地方自治法改正に関する意見書

地方自治法改正に関する意見書

2016年(平成28年)2月5日


地方制度調査会
 会長 畔柳 信雄 殿
総務省
 総務大臣 高市 早苗 殿


大阪弁護士会      
会長 松 葉 知 幸


地方自治法改正に関する意見書


 第31次地方制度調査会は、「個性を活かし自立した地方をつくる観点から、人口減少社会に的確に対応する三大都市圏及び地方圏の地方行政体制のあり方、議会制度や監査制度等の地方公共団体のガバナンスのあり方等について、調査審議を求める。」との内閣総理大臣の諮問を受け、検討を行ってきており、2015年(平成27年)12月25日に「人口減少社会に的確に対応する地方行政体制及びガバナンスのあり方に関する答申(案)」(以下「答申案」という。)を公表した。その中では地方自治法上の諸制度について現行法のあり方と異なる方向で言及されていることから、同答申案は同法改正に関する提言としての意味を持つものと思料される。
 標記問題に関しては、当会は2012年(平成24年)3月30日付「地方自治法改正に関する意見書」において意見を述べたところであるが、上記答申案に挙げられた諸論点のうち、住民訴訟制度の見直し及び監査制度の見直しについて再度次のとおり意見を述べる。

第1 住民訴訟制度の見直しについて
1 意見の趣旨

 当会は、答申案で示された普通地方公共団体の長や職員に軽過失しかない場合には、損害賠償責任を免責するとの方向での見直しに対して強く反対する。

2 意見の理由
(1)第31次地方制度調査会での議論状況

 第31次地方制度調査会は、地方公共団体のガバナンスの在り方として、住民訴訟等の住民による行政チェックと長や職員(以下「長等」と言う。)の責任の在り方について、検討を行い、答申案では、「住民訴訟については、不適切な事務の抑止効果があると考えられるが、一方で、4号訴訟における長や職員の損害賠償責任について、平成24年各最判の個別意見等においては、長や職員への萎縮効果、国家賠償法との不均衡や損害賠償請求権の放棄が政治的状況に左右されてしまう場合があること等が指摘されている。・・・長や職員の損害賠償責任については、長や職員への萎縮効果を低減させるため、軽過失の場合における損害賠償責任の長や職員個人への追及のあり方を見直すことが必要である。」との見解を示した。

(2)住民訴訟制度の意義の重要性
 住民訴訟(地方自治法第242条の2以下)は、住民が訴訟により地方公共団体の違法な財務会計行為を是正又は防止するための制度である。長等に対しては、議会による各種コントロールがあるが、議会が長を支持する多数派で構成される場合などには、これが十分に機能しない恐れがあるため、住民訴訟は、違法な財務会計行為を是正し、また、事前に抑止する制度として、重要な役割を担っている。
 これまで、数多くの地方公共団体で、住民が、官官接待による違法な公金支出、職員への厚遇や違法な給与の支出、不当な金額での不動産売買、談合による地方公共団体の損害の放置等を指摘して住民訴訟を提起してきた。そして、いくつかの事案では、住民側が勝訴判決を得てうる。住民が勝訴判決を得た事案においては、一定の損害回復、違法な財務会計行為の是正がなされることは勿論のことであるが、住民訴訟を提起すること自体が、将来においても、また、他の類似事案においても、長等の予算執行について、緊張感をもたらし、違法な財務会計行為に対して抑止的効果をもたらしてきた。
 このように住民訴訟制度は、議会のチェック機能が十分とは言えない状況が多数ある中、地方自治体の違法な財務会計行為を抑止し、健全な財政運営に資する重要な役割を担っているのである。

