特定商取引法等の書面交付義務の電子化に関する政省令の在り方についての意見書

特定商取引法等の書面交付義務の電子化に関する政省令の在り方についての意見書

2022年(令和4年)7月26日


内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全) 若宮 健嗣 殿
経済産業大臣 萩生田 光一 殿
消費者庁長官 新井 ゆたか 殿
内閣府規制改革推進会議議長 夏野 剛 殿
内閣府消費者委員会委員長 後藤 巻則 殿
特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会座長 河上 正二 殿


                                        大阪弁護士会
会 長 福 田 健 次



特定商取引法等の書面交付義務の電子化に関する政省令の在り方についての意見書



第1 意見の趣旨

特定商取引に関する法律及び預託等取引に関する法律の書面交付義務の電子化に関する政省令について、書面交付義務の消費者保護機能を確保する観点から、以下の措置を設けるべきである。

1 書面電子化承諾の局面における規律―真意に基づく明示的な承諾の確保
 (1)承諾取得に先立つ消費者への説明
 契約書面等の法定書面を電磁的方法で提供することについて、消費者から承諾を取得するに当たっては、必ず、事業者から消費者に対して、書面交付を受けることが原則であること、書面に代えて提供する電子データが契約内容を確定し、またクーリング・オフの起算日及び行使期間の終期をも確定する重要な書面に代わるものであることを説明することとする。
 (2)適合性の確認
 事業者は、消費者のスマートフォンやパソコンの操作能力を確認する手順を踏むこととする。
 (3)承諾の取得方法の制限
 特定商取引法等の対象取引分野の特性に応じて類型ごとに消費者の契約書面等の法定書面の電磁的提供の承諾の取得方法を書面に限定する等の制限をするものとする。
 (4)不適正行為の禁止
 事業者が消費者の契約書面等の法定書面の電磁的提供の承諾を得るに当たって真意に基づく承諾を阻害する恐れのある行為類型を定め、これを禁止するものとする。
 (5)高齢者の家族等の関与の確保
 事業者は、高齢者である消費者から契約書面等の法定書面の電磁的提供の承諾を得る際には、家族その他の第三者への電子データの提供を希望するかどうかの意思確認をするものとする。
2 電子データ提供時の局面における規律―クーリング・オフ制度の告知機能等の確保
 (1)電子データの提供方法
 事業者は、電子メールに、PDFファイルを添付し、かつ、メール本文中に契約を特定する事項、添付した電子データが契約書面に代わる重要なものであること、及び消費者から事業者への確認メールの送信日がクーリング・オフの起算日であることをすべて明記の上、送信し、消費者において、電子メールを受信して添付ファイルを閲覧しかつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信するものとする。
 (2)高齢者の家族等への提供方法
 事業者は、高齢者である消費者が契約書面等の法定書面の電磁的提供を承諾するに際し、家族その他の第三者への電子データの提供を希望することを表明した場合は、当該家族等に対しても遅滞なく電子データを提供するものとする。
 (3)契約条項の保存措置義務
 書面交付の電子化を実施する事業者に対し、契約締結時の契約内容の電子データについて、改ざんが生じないよう対策を講じて保存する措置をとる義務を課すこととする。

