意見書・声明
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 マンションの復興 ―第三

第三、環境整備上の問題点と提言

1.都市計画法、建築基準法上の制限と既存不適格

 1、既存不適格とは

 既存不適格とは、総合設計制度の項でも述べたが(第一、二の2参照)、建物建築時には、建築基準法等法令に適合していたが、建築後の法改正等によって、現行の法令に適合しなくなってしまった建物をいう。今回の震災においては、特に、容積率に関して不適格となっていたマンションが被災し、既存不適格ゆえにその建替・再建が困難となり、その問題性がクローズアップされた。
 この既存不適格マンションを生み出した主たる原因である容積率規制に関しては、昭和43年ころ導入が決定し、昭和48年に用途地域の容積率が具体的に決定された。そのため、昭和48年の規制実施以前の数年間に駆け込みで建設されたマンションに既存不適格のマンションが多いと言われている。
 このような既存不適格マンションは、建て替える際には、現行法規に適合させる必要があることから、基本的に、従前のマンションと同様の規格のマンションを建設することは不可能となるのである。


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 2、問題点
  1. 前提問題
     前述のように、既存不適格マンションにおいては、震災等によって大規模な被害を受けた場合、同様の規模のマンションを再び建設することはできない。すなわち、容積率に関して既存不適格となったマンションでは、現行容積率に適合させなければならないため、原則として、震災前に比してマンション全体の床面積を減少させる必要があり、戸数の減少あるいは各戸の専有面積の減少を余儀なくされる。このように、被災マンションが既存不適格である場合、建替・再建するためには、震災前のマンションから比較して規模を小さくしなければならず、少なくとも震災前の住環境を回復しようと欲する被災者の希望に沿うことはできなくなる。したがって、既存不適格の場合には、建替・再建という方法を選択することが困難になり、結果的にマンションへの復帰を断念するか、無理をしてでも大規模修繕という方法を選択せざるを得なくなるのである。
     このような現状に対し、被災マンション復興の見地から、大規模修繕、再建、建替という方法の中から、建替・再建を選択肢のなかに入れるべく、既存不適格であっても、震災前の規模のマンションの建替・再建を可能にすることができないか検討されることとなるのである。
  2. 総合設計制度(建築基準法59条の2)による救済
     総合設計制度とは、一定の敷地規模を要件として、一定割合以上の公開空地を確保し、その他市街地環境の改善に資すると認められた建築物について、建築基準法の一般的規制を緩和する制度をいう。既存不適格のマンションについても、この制度を利用し、上記要件を満たす設計を行い、容積率の緩和を得ることによって、この問題の解決が図られている。
     今回の震災においても、本意見書第一の二の2において詳述したように、建設省は「阪神・淡路大震災による被害を受けた分譲マンション等の建替に当たっての建築基準法の各種許可制度の運用について」という通達を出し、総合設計制度につき弾力的運用を指導しており、これに沿って神戸市は震災型総合設計制度を発表し、近隣各自治体も同様の措置をとった。
     このようにして、震災型を含めた総合設計制度の活用により、現実に多くの既存不適格の被災マンションの救済が行なわれた。しかし、同制度の適用にあたっては、自治体の行政裁量が幅広く認められていることから、その行政裁量の範囲、基準について熟慮される必要が認められるようになったのである。

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 3、現状

 神戸市に対する当部会の調査においては、大規模被害を受けた既存不適格マンションに関する神戸市の当初調査及び相談件数は33件であり、そのうちの28件は容積率に関する不適格であった。そして、23件については、平成9年5月現在において、震災型総合設計制度の利用を検討していることが明らかとなっており、19件については、既に許可済かあるいは手続中であった。
 このように、容積率に関する既存不適格マンションについては、大規模補修をとったものや現行基準で再建したものも見られるが、多くは、総合設計制度の適用を検討し、その適用要件を充足させ、許可を得たものと見られる。このことからすると、神戸市の現状に限って述べれば、既存不適格が障害となってまったく再建のメドがたたないケースは稀であると言うことができる。


