憲法9条にかかる憲法改正議論に対し、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義を尊重し、日本国憲法の根本にある立憲主義を堅持する立場から、課題又は問題を提起し、十分かつ慎重な議論が尽くされることを求める意見書

憲法9条にかかる憲法改正議論に対し、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義を尊重し、日本国憲法の根本にある立憲主義を堅持する立場から、課題又は問題を提起し、十分かつ慎重な議論が尽くされることを求める意見書

2019年(令和元年)7月4日

   
  大阪弁護士会      
  会長 今 川  忠



憲法9条にかかる憲法改正議論に対し、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義を尊重し、日本国憲法の根本にある立憲主義を堅持する立場から、課題又は問題を提起し、十分かつ慎重な議論が尽くされることを求める意見書


第1 意見の趣旨
 2018年(平成30年)3月に政権与党である自由民主党により取りまとめられた憲法9条に関する改正案(以下「自民党9条改正案」という。)は、憲法9条の2を追加することによって、憲法9条の規定は「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置」をとることを妨げないとした上で、憲法に自衛隊の存在を書き加えるものである。
 この自民党9条改正案に対し、当会は、日本国憲法の基本原理の一つである恒久平和主義を尊重し、日本国憲法の根本にある立憲主義を堅持する立場から、以下の点について、十分かつ慎重な議論が尽くされることを求める。

1 恒久平和主義
 日本国憲法は、アジア・太平洋戦争の惨禍を経て得た「戦争は最大の人権侵害である」との反省に基づき、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し(前文)、武力による威嚇又は武力の行使を禁止し(9条1項)、戦力不保持、交戦権否認(9条2項)という世界に例を見ない徹底した恒久平和主義を基本原理として採用している。自民党9条改正案は、このような恒久平和主義の根幹をなす憲法9条に関連して、「必要な自衛の措置」を認め「自衛隊」を明記するものであるから、これまでの恒久平和主義の下で認められる自衛権行使のあり方、とりわけ自衛権行使の限界(その可否を含む。以下、同じ。)について大きな変更を迫るものとなり得る。そこで、自民党9条改正案による憲法改正については、以下の点について、十分かつ慎重な議論が尽くされなければならない。
 ①自民党9条改正案による憲法改正によって、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義に何らかの影響があるのか、あるとすればどのような影響か。
 ②自民党9条改正案によって認められる自衛権行使のあり方は、日本の平和を維持するために最も適切なものか。例えば個別的自衛権の行使にとどめるべきか、限定のない集団的自衛権の行使まで認めるべきか等、今後、日本の平和を維持するために自衛権行使のあり方としてどのようなものを目指すべきか。

