「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会最終報告書」に対する意見書

「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会最終報告書」に対する意見書

2017年(平成29年)2月21日

内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)
 松 本  純 殿

  大阪弁護士会      
  会長 山 口 健 一


「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会最終報告書」に対する意見書


 消費者庁より意見募集(パブリックコメント)に付された「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会最終報告書」(以下「最終報告書」という。)に対する当会の意見は以下のとおりである。
 なお,これまで当会は公益通報者保護制度に関して以下のとおり意見書を発しているので,それらにつきそれぞれ次のように引用する。また,公益通報者保護法(平成16年法律第122号)の条文は単に「法」として引用する。
 1 2003年(平成15年)8月5日付【「21世紀型の消費者政策の在り方について」(平成15年5月)における「第4節 公益通報者保護制度の整備」に対する意見書】
   →【15年意見書】として引用。
 2 2004年(平成16年)3月23日付「公益通報者保護法案に関する意見書」
   →【16年意見書】として引用。
 3 2011年(平成23年)2月16日付「公益通報者保護法の見直しについての意見書」
   →【23年意見書】として引用。

第1 「Ⅰ 不利益取扱いを民事上違法とする効果(法第3条、第5条)の要件について」に関して
 1 「第1.通報者の範囲」に関して
 (1)意見の趣旨
  退職者を通報者の範囲に含めることには賛成であり,役員等(会社役員や法人理事等)及び取引先事業者についても通報者の範囲に含めるべきである。
 (2)意見の理由
  公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会ワーキング・グループ報告書(以下「WG報告書」という。)は,退職者については通報者の範囲に含めることが適当と考えられるとしたうえ,役員等については通報者の範囲に加える方向で検討する必要があるとし,取引先事業者については一定の要件を満たす取引先事業者を通報者の範囲に加えることについて今後さらに検討する必要があるとする。
 これらのうち,退職者については,通報者の範囲に含めることが適当とする点は,当会がこれまでに公表している意見書(【15年意見書】,【23年意見書】)にも沿うものであり,これに賛成する。
もっとも,WG報告書においては,保護すべき通報を退職後一定期間内に行われたものに限定する必要があるとの意見に対する検討が必要であるとされているが,通報を躊躇する事情や通報対象事実の真実性の確認の難易等は事案によって様々であること,退職時から期間の長短にかかわりなく違法行為等がなされていればこれを是正すべきことから,このような制限を設けるべきではない。
 次に,役員等や取引先事業者についても,違法行為等を知ることができ,かつ資料等によってその裏付けもとりやすい立場にある一方,公益通報をしたことによる不利益も受けやすい立場にあることから,当会の意見書(【15年意見書】,【23年意見書】)でも述べたように,通報者の範囲に含めその保護を図るべきである。
 この点,WG報告書は,役員等の解任に対し会社法第339条2項等による保護があるとはいえ,法に規定して保護することで主張立証の対象が明確となり,保護されることへの予見可能性が高まるとして通報者の範囲に含める必要性を指摘する一方で,保護の対象とするための具体的な要件や効果の在り方について労働者との違いを踏まえたうえで十分に検討する必要があるとしている。確かに,役員等に対する不利益取扱いの禁止は会社法との関係で問題になることから,法には公益通報を理由とする会社からの損害賠償請求等の民事上の責任追及に対する保護や刑事上の責任追及に対する保護の規定を定めるべきである。
 また,取引先事業者について,WG報告書は,取引先事業者に対する不利益取扱いは一般法理で保護される可能性があるものの,一般法理の内容は明確ではないこと,法に規定して保護することで主張立証の対象が明確となり,保護されることへの予見可能性が高まるとして通報者の範囲に含める必要性を指摘する一方で,保護の対象とするための具体的な要件や効果の在り方について,事業者と労働者との違いや事業者間の契約の多様性を踏まえたうえで十分に検討する必要があるとする。しかし,この点は,【15年意見書】にあるように,公益通報を理由とする契約の解除を無効とし,民事上及び刑事上の責任追及に対する保護を定めるべきである。また,これまで当会の公益通報者サポートセンター(以下「サポートセンター」という。)に寄せられた相談(【23年意見書】参照)や実際に取引先事業者が契約を解除された事例等を踏まえ,継続的契約関係又は請負契約にある事業者又はこれらの関係にあった事業者に対する保護を図るべきである。

