唱歌と国歌
先日,友人が所属する交響楽団のクラシックコンサートに行ったときのこと。
アンコールに,東日本大震災の犠牲者を悼み,復興を願うという趣旨で,「ふるさと」の演奏がされ,観客一同大合唱になりました。
さて,「うーさーぎお~いし」と始まるおなじみの「ふるさと」。
「ふるさと」は,1914年,尋常小学校の「唱歌」,つまり音楽の時間に歌う曲の一つとして発表されました。
当時の文科省は,「国が作った国の歌」として歌を認知させるべく,作詞者・作曲者を明らかにしない方針をとったそうです。
その中には,「春の小川」「朧月夜」「仰げば遠とし」等,現在まで歌い継がれているものもあれば,「出兵兵士」「靖国神社」等,なかったかのように消えてしまったものもあります。
また,「蛍の光」は,本来は4番まであるが,3番,4番の歌詞は国家主義的な色彩が強いということで,2番までしか歌われなくなったそうです。
こうして「ふるさと」のルーツを探っていると,昨今問題になっている「君が代」に思いが至ります。
同様に「君が代」のルーツを探ってみると,諸説あり,ここでは全てご紹介できないほどでした。
そこで,今回は,唱歌との比較だけ。
唱歌も,戦前に国が作った歌。
教育現場で歌われていた歌。
日本人ならみんなが知っている歌。
しかし,現存する唱歌はみんなが歌いたい歌。
「君が代」判決,「君が代」条例,今,「君が代」をめぐる議論は様々です。
こんな今だからこそ,個々人が「君が代」をくちすさんで,どういう気持ちになるのか,一度感覚的に捉えてみてはいかかでしょうか。
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