(3)軽過失を免責するとした場合の影響
 ところが、答申案は、違法な財務会計行為等により長等が負う損害賠償義務について、軽過失の場合に免責する方向での見直しを示している。しかしながら、これは、上記の住民訴訟制度の意義を軽視し、これを骨抜きにするものに他ならない。
 軽過失の場合に免責するということは、結果として、賠償責任を負うのは故意または重過失がある場合に限られることとなる。
 一般に、重過失とは、「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」をいう(失火責任法(失火ノ責任ニ関スル法律)に関する判例(最判昭和32年7月9日、民集11巻7号1203頁))。
 この解釈を前提とすれば、重過失が認定されるのは、非常に限られた場合だけということになる。
 さらに、住民訴訟において、裁判所は、長等の過失の認定にかなり慎重であり、通常訴訟においては当然過失が認定されると思われる場合においても、違法ではあるが、長には過失なしと判断される場合が多数見受けられる。
 このような重過失の解釈と、司法判断の実情を見れば、もし長等に軽過失しかない場合には免責されるとなれば、違法な財務会計行為の大部分は責任がないこととされ、住民訴訟において、長等に対する損害賠償請求の義務付けを求めることはほとんど不可能となり、訴訟提起自体が抑制されることになる。そのことは、違法な財務会計行為を事後的に是正するという住民訴訟の機能が果たせなくなるだけでなく、違法な財務会計行為を事前に抑止するという機能も失われることになり、その結果、長等による緊張感の乏しい、あるいは野放図な行財政運営をもたらすことになりかねない。

(4)答申案が指摘する軽過失について免責とする根拠について
 答申案は、平成24年各最判の補足意見を踏まえて、長等への萎縮効果や国家賠償法との不均衡があること等を、軽過失免責の根拠として挙げているが、そのいずれも、およそ理由とはならない。
 ① 長等の事務への影響  
 本件答申案においては、地方公共団体から「財務会計行為の先行行為や非財務会計行為が違法とされたときに厳しい過失責任が認められている場合があることや、長は最小経費原則(地方自治法第2条第14項、地方財政法第4条第1項)等裁量逸脱の違法の有無を事前に判断することはできないこと、職員は政策判断として決定した事項について明らかに違法でない限り職務命令に従わざるを得ないこと等から厳しい過失責任を問われることがある」との指摘があり、それ故に、長等に萎縮効果が生じており、本来行うべき施策も行わないことになってしまうことは問題である、とする考え方が示されている。
 まずもって、地方公共団体が指摘する、過失責任がもたらす長等に対する萎縮的効果自体が具体的な事実の裏付けを欠き、単に長等がそのように感じるとの指摘に過ぎない。住民訴訟の意義の重要性を軽視して、これを変更するだけの何らの立法事実もない。しかも、上記の萎縮的効果を強調する意見は、地方公共団体からとされているが、これは地方公共団体の長や職員の意見に他ならない。長や職員は、軽過失免責により責任軽減を受ける者であり、それらの者の感想ともいうべき萎縮的効果ありとの意見のみを重視して判断するその審議の在り方そのものも厳しく問われなければならない。
 また、答申案の「財務会計行為の先行行為や非財務会計行為が違法とされたときに厳しい過失責任が認められている場合がある」との指摘も、軽過失免責に改正しなければならない理由とはならない。なぜなら、当該財務会計行為の先行行為や非財務会計行為が違法とされたからと言って、直ちに長等が過失責任を負うものではなく、いわゆる一日校長事件の最高裁判例(最判平成4年12月15日民集46巻9号2753頁)によれば、「当該職員の財務会計上の行為をとらえて…損害賠償責任を問うことができるのは、…これに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるとき」に限定されているのであり、長等に厳しい過失責任を負わせているものではない。
 さらに、「長は…裁量逸脱の違法の有無を事前に判断することはできない」という点が挙げられているが、長等は、法令遵守体制を自ら構築すべきであり、また、専門家の意見を聴取するなどして、事前に違法性の有無を検討し法令を遵守することを求められているのであるから、「事前に判断できない」というのは事実に反し、軽過失免責の理由とすることはできない。
 加えて、「職員は政策判断として決定した事項について明らかに違法でない限り職務命令に従わざるを得ないこと等から厳しい過失責任を問われることがある」という指摘も、職員については、職務命令に違法の疑いがあれば、明白に違法でなくても、長や上司に対して再考を求めるなどして法令遵守を進言すべきであり、またそのような職責を負っていると言える。もし、このような進言をしたにもかかわらず長や上司がこれに応じず、違法な職務命令に従わせたとすれば、進言した職員には故意や過失は認められない一方、長や上司には、単に過失があるというにとどまらず故意さえ認められ得るのであり、このような場合に職務命令に従った職員が「厳しい過失責任を問われる」ということはないと考えられる。
 また、本件答申案においては、「人口減少社会において資源が限られる中で創意工夫をこらした施策を講じることが求められる中で、当該萎縮効果により本来行うべき施策も行わないことになってしまうことは問題であるとする考え方もある。」と指摘されている。しかしながら、「創意工夫をこらした施策」であっても、最小経費原則を遵守した適法な範囲内のものであるべきであり、また、そうであれば、長の裁量権の範囲内の行為と判断され、その施策が住民訴訟で違法とされることはおよそ考えられない。
 以上のとおり、現在の住民訴訟の枠組みによって長等に委縮効果が生じるとの指摘は、正当なものとは言い難い。
 ② 国家賠償との不均衡について

