前頭側頭型認知症は,読んで字のごとく,前頭葉症状又は側頭葉症状を主徴とする認知症で,「原発性変性性痴呆例のうち,前頭葉症状を主徴とする非Alzheimer型変性性痴呆疾患の総称」(かつて「前頭葉型痴呆」と呼ばれた頃の定義で,鉾石和彦・池田学・田邉敬貴「前頭葉型痴呆の臨床」神経研究の進歩49巻4号627頁)です。
 前頭葉とくに「前頭前野は解剖学的に背外側面,眼窩面,内側面に分かれ」(安藤功一・植村健吾「性格が変わりました」medicina46巻2号309頁)ていて,それぞれが限局的に損傷することによって生じる症状には特徴があり,背外側面の損傷は「物事に集中できないなどの注意障害,計画を立て,順序良く実行できないなどの遂行機能障害,working memoryの低下,保続,自発性の低下」など,眼窩面の損傷は「脱抑制,衝動的行動,場面に不適切な行動」,内側面の損傷は「発動性低下,意欲低下,周囲への無関心,無感動」などの症状を生じさせるようです(同上)。これらの症状は,「行動プログラムの選択・発現・制御に関わっている」(新田統昭・船橋新太郎「行動の制御と前頭葉」神経研究の進歩49巻4号555頁)前頭前野が損傷することでこれらの機能に障害が生じる点で共通していますが,しかし,同時に,これらの精神症状・行動異常の「多彩さが初期診断を困難にしている可能性」(上記「前頭葉型痴呆の臨床」)があり,実際には前頭側頭型認知症を発症しているにもかかわらず,見逃されている方が多数いる可能性があります。

 

 この「前頭側頭型認知症」という言葉を私が初めて耳にしたのは刑事事件に関する新聞記事で,記事は概要,「万引きで罪に問われた人が,認知症を発症していると診断されるケースが増えている。『前頭側頭型認知症』と呼ばれ,衝動的に行動してしまうのが特徴の一つだ」(朝日新聞記事)というものでした。しかし,考えてみると,前頭側頭型認知症は万引きのような刑事事件だけではなく,消費者被害,たとえば,脱抑制や衝動的行動によって大量の商品を一度又は次々に購入してしまうなどの被害の原因となっている可能性があります。

 

 このような消費者被害に対して,平成28年改正消費者契約法4条4項が今月3日に施行され,過量な商品の購入契約を取り消することができるようになりました。これは,被害に遭われた消費者の方にとって大きな進歩で,これまで,このような被害を回復するためには,特定商取引法や割賦販売法の適用がない限り,公序良俗違反(民法90条)とか「不法行為」(同709条)といった抽象的な,悪く言えばフワッとしたものを立証しなければなりませんでしたが,これからは,「通常の分量等を著しく超えるものであること」が立証のゴールの一つとなり,少しは具体的でわかりやすいものになりました。
 そして,最も大きな進歩は,立証に当たって医療機関のカルテや診断書などが不要になる可能性がある点です。
 これまで,抽象的な公序良俗違反や不法行為の存在を立証する場合で,被害に遭われた方が前頭側頭型認知症を発症していたようなときには,大半のケースで,客観的な購入取引に関する事情に加えて,主観的な,被害者の認知症の状況などの立証が必要でした。そして,認知症の状況などを立証する証拠は医療機関のカルテや診断書が一番ですが,症状が多彩で初期診断が困難な(上記「前頭葉型痴呆の臨床」)前頭側頭型認知症について,しかも紛争になっているようなケースで詳細なカルテや診断書を作成してくれる医療機関が多いとは思えません。そのため,証拠集めに苦労することが少なくありません。正確には,苦労するのは我々弁護士ではなく,証拠集めを依頼する弁護士と診断書作成を渋る医療機関との間で挟まれる,被害者とそのご家族です。とくに,ご家族が,被害者の方が大量の商品を購入していることに気が付けば,「こんなもの病気に決まっている,これで誰も取り合ってくれないはずがない。」と思われるでしょう。しかし,一方で弁護士からは「証拠がなければ裁判官も取り合ってくれない。」と言われ,他方で医療機関からはさしずめ「性格による可能性もあるから病気であると診断書には書けない。」とでも言われ,その間で挟まれるご家族の苦慮は察して余りあります。
 これに対して,消費者契約法における「通常の分量等」については,「消費者契約の目的となるものの内容及び取引条件,並びに事業者がその締結を勧誘する際の消費者の生活の状況及びこれについての消費者の認識を総合的に考慮」するとされており(消費者庁ホームページ,主に客観的な事情が重要になるようです(「生活の状況」についても,「客観的に存在しうるものであることを要します」。)。そうすると,主観的な認知症の状況に関するカルテや診断書といった証拠がなくても,購入契約を取り消すことができるかもしれません。少なくとも,カルテや診断書の重要性は今までに比べれば落ちるのではないかと予想されます。そうなれば,証拠集めをする被害者・ご家族・弁護士にとって随分と負担が小さくなります。

 

 これから締結された過量契約には改正消費者契約法の適用があります。改正消費者契約法によって,前頭側頭型認知症に限らず,認知症の消費者の被害回復は図りやすくなると期待されます。しかし,同時に,現時点では,改正消費者契約法上の過量契約に関する裁判例はありません。ですから,依然として,今まで通りの証拠集めも必要だと思います。以下は,あくまで私個人の意見ですが,たとえば,次のような証拠集めが考えられます。もちろん,このとおりにはいかない場合もあるでしょうし,あるいは,ほかにも証拠はあるかもしれません。
①  取引内容の把握。日時,商品,代金などを調べて一覧表にまとめる。
②  預貯金などの取引履歴の把握。残高の推移や,収入・支出の推移をまとめる。
③  被害者の方の状態や,生活の様子の観察。
④  カルテや診断書。紛争になる前に集めた方が良いと思います。
 そのうえで,集めた証拠も踏まえて,弁護士の方にご相談ください(弁護士の方のお知り合いがいらっしゃらない場合には,大阪弁護士会へお越しいただければ,弁護士の紹介を受けることができます。)。

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