安倍晋三元首相の国葬に際して、市民に対し弔意が強制等されることがないよう厳に要請する会長声明
・安倍晋三元首相の国葬に際して、市民に対し弔意が強制等されることがないよう厳に要請する会長声明
安倍晋三元首相(以下「安倍元首相」という。)が、本年7月8日、奈良県内で参議院議員選挙の街頭演説中に殺害されるという事件が発生した。事件の背景事情は今後の解明が待たれるが、選挙の街頭演説中の現役国会議員に対する殺人事件として、断じて許されるものではなく、強く非難する。
上記事件を受けて、政府は、本年7月22日、安倍元首相を国葬に付することを閣議決定した。この点に関し、国葬令が「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(昭和22年法律第72号)第1条に基づき、1947年(昭和22年)12月31日の経過をもって失効しており、また、内閣府の所掌事務として「国の儀式」を定める内閣府設置法第4条第3項第33号は組織規範に過ぎないので、国葬の法的根拠に疑義があること、憲法第83条の財政民主主義に反しているのではないかと指摘されていることについて、政府は、十分な説明をしていない。また、国葬について賛成する意見と反対する意見とが対立していると報じられる中で、明確な判断基準もないまま、国会での審議なしで閣議決定のみで国葬実施を決定したという審議過程の希薄さについては疑義なしとしない。
この国葬実施にあたり、政府は、市民に対する弔意の強制はしないと説明している。しかし、現憲法下で吉田茂元首相が国葬に付された際には、国内が追悼一色になり、事実上、市民全てが弔意を示さざるをえないような状況が作り出された。
2003年(平成15年)5月付けの「子どもの権利条約に基づく第2回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書」41頁では、「1989年昭和天皇の葬儀にあたっては、文部省の指示で、生徒・児童が黙祷を強要されていること」が指摘されている。
安倍元首相の死去に伴い、既に東京都教育委員会が、東京都内の全公立高校に対して弔旗掲揚を依頼する文書を送付していたことが報じられている。同様の事態は、山口県、宮城県仙台市、神奈川県川崎市、福岡県福岡市、大阪府吹田市、北海道帯広市、兵庫県三田市などでも発生している。
国会議員の質問趣意書に対する本年8月15日付けの内閣総理大臣答弁書では、国葬にあたっての弔旗の掲揚や、葬儀中一定時刻に黙祷を依頼するかは検討中とされている。
このような動きが広まれば、様々な公的機関に弔旗掲揚が要請され、事実上、市民が弔意を示さなければならないような事態も生じうる。
弔意を表明するか否かは内心の自由の問題であり、特定の思想を抱くことやその発露を強制することは憲法第19条に反し、許されない。また、特定の個人の思想・良心に反する外部的行為を要請することは、憲法19条が保障する思想・良心を不当に制約し得ると最高裁が判断を示しているところである。
以上の観点から、当会は、安倍元首相の国葬の実施に際し、式典における黙祷や起立をはじめ、市民に対する弔意の表明または各個人の思想・良心に反する外部的行為等が、強制はもとより依頼等の名を借りた事実上の強制がなされないよう厳に要請する。
大阪弁護士会
会長 福 田 健 次