が起こりやすいということも言われているようですが、これはなぜでしょうか。
性犯罪というのは、加害者側がむらむらしたり、性欲を抑え切れなくて手を出してしまうといった、性欲の問題だと思われていることが多いですが、性犯罪の本質を見ると、加害欲と支配欲によるものと言われています。つまり、誰かを傷つけたいとか、誰かを支配したい、自分が上に立ちたい、という気持ちが根底にあるとされます。
そこに、災害という非常事態が加わると、自分も被災して周りが大混乱している中で、気持ちにひずみができて、むしゃくしゃする、自分が優位に立ちたいというような感情が生まれやすいですし、災害時はみんな大変で、警察も手が回っていなくて、ある種の無法地帯みたいになっているから、多分ばれない、騒がれない、みんなそれどころじゃないという状況も相俟って、災害時の性犯罪が起こってしまうのでは、と思います。
そのような状況下で性犯罪を予防する方法は何かありますか。
もちろん自分で自分の体を守るということも大事ですけれど、避難所なども含めて、環境全体を整えて守ることが大事じゃないかと思います。
災害時の性犯罪の発生に対する認知度は、東日本大震災以降頃から結構広まってきたかなという感じです。阪神・淡路大震災の時も、実は結構あったと言われているのですが、声を上げることすら許されず、うやむやにされることも多かったようです。それが、最近やっと、そういうこともあるから気をつけないといけないとか、避難所を運営する上でもそういうことを考えないといけないという認識が高まってきたように思います。
性的同意について
最近、性的同意の話がよく出てきますが、小中高生に対してはどんな説明をされるんですか。
性的同意は最近よく言われますが、性的同意を扱う前に、まず同意とは何かということから入ります。
誰かと一緒に過ごす時、例えば、一緒に遊びたいなとか、一緒に帰りたいなと思った時に、相手に聞いたり誘ったりしますよね。そこで相手が、うん、一緒に遊ぼうとか、一緒に帰ろうと言ったら、それで同意が初めて成立します。
だから、同意というのは、人と人が関わったり、一緒にいる時に絶対にみんながしていることです。
同意があるかないかは、相手の見た目や仕草では判断できないから、ちゃんと言葉でイエスかノーかというのを受け取らないといけないよね、というところも話します。
そして、それは、性行為の時も一緒だよという話に繋げています。
中学生以上になると、最近はこういう法律になっているから同意を得るのは大事ですよという話もしますね。
ただ、性犯罪の文脈で言うと、いいよと言われていたにもかかわらず、実はそんなつもりはなかった、みたいな話はよくあると思います。そうならないように、どうしたらよいとお考えですか。弁護士としても気になるテーマです。
不同意性交等罪という法律でも、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」という言葉になっています。細かな法律の解釈はともかくとして、私は、意思を全うできるということが一番ポイントだと思っていて、いざ性行為を始めたから最後まで絶対しないといけないとかじゃなくて、性行為をする中で「嫌なことがあったら言ってね。」とか「痛かったら言ってね。」という、細かいことであっても、「これは嫌だな。」とか、「これはやめて。」と言える環境にするというお互いの認識が大事だと思います。
一つ一つの動作に対して逐一同意を得るために一問一答のように質問しながら行為をするということではなく、何か反応が悪いな、とか、何考えてるのかなとか、違和感を感じたときに、「痛くない?」、「大丈夫?」と声をかけたり、「何か嫌なことがあったら言ってね。」と一言言っておくだけで、大分、同意を形成できる環境は作れると思います。
法律の解釈で言うと難しいかもしれないですが、一言で言うと、お互いの信頼関係が大事になると思います。
子どもに対する性教育での工夫
子どもに対して性の問題を伝えるというのは難しいと思うのですが、何か工夫されていることはありますか。