 答申案は、国家賠償法では公務員個人は軽過失であれば免責される(第1条2項)のに住民訴訟では軽過失でも責任を負わされるのは不均衡だと指摘している。
 しかし、国家賠償訴訟は公務員個人の責任を追及する制度ではなく被害者の救済を図る制度であるので、国家が賠償責任を負えば、それで制度の目的は達成できるから、国家の損害回復という点で公務員が責任を負うかどうかは二次的な問題である。
 これに対し、住民訴訟(地方自治法242条の2第1項4号のいわゆる4号請求)は、地方公共団体に生じた損害を回復させるために長等の個人の責任を追及する制度であるから、軽過失が免責されるのでは、違法行為により地方公共団体に損害が発生しているのに賠償責任を負う者が誰もいなくなり、制度の目的を達することができない。答申案が指摘する均衡論は専ら責任を負わされる方から見たものであり、違法な財務会計行為による損害を回復する制度である住民訴訟には該当しない。
 また、国家賠償請求は、全ての公務員と全ての公権力の行使が対象となり得るものであって、その範囲は極めて広範であるのに対し、住民訴訟は財務会計行為が対象となり、賠償請求の相手方も、その財務会計行為をなし得る長等に限られる。このように、国家賠償法における公務員個人の求償義務と、住民訴訟における長等の賠償義務は、その対象となる行為や行為者を異にするものであって、その主観的要件を異にするからと言ってなんら不均衡な点は存しない。

(5)3つの最高裁判決
 本件答申案においては、前述したとおり、「平成24年各最判の個別意見等においては、長や職員への萎縮効果、国家賠償法との不均衡や損害賠償請求権の放棄が政治的状況に左右されてしまう場合があること等が指摘されている。」としている。
 しかしながら、その指摘にかかる3つの最高裁判所判決(平成24年4月20日民集66巻6号2583頁、裁判集民事240号185頁、同月23日民集66巻6号2789頁。いずれも第二小法廷)の法廷意見又は多数意見は、住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄することについて、議会の裁量に委ねつつも、その濫用逸脱がある場合には違法であるとしてこれを無効とする方向を示したものであるが、本件答申案がこれら判決の法廷意見又は多数意見を論じず、各判決に付けられた同じ裁判官の補足意見にのみ注目していることは判例引用の方法として当を得ない。また、当該裁判官でない別の裁判官の意見では萎縮効果などないことが述べられており、個別意見等の引用としても適切でない。

(6)他の方策の検討
 本件答申案で指摘されているように、仮に、長等の責任が重過ぎ、そのことによって行政に対する支障が大きい場合があるとしても、軽過失免責によってではなく、他の方法によって調整を図るべきである。例えば、長等に軽過失しかない場合に、住民訴訟の抑止的効果を減殺しない限りにおいて損害賠償限度額を設定すること等を検討することが考えられる。

(7)本件答申案が示す補完的な代替措置について
 本件答申案においては、現行の長等の賠償責任に代えて軽過失免責とする場合、「同時に、不適正な事務処理の抑止効果を維持するため、裁判所により財務会計行為の違法性や注意義務違反の有無が確認されるための工夫…が必要である。」とされている。
 しかしながら、裁判所において違法性や注意義務違反が確認されるだけでは、自治体に生じた損害が全く回復されないこととなるので、違法な財務会計行為を是正するという住民訴訟制度の趣旨が没却されることとなる。また、違法確認等による、例えば懲戒処分等のみでは違法な財務会計行為に対する抑止効果は不十分と言わざるを得ない。したがって、裁判所による違法性や注意義務違反の確認は軽過失免責の代替措置とはなり得ない。