2 立憲主義
 近代立憲主義の基本は、個人の人権を守るために憲法により権力を縛る(統制する)というものである。日本国憲法の根本にある立憲主義も、この近代立憲主義の考え方を継承し発展させており、「個人の尊重」と「法の支配」原理を中核として、国会、内閣、裁判所を含むすべての国家権力を統制するものである。
 ⑴ 内容面の統制
 このような立憲主義を全うするためには、恒久平和主義(前項①、②)について熟議を経た結果、日本の平和を維持するために最も適切と考えられた自衛権行使のあり方、とりわけ自衛権行使の限界について、憲法上明確に定められなければならない。自衛権行使の限界が憲法上明確であれば、自衛隊の組織、規模、保持できる「実力」、行動等にも実効的な立憲的統制が及ぶものであるが、明確でなければ、憲法上の統制を受けることなく自衛権行使の限界(ひいては自衛隊の組織、規模、保持できる「実力」、行動等)の判断が内閣又は国会に委ねられてしまい、日本国憲法の根本にある立憲主義に違背することになる。
 ところが、自民党9条改正案は、「必要な自衛の措置」を妨げずと定めるのみであり、認められる自衛権行使が、専守防衛・個別的自衛権の行使にとどまるのか、存立危機事態には一定の限度で集団的自衛権の行使を認めるのか、あるいは限定のない集団的自衛権の行使まで容認するのか等、自衛権行使の限界が文言上明らかではない。よって、自民党9条改正案による憲法改正は、憲法上の統制を受けることなく「必要な自衛の措置」の判断が内閣又は国会に委ねられることになるので、日本国憲法の根本にある立憲主義に違背する疑いが強く、この点について十分かつ慎重な議論を尽くすべきである。
 ⑵ 手続面の統制
 また、自民党9条改正案は、「必要な自衛の措置」のための「実力組織」として「自衛隊」を憲法に明記し、自衛隊の「行動」について「国会の承認その他の統制」に服する旨を定める。この点、「自衛隊」を憲法に明記すること自体に他の行政機関との関係や強い正統性と権威に基づく権限拡大への危惧といった問題点が指摘されているうえ、立憲的統制をみるに、統制の具体的内容を法律に委ねていることに加えて、「その他の統制」という国会以外の機関による統制も容認していることから、自衛隊の「行動」に対する手続面からの立憲的統制に疑義が生じ,日本国憲法の根本にある立憲主義に違背するおそれがある。
 ⑶ 以上のように、自民党9条改正案には日本国憲法の根本にある立憲主義の観点から、内容・手続両面において重大な問題又は課題があることから、自民党9条改正案に基づく憲法改正については、以下の点について、十分かつ慎重な議論を尽くさなければならない。
 ①恒久平和主義(前項①、②)について議論を尽くした結果、日本の平和を維持するために最も適切と判断された自衛権行使のあり方について、自民党9条改正案は、国会、内閣、裁判所を含むすべての国家権力を立憲的に統制するに足りる程度に、明確に記載されているか(内容統制)。
 ②自民党9条改正案のとおりに自衛隊を憲法に明記した場合、自衛隊の行動に対する手続面からの立憲的統制の仕組みはどのようにあるべきか(手続統制)。

第2 意見の理由
はじめに-自民党9条改正案が取りまとめられるまでの経過
 ⑴ 憲法9条と自衛隊に関する従来の政府解釈
 従来の政府解釈は、まず自衛権の行使について、平和的生存権(憲法前文)や幸福追求権(13条)を根拠に、憲法が自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとは解されず、①我が国に対する武力攻撃が発生した場合、②それを排除するのに適当な手段がないときに、③それを排除するために必要最小限度の範囲に限定して認められる、というものであった。
 すなわち、憲法上許される自衛権の行使の範囲は、必要最小限度の個別的自衛権の行使に限定され、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は上記①の要件を欠くため憲法上許されないとされていた。そして、上記自衛のための必要最小限度の実力組織である自衛隊は憲法9条2項の「戦力」に該当しないと説明されていた。
 以上の政府解釈に基づき、自衛隊の存在やその規模、装備等の保持できる「実力」及び行動は、上記①から③の要件を満たす範囲でのみ認められ、その範囲を超えた攻撃型空母や長距離戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイルなどの攻撃的兵器は持つことができないとされ、さらには、非核三原則や武器輸出三原則などの政策原則が形成されてきた。
 ⑵ 閣議決定による憲法9条解釈の変更と安全保障法制の制定
 その後、政府は、2014年(平成26年)7月1日の閣議決定(以下「2014年閣議決定」という。)で、これまで憲法9条によって集団的自衛権の行使は認められないとしていた従来の政府解釈を変更し、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から脅かされる明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使すること」は許されるとして集団的自衛権の一部行使を認めた。そして、これに基づき2015年(平成27年)9月19日にいわゆる安全保障法制が制定された。
 上記の2014年閣議決定及び安全保障法制は、明文の憲法改正という形式によってしか認められないと解される集団的自衛権の行使を閣議決定という形式で認めたものであり、憲法96条が定めた憲法改正手続を潜脱し、立憲主義に違背するものである(大阪弁護士会2014年(平成26年)1月21日付け「集団的自衛権の行使容認に反対する意見書」、2015年(平成27年)6月5日付け「集団的自衛権行使容認等の安全保障法制についての意見書」等)。
 ⑶ 自民党9条改正案
 以上の経過を経て、自民党9条改正案が取りまとめられたが、その内容は、従来の憲法9条1項2項を存置した上で、自衛隊について定めた憲法9条の2を追加するというものである。その結果、憲法9条は以下のとおり改正されることになる。
  
 憲法9条 
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。
 憲法9条の2
 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
  2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

