ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早期実施を求める意見書

ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早期実施を求める意見書

2017年(平成29年)1月18日


大阪府知事 松 井 一 郎 殿
大阪市長  吉 村 洋 文 殿
大阪府内  各 市 町 村 長 殿


  大阪弁護士会      
  会長 山 口 健 一


ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早期実施を求める意見書


意 見 の 趣 旨


1 大阪市は、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」の運用に関し、以下の点を改善するべきである。
 (1)ヘイトスピーチに該当する表現活動の拡散防止措置及び認識等の公表の実効性を確保するため、申出事案にかかる審査会における標準処理期間を定め、それを可能とする人員体制を整備する等、迅速な審理体制を構築すること
 (2)ヘイトスピーチの解消に向け、市民等の申出を待つまでもなく、必要に 応じて職権により当該表現活動の拡散防止措置及び認識等の公表の積極的な対応を行うこと
2 大阪府及び同府内の各市町村(大阪市を含む)は、ヘイトスピーチの解消に向け、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」の趣旨及び両院付帯決議2項の趣旨に基づき、早急に、以下の具体的施策を講ずるべきである。
 (1)相談体制の整備
 ヘイトスピーチにより被害を受けたとする市民等が容易にアクセスできる相談窓口を設置し、差別問題に精通した専門家を配置し、その相談を大阪府及び各市町村が職権で対応する端緒として位置付け、警察、法務局、弁護士会等の関係機関と連携を図ること
 (2)教育活動、広報その他の啓発活動
 ヘイトスピーチの問題が歴史に基づく国家・社会レベルでの制度的差別を背景とした問題であることや人種差別撤廃条約・自由権規約などの国際的な人権基準の観点を踏まえた教育・啓発活動を実施すること。その実効性を高めるため、セミナーの開催やフィールドワーク等の実践的な手法による活動を実施すること
 (3)各地域における継続的な実態調査
 上記の相談、教育・啓発活動の各取組を行う前提として、各地域における被害実態の調査を継続的に実施すること
(4)条例の制定
 以上の各取組を確実に実施するため、その根拠となる条例を速やかに制定すること
 
意 見 の 理 由


1 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例の公布1年を迎えて
大阪市が「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」(以下「大阪市条例」という。)を2016年(平成28年)1月18日に公布して、1年を迎える。
 在日コリアン等民族的マイノリティ(以下「在日コリアンら」という。)が多数居住する大阪市が、全国の自治体に先駆けて、ヘイトスピーチの抑止を目的とした条例を成立させたことは画期的であり、同条例の成立が、その後の国会において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(同年5月24日成立、同年6月3日施行。以下「解消法」という。)を成立させる後押しとなったことの意義は大きい。
 しかし依然として、大阪市内のみならず、日本全般でヘイトスピーチが横行する状況に変わりはない。ヘイトスピーチは、その対象となる民族的マイノリティの個人の尊厳を著しく害して「多大な苦痛」を与えているとともに、社会に差別意識を蔓延させて「当該地域社会に深刻な亀裂」を生じさせている(解消法前文参照)。かかるヘイトスピーチの解消は「喫緊の課題」である(同法1条)。
 ところが大阪市条例が全面施行された同年7月1日から現在までの同条例の運用には、後述するようないくつかの課題が指摘されている。
 また、解消法の施行によって、国及び全国の各地方自治体は、ヘイトスピーチ解消に向けた取組に関する施策を講ずることが求められることとなったが(同法4条)、大阪府や大阪府内の各市町村(大阪市を含む)は、同法の趣旨に基づく具体的な施策を講じるまでには至っていない。
 大阪府内には多くの在日コリアンらが居住している。そこで、条例公布から1年を迎えた今日、当会は、次のとおり、大阪市に対しては、大阪市条例の課題の克服を求めるとともに、大阪府及び大阪市を含む大阪府内の各市町村に対しては、解消法の趣旨に基づくヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策を早期に実施することを求める次第である。

