これでいいのか裁判員裁判
いきなり挑戦的なテーマを掲げましたが,私は,裁判員裁判をよりよい制度になおしていこう,という推進の立場です。そのうえで,あえて「これでいいのか」と問いたいのは,裁判員の皆さんに課された罰則付きの守秘義務です。守秘義務の範囲を緩やかにして,裁判員裁判の良し悪しを,もっと自由に議論できるようにしたいのです。
裁判員法には,施行から3年経ったら,それまでに行われた裁判員裁判の内容を検討し,必要に応じて改善することが定められています(裁判員法附則9条)。
裁判員裁判は,2009年(平成21年)5月21日に始まりました。2012年,来年の5月には,制度誕生から満3年を迎えます。つまり,来年から,裁判員裁判の見直し作業が始まることになっているわけです。
私はこれまで,2件の裁判員裁判の弁護人を務めました。また,現在,公判中の事件と,年末の公判を目指して争点や証拠を整理中の事件が,それぞれ1つずつあります。全国で行われた裁判員裁判の総数に比べたらわずかですが,それでも「変えなきゃ」と思う点はいくつかあります。
とはいえ,実は一番気になるのが,私の弁護活動が,裁判員の皆さんの考えや,求めている情報とかみ合っているのかどうかです。判決をするにあたって,裁判員の皆さんが欲しい情報を提供できず,特に重視しない情報の提供ばかり熱心にやっていたというのでは,きちんと弁護活動ができたとはいえないからです。
そのことが知りたくて,いろんな機会に,裁判員経験者の方々のお話をうかがっています。ところが,そもそも裁判員経験者の方々を探し出すのに一苦労,ようやく機会をつかんでも,具体的なお話は聞きにくい,というのが実情です。
なぜか。
守秘義務が,大きく影響しているようなのです。
裁判員に対する不当な接触を防ぐため,在任中の裁判員の氏名や住所を公にすることは禁じられています(裁判員法101条)。このため,裁判員の皆さんは,在任中,名前ではなく,選ばれた順に「3番さん」とか「補充の1番さん」と呼ばれているようです。
一方,判決宣告後は,ご本人がOKならば,裁判員であったことや,住所や氏名を公にすることに何も問題はありません。
ところが,在任中の制約の名残で,裁判後も,同じ裁判に臨んだ裁判員同士ですら連絡先を交換してはいけない,あるいは,自分が裁判員を務めたことをずっと黙っておかなければならない,と考えている方もおられるようです。
さらに,罰則付きの守秘義務の壁が立ちはだかっています。
裁判員の皆さんは,職務上知ることのできた秘密を漏らすことが禁じられています(法廷で明らかになったことは,秘密ではありません。)。また,評議で,誰がどんな意見を述べたのか,発言した人を特定して明らかにすることも禁じられています。ここまでは,秘密とするのもやむを得ないでしょう。
しかし,今の裁判員法は,評議の中で,誰が言ったかを特定しなくても,評議で出た意見を具体的に明らかにすることは禁止です。結論が全員一致だったのか,それとも6対3あるいは5対4といった多数決であったのかも,話してはダメです。また,自分が関わった裁判の判決が妥当だったかどうか,後に意見を公にすることも禁じられています。
ここまで様々な制約があると,どこまで秘密で,どこから秘密でないのか,とっさに判断するのは難しいでしょう。そうすると,何も話さないのが安全,という判断になりがちです。それゆえ,本来ならば秘密ではなく,大いに議論すべきテーマでも,守秘義務違反を恐れて黙りこんでしまう,“萎縮効果”が生じているようなのです。
裁判員の皆さんが体験談を話せないとなれば,裁判員裁判の検証は,うまくゆきません。評議室で一体何が起きているのか,何が問題となっているのか,誰もわからないのでは,一番検証しなければならない部分が,いわばブラックボックスになっているともいえるからです。
そこで,日本弁護士連合会は今,裁判員の守秘義務をより緩やかにして,もっと自由に制度の良し悪しを議論できる環境をつくろうと呼びかけています。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2011/110616.html
大阪弁護士会でも,裁判員裁判の改善点や改善方法を検討している真っ最中です。
導入当初の嵐のような報道は去り,裁判員の一挙手一投足に,マスコミの注目が集まるようなことはなくなりました。制度として,徐々に定着しているからかもしれません。
だからといって,何も問題がない,ということにはならないはずです。
参加された裁判員の皆さんが感じた疑問をきちんと活かす仕組みこそ,裁判に対する信頼―裁判員制度導入の大きな目的です―を培う一番大事なものです。
裁判員を経験した皆さん。
皆さんの貴重な体験を共有できるよう,仕組みを変えていきませんか。