林裕悟です。
今回は,トライアスロンを離れて,少し真面目に,5月27日に衆議院本会議において全会一致で可決された過労死等防止対策推進法案のお話です。

 

2011年11月18日,東京都千代田区永田町の衆議院議院会館に於いて,「過労死防止基本法の制定を目指す実行委員会」の結成総会が開かれました。

永田町といえば,言わずと知れた政治の中心地であり,立法府のお膝元。衆参両院に於いて,日々,無数の法案が審議され,たくさんの法律が生み出されています。

 

私たち弁護士にとって,法律は非常に身近は存在です。日々,法律を用いて紛争解決にのぞみ,法律を使って訴訟を戦っています。それはあたかも,大工さんが鉋や金槌を使うように,コックさんが包丁や鍋を使うように,毎日,当たり前のように手に取り,当たり前のように使い,最後は再び引き出しの中に丁寧に片付けます。これと同じように,弁護士にとって,法律は,道具として使うものです。弁護士が法律を作り出すことはありません。大工さんが鉋を作らないのと同じです。一般の方にとっては意外なことかもしれませんが,我々にとっては,行政官庁や裁判所のある霞ヶ関はテリトリーの一部であるものの,永田町に関しては完全に門外漢なのです。

そんな弁護士たちが,過労死によって家族を失った遺族の方たちの熱い思いに突き動かされて,手を取り合って,「過労死防止基本法」なるものの成立に向けて動き出しました。3年前の11月18日は,そんな記念すべき日だったのです。

 

私が弁護士になったのは今から13年前の2001年10月6日,バブル経済は崩壊して久しく,「失われた10年」という言葉が盛んに話題に上っていたころでした。

大阪過労死問題連絡会の前身「『急性死』等労災認定連絡会」が結成された1981年からちょうど20年が,シカゴトリビューン紙が“JAPANESE LIVE AND DIE FOR THEIR WORK”の見出しで日本の過労死問題を一面トップで報道した1988年から既に13年が経過していました。そして,厚生労働省の脳心臓疾患に関する認定基準が改訂された年でもありました。

 

既に“KAROSHI”は国際語となっており,社会全体に認知される存在になっていました。そして,国も,長期間にわたる過度な疲労の蓄積の結果,人が過労死に至ることを認識し,その認識のもとに,認定基準を大幅に改訂することにより労災補償を実施する方向で大きく舵を切りました。

 

これを境に個別事案における遺族の救済は飛躍的に進むことになります。

 

これらは,過去に多くの過労死遺族が流した一粒一粒の涙が積み重なり,国や世間に訴えた遺族たちの声が世間の過労死に対する意識や国の姿勢を変えた結果であって,成果です。

 

私が弁護士になったのは,ちょうどそんな世の中の転換点でした。

 

そして,この当時,過労死にかかわる多くの弁護士たちは,そして過労死遺族たちは,もっと大きな変化,転換を信じて疑いませんでした。個々の遺族の救済が進むだけではなく,時代が変わっていくだろう,世の中から過労死という形で命を失う人が近い将来いなくなるに違いないと。

過労死に対する世間の認識がかわりつつあること,企業の社会的責任が論じられるようになっていたこと,高度成長期とそれに続くバブル経済が完全に崩壊し経済成長重視からゆとりある生活や家族との時間が重視される傾向に変わりつつあったこと,社会の成熟とともに個人の尊厳の追及が進むであろうこと,そういったすべての事柄が,世の中を変える力になると信じていました。企業の変化と人々の意識の変化とが両輪となって,過労死は撲滅につながって行くであろうと熱く期待していました。

 

あれから13年,現実は皆さんがご存じのとおりです。

リーマンショック,加速し続ける企業のリストラ,非正規雇用の激増…。そして,その結果が,過重労働の慢性化,深刻化でした。

人々はゆとりを喪失し日々の暮らしに汲々としています。過労死は減るどころか現在も増え続けています。

そして,過労死の恐怖はすべての働く人たちのすぐ近くにまで迫っています。

 

 「過労死するのは特別身体の弱い人だけだ」,「仕事がしんどいなんて気持ちの問題だ」,そんな間違った考えが未だに人々の心の中にあります。

目に見えない危険が,あなたの,そしてあなたの大切な人の,すぐ近くにまで迫っているというのに。

個人の意識が変わる必要があります。

 

働くことは生きがいであり,生活の一部です。

どのように働くかは,どのように生きるのか,と非常に近い意味を持っています。

働くことは自己実現に必須の要素かもしれません。

ただし,どれも,生きていくうえで重要だ,という意味にすぎません。

働きすぎて命を失うことは本末転倒なのです。

 

「過労死があってはならない」

そんなことは当たり前です。

国が過労死について調査研究をすること,そして,その調査結果を国民に周知するなどして,過労死を防止することの重要性について国民の自覚を促し,国民の関心と理解を深めることが決定的に重要です。

どうして人は働き続けると死に至るのか,どれだけ働けば死の危険性が高まるのか,過労死しないためにはどうしたらいいのか。

多くの人々は,それらのことを全く知らされないまま,日々,働いています。

家族も,それらのことがわからないまま,仕事に送り出します。

また,同時に,上司や経営者たちも,同じように,それらのことを知らないままに日々を過ごしています。

そして,ある日,すべての関係者が衝撃的な出来事に襲われるのです。

 

もう,同じことで悲しみ,苦しむ人たちの姿を見たくない。そんな熱い遺族の思いが,この法案に込められています。

「過労死のない社会の実現を目指して」,いよいよ,その一歩を踏み出そうとしています。

 

衆議院本会議では,5月27日,全会一致で,可決されました。

残すは参議院のみです。

朗報は,6月20日前後には届くはずです。

みなさん,ご期待ください。

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