(8)まとめ
 以上の理由により、当会としては、長等の責任追及について、軽過失免責とする方向での住民訴訟制度の見直しに反対する。
 なお、第31次地方制度調査会専門小委員会では、審議事項に関して、複数回、有識者に対する意見聴取が行われているが、その大半は、地方公共団体の首長や地方議会の長等が対象とされている。しかし、住民訴訟制度の見直しの検討に当たっては、一方に偏することなく、住民訴訟における原告側、すなわち住民やその代理人を務める弁護士等にも意見聴取するべきである。

第2 監査制度の見直し
1 意見の趣旨
 当会は、答申案において示された監査制度の見直しに関する提言のうち、地方公共団体の監査を全国的に支援する共同組織を構築すること、及び、このような共同組織の構築を前提に、地方公共団体の監査に統一的な基準を設け、監査委員、監査委員事務局及び外部監査人につき修了要件を伴う研修制度を設けることに対しては、いずれも強く反対する。

2 意見の理由
(1)監査制度の改正に関する前提事実の誤認
 地方自治法の定める監査制度に関して、答申案においては、まず「基本的な認識」として「会計検査院の検査による地方公共団体の不適正な予算執行が指摘されたことも踏まえ」て制度改正が必要と述べられている。
 ここにいう「不適正な予算執行」とは、会計検査院が都道府県及び政令市を対象として、国庫補助事業に係る事務費等の経理の状況について会計実地検査に関する平成22年度決算検査報告において指摘された「預け金」(業者と架空取引を行うなどして支払金を業者に保有させていた事態)等の方法による資金(いわゆる「裏金」)の捻出を指している。
 答申案の問題意識は、「預け金」等の不適正経理を、それまで地方公共団体の監査委員や外部監査人が指摘したことがなかったことから、地方公共団体の監査制度を抜本的に改正すべきという点にあるものと思われる。
 しかしながら、「預け金」等の不適正経理の問題を、地方公共団体における監査制度の抜本改正に直結させようとする答申案は、前提事実に誤認がある。

ア 地方公共団体における監査制度の目的・役割
 そもそも、地方公共団体の監査は「不正又は非違の摘発を旨とする点にあるのではなく、行政の適法性或いは妥当性の保障にあるというべきであり、いかにすれば、公正で、合理的かつ効率的な地方公共団体の行政を確保することができるかということが最大の関心事でなければならない。もちろん、監査の過程においては、或いは非違をただし、不正を摘発する必要が生じてくるではあろうけれども、それらは、いわば副次的な目的」に過ぎない(松本英昭著「新版逐条地方自治法第8次改訂版」学陽書房680頁)。
したがって、地方公共団体の監査において、「預け金」等の不適正経理を発見することができなかったとしても、現行の監査制度がその目的・役割を果たさなかったと評価することはできず、監査委員等にその責任を負わせることは正当ではない。

イ 「預け金」等の発見の困難性と発覚の端緒
 また、「預け金」等の問題は、会計検査院の平成20年度決算検査報告以前には、憲法90条を根拠に豊富な人員と強力な検査権限を有する会計検査院においてすら、見過ごされてきた問題であった。このことは、会計検査院の平成20年度決算検査報告において、「一部の府県において、長年にわたり不適正な経理処理による資金の捻出が行われていた事態が平成18年から19年にかけて明らかとなって、当時、公金を扱う地方公共団体の会計経理に関して社会的な関心が高ま」ったと報告していることからも明らかである。
 そして、「預け金」等が発覚した端緒は、「匿名の投書」(平成19年3月「大阪府議会不適正会計調査特別委員会報告書〔平成18年12月~平成19年3月〕」参照)や現場捜査員の告白(高知県警捜査費問題に関する2006年9月21日付高知新聞朝刊)等であった。このような不正の手口等を指摘する情報提供(内部通報ないし内部告発)がある場合を除き、地方自治体における監査委員等の限られた人員及び予算では、闇雲に物品納入業者等まで調査し、「預け金」等の不適正経理を指摘することは困難である。