 2 「第2.通報対象事実の範囲」に関して
 (1)意見の趣旨
  最終的に刑事罰の担保がある法律違反という限定や特定の目的の法律の違反という限定を外し,政令で法律を限定列挙する方式を廃止し,通報対象事実を「法令違反行為」とすべきである。
 (2)意見の理由
  WG報告書は,通報対象事実について,特定の目的の法律違反という限定を外しても税法等の違反などの犯罪行為に関する事実であれば公益性や明確性があると考えられ,これらを追加するなど,通報対象事実を広げる方向で検討する必要があるとし,さらには係る場合には政令に列挙することも不要とすることが適当であるとするものの,最終的に刑事罰の担保がある法律違反以外の事実にまで広めることは公益性や明確性の問題からさらに検討する必要があるとし,また係る場合に政令限定列挙方式を廃止すれば通報対象事実の範囲の明確性を確保することは困難であるとする。
 通報対象事実を広げる方向でWG報告書が取りまとめられていることは評価できるが,検討の必要性の指摘にとどまっているのは問題であるし,その範囲が最終的に刑事罰の担保がある法律違反の事実に限定するのは妥当ではない。現実の通報事例やサポートセンターに寄せられた相談の中には,障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律(いわゆる障害者虐待防止法)違反などの事例,パワハラやセクハラで不法行為には該当するが刑事罰では担保されないような事例もあり,これら事例についても通報対象事実とすることが相当である。また,通報者において通報しようとする事実が犯罪行為となるかどうかを判断することは容易ではない。
 この点,当会では,これまで通報対象事実が過度に限定され公益通報を制限する結果となっているとして,英国公益開示法にならい,広く違法,不当な行為を通報対象事実に含めるべきであるとの意見を述べてきたところである(【15年意見書】,【16年意見書】,【23年意見書】)。
 したがって,特定の目的の法律の違反という限定を外して税法違反等の犯罪行為に関する事実を通報対象事実に含めることはもちろんのことであり,最終的に刑事罰の担保がある法律違反という限定を外し,かつ政令で法律を限定列挙する方式を廃止し広く通報対象事実を定めるべきである。他方で,通報対象事実に求められる公益性や明確性を考慮し,通報対象事実を,条例違反を含め「法令違反行為」と定めるのが適当である。
 なお,法令違反行為にあたらない不法行為についての通報行為については,一般法理による保護が図られることを解説等で周知すべきである。

 3 「第3 切迫性の要件」に関して
 (1)意見の趣旨
  切迫性の要件は削除すべきである。
 (2)意見の理由
  WG報告書は,切迫性の要件による弊害が明確ではなく,具体的にどのような状況であれば保護されるのかについて逐条解説で具体的に示すことによって対応するのが適当であるとする。
しかしながら,通報者にとって「まさに通報対象事実が生じようとしている」との切迫性の要件は不明確であり,違法行為等の発生防止の観点からもこのような要件は削除すべきである。WG報告書では,具体的事例を逐条解説で具体的に示すのが適当とするが,限界的な具体的な事例を網羅的に示すことは困難である一方,明らかに切迫性が認められる事例のみ示されると却って保護すべき公益通報が制限される結果となりかねない。当会も限定された通報対象事実についてさらに切迫性の要件を加える定め方について,公益通報を抑制するおそれがあるとして「違法行為等のおそれがあること」との定めにすべきとの意見を述べている(【16年意見書】)。
 したがって,切迫性の要件は削除すべきである。
 なお,少なくとも,事業者内部への通報については,切迫性の要件を要求する合理的な理由がないことは明らかである。

 4 「第4.主観的要件」に関して
 (1)意見の趣旨
  主観的要件を緩和すべきである。
 (2)意見の理由
  WG報告書は,法は労働者の事業者に対する誠実義務違反を免責するための法律であるところ,誠実義務違反を免責するためには主観的要件が要求されるとし,法の主観的要件は公序良俗違反の目的等ではないことを求めるにとどまるのであるから主観的要件の削除や緩和の必要性は明らかでないとする。
 しかしながら,公益通報行為自体を事業者に対する誠実義務違反と評価すること自体が適切ではなく,公益通報者を保護する目的,法の趣旨を正確に理解しないものである。
 また,法の主観的要件の規定は,公序良俗違反の目的等でないこととは定められておらず,「不正の利益を得る目的、他人に損害を与える目的」等と定められていて,事業者から損害を与える目的である等の主張がなされやすい規定の仕方となっている。
 したがって,公益通報者を保護するため,主観的要件を緩和し,まさに公序良俗違反目的の通報のみが制限されるように定めるべきである。