第2 意見の理由
1 はじめに
 2021年(令和3年)6月、「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」が可決成立した。同法は、消費者の承諾を得て契約書面等の電磁的方法による提供を認めており(以下「書面交付義務の電子化」という。)、この点について、当会は、2021年(令和3年)2月22日付け特定商取引法及び特定商品預託法の書面交付義務の電子化に反対する意見書において反対し、また、160を超える消費者団体や弁護士会等から反対の意見書が提出されたが、そのまま法案成立となった。
 この書面交付義務の電子化は、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)及び預託等取引に関する法律(以下「預託法」という。)で定められている、契約書面等の法定書面の交付について、消費者の承諾を得られれば、電磁的方法により提供する方法をもって代替できるというものであり、具体的な規律は政省令に委任されている。
 現在開催されている消費者庁「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」(以下「検討会」という。)において、関係団体のヒアリングを踏まえて、政省令の在り方について意見のとりまとめが進められている。
 そこで、当会は、特定商取引法及び預託法(以下「特定商取引法等」という。)で定められる不意打ち的な勧誘又は利益誘引型の勧誘等により消費者被害が現に多発している対象取引分野の特性を十分に踏まえ、電子化によって書面交付義務が有するクーリング・オフ制度の告知を中心とする消費者保護機能が低下することがないよう意見することにした。 
2 書面交付義務の消費者保護機能の確保
(1)特定商取引法等が定める各取引類型の特徴と書面交付義務の意義
 特定商取引法等が適用対象とする各取引類型は、消費者被害が現に多発してきた実態を有し、かつ消費者の主体的な契約意思形成が歪められて被害が発生しやすいという構造的特徴を有する。
特定商取引法等が適用対象とする各取引類型においては、不意打ち的・攻撃的な勧誘(訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入)によって不本意な契約が締結されたり、利益誘引型の勧誘(連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引)によって不利な条件の契約が締結されたり、消費者がその契約内容や条件を正確に認識しないまま内容不明確な役務を長期多数回にわたって提供される内容の契約を締結したりする(特定継続的役務提供)など、消費者被害に結びつきやすい傾向がある。
 そこで、特定商取引法等は、不意打ち的勧誘型の取引においては、事業者が消費者から契約の申込みを受けたときは直ちに又は遅滞なく契約内容及びクーリング・オフ制度を記載した書面を消費者に交付するものとすることとし、消費者が冷静になって考え直すクーリング・オフの機会を保障した。また、利益誘引型の取引及び内容不明確型の取引については、契約締結前の勧誘段階に概要書面を交付し、契約締結時には遅滞なく契約書面を交付するという、二段階にわたる消費者に対する書面交付義務を課すことにより、消費者が冷静になって考え直すクーリング・オフの機会を保障した。
(2)書面交付義務の電子化の趣旨と適用の要件
 書面交付義務の電子化は、特定商取引法等の各取引類型の特徴や適用場面を考慮することなく一律に導入され、書面交付義務が担うクーリング・オフ制度の告知等の消費者保護機能をどのように確保するのかについて事前の検討がないままに政府が法案を国会に提出したものであったため、多数の民間団体から反対する意見書が提出された。
 法案の審議においても政府の提案は批判の的となり、参議院で採択された附帯決議(以下「参議院附帯決議」という。)の第1項において、「書面交付の電子化に関する消費者の承諾の要件を政省令等により定めるに当たっては、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を取る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと。また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」が、政府に対し要請された。
 こうした立法者の意思に基づいて行われている検討会における政省令の在り方の検討であるから、参議院附帯決議において示された事項を政省令に盛り込むことはもとより、書面交付義務の電子化について、消費者の真意に基づく明示的な承諾を得るための要件及びクーリング・オフ制度の告知機能等を確保できる電子データの提供方法を、具体的に定める必要がある。
 また、特定商取引法の対象取引類型は、不当な勧誘行為によって消費者被害が発生する頻度が高い取引分野を対象としている上に、事業者の参入規制もなく、契約内容の説明義務や業務適正化義務等の平素の業務適正化を図る規定も存在していない。
 したがって、特定商取引法等における書面交付義務の電子化に関する承諾要件や電磁的記録の提供方法を具体化するに当たっては、他の法令における措置の例とは考え方を峻別し、特定商取引法等の書面交付義務の消費者保護機能を確保することができるような厳格な制度設計が必要である。以下、交付書面の電子化承諾の局面と、電子データ提供の局面における規律に分けて述べる。
