民法の成年年齢の引下げに関する意見書

民法の成年年齢の引下げに関する意見書

2017年(平成29年)3月30日


内閣総理大臣                  安 倍 晋 三  殿
法務大臣                    金 田 勝 年  殿
財務大臣                    麻 生 太 郞  殿
厚生労働大臣                  塩 崎 恭 久  殿
農林水産大臣                  山 本 有 二  殿
経済産業大臣                  世 耕 弘 成  殿
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全、防災) 松 本   純  殿
警察庁長官                   坂 口 正 芳  殿
消費者庁長官                  岡 村 和 美  殿
内閣府消費者委員会委員長            河 上 正 二  殿
内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会座長  山 本 敬 三  殿


  大阪弁護士会      
  会長 山 口 健 一

民法の成年年齢の引下げに関する意見書


第1 意見の趣旨
 1 成年年齢の引下げは、国民に情報が周知され、議論が尽くされ、理解が得られてから行うべきであって、拙速な成年年齢の引下げには反対である。
2 若年者の権利の擁護と自立の支援のための実効的な施策を速やかに拡充させるとともに、その効果の検証をしながら、成年年齢の引下げの方法についても十分な検討を行うべきである。

第2 意見の理由
1 はじめに
 「民法の成年年齢の引下げ」に関する議論につき、法制審議会の平成21年10月「民法の成年年齢引下げについての最終報告書」(以下「最終報告書」と言う。)は、若年者の自立促進や消費者被害の拡大防止等のための施策が整備され、かつ、その効果が十分発揮され、それが国民に浸透しているといった条件を付した上での肯定意見であった。
 しかるに、かかる最終報告書が指摘している諸条件は、未だ何ら成就していない。
 ところが、国は、昨年9月、あたかも引下げの実施自体は既定路線であるかの如く、「民法の成年年齢の引下げの施行方法」についてのパブリックコメントを募集した上、一部報道によれば、これを実施するための改正法案を今通常国会において審議すべく、本年3月にも閣議決定されるとの動きもあり、その後、平成29年通常国会での提出は見送られることとなった旨の報道もあるが、なお予断を許さない状況である。
 したがって、あえて現時点において、拙速な成年年齢の引下げに反対する旨の意見を表明する次第である。
 以下、項を改めて、その理由を述べる。
2 18歳、19歳の消費者被害防止の観点から
(1)未成年者取消権喪失の弊害
 最終報告書12~13頁でも指摘されているように、契約年齢(成年年齢)を引下げることにより、悪質業者に対する大きな抑止力になっている未成年者取消権がなくなれば、18歳、19歳が標的となって消費者被害が拡大するおそれがある。
 すなわち、お金に余裕ができる高卒社会人が悪質業者の標的になることが予想される他、現役高校生及び大学等に進学した者であってもサラ金で借金させられたり、割賦販売契約を締結させられたりすることが想定される。
 国民生活センター「相談急増!大学生に借金をさせて高額な投資用DVDを購入させるトラブル」(平成26年5月8日)によれば、未成年者取消権がなくなる20歳からの相談件数が増えているが、これは、未成年者取消権が悪質業者に対する抑止力になっていること、及び、その抑止力がなくなる年齢に達すると消費者被害に遭う可能性が高くなることを示すものである。
(2)成年年齢を引下げた場合の被害救済施策が不十分である
 前述のとおり、成年年齢引下げによって、未成年者取消権を喪失した18歳、19歳については、未成年者取消権に代わる保護制度は予定されていないため、現在より不利な立場を強いられることになる。
 例えば、18歳、19歳の若者と社会的経験を積んだ30代、40代の成年とを比較すれば、契約に対する知識のみならず契約への心構え、理解度が大きく異なることは明らかである。
 したがって、かかる知識や経験の不足につけ込んだ悪質な勧誘に応じてしまう、あるいは、精神的な幼さから、威迫あるいは粗野若しくは乱暴な言動に抗しきれずに契約を締結してしまうといったトラブルが多発するのである。
 さればこそ、若年者は未成年者取消権によって保護されているのである。