ウ 「預け金」等の不適正経理の原因と再発防止策
 以上の背景を踏まえ、会計検査院の平成22年度決算検査報告においては、「預け金」等の不適正経理の原因について、「契約事務と検収事務を行う部署が同一であるなど会計事務手続において相互牽制が機能していなかったことが不適正な経理処理の事態の要因」であると分析し、その「再発防止策」として、「契約及び検収事務の厳格化」「会計事務手続における職務の分担による相互牽制機能の強化等」が重要であることを指摘している。
 そして、同決算検査報告は、会計監査の強化・充実については、「物品の納入業者の協力を得て、聞き取りを行ったり、帳簿を取り寄せて納入物品、納入日付等の突き合わせを行ったりするなどの手法を採り入れた監査の実施を検討すること」や、「内部監査、監査委員監査及び外部監査が連携を図り、会計機関における内部統制が十分機能しているかについて継続的に監視評価を行うとともに、不適正な経理処理に係る再発防止策が有効に機能しているかなどについても検証を行う」ことなどを、要望事項にとどめている。
 このように、地方公共団体における限られた人員及び予算を前提とすれば、会計検査による「預け金」等の方法による不適正経理を発見には自ずと限界があることから、「預け金」等の不適正経理に対する再発防止策としては、地方公共団体内部における相互牽制や内部統制の仕組みを機能させる方向性こそ基本とすべきである。
 加えて、内部牽制や内部統制が有効に機能しない場合や、監査でも「預け金」等の方法による不適正経理を発見することが困難であるという限界を踏まえ、これを補完する制度として,地方公共団体において、情報公開制度を拡充するとともに、実効的な内部通報制度を導入・整備することも極めて重要である。

エ 「預け金」等の不適正経理問題の減少
 さらに、会計検査院の平成22年度決算検査報告において、都道府県・政令市の不適正経理等の実態が明らかになって以降、「検査報告では、国及び自治体における不適正経理は、件数としては減少しており、内容的にも変化が見られる。」「少なくとも現時点では、各省庁及び自治体等における不適正経理は、量的にも減少しており、その不当性の度合いも低下している」と報告されている(決算委員会調査室清水雅典「国及び地方自治体における不適正経理と再発防止への取組-決算検査報告に見る不適正経理の歴史的変遷-」立法と調査2013年7月342号参照)。
 そうであるとすれば、「会計検査院の検査による地方公共団体の不適正な予算執行が指摘された」とする答申案の「基本的な認識」そのものの前提が崩れている。

(2)答申案が提言する「全国的な共同組織」の問題点
 答申案は、前述したような誤った「基本的な認識」の下に、
 ① 「監査の実効性確保のあり方」について、「地方公共団体に共通する規範として、統一的な基準を策定する必要がある」、
 ② 「監査の独立性・専門性のあり方」については、「監査委員やそれを支える監査委員事務局、外部監査人に・・・必要な専門性を高めるための研修制度を設けることが必要である。その際、研修の修了要件を明確化する等、外部から見ても専門性を有していることを分かりやすくすることを踏まえた仕組みとすべきである」
と提言している。
 そして、答申案は、
 ③ 「監査への適正な監査資源配分のあり方」についての「基本的な考え方」として、「監査制度の充実強化のための方策を実現する上で、・・・必要な見直しを行うべき」とし、「監査資源が限られる中で、効率的・効果的に、監査委員等の専門性が確保され、監査の品質向上が図れるようにするためには、地方公共団体に共通する監査基準の策定や、研修の実施、人材のあっせん、監査実務の情報の蓄積や助言等を担う、地方公共団体の監査を全面的に支援する共同組織の構築が必要である」
と結んでいる。
 このような文脈からすると、答申案の論旨とするところは、地方公共団体における監査制度改革の方策として、要するに「全国的な共同組織」を構築(つまり、創設)することにあるものと思料される。
 しかし、監査制度の充実強化をはかることはもとより重要であるが、そのための方策として、新たに「全国的な共同組織」を創設することには、以下のような問題点がある。

