少年法の適用年齢の引下げに反対する意見書

少年法の適用年齢の引下げに反対する意見書

2017年(平成29年)11月7日

法務省 御中
法制審議会 御中
法制審議会少年法・刑事法
(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会 御中

  大阪弁護士会      
  会長 小 原 正 敏


少年法の適用年齢の引下げに反対する意見書


第1 意見の趣旨
 1 民法の成年年齢にかかわらず、少年法の適用年齢を20歳未満とする現行法を堅持すべきである。
 2 若年者に対する刑事政策的措置については、現行制度を改善すべき点はあるが、刑事政策、刑事法及び刑事司法実務全体に影響するものであり、多角的、実証的な調査と十分な検討を行うべきである。

第2 意見の理由
 1 はじめに
  法務大臣は、民法の定める成年年齢に関する検討状況等を踏まえ、少年法の規定について検討が求められている等として、少年法における「少年」の年齢を18歳未満とすること並びに非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備の在り方等について、2017年(平成29年)2月に、法制審議会に対し諮問を行った。そして、現在、法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において審議がなされている。他方で、民法の成年年齢を18歳に引き下げる法案が、近く国会に提出される動きが報じられている。
  当会は、すでに、少年法の適用年齢の引下げについては反対の意見を表明しているが(2015年(平成27年)5月18日会長声明)、民法の成年年齢に関する状況にかかわらず、少年法の適用年齢は現行の20歳未満を堅持すべきであることをあらためて指摘する。
  また、若年者に対する刑事政策的措置については、前述の法制審議会において、受刑者に対する施設内処遇の充実、施設内処遇と社会内処遇との連携の強化、社会内処遇の充実といった措置について議論されている。20歳以上の若年者に対する刑事政策的措置については、アセスメントや処遇の個別的な対応の強化、施設内処遇と社会内処遇との連携の充実といった点について、現行制度や運用を改善すべき点が多いが、刑事政策、刑事法及び刑事司法実務全体に影響するものであり、法律学者に偏重するのではなく、矯正、教育、心理の専門家の意見も聴取するなど、多角的、実証的で広範な調査と十分慎重な検討を行うべきである。

 2 少年法の適用年齢について
 (1)少年法の適用年齢を堅持すべき理由
  ① 少年法の目的
  少年法の目的は、「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」ことと規定されている(少年法第1条)。少年非行の防止は社会における犯罪防止の不可欠な部分であるが、少年が調和のとれた発達を確保し、社会的に有益なつながりをもって、人間主義的な指向を持つことが重要となる。少年法は、かかる視点に立って、少年自身やその環境に積極的に働きかけて少年を支援するという発想に立っている。これを実現するために、医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知見を活用して調査をし、必要な保護処分を決定し、ときには、処分前に試験観察という方法で働きかけを行う等、成人の刑事手続きとは基本的な視点を異にする独自の制度を展開している。

  ② 少年法は有効に機能している
  少年非行は、増加もしていないし、凶悪化もしていない。
  家庭裁判所における少年一般保護事件の新規受理人員は、1983年(昭和58年)に30万2856件に達し、近年では2003年(平成15年)に20万8281件となったが、以後減少し続け、2015年(平成27年)には7万2701件となっている。少年人口が減少していることを加味しても、それを超える減少傾向にある。
  また、凶悪事件の代表例である殺人事件についてみても、殺人事件(未遂も含む)の家庭裁判所における終局処分人数は、1965年(昭和40年)代半ばまでは100件以上あり、多い年には300件を超えていたが、それ以後一貫して減少を続けており、2015年(平成27年)には33件(内殺人既遂は13件)にまで減少している。   
  また、例えば、1991年(平成3年)生から1996年(平成8年)生の少年の検挙人員は、15歳をピークとして以後減少しており、非行の多くが初発段階で収束し、それ以上非行が進行する前に食い止められていると指摘されている。
  これらの事象は、いわゆる全件送致主義をとり、家庭裁判所を中心として、調査官制度を活用したうえで、福祉とも連携しつつ、多角的で科学的な対応を行うという少年法の基本的な枠組みが功を奏していることを意味する。
  2015年(平成27年)における、18歳及び19歳(終局時年齢)の少年の家庭裁判所での一般保護事件終局処分人員数は、1万421人となっているところ、これらの少年を少年法の手厚い対象からはずすことを正当化する立法事実はどこにもない。
  