 この自民党9条改正案の提案理由については、①日本を取り巻く安全保障環境の緊迫化が進んでいること、②自衛隊が現実に存在し、その活動は多くの国民の支持を得ているのに対し、憲法学界では自衛隊違憲説が大勢を占めており、国会に議席を持つ政党の中にも自衛隊を違憲とするものがあるので、憲法改正により自衛隊を憲法上の機関と位置づけ、「自衛隊違憲論」を解消すべきであること、③今回の憲法改正は憲法9条をそのままに、自衛隊の存在を書き加える(加憲)だけなので、これまでと何らの変化も生じないこと、などと説明されている。
 しかし、この自民党9条改正案については、以下に述べるような課題又は問題が存在するので、これらについて、十分かつ慎重な議論を尽くされなければならない。

 1 恒久平和主義
 日本国憲法前文は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」、「日本国民は、恒久の平和を念願し」と定めて、恒久平和主義が日本国憲法の基本原理の一つであることを明らかにしている。
 これは、日本が、アジア・太平洋戦争を経験し、これにより国内外に多大なる損害が生じ、国家存亡の淵にまで至ったことなどから、「戦争は最大の人権侵害である」との反省にいたり、二度とこのような事態に陥らないようにするためである。
 そして、憲法9条は、この恒久平和主義を実現するために、1項で戦争、武力による威嚇、武力の行使を禁止し、2項で陸海空軍その他の戦力を保持しないと規定している。
 この憲法9条は、これまで現実政治との間での緊張を強いられながらも、自衛隊を違憲とする憲法学説の存在とも相俟って、自衛隊の組織、規模、装備等の保持できる「実力」、行動等について、それが憲法9条2項の禁止する戦力に該当していないか、専守防衛・個別的自衛権行使の範囲を逸脱していないかを問いなおす規範として機能してきた。
 日本が、戦後70年余りにわたって、国内外で直接の戦争や武力行使を行うことなく、平和国家としての存在を全うしてきたのは、この憲法9条の存在によるところが大きい。
自民党9条改正案は、このような恒久平和主義の根幹をなす憲法9条に関連して、「必要な自衛の措置」を認め「自衛隊」を明記するものであるから、これまでの恒久平和主義の下で認められる自衛権行使のあり方について大きな変更を迫るものとなり得る。
 そこで、今回の自民党9条改正案による憲法改正については、こうした日本国憲法の基本原理である恒久平和主義に何らかの影響があるのか、あるとすればそれはどのような影響かについて、十分かつ慎重な議論が尽くされることが必要である。
 さらに進んで、自民党9条改正案による憲法改正については、日本国憲法の恒久平和主義に影響がある場合、同憲法改正によって認められる自衛権行使のあり方は、日本の平和を維持するために最も適切なものかについても、十分かつ慎重な議論を尽くさなければならない。日本の平和を維持するためには、やはり自衛権の行使は認めず非軍事中立を貫くべきか、専守防衛・個別的自衛権の行使の限度で認めるにとどめるべきか、存立危機事態において一定の集団的自衛権行使を認めるべきか、それとも諸外国と同様に国際連合憲章51条に定める限定のない集団的自衛権の行使まで認めるべきか等について、時間をかけて議論を尽くさなければならない。「戦争は最大の人権侵害である」という反省から日本国憲法の基本理念となった恒久平和主義の重要性に鑑みれば、今後、日本の平和を維持するために自衛権行使のあり方としてどのようなものを目指すべきか、全国民的議論を巻き起こし、あらゆる意見を検討した上で、十分かつ慎重な議論を尽くさなければならない。

