司法の職責を果たした熊本地裁判決を高く評価し、国に対して恣意的な生活保護基準の引下げの見直しを求める会長声明

司法の職責を果たした熊本地裁判決を高く評価し、国に対して恣意的な生活保護基準の引下げの見直しを求める会長声明

 本年5月25日、熊本地方裁判所民事第3部は、2013年(平成25年)8月から3回に分けて実施された史上最大(削減総額670億円)の生活保護引下げ処分(以下「本件引下げ」という。)の取消しを求めた訴訟において、当該処分を取り消し、原告の請求を認容する判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。全国29地裁で30の原告団が同種訴訟を提起しているが、これまでに言い渡された10の地裁判決のうち、原告の請求を認容したのは、2021年(令和3年)2月22日の大阪地裁判決に次ぐ2例目である。
 
 これまで原告の請求を棄却した8つの判決は、いずれも、生活保護基準の改定に当たって専門委員会の検証結果に従うべきことが法令上要求されていないことのみをもって、本件引下げを追認した。これに対し、大阪地裁判決は、物価下落率に基づいて生活扶助基準を減額する「デフレ調整」(削減額580億円)と、生活扶助基準と低所得世帯の消費実態との較差を是正する「ゆがみ調整」(削減額90億円)を根拠とした本件引下げにつき、「デフレ調整」について、11年ぶりの特異な物価上昇が起こった2008年(平成20年)を起点として物価下落を考慮した点と、被保護世帯の支出割合が相当低い教養娯楽耐久材(テレビ、パソコン等)の物価下落を増幅する独自の指数を用いて、消費者物価指数の下落率(2.35%)より著しく大きい下落率(4.78%)を設定した点を捉えて、本件引下げが違法であると判断した。

 今回、原告の請求を認容した本判決は、これに加えて、①厚生労働省の諮問機関である生活保護基準部会が検証した「ゆがみ調整」の検証結果について、生活保護基準を増額する方向の数値も含めて一律2分の1としたことと、②「デフレ調整」という手法を初めて導入して生活扶助基準額がさらに減額されたことに関し、生活保護基準部会などの専門的知見を踏まえた適切な分析及び検討(検証)を怠った点において、判断過程に過誤、欠落が認められ違法であると判断したものである。生活保護基準が生存権を保障した憲法25条1項の趣旨を具体化した重要なものであることなどを踏まえて裁判所の審査が行われるべきとしたうえで、上記の諸点がいずれも生活保護基準部会等の専門的検討を経ていないことを直截に問題視した点において、大阪地裁判決よりも踏み込んだ内容となっており、専門家の意見を考慮しない「行政裁量」に基づく本件引下げに対し、司法統制を及ぼしたものとして高く評価できる。

 当会は、2021年(令和3年)3月1日、「生活保護基準引下げの見直しを求める会長声明」を発出し、大阪地裁判決を高く評価したところであるが、同判決の正当性は、本判決によって改めて確認された。2013年(平成25年)8月に始まった本件引下げから既に9年近くが経ち、少なからぬ原告が死亡し、多くの原告が高齢化している。そこで、当会としては、本判決を踏まえて、改めて国に対し、早急に現在の生活保護基準を見直し、2013年(平成25年)8月以前の生活保護基準に戻すことを求めるとともに、被告各自治体に対し、本判決を受け入れて控訴をしないよう求める。また、現在同種訴訟を審理中の大阪高等裁判所を含む他の裁判所が、本判決と同じく、行政府の判断を追認することなく、少数者の人権保障という司法府の職責を果たすことを強く期待するものである。

2022年(令和4年)6月7日
        大阪弁護士会      
         会長 福 田 健 次

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