 にもかかわらず、この未成年者取消権を奪われてしまうと、10代の者では理解できないような説明をしているにもかかわらず、説明義務を尽くしたと主張して契約は有効だと主張する業者が出てくることが予想される。この場合、現在であれば未成年者取消権の行使で保護することができるにもかかわらず、その保護を受けることができなくなる。
 これに代わる有効な対抗手段も存在しない以上、若年者は一切保護されなくなってしまう。
 この点、立法論としては、現行法の未成年者取消権に代わる保護制度として、例えば18歳をもって成年とし、親権からの独立を認めつつも、情報の質及び量並びに交渉力の格差のある消費者取引(消費者契約法1条参照)に限っては、若年者固有の取消権を認めるという制度や、重要な取引については親の同意権を必要とする保佐制度類似の制度の導入を検討する余地もあろう。
 また、一般法の中で未成年者の保護を論じるのではなく、例えば、消費者契約法を改正して、若年者などの無知・軽率・未経験に乗じた勧誘(いわゆる「つけ込み型勧誘」)による消費者契約について無効・取消とする規定を設けたり、民法90条を改正して、いわゆる現代型暴利行為の規定を設けたりすることも考えられる。さらに、特定商取引法において若年者取消権を定めたり、割賦販売法・貸金業法の過剰融資・過剰与信規制を厳格化して、安定的な収入がない「学生生徒」への貸付・立替を禁止し(旧競馬法等参照)、銀行による消費者向けカードローンについても貸金業法同様の規制を加えた上で、同様に「学生生徒」への貸付を禁止するなどの法改正を行うこと等が考えられる。 なお、未成年者が、日常生活に必要な取引等の正常な取引市場から排除されてはならないことは論を待たない。
 しかし、如何せん、そのような議論が全くなされていない現状を前提とする限り、拙速な成年年齢の引下げには反対せざるを得ない。
(3)消費者教育施策が十分ではない
 消費者に対し、契約の知識・理解度を向上させる消費者教育を充実させるための消費者教育推進法が平成24年12月13日に施行されている。
 この法律に基づいて、消費者教育あるいは消費者市民社会の形成を推進しようという動きがあり、高等学校でも消費者教育推進法の理念に沿った授業を展開することが求められている。しかしながら、現状では、学校教員に消費者教育を行える程度の研修機会が十分与えられているとはいえず、また、高等学校等の教育機関自体に予算的な問題や時間的制約がある。さらには、一定の消費者教育を実践していたとしても、その効果について客観的な検証がなされていない。
 したがって、高等学校卒業時までに十分な消費者教育の指導がいきわたっているか不明である(文部科学省「地域における様々な主体の連携と協働を目指して-平成25年度「連携・協働による消費者教育推進事業」を踏まえて-」参照)。
 かような状態で、18歳、19歳に対して、少なくとも成年年齢を引下げることによって発生することが想定される消費者問題について、十分教育がなされているとは言い難い。
 したがって、18歳、19歳に対する消費者教育の現状を過度に高評価して、被害予防の配慮が十分なされていると考えることは正しい現状認識とは言えない。
3 選挙年齢との関係性の観点から
(1)平成28年6月19日施行の改正公職選挙法で選挙権が18歳から付与されることに合わせて民法の成年年齢も引下げるべきであるという議論もある(平成28年9月1日法務省「民法の成年年齢の引下げの施行方法に関する意見募集」参照。)。
 現行法上、選挙権は18歳以上の国民全てに付与されており、民法上、行為能力の制限される未成年者であっても、また成年被後見人であっても、18歳以上でありさえすれば、選挙権を行使することができる。つまるところ、制限行為能力者も選挙権を行使できる選挙年齢と異なり、民法の成年年齢は、私法上の行為能力が全面的に付与されるべき時点はいつかという観点から定められるべきものである。したがって選挙権行使の前提となる判断能力と契約等の法律行為の前提となる行為能力との間には、直接の相関関係はないから、民法の成年年齢を選挙年齢の18歳に合わせるべき必要性も合理性もない。
(2)この点、成年年齢を引下げることにより、「若年者の「大人」としての自覚を高めることにつながり、個人及び社会に大きな活力をもたらすことになる」という見解もある(最終報告書7頁)。
 しかし、現時点において成年年齢に達した20歳以上の者がどの程度「大人」としての自覚を有しているのか疑問であるし、また若年者に「大人」としての自覚を高めることがどのように個人及び大きな活力をもたらすことになるのかも不明であるし、そもそも、政治参加を自覚させるための方法として、未成年者取消権を奪ってまで成年年齢を引下げるという発想は本末転倒である。