 2 立憲主義(内容統制)
 前項で述べたような恒久平和主義についての議論を尽くした結果、日本の平和を維持するために最も適切と考えられた自衛権行使のあり方、とりわけ自衛権行使の限界について、それがどのようなものであっても、憲法上明確に定められなければならない。そして、自衛権行使の限界が憲法上明確であれば、自衛隊の組織や規模、どの程度の「実力」が保持できるのか、どのような目的、場所で行動できるのか等についても実効的な立憲的統制が及ぶものである。
 仮に自衛権行使の限界が憲法上明確でなければ、憲法上の統制を受けることなく自衛権行使の限界の判断が内閣又は国会に委ねられてしまい、ひいては、自衛隊の組織や規模、どの程度の「実力」が保持できるのか、どのような目的、場所で行動できるのか等についても内閣又は国会が憲法上の統制を受けることなく判断することになる。これでは、自衛権の行使や自衛隊について、国会及び内閣の判断に対する実効的な立憲的統制が無いに等しく、日本国憲法の根本にある立憲主義に違背することになる。
 この点、自民党9条改正案による憲法9条の2第1項は、「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」、「そのための実力組織として」「自衛隊を保持する」としている。
 ここで「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置」とは、2014年閣議決定以前の専守防衛・個別的自衛権の行使の範囲にとどまるのか、それとも2014年閣議決定以後認められた集団的自衛権の一部行使も含むのか、あるいは存立危機事態に限定されない集団的自衛権の行使をも容認するものか、文言上明らかではない。また、2014年閣議決定で容認された集団的自衛権は、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合(存立危機事態)において、他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは許される」とするもので、集団的自衛権の行使に一定の歯止めを掛けているが、自民党9条改正案では、文言上、明確な歯止めがない。さらに、戦力の保持を禁止する憲法9条2項と自衛隊の保持を定める改正案の憲法9条の2第1項とはどのような関係にあるのかが、必ずしも明らかではなく、自民党9条改正案により憲法9条2項が空文化するとの解釈もあり得るので、この点に関する議論も必要となる。
 そこで、前項で述べたように恒久平和主義について議論を尽くした結果、日本の平和を維持するために最も適切と判断された自衛権行使のあり方について、自民党9条改正案は、国会、内閣、裁判所を含むすべての国家権力を立憲的に統制するに足りる程度に明確に記載されているかどうか、について十分かつ慎重な議論を尽くさなければならない。

 3 立憲的統制(手続面)
 自民党9条改正案は、自衛隊の「行動」について、「法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」と定めるが、手続面における立憲的統制としては、なお検討の余地がある。
 軍は国家における最強の実力組織である。今日の国際社会でも、為政者による軍を利用した国民に対する弾圧が少なからず生じており、十分な統制の必要性は高い。
 この点、日本は第二次世界大戦における軍国主義と敗戦を経験し、ドイツは第二次世界大戦における全体主義と敗戦を経験し、戦争について類似の歴史をもつところ、ドイツは、憲法で再軍備を規定するにあたり、下院たる連邦議会と上院たる連邦参議院のいずれか一方の要求により軍隊の出動を中止させ(ドイツ連邦共和国基本法87a条4項)、連邦軍行政について、連邦議会のみならず原則として連邦参議院の同意をも要するとし(同法87b条)、防衛事態の確認については上下院の同意を要するとした上で、連邦議会の特別多数決を要するとし(同法115a条1項)、防衛事態の終了についても上下院の意思決定によりいつでも終了することができるなど(同法115l条)、詳細な統制規定を設けている。
 ところが、自民党9条改正案では、自衛隊の「行動」、特に実力行使の開始・継続・終了等について、手続的な統制のための規定がない上に、「その他の統制に服する。」(憲法9条の2第2項)と定め国会以外の機関による統制を容認している。これでは、自衛隊という軍にも比肩する強力な実力組織に対する立憲的統制として極めて不十分であり、権力の濫用から国民の人権を守るという立憲主義に違背するおそれがある。
 したがって、自民党9条改正案により自衛隊を憲法上の機関として明記するのであれば、立憲主義の見地から、自衛隊の行動に対する手続面からの統制の仕組みについて、十分かつ慎重な議論を尽くさなければならない。

 4 以上のとおり、憲法9条にかかる憲法改正は、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義及び日本国憲法の根本にある立憲主義に関わる重大な問題であるところ、自民党9条改正案には十分かつ慎重な議論を尽くすべき多くの課題又は問題が存在する。
 これらの課題又は問題については、憲法改正の是非を最終的に決定する国民が適切に理解し判断できるよう、十分かつ慎重な議論が尽くされなければならない。
 よって、当会は、憲法9条にかかる憲法改正議論に対し、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義を尊重し、日本国憲法の根本にある立憲主義を堅持する立場から、以上のように課題又は問題を提起し、十分かつ慎重な議論が尽くされることを求めるものである。
以  上


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