2 大阪市条例の運用上の課題とその克服
(1)審議の長期化
 大阪市条例は、市長が、特定の表現活動がヘイトスピーチに該当すると認めるときは、当該表現活動の拡散防止措置を取ることや、当該表現活動がヘイトスピーチに該当する旨、表現内容の概要及びその拡散防止措置並びに当該表現活動を行った者の氏名又は名称を公表すること(以下、「認識等の公表」という。)を定めている(同条例5条)。
 ところが、同条例の全面施行以後、市民等が申出した表現活動に対するヘイトスピーチ該当性について、未だ1件も審議が終了していない。審査会による審議の長期化が危惧されるところである。
 2016年(平成28年)11月21日時点での申出件数は延べ19件であり、そのうち13件が同年7月中に申出がなされているにもかかわらず、全件が審査会で継続審議とされており、1件もヘイトスピーチ該当性の判断に達していないことは、手続上、申出人又は当該表現活動を行った者に対する意見聴取等を行う必要があるにしても(同条例9条参照)、全面施行から半年が経過しようとする現時点において、あまりに迅速性に欠けるとの批判を免れない。
 審議の長期化は、拡散防止措置及び認識等の公表に対する実効性に疑問を生じさせ、新たな申出等を躊躇させることが懸念される。
 そこで、大阪市としては、大阪市条例の実効性を確保するため、原則として申出の受理後何か月までに処理を終えるといった審査会の標準処理期間を定め、同期間内の処理を可能とする審理体制を構築するべきである。そのためには、審査会の委員を増員し、複数の部会を設置するなどの措置も検討されるべきであろう。
(2)職権発動の消極性
 同条例には、申出による場合のみならず、「職権」により拡散防止措置及び認識等の公表がとられる場合が規定されている(同条例5条2項)。
 同条例の全面施行後においても、大阪市内で、ヘイトスピーチが行われる蓋然性が高い街宣活動又はデモ行進を行うことが事前予告されてきた。また、驚くことに、同条例全面施行後も、大阪市庁舎の面前で、15回にもわたりヘイトスピーチを内容とする街頭宣伝がなされている。にもかかわらず、大阪市は、録音、撮影、聴き取り等証拠保全の措置はおろか、職員による視察すらしていないという。
 同条例5条2項には、拡散防止措置及び認識等の公表の審査開始の要件として、「市民等の申出により」又は「職権で」と定められている。
 そして、条例制定に先立って、2015年(平成27年)2月に、大阪市人権施策推進審議会が大阪市長宛になした「ヘイトスピーチに対する大阪市としてとるべき方策について(答申)」においては、「『認識等の公表』を行うかどうかについては、ヘイトスピーチにより被害を受けた市民等からの申立を受けて検討することを基本としつつ、事案を把握できたときは申立がなくても検討することもできるようにすることが適当である」とされている(同答申11頁)。審議会がそのように答申した理由については、その説明部分において、「『認識等の公表』については、その措置の対象となる全ての事案を大阪市が把握することは困難である。」ことから「被害を受けたとする市民等からの申立に基づき当該措置をとるかどうかを審査することを基本としつつ、大阪市が措置の対象となる事案を把握したときは、申立を待たずにとるべき措置を検討することとするのが適当である。」(同答申11頁)と述べられている。本条例5条2項が、この答申に沿って規定されたものであることは、明らかである。そうである以上、大阪市自らが、ヘイトスピーチを内容とする街頭宣伝等を把握した場合には、市長の職権により、これを審議会の審議に付した上、しかるべき措置及び公表がなされるべきである。
 ましてや、大阪市庁舎の面前で、15回にわたりヘイトスピーチを内容とする街頭宣伝がなされているのであるから、これを把握しながら傍観するだけで、市民等からの申出がない限り、何らの対応をしないということは、市民等の人権を擁護し、ヘイトスピーチの抑止を図るという本条例の目的(同条例1条)を没却するものである。
 個人や市民団体が申出を行って排外的主張を繰り返す団体に対峙することには数々の困難がある。ヘイトスピーチの解消が「喫緊の課題」であることに鑑み、大阪市は、市民等の申出を待つまでもなく、より積極的に職権を発動するなどして、ヘイトスピーチの解消に向けた取組を実施するべきである。

