地方消費者行政の一層の充実・強化を求める意見書

地方消費者行政の一層の充実・強化を求める意見書

2017年(平成29年)8月9日

内閣総理大臣               安 倍 晋 三  殿
財務大臣                 麻 生 太 郎  殿
総務大臣                 野 田 聖 子  殿
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)  江 﨑 鐵 磨  殿
消費者庁長官               岡 村 和 美  殿


  大阪弁護士会      
  会長 小 原 正 敏


地方消費者行政の一層の充実・強化を求める意見書


第1 意見の趣旨
 1 地方消費者行政推進交付金の継続
  国は、地方消費者行政推進交付金について、その適用対象を2017年度(平成29年度)までの新規事業に限定されている点を、2018年度(平成30年度)以降の新規事業も適用対象に含めるよう改めるとともに、消費者行政の相談体制、啓発教育体制、執行体制等の基盤整備も適用対象に含めたうえで、少なくとも今後10年程度の期間は継続すべきである。
 2 国の事務の性質を有する消費者行政費用に対する恒久的財政負担
  国は、地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち、国と地方公共団体相互の利害に関係する事務に関する予算の相当部分について、消費者安全法第46条及び地方財政法第10条を改正して、国が恒久的に財政負担する事務として位置付けるべきである。
 3 地方消費者行政職員の増員と資質向上の対策
  国は、地方消費者行政における法執行、啓発・地域連携等の企画立案、他部署・他機関との連絡調整、商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上に向け、実効性ある施策を講ずべきである。

第2 意見の理由
 1 地方消費者行政推進交付金継続の必要
 ⑴ 全国の消費生活センターに寄せられる消費者被害やトラブルに関わる苦情相談件数は、1985年(昭和60年)までは10万件以下であったものが、最近10年程は90万件前後で推移しており、過去30年間に約10倍に増加したまま高止まりの状態にある。
 とりわけ、高齢者の消費者被害・トラブルが増加の一途をたどっていることは、高齢化社会が進展していくわが国にとってゆゆしき事態ともいえるもので、しかるべき対策を講じていくことが求められている。
 しかも、消費者被害にあった者のうち行政の相談窓口に相談・申出をした人は、わずか7.0%にとどまる(消費者庁「平成28年版消費者白書」98頁)。年間90万件に上る苦情相談件数は、あくまでも氷山の一角に過ぎない。
 消費者庁の推計によれば、潜在的な被害を含む消費者被害・トラブルの合計金額の推計額は、2015年(平成27年)は約6.1兆円に上り、国家予算約98兆円の約6%に上る被害が、毎年、地域社会の中で発生しているのである。
 ⑵ 地方消費者行政予算・消費生活相談体制整備の状況と課題
 2009年(平成21年)以降、消費者庁の創設及び地方消費者行政の拡充が議論されたことにより、地方消費者行政に特定した財源である「地方消費者行政活性化交付金」等の交付措置により地方消費者行政に対する国の支援が実施されてきた。2011年(平成23年)にはその後を受け継いだ「地方消費者行政推進交付金」に変更して継続され、地方公共団体の相談体制の整備が推進されてきた。
 その結果、消費生活センターの設置数は2009年度(平成21年度)501か所から2015年度(平成27年度)786か所に増加し、2015年度(平成27年度)末までに、何らかの消費生活相談窓口を全ての自治体が設置するに至った(前掲白書26頁)。消費生活センターで相談を担当する有資格者である消費生活相談員の配置人数も、2009年度(平成21年度)2800人から2015年度(平成27年度)3367人へと増加した(前掲白書30頁)。
 もっとも、地域の消費者被害を防止する高齢者見守りネットワークの構築や消費者安全確保地域協議会の設置などの取組みはようやく動き始めたところであり、しかも、市町村の取組みには大きな格差がある。
 また、都道府県の消費者行政担当課には特定商取引法による行政処分権限が付与され、被害拡大防止の役割が期待されているが、都道府県による事業者に対する特定商取引法に基づく指示、業務停止命令についての法執行件数を見ると、そのピークであった2010年(平成22年)以降減少しており、しかも、2013年度(平成25年度)以降の行政処分件数が0件の自治体が17もあるなど、地域間の格差が顕著となっている。
 ⑶ 地方消費者行政推進交付金継続の必要性
 2011年(平成23年)から実施されてきた地方消費者行政推進交付金は、2017年度(平成29年度)までの新規事業を適用対象事業として限定的に定めることにより、地方公共団体が独自財源により早期に積極的な体制整備に取組むことを促してきた。
 その結果、大阪府内においても、消費生活相談員を増員した自治体や、高齢者に対する詐欺電話を防止するための装置を配置する自治体が出てきた。また、訪問販売お断りステッカーの普及に取組む自治体も増えてきた。
 消費生活相談体制・消費者のための事業が一定程度整備されてきた実績は、こうした国の支援方策の成果として評価することができる。
 しかし、交付金の適用対象事業を2017年度(平成29年度)までの新規事業に限定するという現行実施要領のままであれば、上記の高齢者見守りネットワークの構築や消費者安全確保地域協議会の設置などの取組みが進まないことや、消費生活相談員を減員することになって相談体制が後退することが懸念される。その結果、地方消費者行政の必要最低限度の体制整備が確保できない地域が増えるなど、地域間格差が広がることが危惧される。
 2016年(平成28年度)のうちに、全国知事会等の地方公共団体関連4団体ならびに20都道府県が、地方消費者行政の拡充に向けた国の財政措置を要望する意見書を提出していることが、何よりも地方の実情を示している。
 ⑷ そこで、国は、地方消費者行政推進交付金の実施要領を改正し、その適用対象を2017年度(平成29年度)までの新規事業に限定されている点を2018年(平成30年)以降の新規事業も適用対象に含めるよう改めるとともに、これまで地方消費者行政推進交付金実施要領によれば適用対象とされていなかった消費者行政の相談体制・啓発教育体制・執行体制等の基盤整備をも適用対象に含めたうえで、さらに少なくとも今後10年間は継続すべきである。