(3)かつてアメリカでは成年年齢が21歳から18歳に引下げられたが、それは選挙年齢の引下げと関連していると言われている。すなわち、ベトナム戦争当時に、徴兵年齢が18歳であるにもかかわらず、選挙年齢が21歳であるのは不公正である、徴兵されるのに十分な年齢である者は軍隊の在り方を含め政治に意見を述べることが認められるべきだとの議論がなされた。その社会的な流れを受けて、成年年齢も引下げられたのである。
 しかし、その成年年齢引下げにより、アメリカでは以下のような問題が起きたと言われている。
選挙年齢、成年年齢が18歳に引下げられたことから、いくつかの州ではそれまで21歳であった飲酒・酒類購入年齢も18歳に引下げたが、これによって若者の飲酒に付随する死傷者数が増えたという問題が生じた。そのため、飲酒・酒類購入年齢の再引上げが論じられるようになり、1984年に飲酒・酒類購入年齢を21歳以上に定めるよう各州に求める連邦法「全米最低飲酒年齢法」が成立した。
 選挙年齢を引下げたから、成年年齢を引下げようとすると、どのような病理現象を引き起こすのかを語るひとつのエピソードである。
 成年年齢の引下げを考えるのであれば、先に成年年齢の引下げを行った諸外国の問題点を拾い上げ、丁寧に検討する必要があるところ、現時点において、果たしてどれだけの検討がなされているかと言えば、甚だ疑問である。
4 未成年者労働者保護の観点から
(1)年少者は精神的、身体的に未発達で保護される必要があることから、労働法分野でも特別な保護規定(労働基準法58条、59条)が設けられている。中でも労働基準法58条2項は、未成年者が親権者の同意を得て労働契約を締結した場合でも、その契約が未成年者に不利であると認められるときには親権者、後見人または行政官庁がその契約を将来に向かって解除できるという規定であるが、成年年齢が引下げられると、同条項によって保護される年少者の範囲が狭められてしまうことになる。
(2)最近では授業料など学費が高騰しているにもかかわらず、親の収入が相対的に下がっているという現実から、学校に通いながらアルバイトとして就労する未成年者の数は増加している。他方、企業は人件費抑制の見地から学生アルバイトを多用し、店長など基幹業務ですら学生アルバイトをあてることが増えている。
 このような状況下にあるにもかかわらず、学校におけるワークルール教育は徹底とは程遠い状況であって、生徒、学生たちは就労する際に法律上どのように保護されているのかをほとんど教えられていない状態である。
 こうして、生徒、学生側の無知を奇貨として、重い責任と過酷な労働条件を課され、本来の学業への支障にとどまらず、心身にも不調を来すほどの、いわゆるブラックバイトが社会問題化している。
(3)このような現状においては、労働の分野でも年少者の保護を、少なくとも現在より軽くすることは妥当ではない。民法の成年年齢の引下げは、未成年者保護のためのツールのひとつである労働基準法58条2項による範囲を狭めることに直結する。実効性のある代替措置が何らとられていない現状では、拙速な引下げは控えるべきである。
5 親権対象者の引下げ及び養育費支払いなど家事法制の観点から
(1)未成年者には親権者が法定代理人として、未成年者の未成熟な部分を補うようになっている。成年年齢が引下げられた場合、親権者の範囲にも影響が出てくる。
 特に、経済的自立をしていない者または自立が困難な若年者に対して、親権者による保護を得られなくなる。その結果、その若者がさらに困窮する事態を招来しかねない。
 また、18歳を成年年齢にすると、多くの場合高校3年生の段階で成年になることになるが、成年に達した生徒については、親権者を介しての指導が困難になる可能性が指摘されている。
(2)現在の裁判実務において、離婚後の養育費及び婚姻費用に含まれる子の生活費について「成人」か否かが支払終期のメルクマールとなっている。すなわち、成年年齢の引下げは、事実上、養育費等の支払終期の繰り上げに直結するおそれがある。
 本来、養育費等の支払終期については「未成熟子」概念を基準とすべきであると考える。そして、この基本的な考えが裁判実務手続きの中で確実に実現されるような施策も実施されていない。
(3)このように、家事法制の観点からも、問題点に対する十分な手当てがなされないままに成年年齢を引下げることは好ましくない。
6 少年法の観点から
 少年法は、「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする」(少年法1条)ものであり、そもそも民法の成年年齢を何歳にするかとは別に議論すべき問題である。しかし、民法の成年年齢引下げが、少年法における「少年」(少年法2条)の範囲にも事実上の影響を与える可能性もある。現に、平成29年2月9日に法務大臣から法制審議会になされた少年法における少年の年齢の引下げ等に関する諮問(諮問第103号)にも、民法の成年年齢の検討状況に言及されている。
