東住吉事件再審無罪判決に関する会長声明

東住吉事件再審無罪判決に関する会長声明

 本日、大阪地方裁判所第3刑事部は、いわゆる東住吉事件について、青木惠子氏と朴龍皓氏に対して、再審無罪判決を言い渡した。当会は、21年以上もの長きにわたって無実を訴え続けてきた両名の労苦を労うとともに、両名を支えてこられたご家族や支援者の方々、弁護団の活動に対して、心から敬意を表するものである。
 本件は、1995年(平成7年)7月22日、大阪市東住吉区の家屋で火災が発生し、同家屋に居住する小学生が亡くなった事案であり、小学生の母親とその内縁の夫による保険金請求目的の犯行として現住建造物放火、殺人、詐欺未遂の事実で起訴された。
 審理過程では、検察官の推測した犯行と両名らとを結びつける直接証拠は両名らの自白しかなく、その任意性や信用性が激しく争われたばかりか、捜査段階で実施された燃焼再現実験結果も、ガソリンに着火直後から40秒後まで、炎が大きく立ち上がるとともに大量の黒煙が発生するなど、被告人の捜査段階の供述と全く一致しなかった。にもかかわらず、大阪地方裁判所は、両名いずれの自白内容も詳細であって信用できる、自白に基づく放火行為が不可能であることが弁護側において明らかにされていないなどとして、両名に対し、1999年(平成11年)5月までに、いずれも現住建造物等放火、殺人、詐欺未遂の罪で無期懲役の判決を下し、2006年(平成18年)12月までに上告が棄却され、いずれも有罪判決が確定していた。
 しかし、2012年(平成24年)3月7日、再審請求審において、大阪地方裁判所第15刑事部は自然発火の具体的可能性を認め、確定判決の唯一の直接証拠であった両名の自白内容についても、「共謀や本件犯行の動機、殺害方法の選択といった重要な部分について不自然不合理な供述が多く含まれ、変遷しているなど、その信用性に疑問を生じさせる問題点が認められる。他方、確定審及び当請求審における全証拠を検討しても、請求人甲(朴氏)の自白の重要な部分に客観的裏付けがあるとか、秘密の暴露が存在するなど、自白に対する疑問点を払拭するに足りる事情があるとは認められない」などとして、自白の信用性に疑問を呈し、両名に対して再審を開始する旨の決定を行った。大阪高等裁判所も即時抗告審でこれを支持し、両名の自白の採取過程における問題にまで言及した。
 これを受けた本日の無罪判決も、自然発火した可能性が具体的・現実的に存在することを指摘し、両名の自白の信用性を否定するのみならず、両名が自白するに至った過程には、捜査機関が、青木氏の長男が朴氏の放火行為を目撃していると虚偽の事実を告げたり、朴氏の首を絞めたり、脅迫にわたる事実を告げ、あるいは取調室の壁に亡くなった長女の写真を貼って心理的に自白を強制する、青木氏に対して当初から相当の精神的圧迫を加える取調べが躊躇なく行われていた等、数々の違法行為が介在したとして、自白の任意性を否定し、確定判決で採用された両名の自白を証拠から完全に排除した。そのことは、捜査機関による違法捜査を弾劾し、確定判決の判断の誤りを明確に指摘するものとして高く評価できる。
 弁護団は、再審請求に際して、当会や日弁連の支援を受けながら、放火行為という朴氏の自白の核心部分の信用性に関する燃焼再現実験を新たに実施し、風呂釜の種火が十分火種になること、したがって、自然発火の可能性が十分存在すること、逆に、同自白による放火方法では、必ずガソリンを撒いている途中で風呂釜の種火に引火して火災が発生し、同自白による放火方法によっては「放火」「着火」することは100%不可能であることなどを証明し、これによって今回の再審無罪判決を獲得するに至った。
 しかし、そもそも朴氏が自白したとおりの方法で放火行為をなし得るかについては、まず検察官において、起訴の判断の前に、燃焼再現実験を行うなど真摯に検討しなければならなかった。確定判決に至る各裁判所においても、客観的事実と科学的知見に基づき、朴氏の自白内容と捜査段階及び確定控訴審段階で実施された2回にわたる燃焼再現実験の結果が何故一致しないかについて真摯に向き合い検討すべきであった。そうすれば、このような冤罪で二人の人生を21年もの長きにわたって苦しめることは避けられたのであり、検察官及び確定裁判所の職務懈怠の責任はあまりにも重い。
 もし弁護側による不撓不屈の地道な献身と努力がなければ、両名とも、無実であるにもかかわらず、未だに無辜の罪で無期懲役の刑に服していたであろう。
 検察官は、再審公判において、合理的な疑いを超える程度の立証をすることが困難であるとして有罪主張を断念しながら、無罪判決を求めるわけでもなく、むしろ両名に対する取調べに違法はなかったと主張したばかりか、自然発火の可能性に疑問を呈するなど、今なお従前の主張に固執しているような態度をとり続けたが、公益の代表者であるにもかかわらず、今回のような対応をとることは厳しく非難されなければならない。
 本件では、これまでの多数の冤罪事件を生み出してきた構造と同様、客観的事実の軽視、専門家の意見の過少評価と自白の強要という自白偏重の捜査が行われた上、その内容が詳細という理由だけで安易に自白を根拠に有罪判決が下されたこと、しかも、同判決を大阪高等裁判所も最高裁判所も是認するという失態が繰り返されたが、このことから我が国の刑事司法には重大な欠陥があると言わざるを得ない。
 この再審無罪判決を受け、当会は、取調べの全件全過程の可視化を早急に実現することを求めるとともに、捜査機関の保有する証拠の全面開示、取調べの際の弁護人の立会権など冤罪を防止するための制度改革を実現するため、今後も全力を尽くす決意を新たにするものである。

2016年(平成28年)8月10日
  大阪弁護士会      
  会長 山 口 健 一

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