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 4、今回の震災における行政上の対応の評価

 神戸市における調査においては、今回の震災により大規模な被害をうけ、既存不適格であるがゆえに再建・建替が困難であると認められたマンションのほとんどが、震災型総合設計制度の活用により、従前の規模までの建築規制の緩和を認められ、既存不適格の問題をクリアしている。
 このように震災型総合設計制度の利用が、従前規模のマンション建設を可能にし、被災者の震災前の住環境を回復させることを可能にした点については、大きく評価されるべきものである。しかし、同制度については、極めて行政の裁量の幅が大きいところ、今回の被災マンションに対する同制度の具体的な適用場面においては、行政は非常に柔軟に対応して容積率の緩和を認めていったのである。その結果、都市計画上の一般的規制に従わないマンションを現時点において新たに生み出すこととなった。本来、法は既存不適格建築物については、建替の際に、適法適格な建築物にするとを予定しており、都市計画を推進する上で、この不適格状態が時間の経過とともに解消されることを予定している。したがって、同制度の柔軟な適用によって、建築物の規制に関する都市環境の整備という観点からは大きく後退したと言わざるを得ない点については容易に看過することはできないであろう。
 このように、今回の震災において、行政は、この既存不適格マンションの問題について、根本的な回答を出したとは言えず、被災者救済に基づくマンションの復興の視点と都市計画の視点の調和を如何に図るべきか、今後に大きな課題を残したことと言える。