 2 国の事務の性質を有する消費者行政費用に対する恒久的財政負担
 ⑴ 消費者安全法第46条及び地方財政法第10条の定め
  地方財政法第10条は、「地方公共団体が法令に基づいて実施しなければならない事務であって、国と地方公共団体相互の利害に関係がある事務のうち、その円滑な運営を期するためには、なお、国が進んで経費を負担する必要がある次に掲げるものについては、国が、その経費の全部又は一部を負担する。」として、全国的に影響する事項や地域格差を解消し最低限の水準(ナショナルミニマム)を確保すべき事項を列挙している。
消費者安全法第46条は、「国及び地方公共団体は、消費者安全の確保に関する施策を実施するために必要な財政上の措置その他の措置を講ずるよう努めなければならない。」と定めている。
 ⑵ 消費生活相談情報等の収集事務の人件費
  地域で発生する消費者被害の防止・救済の事務は基本的に自治事務だとされている。消費生活センターにおいて地域の消費者の相談を受け付け助言する部分を見れば、確かに地域の住民サービスの性質を有するであろうが、相談処理に当たり法令違反行為の有無を聴取し、その相談情報を法令上の義務としてPIO-NET(全国消費者情報ネットワークシステム)に登録して全国で情報共有し、悪質業者の排除等の法執行に活用することは、広域的被害を防止する国の消費者行政事務のうち情報収集事務を地方公共団体が担っているものだと評価できる。
また、消費者安全法に基づく重大事故情報を地方公共団体から国に通知する業務も、国の消費者被害情報の集約事務の一端を法令に基づいて地方公共団体が分担していることにほかならない。
 ⑶ 法執行事務の人件費
  インターネット取引被害や電話勧誘販売被害などに見られるように、消費者被害を発生させる事業活動の多くは広域的に活動する事業であり、地方公共団体が違法な事業者を早期に規制して被害の拡大を防止することは、国が対応すべき事務を地方公共団体が担っていると見ることができる。
 この観点から見ると、都道府県が特定商取引に関する法律(特定商取引法)や不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)に基づき違反業者に対する行政処分を執行することは、我が国の市場の公正を確保する役割を地方公共団体が担っていると評価することができる。ところが、近年は地方公共団体による法執行件数が大幅に減少している状況にあり、その大きな原因は職員不足にあると指摘されている。
 ⑷ 適格消費者団体の活動運営費
  適格消費者団体は、消費者契約法、特定商取引法、景品表示法等の違反行為の差止請求業務を通じて、我が国の市場の不当契約条項や不当表示を監視している。これらの業務によって取引の公正を確保する役割を担い、これも国の事務の一端を民間団体が担っていると評価することができる。
 ⑸ 消費者安全法第46条及び地方財政法第10条の改正
  そこで、国は、地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち、消費生活相談情報のPIO-NET登録、重大事故情報の通知、法令違反業者への行政処分、適格消費者団体の差止関係業務等のような国の事務の性質をも有する消費者行政に関する費用は、国と地方公共団体相互の利害に関係する事務といえるので、消費者安全法第46条及び地方財政法第10条を改正して国が恒久的に財政負担する事務として位置づけるべきである。
なお、立法に当たっては、生活困窮者自立支援法第9条及び地方財政法第10条34号が生活困窮者自立相談支援事業等に対する国の負担を定めていることを参考にすべきである。

 3 地方消費者行政職員の増員と資質向上
 地方消費者行政が今後取組むべき課題は、都道府県の消費者行政が法執行を適切に行うことにより悪質業者の規制を強化すること、市町村の消費者行政が地域の関係団体と連携して見守りネットワークを推進し、自らが自覚を持って消費行動をする消費者市民及びそれを支援するサポーターを育成する消費者教育を展開することなどであり、そのためには消費者行政担当職員の役割はますます重要なものとなる。言い換えれば、今後は、消費者行政担当職員が、見守りネットワーク運動の推進等のコーディネーターの役割を果たすことが求められているのである。
 さらに、違法な事業活動に対する法執行件数が減少している現状や、商品事故に関する原因究明や商品テスト担当職員が減少している現状に対し、消費者行政担当職員の配置と専門性向上の施策が重要な課題である。
 しかし、2009年(平成21年)の消費者庁創設以降も地方公共団体の消費者行政担当職員はほとんど増えておらず、職員の役割が十分に果たせていないのが現状である。
 そこで、国は、地方消費者行政における法執行、啓発・地域連携等の企画立案、他部署・他機関との連絡調整、商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上に向け、実効性ある施策を講ずべきである。
以上

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