ア 「全国的な共同組織」を創設するよりも前に実現すべきこと
 そもそも、地方公共団体における監査は、人員(監査資源)及び予算に限りがあるため、帳票を照合したり、地方公共団体職員等から事情聴取する方法で監査することが基本であり、前述したとおり、「預け金」等の存在を指摘する情報提供がある場合を除き、凡そ監査従事者にとって不適正経理に関する情報を収集する手段には大きな制約ないし限界がある。
 そうであるとすれば、人口減少社会において、地方公共団体における限られた予算及び限られた監査資源の中で、地方公共団体内部における不適正経理を予防しこれを発見するためには、「全国的な共同組織」を新たに創設するよりも前に、個々の地方公共団体に対して、地域の実情に応じる形で、①相互牽制を含めた内部統制体制の導入、②実効的な内部通報制度の導入・整備、③情報公開の拡充など、地方公共団体内部に多面的かつ複層的な取り組みを設ける方がよほど重要であり効果的である。

イ 費用対効果の検証が不十分であること
 監査委員及び監査事務局職員をサポートする組織としては、「全国都市監査委員会」「全国都道府県監査委員協議会連合会」「全国町村監査委員協議会」等が既に存在しており、監査実務の情報やノウハウについての情報交換がなされ、また監査の実施手順等が公表されている。そして、現に多くの地方公共団体の監査委員及び監査事務局職員は、その実施手順等を参考に監査を行っている。
 また、自治大学校は、地方公務員に対する我が国唯一の中央研修機関として、地方公共団体監査事務局職員を対象として、「監査・行政評価専門課程」を開講している。同様に、市町村アカデミー(千葉市。全国市長会、全国市議会議長会、全国町村会及び全国町村議会議長会の4団体が設立した公益財団法人全国市町村研修財団が管理運営している「市町村職員中央研修所」JAMP)は、監査委員を対象として「監査委員セミナー」の研修を、監査事務局職員を対象として「監査事務」の研修を開講している。国際文化アカデミー(大津市。公益財団法人全国市町村研修財団が設置運営する「全国市町村国際文化研修所」JIAM)は、監査事務局職員を対象として「自治体の内部統制と監査機能」「自治体監査実務の基本」等を開講している。
 このほか、日本弁護士連合会や日本公認会計士協会等においても、会員弁護士や公認会計士を対象として、地方公共団体における包括外部監査や監査実務に関して独自の研修を実施し、あるいは経験交流の機会を設けている。
 このように、既に多数の監査サポート組織等が公民を問わず存在し、これらの監査サポート組織等において監査の実施手順等が公表され、また充実した研修が実施され、自己研鑽も行われている。にもかかわらず、それに加えて、新たに「全国的な共同組織」を創設することについて、具体的に、どの程度の組織・人員・コストを要するか、天下りや利権の温床にならないか、個々の地方公共団体や監査従事者にとってどの程度のコストや負担を強いる結果となるか、これらのコストや負担を上回るだけの必要性や有効性は存在するか等、費用対効果について慎重に吟味することが必要であるが、その検証は全くなされていない。
 このように費用対効果の検証が全くなされないまま、新たに「全国的な共同組織」を創設し、各地方公共団体や監査従事者にコストや負担を強いることは、1999年(平成11年)にいわゆる地方分権一括法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律)が制定されて以降の地方分権の流れに逆行するものばかりか、行政コストの削減が求められる人口減少社会を見据えた答申案の問題意識とも相反するものである。

(3)答申案が提言する「統一的な監査基準」の問題点
 答申案は、「全国的な共同組織」に「統一的な監査基準」を策定させることを前提として、「現行の監査制度においては、監査の目的や方法論等の共通認識が確立されておらず、監査基準に関する規定が法令上ないことから、それぞれ独自の監査基準によって、あるいは監査委員の裁量によって監査を行っていることにより、判断基準や職務上の義務の範囲が不明確となっている。・・・一般に公正妥当と認められるものとして、監査を実施するに当たっての基本原則や実施手順等について、地方公共団体に共通する規範として、統一的な基準を策定する必要がある」と提言している。
 確かに、地方公共団体における監査について一定レベルの水準を確保する意味で監査基準が存在することは望ましいといえる。しかし、上記提言は、地方公共団体における行財政の監査と、企業における財務諸表の監査の本質的な相違点を看過している。

