誰もが安心して学び暮らせる社会を実現するためヘイトスピーチ及びヘイトクライムへの対策推進を求める会長声明

誰もが安心して学び暮らせる社会を実現するためヘイトスピーチ及びヘイトクライムへの対策推進を求める会長声明

 2021年7月、国連総会において、6月18日を「ヘイトスピーチと闘う国際デー」と定める決議が採択され、2022年6月18日、初めて「ヘイトスピーチと闘う国際デー」を迎えた。この日、アントニオ・グテーレス国連事務総長より「ヘイトスピーチはあらゆる人々にとって危険であり、それと闘うことは私たち全員の責務」とのメッセージが寄せられた。このように、ヘイトスピーチを消滅させなければならないことは、国際的にも求められているところである。
 しかし、残念なことに、本邦では、インターネット上の書き込み等によるヘイトスピーチに影響を受けたヘイトクライム、すなわち差別的動機に基づく犯罪が複数連続して発生している。
 2021年7月には在日本大韓民国民団愛知県地方本部と学校法人愛知韓国学園名古屋韓国学校に、そして同年8月には、在日コリアンが集住している京都府宇治市伊勢田町ウトロ地区の建物に同一犯による連続放火事件が発生した。
 また、2022年4月には、大阪府茨木市にあるコリア国際学園の建物に侵入し、段ボールに火をつけて建物を燃やそうとした事件が発生した。
 これらの事件は刑事事件となったが、いずれの被告人も、インターネット上の書き込みに強く影響を受け、韓国・朝鮮人に悪感情を抱き犯行に及んだという共通点がある。これら一連の犯罪は、まさに差別的な動機に基づくヘイトクライムである。
 このようなヘイトクライムが連続で発生することにより、日本国内で平穏に暮らす在日コリアンのうち相当数の人が、いつ自分が犯罪の標的になってもおかしくないという恐怖と不安を抱いている。そして、報道等によれば、2022年10月からの朝鮮民主主義人民共和国によるミサイル発射実験を契機に、在日朝鮮人に対する憎悪が煽られ、日本国内で学ぶ朝鮮学校の生徒が足を踏みつけられたり暴言を吐かれたりする事態も相次いでいる。
 このように、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムにより、子どもたちまで傷つけられ、安心して学び暮らすことができない深刻な状況になっている。
 2009年12月にも京都の朝鮮学校を標的としたヘイトクライム事件が起こり、これを契機に、ヘイトスピーチへの対処の必要性が広く議論されるようになった。その後、2016年には「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(いわゆるヘイトスピーチ解消法)が成立し、地方公共団体においても、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」が制定される等、ヘイトスピーチに対する一定の対策が行われてきた。
 それにもかかわらず、ヘイトスピーチの影響を受けた深刻なヘイトクライム事件が多発しているのは、これまでの取り組みがヘイトスピーチをなくし、ヘイトクライムを防止するため十分な機能を果たせなかったからであると言わざるを得ない。
 日本国憲法は、基本的人権の尊重を基本原理の一つとしており(憲法第97条等)、個人の尊重(憲法第13条)、「人種、信条、性別、社会的身分、門地」により「差別されない」こと(憲法第14条第1項)等を規定している。憲法第98条第2項では条約の誠実な遵守が必要とされているところ、日本は1995年に一部留保をつけながらも、人種差別撤廃条約にも加入し、既に25年以上が経過している。
 そして、国連人種差別撤廃委員会からは、2018年8月28日、日本の第10・第11回合同定期報告書について、ヘイトスピーチ解消法成立の後でさえ、ヘイトスピーチと暴力の扇動は続いていること、 インターネットとメディアを通じたヘイトスピーチ及び公人によるヘイトスピーチと差別的発言の使用が続いていること、並びにそのようなヘイトクライムは常には捜査・訴追されず、公人及び私人は人種主義的ヘイトスピーチとヘイトクライムへの責任を負わないままであること等について懸念が表明され、ヘイトクライムを含む人種差別の禁止に関する包括的な法律を採択すること等が勧告された。
 ヘイトスピーチ・ヘイトクライムは、人種や民族、国籍などの特定の属性を持った者を、自身と平等な人権享有主体でないかのように扱う行為であり、憲法及び国際条約に照らしても、消滅させるべきものである。ヘイトクライムによる恐怖と社会の分断は、民主主義社会そのものを崩壊させ、ジェノサイド及び戦争にもつながる危険性をはらむとまで言われている。
 裁判所は、先述のウトロ地区等への連続放火事件において、「特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感情等に基づく」暴力的な犯罪行為が「民主主義社会において到底許容されるものではない」と指摘し、被告人に対して求刑通りの実刑判決を下したが(京都地方裁判所2022年8月30日判決)、これは、司法がヘイトクライムに対して厳しい姿勢を示したものと評価できる。
 当会は、国及び地方自治体に対して、これらヘイトスピーチ・ヘイトクライムの危険性を軽視せず、全ての人が安心して学び暮らせる環境を整えるため、教育や啓発活動など、これまで以上に十分な対策を推進し、そのために必要な法整備等を積極的に行うよう求める。
 また、当会においても、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムの被害者を救済する活動をより一層行っていくとともに、皆が安心して学び暮らせる社会を実現するため、全力で取り組んでいく所存である。

2022年(令和4年)12月9日
          大阪弁護士会      
          会長 福 田 健 次

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