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 5、提言
  1. 既存不適格マンションの復興については、従前規模の再建、建替を認める。
     既存不適格マンションが震災によって大規模な被害を受けた場合、被災者の生活再建の困難性や、経済的な問題を考えると、既存不適格であるという障害を越えてマンション復興を図る方法として、各区分所有者の専有面積を縮小することや一部の転出者を出すことによって全体の戸数を減らすことは現実的な解決ではない。震災後、居住していたマンションが大規模に損壊した被災者に対しては、可及的速やかに、震災前の住環境を回復することが最大限図られなければならない。このようなことを考慮に入れると、震災時においては、原則として、被災者の救済を第一に考える必要があると認められるから、既存不適格マンションであっても、同一敷地において従前規模までのマンション建築を認めるべきである。
     他方、法は、既存建物については、現行基準に適応していなくとも、即座に、解体を求めることなく、次回の建替時において、現行基準に適合するような建物を建てればよいとの立場である。これは、当然に、建替までにある程度の時間的余裕が存し、容積率等の縮小に対する検討期間があることを前提にしているものと考えられる。したがって、予期せぬ大震災によって、大規模被害を受けた場合においては、このような前提を異にするものであって、新たに建築されるマンションが現行の基準に不適格であっても、検討期間が存せず対応が困難であるため、現行基準に従わずともやむを得ないものと理解することができる。
  2. 総合設計制度における許可要件の選択肢を増やす。
     このように、被災マンションについては、基本的には、既存不適格マンションであっても、従前の規模のマンションの建設を認められるべきと考えられる。しかし、何らの規制もなく、不適格マンションの新築を認めることは、これまでの都市計画上の建築規制を空文化させるものであるから、可能な範囲での都市環境の改善を指向する条件が付加される必要がある。
     今回、広く利用された総合設計制度においては、一定面積の公開空地を確保することが主たる要件となったが、被災マンションの復興を促進するためには、総合設計制度の要件として、これ以外の選択肢を増やすことができないか検討される必要が生じてくる。
     すなわち、総合設計制度の趣旨は、容積率等の緩和することと引換えに、都市計画上、住環境の整備、改善を確保していくことにある。そうであれば、同制度の要件もこの市街地住環境の改善等が確保できるような要件であれば公開空地の確保に限られる必要はない。他方、公開空地の確保以外に、選択的な要件があれば、当該被災マンション及び当該地域の個別的な状況に応じて、設計上の工夫により、容積率等の建築規制の緩和が得られることとなり、より被災マンションの復興が容易になるものと考えられる。
     このような観点から、同制度の適用に関し、一般に公開された地下駐車場、コミュニティーホール、共同防火水槽の設置等を公開空地の確保に替わる選択的な要件とすることが考えられるであろう。
  3. 都市計画法上の諸制度の利用促進を図る方策を検討する。
     今回、既存不適格マンションの救済に利用された制度は、ほとんど総合設計制度のみであった。しかし、その他にも条件が整えば、利用可能である制度も幾つかある。
     地区計画制度(都市計画法12条の4以下)は、建築物の形態や公共施設等の配置から見て、一体として当該区域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の街区を整備、保全することを目的とする都市計画法上の制度である。地区計画の中で地区整備計画を策定し、都市計画決定を経て、具体的な建築制限がなされる。今回の震災のマンション復興においては、地区計画の一種である「神戸インナーボーナス制度」として、利用したケースが1例ある。
     他方、特定街区制度(都市計画法8条、9条)も、都市計画法の定める地域地区の一つで、街区内に高層利用部分と低層利用部分とを創設し、その間で容積率をやり取りを行うことにより、敷地の高度利用を達成しようとするものである。特定街区内の建築物については、建築基準法上の容積率等の規定は適用されず(建築基準法60条3項)、特定街区に関する都市計画に定められた規制に従うこととなるため(同条1項)、既存不適格マンションの復興には、有益な制度であると考えられる。
     しかし、これらの制度を利用するにあたっては、計画案を作成し、関係機関と調整等を行った上で、地元での公聴会を開催し、利害関係者の同意を得て、都市計画決定を行うという手続きを踏まなければならない。そのため、この都市計画決定の前提となる近隣住民らの理解が不可欠となってくるのである。そこで、現実的には、街区内における低層建物を利用する近隣住民に対し、高層建物の建築に対する補償といった趣旨で、余剰容積率を譲渡するというシステムを創設する必要がある。
     この点については、アメリカでは、古くから「空中権」(Air Right) という権利が認められており、その他、「移転可能な開発権」(Transferable Development Right=TDR)という制度があり、条例によって行われている。日本では、現在、建築基準法改正案において、公道を越えない近隣区域内であれば、一つの敷地と見なして容積率の制限を適用する「連担建築物設計制度」の導入が検討されているが、これは、アメリカのLot Merger(敷地の一体化) という制度に類似している。この制度では、都市計画決定等を経ずに、公道を越えない近隣区域内での異なる敷地所有者間で、余剰容積率の移転が可能となるため、小規模かつ簡易な容積率の移転が促進されるものと期待される。
     また、余剰容積率を売却するにあたって、この容積率の価格評価が必要となるが、容積率の売却による当該敷地の利用価値の下落分など、一定の評価方法が確立できれば、余剰容積率の譲渡はスムースに進められることになると思われる。さらに、この容積率を売買するにあたっては多額の購入資金が必要となるため、利子補給等を伴った公的な融資制度を行うことによって初めて制度の活用が可能となるであろう。
  4. 近隣土地所有者との共同化によるマンションの再建、建替を誘導する。
     既存不適格マンションの復興のためには、マンション単体での建替、再建では、困難な問題が多く、この場合、近隣の土地所有者と共同化し、マンションの敷地規模を拡大することによって、これに対応して得られた床面積をフルに利用し、不適格状態を回避することも有効である。このように、被災マンションを近隣土地所有者と共同化して建替、再建すれば、大きなまとまりとして、住環境を整備し、土地を有効利用することが可能となるため、当該地域にとっても有益な方法である。
     但し、そのためには、近隣の敷地を共有化し、これら土地所有者をマンションの住人に巻き込む必要があり、この近隣土地所有者の理解が重要となる。しかしながら、通常、独立した土地を所有し、1戸建てに居住するものにとって、敢えてマンションに入るメリットは少なく、マンション住民の都合で、これらの近隣土地所有者を取り込むことは容易でない。したがって、これらの者との共同化を促進するための諸々の制度が必要となる。
     まず、第1に、共同化を誘導するため、近隣土地所有者に対し、経済的なメリットを与える補助事業を整備することが考えられる。現行の制度としては、単なるマンション建設の事業として優良建築物等補助事業があるが、これに加えて、近隣土地所有者がマンションに加入する場合には、その環境整備等を要件としつつ、一定の資金補助を行ない、経済的に共同化を容易にするような制度を設立することが考えられる。これによって、被災した近隣の戸建て住居の土地所有者に対し、住居の確保を容易にするメリットを与え、マンションの区分所有関係への参加の促進を期待するものである。
     次に、これら近隣土地所有者との関係で、法的な権利等を整備するため、再開発事業的な手法を導入することが考えられる。基本的には、近隣土地所有者との合意により、マンションの共同化、再建の作業を行う。しかし、これらの事業については、合意が成立していても現実に事業を執行していく際には、権利関係の整備等様々な障害が発生する可能性が大きい。したがって、これらの事業がスムースに運営されるよう、権利の移転等を権利変換によって処理していくことが考えられる。
     さらには、場合によっては、マンションの共同化建替を都市計画法上の市街地再開発事業の組合方式で行うことも検討されよう。これは、マンションの公共財的な性格から、マンションを中心に公共施設を整備することによって、「市街地の土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図る」との目的に合致するような公共性が認められるケースもあり得ると考えられるからである。但し、この方法については、強制的な権利の制限、変更を伴うものであるため、近隣住民の財産権との間で大きな問題があると考えられる。したがって、再開発事業として実施するにあたっては、要件を厳格にし、慎重に検討される必要があろう。