3 書面電子化承諾の局面における規律
 ここでは、消費者の真意に基づく明示的な承諾の確保が必要であり、以下の規律を要すべきである。
(1)書面交付義務の電子化の意義・効果の説明(意見の趣旨第1項(1))
 事業者は、消費者の承諾の取得の前提として、消費者に対し、①原則として書面の交付を受けることができること、②書面交付に代えて提供する電子データ(書面に記載すべき事項を電磁的に記録したもの)が契約内容やクーリング・オフ制度を記録した重要なものであること、③電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(又は事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることをいずれも必ず説明しなければならないと定めるべきである。
 前述したとおり、参議院附帯決議においても、「消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されること」を要請している。
(2)適合性の確認(意見の趣旨第1項(2))
 消費者が法定書面の電磁的提供について真意に基づく承諾をするためには、単に形式的な説明と承諾があることでは足りず、消費者に電子データの提供に対応できるだけの電子機器の操作能力が必要である。
 したがって、事業者は、消費者の承諾の取得の前提として、具体的に、消費者が①スマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して、電子メールの受信及び送信ができること、②電子メールの添付ファイルであるPDFファイルを閲覧し、電子データを保存できること、③WebサイトにアクセスしてID・パスワードによりログインし、電子データを閲覧し保存できることの各作業を自分で行うことができることを確認しなければならないと定めるべきである。
(3)承諾の取得方法の制限(意見の趣旨第1項(3))
 ① 不意打ち的・攻撃的勧誘による取引である訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入、利益誘引型の取引である連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引については、契約内容とクーリング・オフ制度を告知する機能をより確実に確保する観点から、「書面による承諾」と「承諾書面の控えの交付」が必要であるとすべきである。
また、利益誘引型取引である連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引については、悪質業者による被害が顕著に見られる分野であることから、契約内容とクーリング・オフ制度を告知する機能をより確実に確保する観点から、オンラインによる役務提供の取引等の類型を含めて、「書面による承諾」と「承諾書面の控えの交付」を要するものとすべきである。
 ② 特定継続的役務提供については、オンラインで契約を締結し、オンラインで役務提供を行う類型(オンライン完結型取引)の場合、利用者の便宜と迅速な契約履行の必要性に鑑み、「電子データによる承諾の取得」と「承諾記録の控えを提供する方法」を認められると考えられる。
(4)不適正行為の禁止(意見の趣旨第1項(4))
 特定商取引法等が規定する取引類型が不当勧誘行為による不本意な契約締結の被害が発生しやすい分野であること、高齢者の見守り機能(下記(5)参照)を実効あらしめるために、真意の承諾を阻害する恐れのある次の行為を禁止すべきである。
 ① 電子データの提供の意義・効果等についての虚偽・誇大な説明及び表示
 ② 書面交付に比して対価その他の取引条件で有利に扱う告知
 ③ 書面交付に比して契約締結手続が迅速化する旨の告知
 ④ 困惑させる行為による承諾の要請
 ⑤ 高齢者に対して家族その他の第三者への電子データの提供を希望しないようにする内容の働き掛け
(5)高齢者の家族等の関与の確保(意見の趣旨第1項(5))
 消費者が高齢である場合、判断能力・拒絶能力の低下や事後的な対処能力の低下により訪問販売等の被害が増大する。そこで、国や地方公共団体において、高齢者見守りネットワークを構築して家族その他の第三者による消費者被害の防止・早期発見に結び付ける取組(見守り機能)が推進されている。
 しかし、書面交付義務の電子化がされた場合、高齢者のスマートフォンに電子データが届いても、家族等がそれを発見して被害救済に結び付けることは極めて困難である。
そこで、事業者が一定年齢以上の高齢者である消費者に対して法定書面の電磁的提供の承諾を求める場合は、家族その他の第三者に電子データの提供を希望することができる旨を当該消費者に説明した上で、これを希望するか否かの意思確認をする手順とし、これを希望する高齢者については、後述するように承諾に付随する条件に従って家族等への提供を実行することが求められるものとすべきである。
 前述したとおり、参議院附帯決議においても、「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」が要請されている。
 もっとも、介護者の高齢化による、いわゆる老々介護が多くみられる現状においては、家族その他の第三者が関与するにあたり、見守りをする立場にあるその第三者が電子データでは契約内容を把握できないという事態が発生することも大いに考えられることである。このような場合には、高齢者の見守り機能の重要性に鑑み、原則どおり、高齢者に対して書面の交付を要することに加えて、遅滞なく第三者に対しても書面の交付を要するとの運用が可能となる規定を設けるべきである。