ア 企業における監査
 企業における監査の対象は、財務諸表である。
 そして、財務諸表監査の目的は、「経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある。財務諸表の表示が適正である旨の監査人の意見は、財務諸表には、全体として重要な虚偽の表示がないということについて、合理的な保証を得たとの監査人の判断を含んでいる。」とされている(平成26年2月18日企業会計審議会「監査基準の改訂に関する意見書」「監査の基準」「第一 監査の目的」参照)。
このように、企業における監査の特徴を挙げると、以下のとおりである。
① 監査の対象は、企業活動そのものではなく、企業活動の中でも「財務諸表」という限られた場面における「表示」である。
② 「財務諸表」の「表示」については、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」が既に存在している。
③ 監査の目的は、財務諸表の表示が企業会計の基準に準拠して「適正」に表示していることを「保証」することにある。その理由としては、投資家の信頼を保護し、ひいては企業の資金調達を容易にすることにあると考えられる。

イ 地方公共団体における監査
 これに対し、地方公共団体における監査の対象は、地方公共団体における行財政全般、すなわち、財務監査(地方自治法199条3項)に限らず、広く行政監査(同条2項)全般に及ぶ。
 そして、地方公共団体における監査の目的は、前述したとおり、「いかにすれば、公正で、合理的かつ効率的な地方公共団体の行政を確保することができるか」にある(前掲松本680頁)。
 それゆえ、地方自治法199条3項は「監査委員は、第1項又は前項の規定による監査をするに当たっては、・・・第2条第14項及び第15項の規定の趣旨にのつとってなされているかどうかに、特に、意を用いなければならない。」と定め、監査委員が一般監査を行うにあたっての留意事項ないし監査の観点として、「最少の経費で最大の効果を挙げるようにしているか、組織及び運営の合理化に努めているか」を明示している。
 したがって、地方公共団体における監査は、監査委員等が、地方公共団体の首長等に対し、行政事務や財務事務の違法又は不当あるいは無駄や不効率を指摘し是正を求めるもの(指摘監査)であって、議会や住民等に対し、行財政運営の「適正」を保証するものではない。

ウ 地方公共団体の行政事務を規律する「基準」が存在しないこと
 地方公共団体における財務事務については、総務省において、平成26年4月30日に「固定資産台帳の整備と複式簿記の導入を前提とした財務書類の作成に関する統一的な基準」(いわゆる公会計基準)が公表されている。
 これに対し、行政事務については、地方自治法2条で、地方公共団体の行政運営における基本原則(14項:住民の福祉の増進に努めること、及び、最少の経費で最大の効果を挙げること。15項:組織及び運営の合理化に努めること、及び、規模の適正化を図ること。16項:法令に違反して事務を処理してはならないこと等)が定められているものの、地方自治法施行令や審議会等において、具体的な「基準」は設けられていない。
 その理由としては、地方公共団体における行政運営における基本原則を地方公共団体にどのような形で適用するかについては、個々の地方公共団体の役割、規模、事務内容、地域の実情、多岐にわたる関係法令等を踏まえた合理的な裁量に委ねられており、地方公共団体に共通する「基準」を設けることに馴染まないためであると考えられる。
 したがって、地方公共団体における行政事務については、財務諸表の表示に関する「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」のような統一的な「基準」は存在せず、「監査基準」を設ける前提を欠いているといえる。

エ 統一的な監査基準を創設する必要性が乏しいこと
 地方公共団体における監査の目的は、前述したとおり、「公正で、合理的かつ効率的な地方公共団体の行政を確保」することにある。したがって、地方公共団体における監査の結果は、監査委員等が、地方公共団体の首長等に対し、行政事務や財務事務の違法又は不当あるいは無駄や不効率を指摘し是正を求めるものであって、議会や住民等に対し、行財政運営の「適正」を保証するものではない。その意味で、地方公共団体における監査は、投資家の信頼の保護等を目的とし財務諸表の「適正」を保証するための財務諸表の監査とは、目的及び期待される役割が全く異なっている。
 そうだとすれば、個々の地方公共団体の監査において、監査委員等が、行政事務や財務事務の違法又は不当あるいは無駄や不効率を指摘しその是正を求めるにあたっては、必ずしも、全国の地方公共団体に共通する統一的な監査の基準(一般基準、実施基準、報告基準)が存在しなければ、その役割を果たし得ないものではない。また、「統一的な監査の基準」が存在しないとしても、監査委員等が行政事務や財務事務の違法又は不当あるいは無駄や不効率を指摘し是正すべきとした監査結果の信頼性が直ちに損なわれるものではなく、当該地方公共団体に対し、違法又は不当な事務を是正させるのに有用である。
 また、地方公共団体における監査の基本原則や実施手順等については、前述の「全国都市監査委員会」が「都市監査基準」を作成し公表している。そして、多くの都市の監査委員及び監査事務局職員は、「都市監査基準」で示された基本原則や実施手順等を参考にしつつ、地域の実情を考慮して、監査を行っている。
 したがって、「全国の地方公共団体に共通する統一的な監査の基準」を新たに創設し、全国の地方公共団体の監査委員等に対し統一的な「監査基準」を遵守させることに、どれほどの必要性があるか、甚だ疑問である。かえって、地方公共団体における監査の効率性を損なうおそれも否定できない。