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2.融資制度に関する提言

 1、はじめに

 災害復興のための融資制度については、前述したとおり(第一、二の4参照)、住宅金融公庫、自治体等がさまざまな制度を設けているが、以下にその現状と問題点および若干の提言を行いたい。


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 2、買取・分譲方式の場合の資力要件の緩和

 土地代金が被担保債権残額より少ない場合も、公庫をはじめ金融機関は、抵当権の一時抹消に応じてきた。しかし、このような場合、新規購入の自己資金もゼロであると考えられ、分譲のための新規融資が受けられるとは限らない。
 特に高齢者の場合が深刻であり、公庫の親孝行ロ−ン、親子リレ−ロ−ン等は注目されるが、このような高齢者、低所得者に対する特別処置を充実させるとともに、融資を受ける際の資力要件を緩和することが必要であろう。


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 3、融資申し込み期限の延長

 融資の申し込み期限は、住宅金融公庫及び神戸市の融資制度については、とりあえず平成10年3月31日までの延長が認められているが、現在でも再建か補修かについて結論の出ていないマンションも少なくないので、さらなる融資申し込み期限の延長はぜひ必要である。


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 4、つなぎ融資制度の充実

 融資時期については、再建・建替の場合、抵当権設定後であり(もっとも公庫の場合、希望すれば着工後の現場検査後に60%の中間金が支給される)、補修についても抵当権設定後ないし工事完了審査済通知書交付後である。そのため自主再建および補修の場合、区分所有者が、工事業者に対する着手金をどう工面するかという問題にぶつかる。工事業者との交渉で解決される場合もあるであろうが、必ずしも工事業者が、公的融資が下りるまで猶予してくれるとは限らず、その間のつなぎ融資の制度が必要となるのではないか。


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 5、融資対象行為の拡大

 今回の震災の融資対象は、建替・再建・補修であったが、区分所有者が、その選択をするためには、通常、専門家を依頼し鑑定してもらう必要がある。このような調査・鑑定費用についても融資の対象に含めるべきであろう。


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