 5 「第5.不利益な取扱い」に関して
 (1)意見の趣旨
  不当な損害賠償請求訴訟,通報者の探索・通報妨害,要注意者名簿の作成などの行為も「不利益取扱い」に含めることを明らかにすることに賛成である。通報者の類型ごとに,禁止される「不利益な取扱い」の内容を明確にすべきである。
 (2)意見の理由
  WG報告書は,不利益な配転,懲戒処分,精神的苦痛を与える行為に加え,現行法の「不利益取扱い」の範囲に含まれているかが明確でない不当な損害賠償請求訴訟,通報者の探索・通報妨害,要注意者名簿の作成等の行為についても「不利益取扱い」に含まれることを明らかにするために,逐条解説やガイドライン等に新たに記載することが適当であるとする。
 この点は,サポートセンターの相談において通報者探索がなされている事例があったことから通報者探索を禁止する必要があるとした当会の意見(【23年意見書】),懲戒処分,配置転換,賃金差別等の雇用条件等に関する不利益取扱い,法律上の不利益取扱いのみではなく,仕事を与えない等の事実上の不利益取扱いも含むものとする必要があるとした当会の意見(【15年意見書】)に沿うものであり,賛成する。
 なお,通報者の範囲につき,労働者のみならず,退職者,役員等及び取引先事業者を加えるべきことからすれば,法あるいは逐条解説やガイドラインにおいて,通報者の類型ごとに禁止される不利益取扱いを具体的に記載し,通報者がいかなる保護を受けることができるかを明確に理解できるようにすべきである。

 6 「第6.通報と不利益取扱いとの因果関係についての立証責任の緩和等」に関して
 (1)意見の趣旨
  保護される公益通報と不利益取扱いとの間の因果関係の立証責任を転換する規定を導入すべきである。
   その際には,不利益取扱いが通報から一定期間内になされた場合に限定することには反対である。
 (2)意見の理由
  現行法では,通報者が保護を求めるために,通報者自身において不利益な取扱いが公益通報をしたことを理由としてなされたことを証明しなければならない。しかし,事業者には広範な人事裁量権が認められている一方,通報者がアクセスできる情報は極めて限られており,自分の行った通報について社内の誰がどの程度の情報を保有しているのかさえ知り得ないのが通常であることから,通報者においてその因果関係を証明することは極めて困難である。このような実情を踏まえれば,通報者の立証負担の軽減を図ることは最優先の課題の一つである。
 例えば,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(いわゆる男女雇用機会均等法)第9条第4項は,妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は無効としたうえ,ただし書で,事業者が当該解雇が妊娠・出産を理由とする解雇でないことを証明した場合には解雇を有効とすると規定して,立証責任を転換している。法においても,同様の規定を導入することは可能であり,導入すべきである。
 なお,事業者は当該労働者についての資料を保有しているはずであるから,事業者が労働者に非違行為があることを理由として不利益処分を行う場合には,その処分が通報を理由とするものではないことを証明することは困難ではなく,このような規定を設けたとしても,事業者に過度の立証の負担を負わせるものではないし,事業者の人事権を過度に制約するものでもない。
 また,人事異動等は数年に一度の頻度でしか行わない事業者も多いことから,通報から1~2年以内の不利益取扱いについてのみ立証責任を緩和することとすれば,その意義は相当程度失われかねない。これに対し,不利益取扱いが通報から相当期間経過してからなされた場合には,事業者側には不利益処分を行ったことについて別の理由があることが通常であると考えられ,事業者側に立証の負担を負わせたとしても,事業者に特段の不利益は生じない。