  ③ 現在の社会の実情と少年法の果たすべき役割
  近時、社会的、経済的な格差が拡大しているとの指摘がなされている。子どもの貧困率(相対的貧困率)は2015年(平成27年)に13.9%となり、過去最悪だった2012年(平成24年)の調査から2.4%改善したものの、子どもの7人に1人が所得が少なく生活が苦しい貧困状態にある。貧困が非行に至った背景となっている場合も多く、このような社会的、経済的格差が拡大している現代においては、ますます生育歴や家庭環境等の子どもへの影響は大きく、子どもと家庭への支援や調整が重要となっており、少年法の仕組みが重要性を増している。
  また、近時の高学歴社会の到来に伴い、年長の少年であっても、社会的、経済的に自立できていない少年が増加している。大学進学率は概ね上昇し続けており、2017年度(平成29年度)の調査によると、高等学校卒業者の大学・短大進学率(現役)は54.8%、専門学校進学率(現役)は、16.2%に達しており、18歳で社会的、経済的に自立している者は少数である。そのように現代においては、全体として少年の自立が遅れる傾向にあり、この点から見ても、18歳及び19歳の少年を少年法で支援する必要性はむしろ高まっている。

  ④ 少年法に対する社会の誤解
  少年法の適用年齢の引下げに対しては、近時なされた世論調査において、適用年齢を引き下げるべきという意見が約8割を占めていたとの報道がなされている。一方で、内閣府が行った世論調査では、重大な少年事件が増加しているという回答が78.6%を占めており、少年事件の「凶悪化」が少年法の適用年齢の引下げに賛同する意見の根拠となっていると推測できるところである。
  しかし、少年事件は大幅な減少傾向にあり、凶悪化している事実もないことは、先に指摘したとおりである。
  少年法に対しては、少年事件の「凶悪化」を喧伝するマスコミ報道やネット情報などの影響により、社会に誤解が広がっているが、このような誤解に基づいて、少年法の制度を変更することは許されない。

 (2)民法の成年年齢と少年法の適用年齢とは関連しない
  ① 各法律の適用年齢はそれぞれの法律の趣旨によって決めるべき
  選挙権を有する年齢が18歳以上となり、民法の成年年齢を18歳に引き下げる法案提出の動きもあることから、国法上の統一や国民への分かりやすさの観点から、少年法についても、適用年齢を引き下げるべきであるという意見もある。
  しかし、各法律において何歳から一定の保護から離れるとするのかという点は、それぞれの法律の趣旨に従って決まっているのであって、例えば、労働法の分野においては、児童、年少者、未成年者、成人の四段階に細かく区分し、その年齢ごとの心身の発達状況に応じて規制を定めている。その他、被選挙権の年齢なども、現時点で20歳とされているわけではない。
  また、民法の成年年齢が引き下げられたとしても、飲酒、喫煙及び公営ギャンブルについては、20歳の年齢区分をそのまま維持する方向で検討が進んでいると報道がなされているが、仮にこれが事実であれば、政府自身も一律的な対応をすることなく、それぞれの法の趣旨に照らして法改正の必要性を判断しているのである。国法上の統一の必要性や国民への分かりやすさは、もともと有効に機能している少年法について、その仕組みを大きく変更させる根拠にはならない。

  ② 少年法の適用年齢は民法の行為能力に合わせて設定されたわけではない
  戦前の旧少年法は18歳未満を適用年齢としていたところ、戦後に施行された現行少年法は、適用年齢を20歳未満に引き上げた。他方、民法は1898年(明治31年)に施行されて以来、20歳を成年年齢としていた。
  もともと、少年法の適用年齢と民法の成年年齢とは連動するものでもなく、現行の少年法制定に際して適用年齢を引き上げたのも、民法の成年年齢と合致させるべきという議論がなされていたわけではなく、少年法が果たすべき役割が重要であり、18歳、19歳の若年者に対しても少年法を適用することが望ましいからということが挙げられていた。
  このような歴史的経緯をみても、少年法と民法を一致させる必要性はない。