(4)答申案が提言する「監査委員等の専門性を高める方策」の問題点
 答申案は「監査委員やそれを支える監査委員事務局、外部監査人に必要な専門性を担保していく必要があることから、監査の実施に当たって必要な専門性を高めるための研修制度を設けることが必要である」ことを提言する。
 もとより、地方公共団体における監査従事者には、各自の専門性を向上させるため自己研鑽を求められることは当然である。しかし、監査委員及び監査委員事務局職員をサポートするための全国的な組織や研修は、既に存在しているのであるから、行政コストの削減が求められる人口減少社会においては、第一義的には、既存の取り組みを活用することが望ましい。
 また、監査委員の更なる専門性を確保する方法としては、都市部及び隣接する地方公共団体においては、弁護士や公認会計士等の法律及び会計の専門家を積極的に選任する方法が考えられる。
 同様に、監査委員事務局職員の更なる専門性を確保する方法としては、弁護士や公認会計士等の法律や会計の資格保有者を任期付職員として採用する方法が考えられ、現にそのような取り組みを行っている地方公共団体も存在する(例えば、都道府県では大阪府、京都府、東京都等、政令市では大阪市、堺市、北九州市等、一般市では兵庫県加西市、千葉県船橋市、神奈川県横須賀市等)。
 にもかかわらず、それに加えて、全国の地方公共団体を対象とする新たに「研修制度」を創設することについて、具体的に、どの程度の組織・人員・コストを要するか、天下りや利権の温床にならないか、個々の地方公共団体や監査従事者にとってどの程度のコストや負担を強いる結果となるか、これらのコストや負担を上回るだけの必要性や有効性は存在するか等、費用対効果について慎重に吟味することが必要であるが、その検証は全くなされていない。
 このように費用対効果の検証が全くなされないまま、新たに「研修制度」を創設し、「修了要件を明確化」する形で、各地方公共団体の監査委員等に負担を強いることは、地方分権の流れに逆行するものばかりか、行政コストの削減が求められる人口減少社会を見据えた答申案の問題意識とも相反するものである。

(5)まとめ
 答申案においては、
 (ア)監査委員の合議が調わない場合でも、監査の内容や監査委員の意見が分かるようにする必要があるとするもの(16頁)、
 (イ)監査委員が監査を受けた者に対して必要な措置を勧告できるようにした上、監査を受けた者が説明責任を果たすような仕組みを設けるべきであるとするもの(同前)、
 (ウ)議選監査委員を置かないことを選択肢として設けるべきこと(17頁)、
 (エ)包括外部監査は、導入団体を増やせるよう、地方公共団体が条例により頻度を定めることができるようにすべきであるとするもの(18頁)
など、当会としても、積極的に賛同できる提言が含まれている。
 しかしながら、他方で、答申案において、
 ①全国的な共同組織を構築すること、
 ②地方公共団体に共通する監査基準を策定すること、
 ③研修の実施等を行わせること
を提言する点については、前述したとおり、看過できない問題点があることを指摘せざるを得ない。
 費用対効果の吟味が不十分なまま、新たに「全国的な共同組織」や「地方公共団体に共通する監査基準」「研修制度」を創設するのではなく、まずは、監査委員の権限拡充、内部統制体制の構築、実効的な公益通報(内部告発)の制度整備、情報公開制度の拡充などの既存の制度の充実策を基本とすべきである。
 当会としても、地方公共団体における不適正経理が解消されるべきとする方向性については大いに賛同するものであるが、その目的を達成するための方法論(手段)の点で、答申書の提言に対し強く反対する。
以上

ページトップへ
ページトップへ