 7 「第7.外部通報の要件」の「1.2号通報(真実相当性)」に関して
 (1)意見の趣旨
 「1.2号通報(真実相当性)」に関しては,真実相当性の要件を緩和し「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する場合」とすべきである。
 (2)意見の理由
  行政機関は,国家公務員法等に基づき守秘義務を負っているのであり,また事業者に対する処分等は証拠等に基づいて行わなければならないのであるから,行政機関に対する通報について真実相当性を要求しないこととしても,事業者の秘密が漏洩したり,根拠の薄弱な通報に基づいて処分等がなされたりして,事業者が不利益を被るおそれはない。この点は1号通報の場合と全く同様であり,他方,守秘義務を負わない通報先である3号通報の場合とは決定的に異なっている。このような観点からすれば,2号通報の場合に,1号通報の場合と比べて要件を加重し,真実相当性を要件とすることに合理的な理由はない。そもそも,法の適正な運用を図るためには,処分等の権限を有する行政機関に,より多くの違反に関する情報が集まるようにすることが重要なのであるから,2号通報の要件を緩和することは法の適正な運用に資するものである。
 他方,通報者にとって,真実相当性の要件は通報をためらう大きな理由となっている。真実相当性の立証のためには十分な証拠を収集しておく必要があるが,証拠収集行為は刑罰法規や事業者の内部規程に抵触しかねないからである。
 このような点を踏まえれば,通報者が安心して通報できるよう,2号通報の真実相当性の要件を緩和し,1号通報と同じく「思料した場合」とすべきである。
 なお,行政機関が調査に及ぶことによる風評被害等については,行政機関も相応の根拠がなければ表だって調査に及ぶことは困難であり,また要件を緩和することによって多くの情報が行政機関に集まるようになれば行政機関としてもより確度の高い情報に基づいて調査を行うことができるようになるのであるから,真実相当性を要件とすべき理由とはならない。また,行政機関の負担についても,通報者を保護するかどうかの要件と,行政機関の対応義務(法第10条第1項)の要件とを一致させる必要性はないのであるから,この点を理由として通報者の保護を限定することも妥当ではない。

 8 「第7.外部通報の要件」の「4.3号通報(特定事由該当性)」に関して
 (1)意見の趣旨
  法第3条第3号イ・ロの「信ずるに足りる相当の理由」を「信ずるに足りる合理的理由」とすべきである。
 特定事由該当性として,「通報対象事実が既に生じている場合」を追加すべきである。
法第3条第3号ホを,「通報対象事実が重大で、個人の生命、身体、財産の保護、消費者利益の擁護、環境の保全、公正な競争への侵害及び危険の程度、通報を受けた事業者又は行政機関の措置、通報者が当該通報に至った事情等を勘案し、当該公益通報が相当であると信ずるに足りる合理的理由がある場合」とすべきである。
 (2)意見の理由
  法第3条第3号イ・ロについては,通報の時点において未だ発生していない事項が将来発生する可能性を要件としており,通報者の側で事前にそれを正確に予測することも,事後的に立証することも困難である。そのため,これらの条項が設けられた趣旨は首肯しうるものの,これらの条項を現実に活用することには困難が伴い,十分に機能していない。そこで,3号通報の特定事由該当性の要件の「信ずるに足りる相当の理由」は,「信ずるに足りる合理的な理由」として,要件を緩和するとともに,より客観化すべきである。
 そして,法第3条第3号イ・ロの典型的な場合として,「通報対象事実が既に生じている場合」には,類型的に事業者内部における是正は期待できず,また,被害が発生しているにも関わらずそれを事業者内部にとどめておくことが妥当でもないことから,この場合を特定事由該当性として法律上も明記し,通報者の予見可能性を高めるべきである。
 また,法の改正により,労働契約法等による保護を上回る保護を与えることとするのであれば,少なくとも同法等により保護されている範囲については,外部通報先に対する通報についても法の保護を及ぼす必要がある。そこで,法第3条第3号ホの範囲を拡張し,労働契約法等により保護される範囲とほぼ同程度の範囲に法の保護が及ぶようにすべきである。

第2 「Ⅱ その他の効果及びその要件について」に関して
 1 「第1.不利益取扱い等に対する行政措置」に関して
 (1)意見の趣旨
  通報者に対する不利益取扱いに対する是正命令・勧告・公表等の行政措置を導入すべきである。
 (2)意見の理由
  サポートセンターへの相談者の多くは,相談した結果,通報者の保護についての法の定めを聞いても,それが建前にとどまるのではないかと不安を払拭することはできていない。通報を理由とする解雇や不利益取扱いは現実に存在し,仮に訴訟で争っても解決までに時間がかかるからである(【23年意見書】)。また,内部通報を意識してサポートセンターへ相談し,弁護士との面接を経たケースであっても,在職者の場合には,実際の通報を実行するところまでいかない事案のほうが多いが,これは,通報後の不利益取扱いを恐れるためである。
 したがって,通報者が迅速に救済され,なおかつ不利益取扱いに対する抑止的効果を及ぼしうる行政措置が必要である。具体的方策としては,命令・勧告・公表等の規制手法の導入を図るべきであり,労働局におけるあっせんや紛争解決センター,弁護士会の相談窓口等の活用の方法により,あっせん,調停,相談,指導助言等をより充実させる方向で制度を整備すべきである。

