「送還忌避・長期収容の解決に向けた提言」に対する会長声明

「送還忌避・長期収容の解決に向けた提言」に対する会長声明

 2020年(令和2年)6月19日、法務大臣の私的諮問機関である第7次出入国管理政策懇談会「収容・送還に関する専門部会」(以下「本部会」という。)は、報告書「送還忌避・長期収容の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を公表した。
 出入国管理及び難民認定法の退去強制令書に基づく収容は、裁判官による司法審査を経ることなく、無期限で長期の身体拘束が可能とされている。このような長期収容は、それ自体が重大な人権制約であるうえ、ハンガーストライキによる餓死者を出すなど、人道上の問題が指摘されている。
 本提言においては、このような長期収容について、期間の上限を設定したり、司法審査を導入するなどの抜本的な対策を講じることは見送る一方で、退去強制令書の発付を受けた後も日本から退去しない者に対する刑事罰の創設が提言されている。
 しかしながら、退去強制令書の発付を受けても、日本から退去できない人々には、様々な事情がある。母国に帰国すれば、当局によって迫害を受けることを恐れ、自身が難民であると主張する者もいる。一家で退去強制の対象となっているものの、子どもが日本で生まれ育ち、日本で教育を受けていて、母国語は全くできず、帰国すると教育を受けることすらできないことが危惧される者も相当数存在する。
 このような人々が、難民認定申請が却下されてもなお、やむを得ず再度の難民認定申請をしたり、退去強制令書の発付に対して抗告訴訟を提起したり、いわゆる再審情願など職権発動を求めて在留特別許可を求める活動を行っている間、送還に応じないのは、権利行使に伴う当然の帰結ともいえる。実際に、退去強制令書の発付を受けた後に上記のような活動を行った結果、在留資格を付与されるに至るのは珍しいことではない。例えば、2010年から2018年までの期間において、難民認定された者の約20%、難民とは認定されなかったものの、人道配慮を理由に在留を許可された者の約41%が、退去強制令書の発付後に認定又は許可を受けている。
 それにもかかわらず、具体的事情を一切考慮することなく、刑事罰で威嚇して出国を強制することは、憲法および国際人権条約で保障された権利(自由権規約第13条、第14条、第16条、第17条、第23条1項、第24条1項、子どもの権利条約第3条1項、第9条1項、難民条約第33条1項、拷問等禁止条約第3条1項等)を侵害するおそれがある。
 とりわけ、子どもを含む家族が退去強制の対象となっている場合、刑事罰を科すことによる悪影響は極めて深刻である。親が刑事罰を受けることで家族が強い打撃を受けるのみならず、子ども自身には何らの責任がないにもかかわらず、子どもも、退去強制にしたがわないことが「非行」であるとして少年法上の保護処分の対象になる可能性が生じることになる。
 さらに、在留特別許可の当否等について司法による判断もなされていない者に対して刑罰をもって帰国を強制することは、裁判を受ける権利等を侵害するおそれがある。加えて、「送還拒否」が刑事罰を伴う犯罪行為とされれば、上記のような事情のある人々を人道上の観点から支援するNGOなどの活動が萎縮する可能性も強く懸念される。
 本提言では、仮放免中の逃亡についても罰則等を設けることが盛り込まれている。しかし、現状の収容制度において無期限収容が可能なのであるから、刑罰による身体拘束には威嚇力がなく、逃亡に対する抑止効果は期待できない。
本提言には、難民認定手続き中の送還停止効に例外を導入することも盛り込まれている。しかしこれは、迫害を受けるおそれのある地域に送還してはならないという「ノン・ルフールマンの原則」に反する結果を招来する危険性が高い。日本は、諸外国に比べ難民認定率が極端に低いことが指摘されており、実際には難民に該当するにもかかわらず認定されないため、やむを得ず複数回申請後にようやく認定される例が相当数存在する。このような現状に照らしても、難民認定手続き中の送還を可能にすることは「難民」の送還につながりかねず、問題が大きい。
 以上のとおり、「送還拒否」に対する刑事罰導入、仮放免中の逃亡についての罰則の創設、難民認定手続き中の送還停止効に例外を設けること等、本提言において提案されている各種措置は、憲法および国際人権準則に反するものである。
 当会としては、このような提言に強く反対するとともに、収容・送還に関する運用および立法を検討するにあたり、上記の問題点を踏まえた慎重な検討を行うよう求める次第である。

以上

2020年 (令和2年) 8月4日
       大阪弁護士会      
        会長 川下  清

ページトップへ
ページトップへ