親の立場で、自分の子どもに性教育をするなら、聞かれたことに対してちゃんと答えることが大事ですね。はぐらかしたり、うそをついたりしないということ。ニュースで性加害という言葉がたくさん流れてきて、うちの子どもも「ママ、性加害って何?」と聞いてきたことがあったんですが、それに対して、この人はプライベートゾーンに触ったらしいよと、まずは一言で答えるようにしています。子どもからの性の話題とか、あるいはテレビで流れる性の話を話題にすることまで避けてしまうと、何も話せなくなってしまうので、そこに対してちゃんと向き合うということですね。
講演をしていて子どもたちにしゃべる上では、知識の部分は淡々と、仕組みがこうなっているからこうなるんです、という話の流れの中で、体のパーツの名前もはっきりと言います。そこで恥ずかしがったり、どもったりしても良くないと思うので、ばしばし言っていきます。それを前提として、人間関係のほうにしっかり目を向けていくということを意識しています。
子どもに対して講演したときに、印象に残っている質問やエピソードはありますか。
そのとき話した内容にもよりますが、助産師としての話をすることも多いので、妊娠や出産のことに関して聞かれることが結構あります。
例えば、赤ちゃんができるためには精子と卵子が必要ですという話もします。そうすると子どもから、じゃあ精子と卵子ってどうしたら出会うんですかと、事後のアンケートで聞かれたことがあります。
それはやはり疑問に思うよね、と感じました。その時は、事後のアンケートだったので、文書で返答して、あとは学校の先生にお任せしました。もしそれが実際の講演直後の質問で、答えられる範囲であれば、その考えに至ったのがすごいとまず褒めた上で、あとは淡々と答えます。
子どもに対する性教育というのは物心がついてからのほうがいいのでしょうか。それともさらに上の年齢から始めるべきなのでしょうか。
私は、1つのポイントとしては、3歳ぐらいから始めるといいかなと思っています。それ以前にやってはいけないとか、3歳を過ぎたから手後れとかそういうことでもないですが、なぜ3歳がいいかというと、3歳ぐらいになってくると、子どもが見たものをちゃんと把握して質問をしたりするという言葉のキャッチボールができるようになってきて、1つのポイントにしやすいんです。
あと、3歳ぐらいというのは排泄の感覚が分かってくるので、トイレが自立してくる。となると、自分の性器だったり、おしっこが出てきてうんちが出てくるという体の構造が体感で分かってくるので、体のこととか男女の違い、大人と子どもの体の違いとか、そういった部分を理解しやすくなってくる年齢です。
3歳からということは、むしろ学校が主体というよりは、親が主体となって始めていくべきということになるのでしょうか。学校とはどういう役割分担であるべきなんでしょうか。
やはり学校による教育と親による教育は、両方必要だと思っています。
学校からの教育はもっと増えてほしいと思っていますが、学校での教育でしっかり性教育をしてくれるから、親が何もしなくていいというわけでもないです。
多くの親は、そこまで専門的な知識を持っているというわけではないですし、性という分野は親子特有の話しにくさもでてきます。ですからそこは、学校で、身体の仕組みや科学的な知識も含めて系統的に教えていくのがいいですよね。
親としては、何かを教えるとか伝えるということももちろん大事ですが、それ以上に親の姿勢や態度を示すことが重要だと思います。例えばお風呂に一緒に入るとき、子どもに、体に触る前に触って良いか聞いてみたり、性の話題にちゃんと向き合う姿勢を示して、親が性をタブー視していないという姿勢を見せれば、それが子どもに対しても伝わります。
そうすれば、その後、もし子どもが何か被害に遭ったり、お付き合いの中でトラブルになったときに、子どもも親に言いやすいし、親も子どもの話を聞きやすくなると思います。
未成年の間は、親が強い立場になりやすいので、子どもが何か困ったときでも、どうしても親の権限は無視できないですよね。そこで、親が性の話題をタブー視していると、子どもとしては八方塞がりになって、本当にどうすることもできなくなってしまいます。そうすると、例えば子どもが妊娠の可能性に気付いていても言えない、隠してしまう、そして気付いた時には出産間近、というようなことにも繋がりかねません。
親向けの性教育について