 2 「第2.不利益取扱いに対する刑事罰」に関して
 (1)意見の趣旨
  法に違反する行為を行った事業者及び処分権者に対する罰則規定を設けて適用すべきである。
 (2)意見の理由
  サポートセンターへの相談や,法施行後にも引き続いて発生している公益通報者に対する被通報事業者からの不利益取扱い事案の状況に鑑みると,法を知らず,法を無視する事業者が,今なお多く存在することがうかがえる。国民生活に関わりのある法令を遵守させるために法が制定され,10年以上が経過しているにもかかわらず,法はいまだ十分に浸透しておらず,事業者が法を遵守する意識は依然として弱いといわざるを得ない。
 そこで,しかるべき内容の罰則規定を新設し,法の保護を実効あるものにすべきである。そのためには,行政措置に対する違反を刑事罰の対象とするとともに,事業者内部における法令遵守体制の整備確立を促進するために,事業者と処分権者両方に対する両罰規定とすることが相当である。

 3 「第3.守秘義務」の「1.1号通報先の守秘義務(刑事罰について)」に関して
 (1)意見の趣旨
  刑事罰を導入することに賛成である 。
 (2)意見の理由
  情報漏洩によって通報者が被る不利益は甚大であって,民事上の賠償のみでは被害の回復を図ることはできない。現実に通報者の情報が漏洩し,通報者が不利益を被る事例は後を絶たない。法律上の守秘義務違反については,刑事罰が定められることが通例であって,これと異なる制度とすべき特段の理由はない。
 したがって,1号通報先の守秘義務を定め,その違反には刑事罰を導入すべきである。

 4 「第3.守秘義務」の「3.3号通報先の守秘義務」に関して
 (1)意見の趣旨
  3号通報先の守秘義務については,これを課さないとすることに賛成である 。
 (2)意見の理由
  3号通報の場合は,通報者の側で通報先を自ら選択することができることから,3号通報先に一律に守秘義務を課す必要性は低いこと,3号通報先には多種多様な主体が存在し,また,情報通信技術の発達によって,場合によっては相当多数の者が通報の受領者となることも考えられること,保護の対象となる情報の定め方によっては,報道機関等の報道の自由を制約しかねないこと等から,3号通報先については守秘義務を課さないことに賛成である。

 5 「第4.内部資料持出しに係る責任の減免」に関して
 (1)意見の趣旨
  公益通報を目的とする内部資料の持出しに係る責任の減免を定めるべきである。
民事上の責任の減免については,公益通報を目的とする内部資料の持出しを理由とする不利益取扱いから通報者を保護する規定を設けるべきである。
刑事上の責任の減免については,公益通報を目的とする内部資料の持出しについて,違法性が阻却されることを定めるべきである。
 (2)意見の理由
  違法行為を明確に指摘して公益通報をするためには,内部資料持出しにより証拠収集を行う必要がある。外部通報における真実相当性の立証のためにも,証拠収集は不可欠である。現実に真実相当性が立証できずに通報者が責任を負うケースが生じている。
 したがって,公益通報を目的とする内部資料持出しに関し,民事あるいは刑事上の責任を問われないように通報者を保護する必要がある。
 この点,資料持出しがある種の違法行為,企業秩序の違反行為であるとの指摘もあるが,そもそも企業の違法行為を是正するために内部通報を行うのであり,そのための資料持出しを近視眼的にとらえて違法あるいは企業秩序違反と評価すること自体が本末転倒であり誤っている。資料持出しを含めた通報行為により,違法を是正し,企業秩序を回復させるものと評価すべきであり,正当な目的に基づく行為というべきである。
 また,一般的な正当化事由による違法性の阻却が認められることやどのような手段を用いても許されるというものではないことを理由に一律に減免を認めるべきではないとの意見もあるが,一般法理による事後的な救済による保護のみでは通報者は安心して公益通報をすることができないことは明らかである。
 これまでの判例を見ても,内部資料の持出しを公益通報行為と同様に正当な行為であるとの視点で判断されたものがある一方(内田洋行事件【東京地判H19.11.21】,司法書士事件【大阪高判H21.10.16】),違法行為が是正された後の内部資料の収集について公益通報目的とは認められないとしてこれを理由とする解雇の効力を認めた判例(広島高判H25.10.23),資料収集の方法や収集後の対応等から公益通報目的とは認められないとしてこれを理由とする解雇の効力を認めた判例(福井地判H28.3.30)もあり,通報者が事前にどのような証拠収集が許されるかを予見することは極めて困難である。
 特に,証拠収集段階においてどこまでが公益通報あるいは後の真実相当性の立証に必要かを正確に判断することは困難であり,公益通報における内部資料持出し行為の正当性・必要性を重視し,現実的な保護が図られる法改正が必要である。当会もこれまで繰り返し,公益通報に必要な範囲において,刑事上,民事上免責されるべきとの意見を述べている(【15年意見書】,【23年意見書】)。
 具体的な責任の減免方法について,民事上の責任の減免においては,上記のとおり,公益通報を目的とする内部資料の持出しを理由とする不利益取扱いから通報者を保護する規定を設けるべきである。また,刑事上の責任の減免においては,公益通報を目的とする内部資料持出し行為が正当行為(刑法第35条)に該当し違法性が阻却されるとの規定を設けるべきである。
 なお,公益通報を目的とする内部資料持出しを,公益通報の定義の中に含めることで,公益通報者に対する保護の枠内で責任の減免を図ることも可能であるから,仮に内部資料持出しに対する責任の減免の個別の規定を設けない場合は,法第2条「公益通報の定義」の改正あるいは解釈において,証拠資料の収集から通報に係る一連の通報行為が法の保護の対象となることを確認すべきである。