3 大阪府及び同府内の各市町村(大阪市を含む)が解消法に基づく具体的措置を講じること
 ヘイトスピーチの解消に向けた取組に関する施策の実施は、国においても積極的に推進されるべきであるが(解消法4条1項)、自治体も「地域の実情に応じた施策を講じること」が求められている(同法4条2項)。特に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動が地域社会に深刻な亀裂を生じさせている地方公共団体」に対しては「国とともに、その解消に向けた取組に関する施策を着実に実施すること」が求められている(衆参両院の付帯決議2項参照)。
 報道によれば、川崎市長の諮問を受けた同市人権施策推進協議会は、2016年(平成28年)12月27日、公共施設でのヘイトスピーチを事前に規制するガイドラインや差別全般に対処する条例制定などを求める報告書を同市長に提出したとのことである。
 大阪府内には、他の都道府県に比べ、多くの在日コリアンらが居住していることや、依然として在日コリアンらに対する憎悪・差別意識を蔓延させて在日コリアンらを日本から排斥することを主張する街宣・デモが行われている現状に鑑み、大阪府及び同府内の各市町村は、解消法の趣旨に基づいて、早急に、ヘイトスピーチの解消に向けた積極的な具体的施策を講ずるべきである。具体的には、以下の施策が検討されるべきである。
 なお、大阪市条例には、以下の施策に関する規定が存在しないため、以下の具体的施策を講じるべき必要性については、大阪市もその例外ではない。
(1)相談体制の整備
 解消法は、地方公共団体に対し、当該地域の実情に応じ、本邦外出身者に対する不当な差別的言動に関する相談に的確に応ずるとともに、これに関する必要な体制を整備することを求めている(解消法5条2項)。
 大阪府及び同府内の各市町村は、ヘイトスピーチにより被害を受けたとする市民等が容易にアクセスできる相談窓口を早急に設置すべきである。相談体制の整備にあたっては、差別問題に精通した専門家が相談を担当すること、単なる相談で終わらせることなく、各自治体が職権によりヘイトスピーチ解消のための取組を実施する端緒として取り扱うこと、警察、法務局、弁護士会などの関係機関と連携を図ること等が盛り込まれた体制を整備すべきである。
(2)教育活動、広報その他の啓発活動
 解消法は、地方公共団体に対し、不当な差別的言動を解消するための教育活動(同法6条2項)、広報その他の啓発活動(同法7条2項)の実施を求めている。
 教育や啓発活動を実施するに際しては、旧植民地出身者に対するヘイトスピーチが、特殊な団体による新しい事象ではなく、日本が朝鮮半島や台湾を植民地支配した時代から続く歴史的な事象であり、国家・社会レベルでの制度的差別を背景とした問題であることを認識し、この点を反映させるべきである。
 また、人種差別撤廃条約・自由権規約などの国際条約や、日本政府に対する勧告等も対象とし、国際的な人権基準についての教育や啓発を促すべきである。
 教育活動としては、児童生徒又は学生向けの授業の実施のみならず、学校教員なども対象に、研修、フィールドワーク等を実施すべきである。
 啓発活動としては、ヘイトスピーチを許さない旨のポスター等の掲示のみならず、市民向けのセミナー・展示会の開催、差別的なデマに対する批判的意見の表明等、より実践的な啓発活動が検討されるべきである。
(3)継続的な被害実態の調査
 以上の相談体制の整備、教育活動・啓発活動の各取組の前提として、各地域において、被害実態の調査が継続的に実施されるべきである。「当該地域の実情に応じ」た相談、教育活動・啓発活動等を実施するためには、当該地域で行われる街宣やデモの視察、ネットの書き込み情報に対するモニタリング調査、被害者からのヒアリング及び心理学・社会学等の専門研究機関と連携した被害実態の調査研究が必要不可欠だからである。
(4)条例の制定
 以上の各取組を確実に実施するためには、条例が制定されることが望ましい。大阪府及び同府内の各市町村は、上述した相談体制の整備、教育活動・啓発活動といった施策をはじめ、ヘイトスピーチの解消に向けた積極的で実効性のある施策を内容とする条例の制定に速やかに着手すべきである。
 ヘイトスピーチ解消のための具体的措置については、絶えずその実効性を検証し、必要に応じて見直すべきことを条例に明記すべきである。

4 当会は、基本的人権の擁護を使命とする弁護士の団体として、大阪府及び同府内の各市町村が、ヘイトスピーチの解消に向けた取組に関する施策を企画、実施するにあたり、積極的に関与・協力していく所存である。
以 上

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