  ③ 民法上の成年年齢に達した者に対し少年法を適用することは憲法上も許容される
  民法上の成年年齢に達した者に対して少年法を適用することは、過度なパターナリズムとして許容されないなどの指摘がなされている。しかし、現行法上も、婚姻により成年擬制されていても20歳未満の少年には少年法が適用され、更生保護法第68条第2項が適用される場合には20歳以上の成年に対しても少年法は適用されているのであり、これらについて憲法上の問題があるとは考えられていない。また、少年院の収容期間も最大26歳未満までとされており、少年法に基づく保護処分が20歳以上の者に対しても行われているが、これについても、憲法上の問題があるとは考えられていない。
  少年法に基づく処遇を実施するか否かは、パターナリズムという観点だけではなく、刑事政策的な見地も含めて、総合的な観点から検討されるべきものであり、これらの手続が司法手続を経ていることも踏まえれば、民法上成年年齢に達しているとしても、未成年者と同様の対応が必要である場合に、少年法を適用することが許容されることは明らかである。
    
 (3)少年法と同等またはそれを超える措置を講ずることはできない
  若年者に対する刑事政策を見直せば、少年法の適用年齢を引き下げても弊害が出ないのではないかといった意見もあり得る。しかし、少年法が機能しているのは、検察官の不起訴裁量を許さず、少年事件全件を家庭裁判所に送致をした上で、心理学、教育学等の専門知識を有する家庭裁判所調査官の社会調査を踏まえて、個別的な少年の課題を明らかにし、当該少年に対して個別的に対応を行っているからである。
  裁判所という中立的な判断機関を経ずに、検察官が中心となって、本人に対し、福祉的な「支援」を事実上または法律上強制することは、適正手続の観点から問題がある。また、少年法は、先に指摘した諸要素が有機的に機能してその役割を果たしているのであり、その一つでも除外すれば、極めて不十分な対応しかできない。換言すれば、若年者に対して効果的な刑事政策的効果を与えようとすれば、少年法と同一の制度をとるしかなく、そうであれば、少年法の適用年齢の引下げには合理的な根拠がないこととなる。

 (4)小括
  以上から見ても、少年法の適用年齢の引下げには合理性がなく、様々な観点から弊害が予想されるところ、民法の成年年齢に関わりなく、少年法の適用年齢を20歳とすべきである。

3 若年者に対する刑事政策の在り方について
 20歳以上の若年者に対する刑事政策的措置については、アセスメントや処遇の個別的な対応の強化、施設内処遇と社会内処遇との連携の充実といった点について、現行制度を改善すべき点がある。
 すなわち、現行法制では、20歳に達するまでの者は、少年法により個別的で手厚い教育的な措置を受けることになるが、20歳に達すると、基本的には成人として対応がなされ、本人への働きかけや環境の調整は急激に不十分となってしまう。教育的な措置が必要であるにもかかわらず、20歳になった途端に、それを受けられないことは、本人がその後の社会生活を送る上で不適切と言わざるを得ない。
 さらに、成人の刑事政策全般に関することであるが、現行の刑罰は、懲役刑を基本としているところ、単純作業を中心とした懲役刑が必ずしも本人の更生に資するとはいえず、個別的で総合的な関わりが必要であるにもかかわらず、処遇が硬直化しているとの指摘もある。
 前述の法制審議会においても、受刑者に対する施設内処遇の充実、施設内処遇と社会内処遇との連携の強化、社会内処遇の充実といった措置について議論されているところである。
 ただ、以上の点は、刑事政策、刑事法及び刑事司法実務全体に影響するものであり、法律学者に偏重するのではなく、各方面の専門家の意見も聴取するなど、多角的、実証的で広範な調査と十分慎重な検討を行うべきであり、少年法の適用年齢の引下げの議論とは切り離して検討すべきである。
 また、刑罰の執行に関しては、教育を目的とすることをどこまで強調し得るかといった原理的な問題もあり、この点も踏まえた検討も必要である。

4 結論
 以上のとおりであるから、少年法の適用年齢を20歳未満とする現行法を堅持し、若年者に対する刑事政策的措置については、多角的、実証的な調査と十分な検討を行うべきであると考える。
 
 以 上

ページトップへ
ページトップへ