2017年8月4日 (金)

公立高校の甲子園

 高校野球検定初級(中級不合格)の高橋です。いつもは法律に絡む話をしますが,今回はとして高校野球の話をします。

 

 夏の甲子園の大阪大会決勝で,大阪府立大冠(おおかんむり)高校が大阪桐蔭高校と熱戦を演じました。約30年前に分校として設置されたこの高校は,破壊力ある打線で,選抜優勝校を最後まで追い詰めました。中村紀洋選手を擁した平成2年の渋谷(しぶたに)高校以来の公立高校の大阪の夏の代表まであと一歩でした。

 

 1970年頃の「私学7強」(浪商,明星,興国,北陽,大鉄,PL学園,近大附属),その後の上宮,大阪桐蔭,履正社などがひしめく大阪で,公立高校の甲子園出場は至難の業です。しかし,終戦直後は公立高校も強かったのです。春の選抜では,昭和24年に北野高校が芦屋高校を破って優勝しました。議員定数違憲訴訟などに取り組んだ大阪弁護士会の故山本次郎弁護士はその中心選手でした。生前は,一死満塁のサヨナラのピンチに北野高校のレフトがライナーを捕球してセカンドに投げてダブルプレー,といった話などをよくしておられたようです。昭和27年の夏には,八尾高校の木村保投手(元阪神)が,予選から本大会の準決勝まで全て完封という史上初の記録で勝ち進みましたが,決勝では芦屋高校に雪辱されました。

2017年5月1日 (月)

ご挨拶-震災と「鉄」-

 5月1日に大阪弁護士会の広報室長に就任しました。よろしくお願いします。弁護士や弁護士会の「よさ」を皆さんにお伝えしていきたいと思います。

 

 少し自己紹介をしますと,私は平成元年から弁護士をしています。城,鉄道,高校野球,パズル・クイズなどが好きです。城は,日本百名城の判を99まで集め,来月に「あがり」の予定です。鉄道はいわゆる乗り鉄で,こちらも私鉄も含めた完乗の一歩手前です。その他は割愛します。ちょっと痛い奴であることは,自分が最もよくわかっています。

 

 九州の中では南阿蘇鉄道(立野-高森間)にだけまだ乗っていません。最後の楽しみにとってあったのですが,昨年の2度にわたる大地震で大きな被害を受けたこの鉄道は,現在,一部区間で運休中であり,復旧時期は不明です。日本で一番長い駅名の「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅にも行くことができません。ただ,被災地について知るためのとある企画で熊本に行った4月29日,1人だけ少し早く熊本に行き,現在走っている高森駅から中松駅までに乗って来ました。

 

2016年4月20日 (水)

震災被害に遭われた方々へ

 熊本県・大分県などで今回の震災被害に遭われた方々に衷心よりお見舞いを申し上げます。余震が続いており,身の安全,そして住居の確保などが当面の課題ですが,その後には生活の再建が問題になってくるでしょう。

 弁護士は,これまでも,様々な災害の場面で,被災者の支援をしてきました。私自身も,東日本大震災の直後,近畿の弁護士を率い,宮城県の避難所を巡って法律相談を実施しました。東日本大震災の際の法律相談の実例や,災害復興に関わっている弁護士たちの議論を参考に,再建に資すると思われるいくつかの情報提供をしたいと思います。

 

被災者生活再建支援法による支援金

 

2016年1月12日 (火)

キャリーバッグ

裁判の書類は大部になりがちです。

私が以前,キャリーバッグを使って裁判所に行くようになった頃は奇妙な奴と見られましたが,今ではそういう弁護士は珍しくありませんし,弁護士に限らず,多くの人が,空港やターミナル駅に限らず,街中でも使っています。

それで人に怪我を負わせ裁判で賠償が命じられた事故の判決の話をします(東京地方裁判所平成27年4月24日判決)。

 

事故は,京王井の頭線の吉祥寺駅で,日曜日の午後2時頃に起きました。

被害者(原告)は当時88才の眼鏡の修理のため駅ビル内のデパートに向かっていた男性,加害者(被告)は出張帰りの男性で,約10キログラムのキャリーバッグを,把手を30㎝ほど引き出して右手で曳いていました。

被害者男性は駅構内通路の右端を歩いており,壁に沿って右に曲がろうとしたところ,すれ違った加害者の曳いていたキャリーバッグが左の足首付近に当たって転倒しました。

被害男性は,腕と肋骨を骨折するなどの怪我をし,数日入院をしました。

 表題は,民事訴訟法の大家・三ヶ月章先生(元東京大学名誉教授)の1983年のエッセイの題名です。

 当時受験生だった私が何気なく買った「法律論文の考え方・書き方」(有斐閣)の最後に載っていました(三ヶ月章「民事訴訟法研究第8巻」に「雑録」として収録されています)。

 

 今では信じられないことですが,昭和17年当時は,東大(帝大)法学部に入学すると,最初に「ローマ法」を学んだそうです。

 そこで優秀な成績を収めた三ヶ月先生には,今の価値で数十万円の奨学金が与えられることになったのですが,そのかわり,ローマ法についての論文を書くという「対価」が課せられました。

 法学部入学のわずか半年後にローマ法の論文を書くということなどは想像もつかないことですが,三ヶ月先生は,1年をかけて,「契約法に於ける形式主義とその崩壊の史的研究」という論文を書き上げたのです(「民事訴訟法研究第5巻」に収録)。

 しかも,そのレベルは中途半端なものではなく,今でも時々引用される,価値のある興味深い論文です。

 

 旧制の大学法学部は3年間でしたが,当時は戦時下で半分の1年半に短縮されていました。

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