大崎事件第三次再審請求棄却決定に抗議する会長声明

大崎事件第三次再審請求棄却決定に抗議する会長声明

 最高裁判所第1小法廷は、2019年6月25日、いわゆる大崎事件第三次再審請求事件(請求人原口アヤ子氏等)における再審開始決定(2017年6月28日鹿児島地方裁判所決定)及び同決定を維持した即時抗告審決定(2018年福岡高等裁判所宮崎支部決定)を取り消し、再審請求を棄却した(以下、「本決定」という。)。
 大崎事件は、1979年10月、原口アヤ子氏が、元夫、義弟と共謀して被害者を殺害し、その遺体を義弟の息子も加えた4名で遺棄したとされる事件である。犯行を裏付ける客観的証拠はなく、共犯者とされた親族の供述を主な証拠として、逮捕以来、一貫して犯行を否認してきた原口アヤ子氏に対し、懲役10年の有罪判決が言い渡され、確定した。
 その後、原口アヤ子氏は、40年の長きに亘って自らの無実を訴え続け、出所後も冤罪を晴らすため、再審請求を行った。このうち、第一次再審請求においては、鹿児島地方裁判所により再審開始決定がなされたが、検察官の抗告による即時抗告審において取り消され、特別抗告審において取り消しが確定した。続く第二次再審請求審も棄却された。
 今般、第三次再審請求審では、新たな法医学鑑定と供述心理鑑定が新証拠として提出され、鹿児島地方裁判所において法医学鑑定人及び供述心理学鑑定人の証人尋問も行ったうえで再審開始決定が出された。即時抗告審でも再審開始の結論は維持された。
 最高裁判所第1小法廷は、検察官の特別抗告に理由がないとしたのであるから、再審開始決定を開始させた上で、事実認定の審理について、再審公判の裁判所に委ねるべきであった。しかるに、同法廷は、検察官の特別抗告を排斥しながら、再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する前代未聞の判断を下した。
 再審請求審は、「再審を開始する」か否かを判断する手続である。確定した有罪判決を取り消し、無罪判決を確定させる効果を有するものではない。そのため、昭和50年5月20日最高裁判所第1小法廷決定(いわゆる白鳥決定)では、新証拠と他の全証拠を「総合的に評価して…確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りる」ことが明らかにされ、それに続く昭和51年10月12日最高裁判所第1小法廷決定(いわゆる財田川決定)でも「確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的なものであることを必要とし、かつ、これをもつて足りると解すべき」ことが明らかにされた。
 ところが、最高裁判所第1小法廷は、新たな法医学鑑定それ自体に確実な裏付け、確実な根拠、遺体から現れたすべての事象に対する合理的説明を要求し、それらを満たさないことを理由に証明力を低く評価した点において、最高裁判所自身の決定である上記両決定とも矛盾する判断手法を用いた。また、新たな法医学鑑定に疑問が有るのであれば、それを明らかにするべくせめて下級審に審理を差し戻すべきであったのにも拘わらず、それすら行わなかった。そして、地裁及び高裁で慎重な証拠調べを経た審理の結果認められた再審開始決定を、「取り消さなければ著しく正義に反する」と述べ、被告人・弁護人の意見を自ら一度たりとも直接聞くこともなく、書面審理のみで取り消すに至った。
しかしながら、再審の目的は、もっぱらえん罪被害者を救済することにあり、無実を訴える者の人権保障のために「のみ」存在する制度である点からすると、検察官による特別抗告に理由がないとしながら、敢えて前例のない職権行使をしてまで再審開始決定を取り消すことに、果たしてどのような「正義」が存するのか。無辜の救済を目的とする非常救済手続である再審手続において、それを合理的に説明することは困難と言わざるを得ない。
 裁判所は人権擁護の最後の砦といわれる。三審制の採られる我が国において、最高裁判所の果たすべき役割は、まさに「最後」の砦として、個々の事件で人権を侵害されてきた国民の人権救済を実現することにある。地裁及び高裁における慎重な審理を経た再審開始決定を、ひとつの反対意見さえなく全員一致で取り消した今般の最高裁判所第1小法廷の判断は、最高裁判所に課せられた上記役割を自ら放擲したものであり、まさに「正義」に反する判断である。当該判断は、本事件だけではなく、今後の再審制度、ひいては刑事司法全体にも深い禍根を残すものと言わざるを得ない。
 当会は、このような問題を有する本決定に強く抗議すると共に、最高裁判所が人権擁護の最後の砦という本来の役割を再度取り戻すことを強く求め、本声明を表明する。

2019年 (令和元年) 7月5日
       大阪弁護士会      
        会長 今川  忠

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