4 電子データ提供の局面における規律
 ここでは、クーリング・オフ制度の告知機能等の確保が必要であり、以下の措置が取られるべきである。
(1)電子データの提供方法(意見の趣旨第2項(1))
 書面に代えて電子データの提供を行う方法は、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを添付した電子メールを消費者に送信して閲覧及び保存を促し、消費者が電子メールを受信して添付ファイルを閲覧しかつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信することとすべきである。これ以外の事業者のWEB画面からのダウンロード等では、消費者の書面に代わる電子データ受信及び確認の事実及び日時が不明確となる。
(2)電子メール本文における告知(意見の趣旨第2項(1))
 前記の方法で契約条項の電子データを提供した場合、書面に比して消費者が添付ファイルを開いて確認する行動につながらない恐れが強い上、添付ファイルを開いて閲覧したとしても、手のひらサイズのスマートフォンに詳細な契約条項が表示されることとなるため、主な契約内容やクーリング・オフ制度を確認することは困難である。
そこで、送信する電子メール本文に、①契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、②添付した電子データが契約書面に代わる重要なものであること、③電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(又は事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることを明確に表示すべきことを政省令に明記すべきである。
(3)電子データの提供とクーリング・オフの起算日(意見の趣旨第2項(1))
 「電子商取引及び情報材取引等に関する準則」(経済産業省(2020年(令和2年)8月))によれば、電子メールで申込み・承諾の意思表示が行われる場合、契約の成立時期は電子メールが受信者のメールサーバーの中のメールボックスに記録されたときであるとされている。
しかし、特定商取引法等の書面交付に代わる電子データの到達時期は、消費者保護のためのクーリング・オフ制度を消費者に告知し、クーリング・オフ行使の起算日を画する基準として考えられるべきものであるから、契約成立時期の判断基準と一致させる必要はない。消費者が契約条項及びクーリング・オフの存在を現実的に認識できたと評価できる時点であって、かつ事業者にとっても明確な時点を基準とする必要がある。
 こうした観点から見ると、事業者の送信した電子データが消費者のメールサーバーに到達した日ではなく、消費者が受信した電子データを閲覧・保存した上で、事業者に対する確認メールを返信した日をもって、クーリング・オフの起算日と扱うべきである。
 なお、改正法に消費者の「電子計算機に備えられたファイルへの記録がされた時」に消費者に到達したものとみなす旨が規定されたことから(特定商取引法4条3項)、政省令によって到達日自体を変更することができない可能性がある。もしそうであれば、電子データの具体的な提供方法が政省令に委任されていることを踏まえて、消費者が電子データを閲覧・保存したことを事業者において確認することを手順として定め、その手順を怠ったときは、事業者は電子データの到達日をもってクーリング・オフの起算日として主張できない旨を規定すべきである。
 消費者が一定期間内に電子データを閲覧・保存した旨の確認メールを送信しない場合は、原則に戻り、事業者は遅滞なく書面の交付を行うものとすべきである。
(4)高齢者の家族等への提供方法(意見の趣旨第2項(2))
 消費者が高齢者である場合、書面交付義務の電子化による見守り機能喪失の不利益を防止するため、前述したとおり当該高齢者が承諾に付随する条件として家族その他の第三者への電子データの同時提供を希望した場合、事業者は、当該家族等に対し電子データを遅滞なく提供する手順を踏むものとすべきである。
 このことは、高齢者である消費者に対し、書面交付義務の電子化について家族等への遅滞ない提供という条件付き承諾の機会を与え、その条件付き承諾に従って提供するものと捉えることが適切である。
 家族等への電子データの提供方法は、高齢者に対する提供方法と同じ方法で遅滞なく提供するものとする。
 高齢者である消費者が家族その他の第三者への提供を希望するが、そのメールアドレスを事業者に直ちに提供することができない場合は、事業者は原則に戻って書面交付を行うものと規定すべきである。
(5)契約条項の保存措置義務(意見の趣旨第2項(3))
 事業者が書面交付義務の電子化を実施する場合、契約締結時の契約条項の電子データと、後日事業者が契約条件を変更した場合の契約内容との対応関係が不明確になる恐れがある。
 そこで、書面交付義務の電子化を実施する事業者に対し、契約者ごとに契約締結時の電子データについて、改ざんが生じないような対策を講じて保存する措置をとる義務を課すべきである。
以上

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