集団的自衛権行使容認等の安全保障法制についての意見書
2015年(平成27年)6月5日
大阪弁護士会
会長 松 葉 知 幸
大阪弁護士会
会長 松 葉 知 幸
集団的自衛権行使容認等の安全保障法制についての意見書
1 安全保障法制をめぐる現状
昨年2014年(平成26年)7月1日、新たな安全保障法制に関する内閣の閣議決定(「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」、以下「閣議決定」という。)がなされた。これはこれまで政府の憲法解釈でもその行使が許されないとされてきた、集団的自衛権行使を部分的に容認するとともに、それ以外にも広範な分野での自衛隊の活動に関して、これまでの政府解釈の重要な変更を含むものであった。
これを踏まえ2015年(平成27年)2月より、与党間での具体的立法化作業(与党協議)が進められてきたが、去る3月20日には「共同文書(安全保障法制整備の具体的な方向性について)」が与党間で確認された(以下「与党合意」という。)。そして、5月14日の閣議で、新規立法1本と10本の法改正案が了承され、5月15日に国会に上程された(以下「安全保障関係立法」という。)。
今国会の会期は6月24日まであるが、政府は70日を超える大幅な延長を行い、8月半ばまでに安全保障関係立法を成立させるという考えである。
以下、政府・与党が国会に提出した安全保障関係立法につき、当会の意見を述べる。
2 武力攻撃に至らない侵害への対処の問題点
安全保障関係立法では、自衛隊法第95条を改正し、現に我が国の防衛に資する活動をする米軍及びその他の外国の軍隊の武器等について、防衛大臣が必要と認めるときに限り、自衛隊の部隊による防護を可能とすることとされている。現在の自衛隊法第95条においては、自衛隊が自衛隊の武器を防護する範囲で武器使用が認められているところ、これを米軍等の武器防護にも拡大するものである。すなわち米軍等の部隊が攻撃され、共同行動または近傍にいる自衛隊が米軍の武器防護として武器使用することを想定している。このような自衛隊の武器使用は大規模・組織的になれば、武力の行使になりかねず、これは従来の憲法第9条の解釈のもとで容認された武力行使の範囲を超えるものとなる。しかも、それが国会・内閣のコントロールの及ばない現場の司令官の判断によってなされるという問題点がある。武力行使にあたるような自衛隊の反撃は、憲法第9条第1項に反するものである上、国権の最高機関として国会を位置づけた憲法第41条と行政権が内閣に属することを定めた憲法第65条との関係でも問題がある。
3 自衛隊の海外派遣の問題点
海外における他国軍隊に対する支援活動について、日本の平和・安全と国際社会の平和・安全の確保の名のもとに、また国際的な平和協力活動として、自衛隊の活動の範囲を大幅に拡大しようとしている。これに関して、以下の新規立法や法改正が提案されているが、これらは、いずれも現在の法律において憲法第9条との関係で慎重に規定されてきた原則、すなわち「武力行使との一体化」を避け「自衛隊は非戦闘地域で活動すること」や、「武器の使用は正当防衛の範囲内のみ」という限定を取り払うものであり、海外での武力行使はしないという憲法第9条第1項に反する可能性が高い。
(1)我が国の平和と安全に資する活動を行う他国軍隊に対する支援活動-「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」(以下「重要影響事態法」という。)の改正について
安全保障関係立法では、従来の周辺事態法を重要影響事態法に改正し、「周辺事態」という概念を撤廃し、新たに「我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(重要影響事態)という概念を新設し、その重要影響事態に対し、活動を行う米軍及び米軍以外の他国軍隊に対する支援を実施するというものである。これにより「周辺」という地理的制約はなくなり、世界中で自衛隊の活動が可能となる。
(2)国際社会の平和と安全のために活動する他国軍隊に対する支援活動-「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(以下「国際平和支援法」という。)の制定について
従来、個別に時限立法で行ってきた自衛隊の海外派遣に関し、今後この法案によって予め一括して容認するものである。
なお、この国際平和支援のための自衛隊派遣には例外なく国会の事前承認を要するとされているが、両院あわせて14日以内に議決にいたるよう努力する義務が設けられている。
重要影響事態法及び国際平和支援法はいずれも他国軍隊に対する支援活動を認めるものであるが、他国軍隊の武力行使との一体化の基準を変更し、支援の範囲を拡大する方向の立法である。従来の自衛隊派遣については、憲法第9条第1項との関係で「他国による武力行使と一体化しない。」「非戦闘地域においてのみ活動する。」との歯止めが設けられていた。しかし、安全保障関係立法では、これらの枠組みを大幅に緩和し、「現に戦闘行為を行っている現場でない場所」における補給輸送は、武力行使と一体化するものではないとされ、支援内容も弾薬の提供輸送や発進準備中の航空機に対する給油も許容している。これら支援活動自体が武力行使にあたるおそれがあり、またこれらによって、相手国等からの攻撃を招き、わが国が直接武力行使に参加していく危険がある。
(3)国際的な平和協力活動-「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(以下「PKO協力法」という。)の改正について
PKO協力法の改正案は、従来の活動範囲を広げ、直接の国連決議を根拠としない国際的な平和協力活動の実施も可能にするものである。PKO部隊の行動の範囲も広げ、いわゆる「駆けつけ警護」と呼ばれる他国部隊の警護や、目的遂行上支障となる事態での武器使用基準も緩和される内容となっている。従来のPKO法では、憲法第9条との関係で自衛隊のPKO部隊が攻撃を受けたときに、「自己保存型」すなわち正当防衛の範囲内で武器使用ができることとなっていた。これを他国のPKO部隊に対する攻撃に対して反撃することや、「任務遂行型」と呼ばれる抵抗を排除して任務を遂行するために武器を使用することも容認するよう範囲を拡大するものである。これによって、自衛隊のPKO活動が、いわゆるPKF活動、「平和執行部隊」に近くなり、紛争解決のための武力行使にあたるおそれがある。
4 いわゆる集団的自衛権行使容認(「存立危機事態」導入と武力行使)
政府・与党は、憲法第9条の解釈を変更し、従来の専守防衛の自衛隊のあり方を前提とした自衛隊法及び武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律を改正して、新たに「存立危機事態」すなわち「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされて、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から脅かされる明白な危険がある事態」という概念を持ち込み、これを排除するために他に手段のないことを前提として、他国攻撃をも可能とするものである。しかも、集団的自衛権行使の要件はきわめてあいまいであり、結局は政府の判断に委ねることになりかねない。現に、経済的危機を理由としてホルムズ海峡における武力の行使も容認されるとされている。
この部分は、かつて歴代の政府も明確に「憲法違反にあたる」と明言して来たところであり、これを一内閣の閣議決定や法律の改正で乗り越えることは、立憲主義を採用する日本国憲法上到底許されるものではない。
5 結語
当会は、憲法第9条のもとで認められる自衛権の発動としての武力の行使について、憲法第96条の改正手続によらず解釈によって変更をすること、この解釈変更に基づいて立法を行うことは許されないと考える。その上で、わが国の平和と安全のため、さらには国際社会の平和と安全のため、我が国はどのような活動をすべきか、また自衛隊はどのような役割を果たすべきかについて、国民的議論が尽くされるべきである。