 6 「第5.通報対象事実への関与に係る責任の減免」に関して
 (1)意見の趣旨
  通報対象事実への関与に係る責任の減免(いわゆるリニエンシー制度)を定めるべきである。
 (2)意見の理由
  通報対象事実に関与していた者は,違法行為の事実を最もよく知る者であるが,他方で通報することにより自らもその違法行為について責任を問われる可能性があることから,通報をためらうこととなりがちである。そこで,通報対象事実へ関与したことによる責任を減免する制度を新設すれば,法令違反等の違法行為が是正されない事態が継続することを回避し得るとともに,公益通報により違法行為を迅速に是正し,国民の生命,身体,財産その他の利益の保護に係わる法令の規定の遵守を図るという法の目的を早期に実現することも期待できる。また,今日,企業不祥事への迅速・適切な対応は事業者にとって極めて重要な課題であり,事業者の自主的対応の機会をより早期に得ることに係る仕組みとして,公益通報者保護においてリニエンシー制度を導入することは極めて有益である。

第3 「Ⅲ その他の論点について」に関して
 1 「第1.通報に対する行政機関の調査措置義務(法第10条)」に関して
 (1)意見の趣旨
  法第10条の行政機関の調査措置に係る要件としての法第3条第2項の真実相当性の要件は緩和されるべきである。
 (2)意見の理由
  前記第1.7で述べたとおり,行政機関への通報についての法第3条第2項の真実相当性の要件は,少なくとも,「思料する場合」に緩和されるべきである。なお,事業者の法令遵守を担保するためには,公益通報に対して,まず行政機関が迅速かつ適切に調査に着手することが不可欠であることはいうまでもなく,そのためには現行法の下でも,行政機関向けガイドライン等において,運用面において,行政機関は通報対象事実の真実相当性の評価・判断を理由に調査を先送りすることなく,迅速かつ適切に対応することを促す措置を講ずべきである。

 2 「第2.内部通報制度等の整備」に関して
 (1)意見の趣旨
  事業者の内部通報制度等の整備を法定すること及びその場合に中小企業における取組を促進する方策を取り入れることに賛成である。
 (2)意見の理由
  事業者において実効性のある内部通報制度を整備し運用することは,企業価値の向上や事業者の持続的発展にも資するものであるとともに,社会経済全体の利益を確保する上でも重要な意義を有するものである。法の施行から10年以上が経過したが,依然として内部通報制度に関する認知度が低い現状に照らし,事業者には内部通報制度を整備する義務を法定し,事業者及び労働者に本制度の意義・役割の周知を図るとともに,通報しやすい環境整備を図ることが必要である。
 内部通報制度の意義・役割は企業規模の大小によって異なるものではないが,中小零細企業にとっては負担が重いことも否定できないことから,例えば,まずは一定規模以上の事業者については法的義務とし,それを下回る中小零細規模の事業者については努力義務とすることが考えられる。また,事業者に内部通報制度の整備を促すために,積極的に取り組む事業者にメリットがあるような取組を促す方策を併せて検討すべきである。さらに,事業者の規模に応じ公益通報に関するヘルプライン制度のモデルを策定し公表するような方策も考えられる(【23年意見書】)。
以 上

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