西山美香さんに対する無罪判決を受けての会長声明
令和2年3月31日、大津地方裁判所は、西山美香さんに対して無罪判決を言い渡し、この判決は、同年4月2日、検察官が上訴権を放棄したことにより確定した。
西山さんは、当時看護助手として勤務していた病院内において、入院患者に使用されていた人工呼吸器からチューブを引き抜き、酸素供給を遮断して呼吸停止にして当該患者を殺害したとして有罪判決を受け、12年にわたって受刑を余儀なくされた。
この間、えん罪を訴える西山さんの声は聞き届けられることがなかった。しかし、西山さんは、この理不尽と苦難に対し、決してあきらめることなく立ち向かい、家族や支援者・弁護団とともに、えん罪を明らかにする努力を続けてこられた。その努力が実って、本無罪判決において、致死性不整脈による自然死の可能性が指摘され、事件性すら否定されるとともに、自白の信用性・任意性も否定されて、えん罪であったことが明らかにされたものである。
この結果を得るまでの西山さんの不屈の精神力、努力、そして西山さんを支えてこられたご家族、支援者、弁護団に深い敬意を表する。
本件において、日本の刑事司法が抱える根本的かつ深刻な問題が明らかとなった。
「患者は呼吸器のチューブ内でたんが詰まり、酸素供給低下状態で死亡した可能性が十分にある」との鑑定医所見が記載された捜査報告書が存在し、これが再審開始決定確定後に初めて開示されたのである。
これは、当該入院患者の死亡が事故であった可能性を示し、故意に殺害されたという嫌疑に合理的な疑いがあることを明らかにする証拠である。このような証拠が被告・弁護側に開示されないまま、したがって、裁判所も知ることがないまま有罪判決がなされて確定し、さらには、再審開始決定に対して検察官上訴がなされたことは、再審請求段階における全面証拠開示の制度化を含めた再審法の整備が急務であること、さらには捜査機関が有する証拠の全面開示がえん罪防止のために必要不可欠であることを示すものである。
また、西山さんに対しても、これまで多くのえん罪事件において行われてきたのと同様に、密室における取調べにおいて虚偽自白を誘発する取調べ手法がとられた。殊に障がいにより迎合性・被誘導性が高いという供述特性を有する西山さんに対して、手続上の配慮や弁護人による支援を欠いたまま取調べが行われ、虚偽自白を誘発し、さらには上記鑑定医の所見にもかかわらず、虚偽自白に依拠した起訴、公判維持がなされたことは、これまでもえん罪事件において指摘されてきた密室取調べの問題点等がなお存在し、改善が見られないことを明らかにしている。
新聞報道によれば、裁判長は説諭において「問われるべきは、うそではなく、捜査手続の在り方というべき」と述べた上で、「取調べや客観証拠の検討、証拠開示の1つでも適切に行われていれば、このようなことは起こらなかった」、「刑事司法にはまだまだ改善の余地がある」と指摘されたとのことである。
このえん罪事案をきっかけとして、検察・裁判所を含む我々法曹は、刑事司法の在り方を真摯に見直さなければならない。特に本件において、様々な障がいのある人は、手続上の配慮のないまま、密室で弁護人による支援がない状態で、誘導など虚偽自白を誘発する様々な取調官の取調べ手法に一方的に晒された場合、虚偽自白に至る可能性が高いことが改めて鮮明となった。西山さんのような悲惨な事例を二度と繰り返さないためには、取調べに弁護人立会いを求めることをすべての被疑者の権利として確立し、制度として保障されることが必要である。
捜査機関は、本件を契機とし、上記大津地裁判決と裁判長の説諭の趣旨を深く受け止めて、このような悲惨なえん罪事案が起きた原因を真摯に究明するとともに、再発防止に向けた真摯な取り込みを行うべきである。
当会は、西山さんのような悲劇を二度と繰り返さないために、証拠の全面開示、在宅段階も含む全件・全過程の取調べの録音・録画、取調べへの弁護人立会いを求める権利の確立及び制度実現に向けて全力を挙げて取り組むとともに、障がいのある人に対する支援と適切な配慮をもった弁護活動を行うべく研鑽に努める所存である。
大阪弁護士会
会長 川下 清