 少年の範囲を仮に18歳未満に引下げると、これまで、家庭裁判所での手続き過程でなされている立ち直りのための様々な措置や保護観察、少年院送致等の処分による対応がされず、刑事手続きにおける不起訴処分や罰金刑で済まされてしまう可能性が高い。そうなると、少年の更生が十分に図られないこととなり、成長発達権を担保出来ない上に再犯防止等の刑事政策の観点からも問題が生じるおそれがあり、少年法上の少年の年齢を引下げることは認められない。
 民法の成年年齢の引下げについて、それが及ぼす影響も踏まえて慎重に検討する必要がある。
7 児童福祉の観点から
(1)児童福祉法では、児童を満18歳に満たない者と定めているが(児童福祉法4条)、必要と認められる場合には、里親等委託や施設入所等の支援を20歳に達するまで継続できることとされている。この点、平成29年4月1日施行の児童福祉改正法により、児童福祉法の「児童」の年齢を超えた場合においても、自立のための支援が必要に応じて継続されることが不可欠であるとの認識のもと、18歳以上20歳未満の者のうち、一時保護や施設入所等の措置等が採られている者について、実施できる支援の内容を広げた。また、自立援助ホームの対象者は22歳の年度末まで拡大されることとなった。このように18歳以上の者に対する支援を拡大している児童福祉法の方向性への配慮を十分検討しない状態で成年年齢の引下げを行うべきではない。
(2)児童福祉分野では、児童福祉法のみならず、未成年者の飲酒・喫煙やギャンブルに関する問題がある。
 すなわち、飲酒・喫煙においては、現在、未成年者飲酒禁止法、未成年者喫煙禁止法があるが、これらの法律は未成年者の健康保護の目的をも有している。昨今、若年者の無謀な飲酒が社会問題となり、また喫煙による健康被害も世間の耳目を集めている。身体機能が十分に成熟したかしていないか微妙な18歳、19歳についても飲酒・喫煙を解禁すべき合理性はあるのか、健康面への影響はどの程度のものなのか、十分な議論を行う必要がある。
 また、ギャンブルにおいても、競馬法や自転車競技法などが存在し、未成年者の勝馬投票券あるいは車券の購入を禁止している。仮に成年年齢引下げとともに、馬券や車券の購入可能時期が18歳になるとするならば、18歳、19歳の者は、20歳以上の者に比して、より社会経験も浅く、経済的基盤も弱い者が多いのであり、これらの者が容易にギャンブルを行えるようにすることは、健全な社会生活の基盤を形成することを阻害し、ひいては生活に困窮する者等が出てくる可能性も否定できない。しかも、競馬等は、本来刑法上の「賭博」に該当するものであるが、目的の公共性などを理由に特別に許容されているにすぎないものであることを考えるならば、18歳、19歳の者がギャンブルを行えるようにすることには十分に慎重である必要がある。したがって、このような若年者が容易にギャンブルに手を出せるような法政策をとることについて慎重でなければならない。
8 自己決定権の観点から
 引下げの理由の一つに自己決定権の尊重が挙げられることがあるが、疑問である。
 けだし、自己決定権を尊重するための制度としては、現行民法においても、生活ステージに応じた親権者の処分の許可(5条3項)や個別の同意(5条1項本文)などにより、柔軟に対応できているし、さらには、未成年者であることを前提にしつつ「成人に近い」という特性を踏まえて、日常生活に必要な行為(9条ただし書、13条1項柱書ただし書)、許可に代わる裁判(13条3項)、意思尊重 (民法858条、876条の5)などをアレンジしたり、特に必要な場合には、個別に本人請求にかかる審判による成年擬制という制度を導入したりする等の立法対応も考えられるからである。
 このような制度を検討することなく、自己決定権の尊重を理由に、成年年齢を一律に18歳に引下げることは妥当でない。
第3 まとめ
 以上のとおり、現状では、民法の成年年齢を20歳から18歳に引下げた場合に生じ得る問題点について、代替措置が講じられるどころか、そのための検討すら十分なされているとは言えない。
 にもかかわらず成年年齢の引下げを実施することは、拙速の誹りを免れない。
 したがって、成年年齢の引下げについては、引き続き慎重に検討し、国民に対し十分に情報を提供し内容を周知させた上で、その賛否を判断すべきである。
以 上

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