田中さんは親向けの性教育もされているのですよね。
はい。最近、親のニーズが高まってきているので、私も親向けに性教育の話をしたり、あるいは先生や大人向けに性教育の話をすることも多いです。
性教育に対する重要性やニーズが高まっていく中で皆さんが思っているのは、性教育をやらなきゃって考えてしまっているけれど、難しく考えていて、どうしたらいいか分からないとか、必要だと思っているけれどもやっぱりできないという思いになっている人が多いです。
でも先ほどの話とも重なりますが、親や大人が、直接全てを伝えなければならないというわけではないんです。子どもも文字が読めて自分で情報を取っていける段階になっていけば、例えば信頼できる本だったりサイトだったり、適切な媒体から子ども自身が情報を取ればいい話で、身近な大人としては、性をタブー視しない姿勢や態度をとるほうが大事です。
大人向けの性教育の狙い、目的はどこにあるのでしょうか。
一番の目的は、最終的に子どもを孤立させないということです。
何か子どもにトラブルや困りごとがあったときに対処したいと思っても、親の意向や権限が強いので、トラブルや困りごとを子どもがなかなか言い出せないということが、性のトラブルに関してはよくあります。そんなとき、やはり子どもは言いにくいし、言いたくないし、どうしようと思いながらも、でも、最後の最後で親や身近な大人に助けを求められるという環境が必要だと思います。そういう環境作りの手助けになれば、という思いでやっています。
子どもを孤立させたくないけれども、親としてもどう伝えたり接していいか分からないとか、タブー視しないと言われてもどう振る舞えばいいのか分からない人も多いと思います。親としては、子どもにどういうふうに性について伝えていけばいいでしょうか。
「人間関係」という視点から話を展開していくのがやりやすいと思っています。
例えば、性犯罪のニュースがテレビで流れた時に、ニュースを見るだけでは何があったかは表面的にしか分からないので、子どもにどう伝えよう?と思ったり、「性加害って何?」と聞かれると、何と答えようかと迷いますよね。
そこで、私が自分の子どもに説明したような、「プライベートゾーンに誰かほかの人が手を出してきた。それが犯罪になるんだよ。」という説明をまずします。
でも、そこで終わるんじゃなくて、例えば、社長さんからこういうことを求められたらすごく断りにくいよね、とか、部活のコーチから誘われたときに断ったら試合に出れないかもって考えちゃうかもね、とか、人間関係に目を向けて、話すといいかなと思います。人間関係とか力関係、あるいは、出来事の背景に目を向ける。あるいは、「もし自分だったら抵抗できると思う?」とか、子どもと議論みたいなことをしていけると面白いし楽しいんじゃないかと思います。
子どもが大きくなればなるほど、改めて性教育を今からしましょうという時間をとることは難しいじゃないですか。なので、最初は、深い話ができなかったとしても、タブー視しないという姿勢で、テレビから流れてきたものに対してちょっとコメントしてみたりすることでもいいですし、それは別に親の独り言であってもいいかなと思います。
弁護士について
最後になりますが、田中さんにとって弁護士とはどんな存在ですか。また、弁護士に対して、どんな印象をお持ちですか。
なかなか出会えない人です。たやすくアドバイスを求めてはいけないようなイメージがある一方で、何か本当に困ったときは絶対に相談に行こうと思いますし、その意味で、信頼度はすごく高いです。
弁護士に対して何か期待されることはありますか。
今後の性教育の普及でもお力添えいただけることがあれば是非お願いしたいです。法律を正しく知ることも性犯罪や性加害を防ぐために大事なので、学校での性教育に、弁護士さんのお力を借りて、法律を交えながら教えていくというのもいいかもしれないですね。
いいアイデアですね。今日のお話を聞いていると知らないことが多かったですし、まだまだ解決すべき問題がたくさん残っていますね。非常に勉強になりました。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
2024年(令和6年)3月6日(水)インタビュアー:折田 啓
岩井 泉
豊島健司